名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第二百二十九話 陣中見舞い

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 あれから1週間が経ち、宇治草津ルートの試験日が来た。
 俺は、宇治ではなく淀の湊から船を出す。
 宇治では、流石に船を遡上させるための牛までは準備ができなかったので、工事に当たっていた罪人たちに船を曳かせて、川を上ることにした。

 風もうまい具合に吹いていることもあり、順調に瀬田川を上り、無事に船溜まりを作ろうとしている場所まで到着。
 船から綱を外して、ここから風を使い、更に上流の草津に向かったが、本当に何ら問題も無く草津の湊に到着できた。

 草津で待機していた関係者一同は歓声を上げて喜んだ。

「無事、ここも川船での交易はできるようだな」

「はい、まだ準備しないといけないでしょうが、少なくとも秋までには正式に使えそうですね。
 それに何より、水路脇に作った道は使えます。
 急ぎの連絡などは、その道に人を走らせれば、直ぐにでも宇治に着けますから、本当に近江沿いにある町から京までは近くなりましたね」

「京の座には夏過ぎにでも通達を出しておくつもりだが、今回の試験の様子を多分どこからか見ているのだろうな。
 連中、金儲けの話は放っておかないだろうから」

「そうでしょうね。
 明日、いや今日にでも問い合わせがある物と覚悟していた方がよろしいのでは」

「まあ、その辺りは張さんが上手くいなしてくれるだろう
 今日のところは、試験運行の成功をみんなで祝おう」

 草津の寺を借りて、関係者を集めて小さな宴会を開いた。
 今度のことでは、一番の功労者は六輔さんだ。
 彼の功績を祝うための宴でもある。
 そう言えば彼にも、そろそろ嫁取りを勧めないとな。
 彼はまだ独身だった筈。
 これと言って浮いた話も聞かないと、周りから聞いている。

 まあ、当たり前と言えば当たり前の話で、女っ気のない工事現場に次から次に彼を放り込んでいるのは俺だ。
 あ、俺のせいか、彼がまだ独身なのは。
 なら俺が責任を取らないといけないな。

 俺は忘れないうちに張さんに一言相談しておいた。
 張さんも、珊さんのこともあり、考えていたようだ。
 あ、珊さんを忘れていた。
 彼の独身も多分俺のせいだ。
 俺が次から次に仕事を持ち込むから、結婚する暇がなかったのだろう。

 三蔵村で中心的に働いてくれている人たちの内、仕事を多く回していた珊さんと六輔さんが残ってしまったようだ。
 肝心の二人には全くその気がないのが問題だとも張さんはこぼしていた。
 うん、俺だけのせいでは無さそうだ。

 宴会も無事に終り、翌日には酒などの陣中見舞い品を持って安土に向かう。
 安土は、近江沿いの本当に小さな漁村だったようだが、信長さんがここに城を立てると言ってからは見違えるように人が集まってきている。

 信長さんの政策もあるのだろうが、本当にこの辺りの商人という人種は逞しい。
 少しでも金の匂いがすればすぐに集まる。
 まあ、その集まった連中のうちの一人だったのが俺たちなのだが、そのおかげで早くから観音寺城下で商売をさせてもらったのが今日の繁栄にもつながったと考えていなくもない。

 俺は、観音寺城下にある伊勢屋に顔を出してから店主の茂助さんを連れ立って安土に向かった。
 茂助さんは昨夜も宴会であったのだが、早々に忙しいとの一言を残して店に戻っていったので、俺がわざわざ呼びに来たという訳だ。

 茂助さんの言う多忙も嘘じゃないだろうが、昨夜俺の元から去ったのは面倒ごとに巻き込まれたくないというささやかな抵抗だということは俺も承知している。
 しかし、そんなことで逃がすような軟な俺ではない。
 安土城が完成すれば、絶対にあの信長さんのことだ。
 ここにもお触れが出される筈だ。
 商人ならば、そのお触れが出る前に動かないといけない。

 茂助さんは、ここを閉めて宇治あたりにでも行きたかったようだが、宇治でのんびりなどさせられない。
 そう言えば宇治での牛などの世話の件も茂助さんに投げていたっけ。
 茂助さんは観音寺の重要度の低下に伴って、ここを閉めて楽しようと考えているな、絶対。

 確かに、あそこの水路が開通すれば、草津の賑わいが盛んになり、多分だが、観音寺の繁栄にも陰りが出る筈だ。
 既に、六角は滅び、観音寺に大名が居なくなってからと言うもの、町の賑わいが徐々になくなってきている様に感じる。

 まだ、ここは伊勢との陸路の玄関口ということもあり、完全に賑わいがなくなることもないだろうが、それも信長さんの作っている安土城が完成するまでだ。
 と言っても、観音寺城下から安土までは本当に直ぐ近くだ。
 店を出てから1時間もかからずに、工事事務所を置いてある陣屋に到着した。

 俺達を元気な声で出迎えてくれたのは、あの木下様だ。
 俺のせいで、墨俣一夜城などの功績を得る機会を失くしたので、そんなには出世してはいないようだが、それでも丹羽様の下でそれなりと云うよりも、かなりのスピードで出世している。

 彼の場合、俺の知る史実の方が異常だと思える。
 現に、今の彼の出世だって、十分に異常なくらいだという話だ。
 俺達は、彼に連れられて工事現場で陣頭指揮を執っている丹羽様のところに行った。

「いつもお世話になっております、丹羽様」

「お~、空殿か。
 して今日は?」

「はい、丹羽様の日ごろのご愛顧に対しまして感謝のしるしにと陣中見舞いをお持ちしました」

「何を商人のようなことを言っているのだ、空殿。
 で、何のお願いだ」

「見透かされましたか。
 でも、感謝のしるしにと、陣中見舞いをお持ちしたのは本当のことですよ」

「分かっていますよ。
 空殿は、いつもそういうことには大判振る舞いをしてくださりますからね。
 まあ、ここでの立ち話で済む話では無さそうですから陣屋に向かいますか」

 陣屋で白湯を貰い、一息入れてから商談?に入った。
 昨日行おこなった、水路の試験航行で草津側にも船溜まりが必要になることがわかりましたので、その開発の許可を貰いたいと、正直に話した。

「そういう事でしたら、外ならぬ空さんの願いですから、良いですよ。
 私が許可します。
 この辺りの代官職も殿から命じられておりますから、空さんの願いくらいは、私に許認可権はありますので、ご安心ください。
 ………
 そうですか、ですがあの辺りに船溜まりを作るとなると、あの辺りもちょっとしたものになりそうですね。
 お~い、藤吉郎」

「はい。
 丹羽様、ここに」

「今空殿から聞いたのだが、あの辺り、なんと言ったのか、草津より川沿いに南に下ったあたりの開発計画があるそうだ。
 ここも大分落ち着いたので、あの辺りの開発を藤吉郎に命じる。
 空殿と協力して、速やかに開発してくれ。
 殿もお喜びになるだろう」

「畏まりました、丹羽様」

 流石、丹羽様だ、話が早くて助かるが、それにしても木下様まで直ぐに付けてくださるなんて、俺もゆっくりと開発はできそうにないな。
 その後は丹羽様と少し雑談を交わしたのだが、案の定、茂助さんに約束させられた。
 近日中に、安土に店を構えろと。

 どうも、この話は信長さん辺りから出ていたようで、断れそうにない。
 何せ、既に店の予定地を丹羽様の方で確保されていた。
 後で見に行ったら、そこは湊の整備中だったが、俺のあてがわれた店の予定地は湊横の一等地、それも倉庫なども作れそうなくらいに十分な広さを持ってだ。

「茂助さん。
 明日から、ここの出店準備をよろしくね」

「あはははは。
 そうですね………」

 笑い声に元気がないが、茂助さんも、明日からここに店を作ることになった。
 俺は、湊で茂助さんと別れて、木下様と、丹羽様が用意してくれた川船で、目的の場所まで向かう。
 陸を歩けばそれこそ一日を棒に振るくらいの距離はある筈なのだが、船だと本当に時間が掛からない。
 昼過ぎには、開発予定地に到着した。

「ここですか、空さん」

「ええ、ここに牛などを置いておける牛舎や、風待ちなどの船を溜めて置ける船溜まりが必要になりまして。
 ここなら、広さもあるから大丈夫かと」

「そうですね。
 それならすぐに工事に入れるように、陣屋を準備しないといけませんね」

 木下様はそう言うと辺りを見渡してから、直ぐに行動に移した。

 「あそこに見える寺に陣屋を置きましょう。
 私はこれから寺に交渉に行ってきます」

 流石は、織田勢の出世頭と言われ始めた木下様だけはある。
 あれ、そう言えば、俺も官位を貰ったことから木下様よりも格段に上位になったので、木下様ではまずいか。
 丹羽様たちとは今まで通りとしてもらっているが、様付けくらいは許してもらおう。

 俺は乗ってきた船を借りて、宇治に戻り、与作さんと六輔さんの予定を押さえて、開発をお願いしておいた。

 その後は、伏見にも寄らずに京屋敷に戻る。
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