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第七章 公家の政
第二百三十話 開通式典の準備
しおりを挟む予想はしていたことだが、京屋敷はちょっとしたことになっていた。
地元の座だけでなく、下京辺りの商人や、堺、遠くは瀬戸内各地の商人から問い合わせに人が来ていた。
その多くは堺辺りで情報を得たのだろう。
だが、集まった商人たちの気迫がすごい。
商売関係なので、全て張さんが捌いてはいるが、それでもその張さんですら、お疲れのご様子。
一度、張さんを奥に戻して簡単な打ち合わせ。
来月に航路開通の記念行事を行い、その時に一斉に航路についての詳細を発表することで、話を付けた。
航路を利用したいのであれば記念行事の時にでも宇治や草津、もしくは伏見に来てくれと集まった商人に伝えた。
それでも直ぐに使わせろと脅してくるような商人に対しては、今後の取引をしない方向であると伝え、その場を収めた。
なら自分たちで船を出すと言い出す輩も出たが、俺は一向にかまわない。
何せ、川を上らせるのに必要な道は俺が作ったのだ。
そんな輩にその道は通さない。
動力付き川船でも作ってみろと心の中で悪態をつきながら、その場でそんな連中を突き放して、商人たちを下がらせた。
その後は、一度太閤屋敷に向かい、太閤殿下とちょっと相談。
記念行事に公家の誰かを参加させようかと考えているのだが、どうしたものか。
秋に行われる主上の行幸もあるので、公家の船移動を事前にしておきたい。
俺の考えに殿下は賛成してくれた。
しかも、ここ上京から記念行事の出発式を行う予定の伏見までは殿下自らご参加いただけることになった。
伏見で記念行事出発式を行った後、船を宇治まで移動させ、そこから牛にひかせて川を遡上させ、草津に入る。
草津で、簡単な行事到着式を行った後、直ぐに船を戻して、伏見に戻る予定の計画を組んだ。
太閤屋敷で、幾日も行事計画について相談を重ねているうちに、現職の大納言である山科卿の協力を得ることに成功した。
元々山科卿は織田家とは縁の深い公家ということもあり、遡上する船に乗船して草津まで同行してくれるという。
ならば草津では、織田家の重臣に出迎えてもらわないと格好がつかないので、またまた丹羽様におねだりに安土に向かう。
今度の移動では、上京の屋敷で新たに買い入れた牛を一頭船に乗せての移動だ。
宇治で、牛を降ろして、本当の意味での河川交通の試験も兼ねる。
牛に船を曳かせることが無理そうならば、前回同様に囚人たちにでも船を曳かせて川を上るしかないが、それだとどうしても一度に運べる量に限りが出る。
俺の予測でしかないが、囚人たちに曳かせるようならば多分空船程度しか無理じゃないかと。
草津からは船に一杯の荷物を載せて運べるが、帰りには空船で帰ることになる。
これだけでも十分に画期的だといえるし、経済効果もかなりにはなるだろうが、積載量目いっぱいとは言わなくとも半分程度まで乗せて運べるようにでもなれば、その経済効果はどれほどになるか、考えただけでも恐ろしく嬉しくなりそうだ。
ということで、今回の牛にひかせる試験が、本当に試験になる。
既に人程度の運搬では岸から人に曳かせることで川を上ることができることを確認してある。
なので、この事業はあの時に成功したと言えるのだが、やはり河川交通と銘を打つならば、上り下りともに荷を運ばせたい。
今回の試験もどうやら無事に成功したようだ。
前回の囚人たちよりも若干早く、中継予定地に着いたので、ここで牛さんとお別れだ。
屋敷から牛の世話役に、牛を任せて俺たちはそのまま草津に向かう。
牛は、世話役に連れられ、宇治まで戻る予定にしてある。
まだ受け入れ準備の方は完全にはできていないが、今回連れて来た牛はそのまま宇治で世話されることになっている。
後日、追加で買い付けている牛と一緒に、宇治でこれから船を曳く役目をするためだ。
世話役の方も、順次準備が整い次第、上京の屋敷から宇治へ移動する運びになっているはずだ。
その辺りについては全て張さんに任せきりなので俺は詳しくは知らない。
俺達は、草津で日ごろから懇意にしている船頭さんに船を預けて観音寺城下にある俺たちの店に向かった。
店に着くと、店の中はなんだかバタバタとしている。
ちょっと懐かしくもある。
ここに店を構えた時は、毎日がこんな感じだった。
俺もそうだったが、ここを任せた茂助さんは本当に大変だっただろう。
何せ経験のないことを丸投げしたのだから。
そんな観音寺城下の店も伊勢の三蔵村や桑名からの馬借便の終着点の役割も無事に果たすようになり、売上高は順調に伸びていくが、それとは反対に店の中は落ち着いて行った。
前に、ここに来た時は、それこそ全員が余裕をこいていて、俺は少しムッとしたのを覚えている。
俺だけが相変わらずバタバタしているのに、茂助さんだけがズルいと思ったのだ。
だが、今日は昔に戻ったような煩雑さだ。
懐かしい……そんなことは良い。
茂助さんを探すと、店員から一言『店長なら安土にこもりきりです』だそうだ。
そう言えば前回ここに来た時に、安土への出店が決まったんだよな。
この辺りを治めている信長さんから直接命じ?られたんだ。
領民なら領主からの言い付けは断れない。
俺は忙しそうにしている店員には悪いとは思ったのだが、酒と干物を少しばかり用意してもらい、安土に向かった。
安土の築城陣屋で丹羽様に遭い、信長さん宛ての親書を手渡してから、河川交通の草津ルート新設の式典の許可を求めた。
出来れば、どなたかの参加もお願いとは親書に書いたが、俺からの丹羽様に直接口頭でもお願いしておいた。
丹羽様の参加はできればしてほしかった。
この辺り南近江の最高責任者になる丹羽様は式典に参加してほしかったのだ。
流石丹羽様は、その辺りの事情もよく理解していたようで、二つ返事で参加を了解してくれた。
俺は、ここでの仕事を終えて、上京の屋敷に戻る。
俺が屋敷に戻ってから、わずか三日で信長さんの使いとして木下さんが、それもまだ開通していない草津ルートを船を使って直接ここまでやってきた。
かなり慌てているように感じたので、思わず俺は礼儀などすっ飛ばし『何か非常事態ですか』と船から降り切っていない木下さんに聞いてしまった。
「いや、非常事態までは言えません。
少なくとも空様の心配しているようなことではありません。
わが殿のご性格で、急ぎ来ただけですから」
信長さんの性急さには時々俺たちも振り回されるので、木下さんのこの一言で俺は落ち着くことができた。
俺の周りは、『他人事の様に、周りを振り回すのはあなたも同じでしょ』って感じで俺のことを見ている。
屋敷に正式??な使いとして木下さんを迎え入れ、対面した。
本当に面倒だ。
いつもなら信長さん相手でも外で立ち話でも済むのに。
流石に今回は無理だった。
というか、信長さんだったら多分立ち話で済む話だろうが、肝心の信長さんは忙しくあるそうで、代わりに使いとして使わされたと言っている。
で、俺の渡した信書の返書が戻ってきた。
『式典の参加は問題ない。
しかし、南近江での式典を草津から安土に代えて欲しい』とある。
安土の築城もある程度目途がついたようで、今回の式典はある意味渡りに船のようだったと木下さんは言っている。
南近江から淀、堺に京、それに大和にまで船で繋がる。
そんな美味しい話を城下でない草津にいつまでもやらせたくはないという話だ。
確かにそうだ。
草津も、中継ポイントとしての機能は無くならないだろうが、正直急激に増える物量には対応は無理だろう。
何より、湊も手狭になるし、倉庫も足りない。
そこに行くと、今まで何も無かった安土に作っている湊は、完全にフリーなので、余裕がある。
信長さんの提案は、俺達にとっても理にかなっているので、俺は二つ返事で了解した。
『式典会場は織田で作る』とまで言ってくれたが、それを伝える木下さんの表情は硬い。
あれ、完全に丹羽様に丸投げの案件だ。
本当に丹羽様って、大丈夫か。
過労死一直線の様にしか思えない。
気の毒だが、俺にはどうしようもない。
せめて病気だけは気を付けてと、祈るくらいはしておこう。
信長さんからの返書についても、対応するとして、信長さんからのお使いできている木下さんを少しばかりもてなした。
木下さんも、相当忙しいらしくもてなしも早々に船で帰っていった。
俺の方からも、牛を使った試験として、木下さんの船も扱うように宇治には伝えてあるので、今日中には安土に帰れるだろう。
それが果たして木下さんの希望にそうかは別だが、急いでいたようなので、直ぐに帰れるだけの手配だけはしておいた。
その後、張さんが葵を連れて何度も稲葉山にいる信長さんを訪ねては、式典の打ち合わせをしている。
なんだか大事になりそうなのが気になるが、商売については完全に張さんに任せているので、俺は何もしていない。
俺は張さんからの要請のあったことだけすれば良いだけのようだ。
なんだか少し悲しい。
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