名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第二百三十一話 山科卿と安土へ

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 あれから10日ばかり過ぎて、いよいよ式典を迎える日だ。
 朝から、屋敷に太閤殿下をお招きして、俺と一緒に船で淀に向かう手はずになっている。
 淀では昨夜から現地入りしている山科卿と落ち合い、そこで草津便改め安土便の出発式を行い、ここ淀で、太閤殿下とは別れて今度は山科卿と一緒に、化粧をしっかり施してある川船に乗り込み安土を目指すために一度宇治まで船を走らせる。

 今回、朝廷の大物でもある現職の大納言を御乗せしている関係という体を取り、結さんと市さんも俺達と同行している。
 これは、俺ばかりか張さんや葵や幸があっちこっちに出歩いていることを少しばかり羨ましく思っている二人に、張さんからのプレゼントのようだ。

 あの二人は俺の奥方というお役目の他に、既に京での俺のサポートという仕事をしている関係で、そうそう出歩けるような立場でない。
 全くできないかと云うと、そうでもないそうで、それなりの理由があれば少しばかりの陰口は覚悟だができない話でないので、大納言の接待という名目での同行だ。

 当然、張さんを始め葵や幸は今回の式典の主催者であるから俺の隣で座っている。
 まあ、高貴な身分である公家の接待も主催者の仕事だろうが、その仕事は俺の奥さん繋がりで結さんと市さんに任せてある。

 山科卿は結さんや市さんの本当の同行理由を心得ているようで、あまりこちらに対してご無理は言ってこない。
 あまりでなく、全く言ってこないのだ。
 船ではお茶くらいはお出ししておいたが、それに大層驚いていたようだ。

 まあ。お茶はまだ嗜好品になったばかりのようで、そうそう飲めるような代物でないようだ。
 嗜好品としてなったばかりと言ったが、堺では完全に社交の場では当たり前になりつつあるが、所詮金の有る者たちだけの話で、貴族と言っても、ほとんどがその日の暮らしにも困るくらいに窮している京では、主上ですら簡単に飲めない物らしい。

 これには俺も驚いたが、できればお茶くらいは俺の方からお渡ししたい。
 だって、三蔵村では子供でも飲んでいる。
 三蔵村で、お茶の栽培始めたのは、俺が拠点を置いてすぐだった。
 なので、あの村にはふんだんにお茶がある。
 商品の品質の確認の意味でも村人にはお茶を手軽に飲んでもらっているのだ。

 俺は、茶道のような面倒な入れ方でなく煎茶として山科卿には出している。
 流石に船上で茶会のようなことはしたくないということもあるが、割と煎茶の方が俺は好きだ。
 それに、村ではこちらの入れ方の方が一般的で、茶道などは作法として教わる人もいるが、あくまで作法としてだけで、お茶を飲むのは煎茶に限る。

 贅沢がどうとか、絶対に外野からいちゃもんが付くので、村での話は外には絶対に話さないということを徹底させている。
 とにかく悪目立ちはしたくない。

 淀から宇治までは巨椋池を迷わなければすぐだ。
 そこで、船から綱を渡して牛に曳かせ川を上る。
 この牛に曳かせて川を遡上する時が非常にゆっくりで時間がかかる。
 なので、この時間を使って山科卿とゆっくりお話をしている。
 話題はもっぱら秋に実行されるあの計画についてだ。

 伏見の屋敷の準備もほとんどが終わっている。
 今は庭の整備に時間を掛けていると報告を受けている。

「どうやら、計画は順調のようだな、中将殿」

「はい、作り物の方は屋敷も含め、主上専用の船まで完成しております。
 前に、山科卿に確認を頂いたかと思いますが」

「ああ、あれほどの作りなら問題ない。
 後は主上を御所から如何にお出しするかだけだが、それについては今関白を京から追い出す計画が進んでいる。 
 仮に関白を追い出すことができれば何も問題無いだろう」

「関白を追い出す??」

「あ、いやいや。
 永久に追放するのではなく、吉野に視察に出向いてもらうだけだ。
 言葉が足りず済まない」

「驚きました。
 しかし、ずいぶん大胆な計画ですね。
 関白にかえって怪しまれませんか」

「いや、大丈夫だろう。
 実は……」

 ここで山科卿は声を潜めて教えてくれた。
 天皇が、あまりに酷い御所を嫌って吉野に逃げ出そうとしていると噂を出したのだそうだ。
 あまりに突飛な話ではあるが、それでも確かめないと流石にまずいらしく、近衛一派は色々と慌てているそうだ。

 何せ御所の修理用の資金を丸々横領しているのだ。
 そこに、主上が横領について気が付けばそれくらいのことはしても不思議がない。
 何より、前には吉野にも朝廷が置かれていたくらいだ……と言っても既に100年くらいは時間がたつが、彼らの感覚では少し前にはあった事実となるらしい。

 やはり貴族を嵌めるには貴族をよく知る貴族に限るということなのか。
 そんなこんなで無事に船はまだ建設中の船溜まりの場所まで来た。
 ここで、牛とはお別れになる。
 ここからは風を待ち、帆を使っての帆走だ。

 ちょうど風も良い感じで、追い風になっているので、直ぐにでも船は出せそうだ。
 船溜まりを出ると、驚いた。
 俺達の船に並走するように、信長さんの馬印を掲げた小早船が10艘ばかり並走を始めている。
 先頭を進む船には木下さんが舳先に立って、陣頭指揮をしているのが見えた。

「空さん、兄から護衛が付いたようですが、何か聞いておりますか」

 お市さんが俺に聞いてくる。
 正直俺は聞いていない。
 丹羽様のご配慮だとしても驚かないが、どうも信長さんからの指示のような気がする。
 あの人、絶対に安土でやらかす気だ。
 俺たちを乗せた船は木下さんが率いる小早船に守られながら無事に草津沖を通り抜け、まだ建設中の建物が残る安土の湊に到着した。

 港の中には俺たちの船だけが入り、湊正面に接岸した。
 まあ、予想はしていたが、正装した信長さん自ら山科卿を出迎え、今回の船便の開通を祝う式典会場に案内していく。

 式典会場も、湊脇にわざわざ作ったと思われる綺麗な陣屋で執り行うようで、なかには陣幕を張り、お祝いの準備が整っている。
 陣屋で、俺達を出迎えてくれたのは苦労人の丹羽様だ。

「ようこそおいで下さいました山科卿、それに中将殿。
 此度のことお祝い申し上げます」

「中将殿。
 此度のことは京だけでなく、近江や、付近の商いが今よりも一層盛んになる誠めでたい事だ。
 此度のことを主導してくれた三蔵の衆にこの地を預かる領主として感謝したい。
 また、山科卿にあられましては、このような祝い事にご足労いただき誠に感謝いたします。
 山科卿から祝われたことで、あの叡山共もしばらくは静観するしかないでしょう。
 領主として感謝しかありません」

「弾正忠殿。
 頭をお上げください。
 此度の話は、朝廷として、また私たち公家としても理のある話。
 これからも協力してまいりましょう」

 本来はこの二人の会話はもっと砕けたことになるが、今回は公的行事としてきちんと礼に沿って行っているようだ。
 でも、公的な行事ってなるのかな。
 これって、民間のしていることだけど、あ、この時代に民間なんかの概念はないか。

 それでも朝廷が蔑んでいる商い事の一種だし、今回のことは本当に山科卿を始め太閤殿下には頭が上がらない。
 先ほど信長さんが言っていたように、大納言が祝ってくれる事業だ。
 叡山とて、文句を言いにくいだろう。

 何より叡山から離れた場所で、しかも川筋の利用だ。
 叡山から何かを言われる筋合いはないと突っぱねることも可能だが、聞き分けの良い筈のない僧兵どもが暴れないとも限らない。
 そういう意味では朝廷も絡んでいるとにおわせるだけでも効果はある。

 何にしても、ここ近江と京の有る山城の国との間に叡山があるのは障害でしかない。
 本来は京の都を守る筈の叡山が、今ではただの利権団体として、商いの障害になっている。
 それにより商いの発展が損なわれているのだ。
 日本各地、特に東日本からの産物の多くが、敦賀湾の町から琵琶湖を使って草津などの町にやって来るが、そこで荷は止まる。

 まあ、今まで船での移動ができないから、船で運ばれた荷は草津などで降ろされるが、草津から京まではほんの少ししかない。
 でも、その少ししかない道筋の間に叡山が関を作り、荷の移動を妨げている。

 しかし、今回俺たちが開通させた船便を使えば、その邪魔も無くなるし、何より、船から降ろすことなく堺まで運べるのだ。
 商人たちが目の色を変えてやってきたことだけはある。


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