267 / 319
第七章 公家の政
第二百三十六話 御所の現状
しおりを挟む御所の中は、どこも酷い有様で、絶対に主上がお通りにならない場所などは廊下ですらかなりの部分が腐っている。
だが、俺の身分ではそういう場所を通らないと公卿たちが政治をする溜まりには向かえない。
足元を十分に注意しながら進んでいるのだが、何度も廊下をぶち抜きそうになりひやりとしたものだ。
やっとの思いで、本来政治を行う部屋に着いたのだが、誰も居ないので、閉まりきって空気がよどんでいる。
あかん、これでは病気にでもなってしまう。
俺と五宮は手分けして部屋の窓や扉を開き、中に光を取り込んでいく。
「しかし、誰も居ないな」
「分かり切ったことではありますが、誰か来ますかね」
「少なくとも、関白殿下は来ないだろうな。
途中の廊下が危なくて、とてもじゃないが高貴な身分であると自覚の有る奴らはこれないだろうな」
「おかしな話ですよね。
それこそ本来ですと、私などの身分では特別な理由でもない限り入れない部屋なんですけど。
公家たちはこの部屋に入れる、この部屋で仕事ができる身分をこぞって望んでいるのですがね」
「今でも公家たちは、そんなことを望んでいるのか」
「ええ、それは変わりませんよ。
ただ実際に、ここにきて仕事をしたいと思う公家は今では一人もいないでしょうね。
その証拠に、この部屋は多分数年ではきかないくらい使われた形跡がありませんから。
掃除くらいは数年くらいの間隔が空くでしょうが、していたようではありますがね」
いつ聞いても、腹が立つことばかりだ。
ひょっとして俺の知る歴史と大きく変わってしまい、天皇家もこの時代で滅ぶのではと正直危機感すら覚えた。
少なくとも俺が使っていた教科書には天皇の生活についてほとんど記載が無かった。
ネットで前にちょっと読んだ限りでは陛下自から女官を通して崩れた壁の隙間から書などを近隣の篤志家に売って飢えをしのいでいたとか。
そうそう、女官といえばもっとひどい話で、これも信じられなかったのだが、女官が体を売っていたと云うのもあった。
それでも天皇家は続いていたんだよな、俺が生まれた世界では。
この世界ではどうなるのかな。
今までは知らなかったが、少なくとも主上お付きの女官に体を売らせるようなことは絶対にさせたくない。
俺は今にも崩れそうな御所で、心に強く誓った。
どれくらい、御所にいたのだろうか。
少なくとも一刻は居ただろう。
その間、ただ何もせずぼ~~っとして居た訳ではなく、しばらく時間が取れず、後回しにしている懸案を今回同行している五宮と相談していた。
その相談が一段落したので、もうこれ以上ここにいても埒が明かないとして戻ることにした。
まあ、こうなることは想定していたので、埒が明かないというよりも言い訳にするには十分と判断したためなのだが、どうせあいつら関白一派はこの後もしつこく付きまとってくるだろうから、そういう体を取る。
屋敷に戻ると、伏見の護衛を終えた弾正が俺のことを待っていた。
「お~お。やっとお戻りか」
「お戻りって、そちらこそでは」
「やっとじゃないだろう。
それに、こっちは太閤殿下だけでなく、陛下も一緒だったのだぞ。
気の休まらないこと甚だしい。
それくらい、察してほしいものだな」
「何を私は察すればいいのですか」
「もう、そんな話は良いか。
それよりも、持ってきたぞ。
陛下からのお言葉を書面にしたものと、山科卿からの手紙を。
これで、あいつらが何か言って来るのを待つだけだな」
え、何のことだ。
「何を考えている。
しっかりしろよな。
もうこちらから仕掛けているのだぞ。
これからはどんどん打ち合わないとこっちがまずくなる。
そのための仕掛けだ」
よくよく話を聞くと、主上からのお言葉と云うのが、自分が御所から出たのだから、遠慮なく御所の修繕をしてくれというものだ。
山科卿の手紙には、近衛関白に御所修繕のための費用として三蔵の衆から献上された金額まで知られていることが書かれているそうだ。
「この二つを関白に届ければ良いだけだな」
「そういう事なら、それと時を同じくして、京の街中に流言を流しましょう」
「どういうことだ」
「ですから、あいつらが京にいられなくなるように、御所の修繕費用が既に献上されているのにいつまでたっても関白が修繕をしないので、いたたまれなくなった陛下は京から出たと。
それとは別に、献上された御所修繕費を関白はそのまま横領したことなんかも流せれば、少なくともすぐにでも修繕を始められなければ京には居づらくなりませんかね」
「あとは、いかにして関白にこれを届けるかだ」
「それなら、直に使いの者がここに来るのではないでしょうか」
「は?
どういうことだ」
「ですから、私は先ほどまで彼らに呼ばれたので、御所で話を聞くと伝えて御所まで行ってきたのですよ。
酷い有様でしたね。
あそこでは仕事なんかできません」
「だから、空よ。
何でそうなった」
「そうでしたね。
関白たちは相当焦っているようですね。
行幸について俺を問い質して、どうにか打開策を探ろうとしていたようですね。
頭ごなしに俺に会いに来いと言っていたくらいですから。
ですが、こちらとしては、関白屋敷に乗り込む勇気なんか有りませんよ。
どんな卑怯な手を打たれるか分かったものではないので、お役目のことでしたら、公的な報告になる為、慣例に則り御所で報告すると一方的に言って、追い出しました。
あいつらは来ないだろうとは思っていましたが、案の定来ませんでしたね。
ですから次に来たら、用があるのならこっちに来いと呼びつけますよ」
「あははは。
それは良い。
いくら空が殿上人にまでなっても、いきなり目上の関白を呼びつける訳にはいかないよな。
だが、今では行われていない仕来りでも、それを持ち出されれば、あいつらには言い訳もできまい。
流石の関白もここには来ないだろうしな」
その後は弾正と暫く今後について話し合っていると、家宰の助清が、かなり慌ててこちらにやって来た。
「中将殿。
大変です。
関白殿下が、こちらに来ております。
いかがいたしましょう」
「「え??」」
俺と、弾正は二人同時に驚いた。
「まさか、ここに直接乗り込んでくるとはね。
流石腐っても関白は関白だな」
「え、どういう事?」
「あちらも余裕なんか無いのだろう。
仕来りなんかを無視しても、こちらに来て、話を付けるつもりだろう。
格下の屋敷に、自ら訪ねてやったのだから、そちらは十分に譲歩しろって、そんな感じかな」
「譲歩なんかするつもりはこれっぽっちも無いのですがね」
そこで俺は閃いた。
弾正も、主上の警備に当たっていたのだ。
なら、警備や京の町の治安のお仕事関係として処理しよう。
ならば、応接のために奥に通すのではなく、検非違使の仕事で使っている部屋に通して、公的に検非違使案件として処理しよう。
関白は、横領のため修繕ができない御所での話し合いよりは、こちらの方が勝算があると踏んだのだろうが、こっちはこっちで、俺のお役目である治安維持に対しての支払いが一切ないのだ。
なので、俺としては関白屋敷で無ければ、どこでも俺たちの強みが発揮できる。
「助清。
悪いが、関白一行は、検非違使の役所の方に通してください」
「え、あちらですか。
奥の間では無くて」
「ええ、私のお客様ではありませんからね。
どちらかと云うと政敵になるのでしょうか。
どちらにしても、お役目の範疇の内容でしょうから」
「分かりました」
助清は納得ができないと言った顔をしながらでも、奥に引き上げていった。
彼の常識ではありえない対応なのだろう。
元々、先触れも無く招待もされていない人の方が常識を逸しているのだから、気にすることもない。
「へ~、関白自ら乗り込んでくるとはね。
まあ、俺としては面白い展開になっているな」
「何を暢気に。
一緒に出迎えますよ、関白殿下を」
「え、俺もか」
「だから、何をとぼけているのですか。
向こうは主上の動向なども知りたいでしょうから、それなら弾正の方が適任でしょ」
「何を言うか。
俺では官位が足りないだろう。
一応は弾正少弼は殿上の格を貰ってはいるが……」
「それこそ何を言いますか。
太閤殿下と昵懇じっこんの間柄で、殿下の養女を俺に嫁がせた張本人が。
今更ですよ。
それに、ここは御所でも仮御所でもありませんし、関白も勅使として来ている訳でもないので、うちの仕来りで通しますよ。
それに何より、こういった嫌がらせは弾正の方がお得意でしょ」
「空よ、お前は人のことをどう考えているんだ。
それこそ鵺(ぬえ)か何か、朝廷内で跋扈ばっこする魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類たぐいなんかと同列に考えていないか」
「え、それこそ何をですよ。
いいから行きますよ。
私たちはお役目最中に、陳情に来た人との面会ですからね」
「お、おま、……それ、あまりに酷くないか」
10
あなたにおすすめの小説
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
母を訪ねて十万里
サクラ近衛将監
ファンタジー
エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。
この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。
概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる