272 / 319
第七章 公家の政
第二百四十一話 罷免の決断
しおりを挟む「罷免だと」
「中将殿。
それは、また大それた……」
「しかし、理由なき人事は如何に力を失った朝廷とはいえ、そうそうできることではないが……」
「理由なら十分にあります。
少なくとも、主上に断りなく京での職務を放棄しての逃亡など、国の政を預かる人がしてよい話ではありません。
律令の元となった唐邦(からくに)では、逃亡するだけで追っ手を差し向けられて極刑になるでしょう。
さすがに主上に近衛関白殿下の極刑を求める訳ではありません。
ですが、職務放棄が明らかになった以上、速やかに罷免くらいはして頂けないでしょうか」
「罷免くらいというが、まあ、理由なら十分か」
「うちの五宮が言うには、過去に罷免された関白は彼が知る限りいなかったそうですが、無理やり隠居させられた例ならそれこそ多数あるとか。
罷免に近いことまでは、何度もしてきたようですのでできない筈はないとは思うのです。
なにより、今回は隠居という手ができませんし、何より穏便に済ますわけにもいきません」
「どういうことかね」
「穏便な措置ですと、逃げている現地で謀略だとか騒ぎ、主上の周りに巣くう佞臣ねいしんの排除を理由に軍を寄こしかねません」
「確かに、すぐそばにいれば直接関白に事情を聴くことくらいは出来よう」
「そうですね、太閤殿下。
こちらから文を出しても、現地で否定されては元も子もありません」
「なら罷免しても同じではないか」
「いえ、違います。
罷免ですと、向こうでいくら否定しても、罷免された者からの言い分になります。
もし、それを信じるようなら、より踏み込んでこちらから勅を出せばいくらでも対応ができます」
「勅を出すまで考えているのか」
「ええ、勅に逆らうと朝敵になりかねません。
そうでもしない限り軍を出すことをあきらめない者たちもいましょう。
そこまでしないと彼らは、関白のお味方をするという魅力に勝てないことが予想できます。
主上の周りに巣くう佞臣の排除という大義を拠り所として、われらの豊かな領地を奪い取るための軍を起こすという魅力に勝てるかどうか」
「ああ、連中ならそう考えなくもないだろうな」
弾正は俺の説明を聞いて独り言をつぶやいてきた。
「ですので、そういう輩には朝敵にして主上から全国に追討のお触れを出してもらいます。
そこまですれば関白たちにお味方する者たちは出なくなりましょう」
「そこまでことを大きくする必要があるのかね」
「奴らは平気で京の都を焼き払います。
何の躊躇(ちゅうちょ)もせずに、自分たちの欲のためならば、何でもする連中です。
そうでもなければ大儀も正義もない戦に、関白に味方して軍など出しません。
大納言様、ぜひご決断を。
あとはこちらで引き受けます。
決して応仁の乱の二の舞にはさせません」
俺の決意を聞いて、義父の太閤殿下が決断を下した。
「山科卿。
責任は私がすべてかぶろう。
主上への説明も私から行う。
決断をしてくださらぬか」
「太閤殿下。
私も京を火の海にはしたくはございません。
………
わかりました。
これから主上にご説明に上がりましょう」
俺たちの説明を聞いた二人はすぐに部屋から出て、その足で主上のもとに向かった。
それからしばらくして、二人そろって戻ってきた。
山科卿の手には一枚の紙を持っている。
「中将殿。
お喜びくだされ。
主上自ら関白罷免の勅書をお書きくださった」
そういって俺に手に持った一枚の書状を手渡してきた。
とてもきれいな字が書かれているが、俺は読めない。
いまだにあの草書で書かれた文字が苦手だ。
なので俺はすぐに隣にいる弾正にその書状を手渡した。
弾正はありがたそうにそれを受け取り、内容を確認する。
「確かに勅書だ。
罷免とはっきりとお書きくださった。
これならばすぐに主だった大名宛に文を出せる。
山科卿。
これを元に各地の大名宛に文を出します。
すみませんが、書きあがった文に御署名頂けますか」
「私からも文を出そう。
すまぬが祐筆をお貸しくださるか」
「大納言殿からも文を出してくださいますか。
すぐに祐筆を大納言殿のもとに送ります」
「山科卿。
卿が文を出すなら私と連名にされたらどうか。
私も協力いたすが」
「太閤殿下。
それはありがたいことです。
藤原一門の関白罷免ですから、同じ藤原一門からの言なればこそ、より説得力を持ちましょう」
二人の話はどんどん進み、太閤殿下と大納言の連名で、各地の大名宛に関白罷免の旨の文が出されることになった。
とにかく近場の大名、特に上杉と毛利には関白からのちょっかいが入る前に文を出しておきたい。
山科卿との相談でここから勅使を出すことにしたが、その勅使が本来ならばあり得ない話だが、うちの忍びさんたちと一緒に行動することになった。
急ぎなのだ。
忍びが使う道程で文を運ばせることにした。
普通の街道でのんびりと文を運ぶわけにはいかない。
その点、道は悪かろうが急ぎ文書の配達には実績のある忍びさんたちだ。
忍びだけでの配達ほどは早くは届かないだろうが、それでも時間の短縮は望める。
それに何より、大切な文だ。
途中で襲われる恐れもあるが、その点護衛としても優秀な忍びがいれば安心だ。
まあ、上杉と毛利については船を使うことで時間を短縮する。
毛利については、ここ伏見から堺を経由して瀬戸内を船で向かえば一両日中には文を届けることができそうだ。
上杉についても、完成したばかりの安土ルートを使い、近海内を船で下り、若狭湾の敦賀辺りから船を出すことになる。
これならば上手くすると、関白一行が朝倉の元に着く前に文を上杉に届けることができる。
上杉から帰り道に朝倉にもよって文を届ける予定だが、こちらの方は、一応程度なので急ぐ必要はない。
どうせ既に関白に利を持って取り込まれているだろうし、別に朝倉をこちらに取り込む必要も感じていない。
それからは伏見の仮御所全体があわただしくなり、翌朝には上杉に向かう勅使が伏見から船で一度安土に向かった。
俺はその勅使に同行して安土に向かう。
一度、俺が信長さんと直接会って相談をする。
そうでもないと、肝心の勅使が安土に足止めを食らい、間に合わない恐れがある。
本来の筋を通すのならば、近場から順番に回っていくのだろうが、とにかく包囲網を作ろうとしている関白がいる以上、キーマンを先にこちらで押さえておきたいのだ。
信長さんには、俺から直接説明するつもりで、後のことを弾正に任せて、朝一番の船で俺は安土に向かった。
後から聞いた話だが、昼過ぎには毛利宛に向かう勅使も船で堺まで旅立ったというから、遅くとも3日後には毛利まで勅使は付けるだろう。
その後は九州を回ってもらい、四国経由で伏見まで戻るかなり長旅となりそうだが、そこは勅使の公家さんたちにも頑張ってもらおう。
各地の有力大名と直接会うことができるのだ。
顔を繋いでおいても全く損のないお役目だ。
まあ、旅は大変だろうが、急ぎ旅は毛利までだ。
後は伝わればいい位に考えている。
弾正も、九州方面及び四国については毛利を押さえておけば、もしも連中が相手側についても対処の方法があるそうだ。
なにせ朝敵として戦を仕掛けることができるのだ。
それこそ毛利などは喜んで戦に協力してくれるとまで言っていた。
問題は上杉だ。
あそこは利で釣ることが難しい。
毛利の様に戦する大義を渡しても、喜ぶどころか下手をすると敵に回る恐れもある。
何せ、上杉は戦には困っていない。
加賀の一向宗や関東の北条相手だけでも十分すぎるくらいなのだから、それ以上は難しいとのことだ。
関東方面については、関白の計略では武田を取り込むことのようだ。
甲斐武田との和睦が成れば、北条との争いにも一息が付けよう。
何せ、武田と北条との間には盟約があるのだ。
武田との和睦はそのまま関東での停戦に繋がる。
さすれば北陸方面への出兵も叶う。
弾正の見立てでは、関白は一向宗はとりあえず置いておくとして、武田から口説き落とせば、関東への出兵の大義がなくなるのだとか。
武田と上杉との間に同盟まで行かなくとも約定が結ばれればとりあえず関東方面への出兵が無くなるのだとか。
どういうからくりになるのかは俺には良く分からないが、弾正が見ている関白の戦略は、一向宗と毛利、武田上杉を核とした俺たちの包囲を考えていそうだという。
これって、昔ゲームでやったことから考えると信長包囲網とかいう奴に似ている。
しかし、西から毛利が、途中の小大名を取り込みながら本願寺辺りまで、東は武田が北条あたりを後詰に付け織田に対して戦を仕掛け、北と云うより北陸方面から、朝倉上杉連合軍で一挙に京にとか言う戦略だとか。
10
あなたにおすすめの小説
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
母を訪ねて十万里
サクラ近衛将監
ファンタジー
エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。
この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。
概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる