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第七章 公家の政
第二百四十二話 胡散臭い正義
しおりを挟む正直この話を聞かされた時にはぞっとした。
ここまで大掛かりなことはありえないだろうと、俺が弾正に言うと、どうも俺が追い出した将軍様も一枚噛んできそうだと云うのだ。
いや、奴らは絶対にこんなおいしそうな企てに嚙まない筈が無いとまで言い切った。
室町幕府の有りようが、問題や騒乱を起こして、それを調停することで幕府や将軍の権威を保ってきているのだとか。
はっきり言って庶民にとってはこれ以上に無い迷惑な政府なのだが、将軍にとっては自身の存在意義に関わることなので、庶民のことなど考えるまでもない。
今までの歴代将軍からして庶民に寄り添った政をしてきていない。
最近まで幕府の傍にいた弾正自らそのように宣(のたま)うのだから、間違いでは無いだろうが、本当に迷惑な話だ。
弾正が最後にとんでもないことまで言いだしてきた。
室町における各地の大名の仕事なんか、民草のことまで考え、領地経営に関して幕府のちょっかいが及ばないようにすることだと言い切った。
だから、力のある戦国大名が各地で好き勝手をするようになったのだとか。
何も民草のために戦国の世ができた訳でもないだろうが、弾正の話を聞く限り幕府のせいで世の中が乱れているようにも聞こえる。
確かに統治能力の無い政府に率いられる国は乱れるものだから、あながち間違いでは無いのであろうが、何か違うような気がしてならない。
まあ、とにもかくにもせっかく戦が無くなったこの辺りに、また戦を起こさせてはならない。
そのためには関白の企ての根幹を挫くことだ。
とにかく、キーとなる毛利と上杉を動かさなければ良いだけだ。
毛利については、戦する理由さえ与えない限り、自ら積極的に動こうとはしないだろうが、上杉については、義で動くとか言っていることから、とにかく分からない。
そもそも正義で物を語るほど胡散臭いものは無いと思う。
上杉はその正義が好きなようだから、俺からするとどうしても胡散臭く感じてしまう。
気を付けなければいけないと常々俺自身が考えているのだが、正義の一言で思考を止めるのはかなり危険だ。
正義とは、『誰の』『誰による』『何のための』正義かと考えるようにしている。
この時代に限らないとは思うのだが、多くの正義の裏には、『庶民』のためと云うのが圧倒的に少ない。
『為政者』による『為政者』の『最大利益』ために正義は、オブラートに二重三重どころか百にも二百にもくるまれるものだから『庶民』は騙されるように思われる。
為政者のための最大利益が庶民にとって良ければいい、百歩譲っても悪くなければいくらでも正義を語ってくれと思うのだが、現実の多くがその真逆にある。
今度の近衛たちの企(くわだ)ても『関白たち一派』による『彼らの最大利益』ための戦を仕掛けようとしているのだが、世間様には主上の周りにいる佞臣の駆除あたりをお題目にしているのだろう。
一番の矢面に立つのが今度ばかりは俺になりそうなのだが、迷惑な話だ。
はっきり言って俺は権力など望んでいない。
成り行きで京にいるだけなのだが、その俺を京からの駆除を目的に行動を起こされるのも、正直言って面白くはない。
俺も売られた喧嘩だし、何より一番迷惑を被るのが庶民であり、俺の周りにいる多くの子供のような弱者なのだ。
ここまで来たら遠慮などするつもりもないので、信長さんと直接会ってその辺りについても相談しておく。
必要ならばこちらから出向いて一戦することも考えていく。
俺は勅使たちとは安土で分かれて、そのまま安土城に入った。
幸いなことに、信長さんは安土城に居るそうだ。
あの人、本当によく動くから、運が悪いと行き違いになりなかなか会うことができない。
それでいて、自分に用事があると簡単に京に、それも単身でも乗り込んでくるからたちが悪い。
安土城に入るのは初めてかもしれないが、それでも城門にいた兵士はすぐに対応してくれ、ほとんど待たされずに信長さんと面会した。
俺もたいがいだとは思っていたが、俺以上に信長さんはおかしい。
戦国大名、しかも大勢力の大名が急な客人に対してすぐに面会などできるはずがないのだが、気にしたら負けのような気がする。
「急ぎとは珍しいな空、それとも中将閣下とお呼びしましょうか」
「よして下さい。
少なくとも私は信長さんの義理とはいえ弟になるのですから、形式ばった対応はいつも通りなしでお願いします」
「すまんすまん、冗談だ。
それでも、本当に空が急な訪問とは珍しい。
いつもなら、五郎左(丹羽長秀)辺りを通してきたからな。
して今日はなんだ」
「はい、近衛関白が主上により罷免されました」
信長さんは俺からの報告を聞いても驚くどころか、やれやれといった感じで「やっとか」と一言だけ。
まあ、信長さんの気持ちも分からなくは無い。
信長さんの父君であった前の弾正忠信秀さんは、以前より懇意であった山科卿を通じて、御所修繕のための献金をしていたが、それがなされた形跡は見られていない。
そのようにこぼしていたのを聞いたことがある。
そういえばあの時から言っても、あの時の関白は俺の義父だったような気もするが、修繕はされていなかった。
少なくとも御所の外観は何ら手が付けられた形跡が見れない。
それを見た信長さんが先のような感想を持つのは、至極当然であるが、織田家からの献上金は確かに修繕に使われていたようだ。
俺が聞いたところによると、織田家からの献上金は、義父の手に寄り主上の生活周りを中心に修繕していたようだが、まあ、信長さんが京に来て御所を見たらそういう気持ちにもなろう。
俺が、そのあたりについて一応説明してから今回の件を話した。
「すると、関白は主上が京を離れて、山科卿に抑えられると逃げるようにして京を離れたというのか」
「はい、京での政を放棄してというのが関白罷免の理由です」
「それで、関白は何処に。
吉野にでも逃げたか」
「いえ、叡山までは正確に経路を追っておりましたが、そこからは……
分かっているのは北に逃げたようだということだけです」
「越前の朝倉か……いや、近衛関白は、越後の龍とも面識があったな。
となると越後に逃げたのか」
「それなんですが……」
俺は、包囲網について信長さんに話してみたところ、信長さんは『まさにその通り』とでもいうように俺の意見に賛同してくれた。
「して、その先まで考えているのだろう。
空が考えなくともあの狸爺(松永久秀)が何も考えないはずが無いからな。
そうなると、今日の訪問はそのことか」
「はい、まず報告した後、その相談をするためですが、一つ訂正があります」
「訂正……なんだ?」
「はい、関白は越後には入れないか、入ってもすぐに出ていくことでしょう。
私と安土まで同行していた勅使が船で越後の春日山まで向かっております。
多分、近衛一行よりも早くに越後に入ります。
そこで罷免のことをお伝えしておりますから、近衛とはいえ越後の龍に助力は頼めませんでしょう」
「あははは、それはいい。
でも、ずいぶんと意地悪なことを考えたものだな。
狸爺の考えか……いや、船を使っての先回りからすると空の考えかな。
空も随分と腹黒くなったものよ。
市の夫として少々心配になるかな。
戦国大名としては心強いとは思うが」
「勘弁してください。
何より、私は大名どころか武士ですらありませんからね。
確かに勅使の件は私の考えですが、意地悪でしたことではありませんよ。
先に越後に入られて上杉に軍でも起こされたら面倒になりますからね。
私としては面倒ごとだけは避けたかったので。
ちなみに、同時に別の勅使が毛利にも向かっておりますから、そちらも動けないとは思います。
しかし、あちらには将軍様もおりますし、どうなりますかね」
俺は見通しなどを話して、信長さんの協力をお願いした。
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