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第七章 公家の政
第二百四十七話 朝倉への使者
しおりを挟むうん、確かに曹洞宗の僧ならよくわかる行動だ。
俺もそこまで考えていなかった。
令和の時代でも、京から永平寺まではちょっとある。
何か用事でもなければ、簡単に行こうとは思わない距離だ。
しかし、今回は朝倉が時間を欲しいと言っていたので、近くにある永平寺で待つといえば済んだだけの話だ。
俺でも、曹洞宗の僧なら、いや、今の俺でも観光で行ってみたいと思わなくもない。
だって、それこそ毎年のように正月の夜中に見たお寺だ。
有名な寺なら観光してみたいと思うのが人情だ。
俺の方も色々とあって、返事を待っていたから少しイライラしたので、帰りの遅かった僧には思うところもあったが、朝倉の返事を持ち帰ってきたのなら、かえって時間が短縮できたとすら思うことにした。
返答なしで、こちらから使者を何度か出してから最後通牒を出そうかと思っていたことだし、かえって手間が省けた。
それで、朝倉の返事を受け取ってから、件くだんの僧にお礼を述べ、もう一度まとまった金額を渡して別れた。
で、さっそく朝倉からの返書を読んだ。
これを読むと、朝倉家当主の頭の中に蛆でも沸いているのじゃないかと、正直真剣に思った。
何せ、俺から命令書を送られる前に勅使が、近衛の罷免について連絡している。
なのに、書面には関白殿下に対する俺からの不敬についてかなり強い口調で訴えている。
あり得ないでしょ。
俺は現職の中将で、相手は罷免された人間だ。
云うならば相手は無位無官。
いくら前職が偉くても、たとえ総理大臣であっても総理を退いた後で犯罪を犯せば捕まるでしょ。
いや、総理在職中での犯罪で、総理を退いた後で逮捕状が出ているようなものだから、捕まえる官憲側でも多少の遠慮はあるかもしれないけど、犯罪を無いものにはできないでしょ。
社会経験のなかった大学生でも、あ、いや俺の場合元大学生になるか。
そんなことは置いておいて、そんな俺でもわかる道理だ。
いくら昔の話だとしても、あ、この場合現在になるけど、いくら下克上が蔓延(はびこる)戦国の世でも最低限の秩序はあるだろう。
そんなのは常識だろう。
それがたとえ気に入らなくて武力で現状を変更するのだって、下克上と呼ばれて珍しくは無いが、それならさっさと武力をもって向かってこいと言いたい。
中途半端に権威がどうとか言ってくるんじゃないよ。
そもそも、その権威が主上により否定されているのだ。
近衛は主上より罷免された。
それ以上でもそれ以下でもない。
少なくとも朝廷の僕(しもべ)を自任するのなら、勅使の言葉を聞けよ。
勅使は主上より出された使者だ。
天皇陛下が君臨している以上、朝廷の最高権威者は主上だ。
決して関白なんかではない。
その最高権威者からの命令だ。
それを無視して、どうするよ。
主上より移譲された権威で成り立つ関白職なのに、しかも令外官である関白は律令制の元では何も規定されていない。
唯一の拠り所は主上より任されただけの存在なのに、その元関白で犯罪者でもある近衛をかばうにしても、これは無いわ。
肝心の返事というのは僧が持ち帰った手紙にあったが、相変わらずあののたうち回る文字をなかなか読み下せない俺は、俺からの身柄引き渡しに関する命令書の返事が下記の通りだとわかるのに少し時間を要した。
その内容は大体次のような返事だった。
『関白殿下に対する貴殿の数々の非礼に対して、朝廷の良き僕でもある従四位下・左衛門督であり、幕府より越前守護職を承っている私には許しがたく、当然貴殿からの申し出には応じられない。
貴殿は関白殿下に対する此度の非礼に対して、さっそく今の官職を辞任して関白殿下に許しを請うべきだ。
私自身の思いからすれば、貴殿は責任を取るために官職の辞任と、貴殿の持つ財産、領地等を朝・廷・に返上の上、京から立ち去ることを要求する。
さもなければ、朝廷の権威を守るためにも、実力をもって貴殿を懲らしめる』なんて内容が、それも色々と訳も分からない修飾語をたくさん連ねた手紙に書いてあった。
彼の云う朝廷とは近衛一派の率いる派閥のことだろう。
本当に、自分の欲求を素直に出したものだと、ある意味関心もしたけど、はっきり言ってこれは無いわ~。
正直に言うと、俺にはこの手紙が解読できずに上記の内容について、五宮に要約してもらった。
読めなかったわけではない。
確かにあのミミズの這いずり回った文字は読みにくかったが、それでも最近では、少しは読めるようにはなっている。
読めるようにはなっていても、手紙の内容だけは分からなかった。
もしかして暗号かとすら思ったくらいだ。
五宮たちに協力してもらい、説明してもらった内容が上記のようなものだ。
そもそも、関白の権威を裏付けている主上から彼は罷免されているのだ。
そもそも、この時代の法律である律令からは、関白職そのものがない。
いわゆる令外官っていうやつだ。
唯一のよりどころである主上からの信任すら無いので罷免されたのに、この言いようは無いだろう。
いったい何を根拠に言っているんだと言いたい。
朝廷から授けられている官職である従四位下・左衛門督にしたって、俺と同じの職位だ。
それを上から目線で何を言うのだと言いたい。
悔しかったら俺よりも上位になってから物を言え、『ざま~見ろ』って、ガキの喧嘩じゃないか。
自分の持ち官職を持ち出して言ってくるのだから、頭おかしいとしか思えない。
朝倉の持つ職位にしたって、俺と同じ階位なのに物申す言いようではない。
返事を何度も読み返すわけではないけど、五宮たちと返事の内容について話し合ってみた。
それにしても朝倉は、自身の持つ官職や幕府から頂いている守護代職に並々ならぬ物を感じているようだ。
そもそも、朝倉も信長さんと同じように、守護の斯波氏から北陸の領地を奪って現在があるのだろう。
大した出では無いのに何を偉そうに……、あ、そうだ。
その自信の根源である官職を罷免してもらおう。
少なくとも俺の手元にはあの失礼極まる返書がある。
その内容は五宮の解説に寄るが、少なくとも勅使からの通達を受け入れないとある。
何せ、罷免された近衛を関白殿下と呼んで憚はばからない。
これは勅使を全く無視した行為になるし、何より、主上より頂いた検非違使の長に対する非礼極まる内容が書かれている。
これは取りようによっては、主上そのものを軽んじている証拠になる……筈だ。
五宮に相談しても、十分に従四位下・左衛門督を罷免できるだけの内容であるという。
五宮は朝倉の持つ従四位下・左衛門督という役職は、殿上人ではあるが、大した役職でないとまで言い切る。
従四位下と聞けば、俺からすると十分にすごい役職とも思えるのだが、関白ですら罷免できる現状ならば簡単であるという五宮の話も頷ける。
さっそく五宮を太閤殿下の元に走らせて罷免の手続きを取ってもらう。
俺の方としては、返事が当初の予定よりも早く来たこともあり、戦準備を急がせた。
朝倉との合戦の候補地を決めておかなければならない。
まあ、これは数が多くは無いというよりも姉川あたりしかありえない。
浅井がこちら側として合戦に参加してくれるのならば、もっと北上して金ヶ崎辺りもあるのだが、あり得ない。
浅井の中立というのも可能性としては十分にあるが、これとていつ浅井が裏切らないとも限らない現状では、はっきり敵として扱わないと合戦途中で横槍を入れられたらたまらない。
何度も朝倉近衛連合と戦をやりたくはない。
それを考えると、姉川くらいでしか合戦は出来ないし、そもそも両軍ともかなりの兵を率いることが予想されているので、それだけの兵を展開できる場所は、そこしか俺は知らない。
俺のところの忍びさんに姉川周辺の調査を命じておいた。
特に地形や街道、獣道まで入念に調べてもらう。
とにかく戦場予定地に先に入り、十分に準備をしておけば勝ちは間違いない。
戦術的な勝利だけでなく、この戦で朝倉の息の根を止めるという戦略的な勝利までも勝ち取るつもりだ。
何せ、俺の知る令和まで伝わる歴史でも、朝倉は敗走後に一乗谷までも落とされている。
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