皆さんは呪われました

禰津エソラ

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8 強者

遭逢

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「おっ、クラウ、随分とご馳走を作ったな」

 ダイニングテーブルの上には、美味しそうな料理が所狭しと並んでいる。両親を失って一週間も経っていないというのに、この子の精神力は大したもんだな。

「当たり前じゃない。人生最後の食事になるんだろうからさ」

 生涯最後の食事か。昨夜、如月和基の名前で呪いを実施した。当たり前のように蝋燭の炎は揺れて、あとはこれから直接告知をすれば呪いは発動する。はたして、そんなにうまくいくかな。
 しかし、如月はクラウを容易く嵌めたほどの男だ。一筋縄ではいかないだろう。さて、どんな対応をするのかな。年甲斐もなくワクワクしてしまうよ。しかし、私も年を取ったものだ、徹夜した後は昼間休んでも疲れが残る。

 時計を見ると、まもなく二十時になる頃だ。そんな時、クラウのスマホが着信を知らせるように鳴動し始めた。

「あっ、如月かな」

 さて、いよいよか。そう思って、クラウの方を見ていると何かをスマホに打ち込んでいる。家の前に着いたとかではないのか。

「ラロお祖父ちゃん、今、如月から連絡がきて一時間くらい遅れるって」

「そうか、まあ仕事なら仕方ないな。せっかくの料理が冷めてしまうのは残念だが」

「そうだね。ねえ、せっかくだから少しだけ食べちゃおうか」

「いいのか、待っていなくて」

「少しくらいいいじゃない。お腹も空いたしさ」

 そう言って、私の前にあるグラスにワインを注いでくれている。わざわざメキシコ産の赤ワインを用意してくれるなど、よく気の利く子だ。うむ、味もいい。良いワインを選んだな。料理もなかなかの味だ。

「ねえ、ラロお祖父ちゃん。如月に掛けた呪いには死に方も書いたの?」

 私の空になったグラスにワインを注ぎなからクラウが尋ねてきた。

「いや、特に書いてはいないよ。楽に死のうが、苦しんで死のうが、結局のところ死は死だ」

「そうなんだ。私はできるだけ残酷にしたいな。私を傷つけた相手には」

 我が孫ながら恐ろしい女の子だ。好きだった相手に裏切られたことへの復讐心というのは凄まじいものだな。私には理解できない感情だがね。本当は書いてあるんだよ、死因を。ただ、クラウには見るに堪えないかもしれんよ、これが実行されればな。

「メキシコにいた頃の話をしてよ」

 メキシコの頃の話か。思い出してもあまりおもしろくない話だが、クラウが聞きたいのはどんな呪いの発動方法をしたのかってところなのだろうな。まあ、いいだろう。如月が来るまでの間にゆっくりと聞かせてやろう。

 フラッ

「んっ、空きっ腹にワインを流し込んだからかな。少し眠くなってきたよ」

「そっか、昨日も呪いをやってたからあまり寝てないんだよね。いいよ。如月が来たら起こしてあげる。少し横になって」

「そうかい、すまないね。じゃあ、少し横にならせてもらうよ」

 そう言って私はソファーに横になった。その刹那、私は睡魔に取り込まれていった。

 ちゃん
 ラ……じ……ちゃん
「ラロお祖父ちゃん」

 目を開けると、目の前にクラウの顔があった。

「ラロお祖父ちゃん、如月が来たよ」

「んっ、そうかい。じゃあ、起きないとな」

 ソファーから体を起こすと、かなり細身だが長身で顔立ちの整った青年が立っていた。なるほど、彼が如月か。ちらっと時計を見ると九時十分前だ。

「初めまして。クラウさんと親しくさせて頂いています、如月和基と言います。本日はお招き頂いたにも関わらず、到着が遅れてしまいたいへん失礼致しました」

 淀みなく、しっかりとした挨拶に思わず感心してしまった。最近の若者でここまでしっかりとした挨拶ができるものは少ない。それだけにもったいないが……

「よくいらしてくれました。クラウの祖父でラロと言います。いきなりですまないが」

 一度、クラウに視線を移すと如月を凝視して両手を強く握っている。相手だものな、感情が表に出てしまうのも仕方がないが、そこは感情を抑える鍛錬を積ませる必要があるな。

「如月君、君は私に呪われた。呪いは本日中に発動する。後三時間弱、君に残された時間だ。どうだね、最後の晩餐代わりにクラウの作った料理でも食べてみないかね」

 そう言って如月の方を見やると、私の方を瞬きもせずにじっと見ている。さすがに、このタイミングで呪いの告知をされるとは思わなかっただろう。さて、どう出てくるかな。

「さあ、席に付きたまえ。クラウ、如月君にもワインを注いであげなさい」

 クラウが如月を席に座るように促し、グラスに白ワインを注いだ。

「さ」

 ん、何か言ったか?

「さっさっさ、さすがですね」

 急に吃り始めたぞ。さっきまでの流暢さはどうした。さすがに呪いの告知までされると、平常ではいられなくなったか。

「ク、ク、クラウさんから聞いていた通りのスゴい人だ。さぐりを入れたり、駆け引きするよりまず告知するなんて」

「君は、今、私に呪いの告知をされた事は理解できているのかい」

「はい、わかっています。やはり、真呪教を継ぐには、その位の心構えが必要なんですね。勉強になりました。一度でも直接話ができて良かった」

 なんだ、こいつは。自分がもうすぐ死ぬとわかっているのにこの態度。刹那主義的な感覚の持ち主なのか。違うな、何かを企んでいるんだろう。さて、どんな企てをしてきているのか、楽しみだ。

「さて、では最後に乾杯でもしようか。クラウも一緒にどうだ」

「そうですね。最後ですから、ぜひクラウさんも」

「じゃあ、ちょっとだけ」

「では、最後の乾杯だ」

 そう言ってグラスを合わせた。

「そういえば、如月君は教団の跡地にクラウと一緒に行ったんだってね」

「はい、人形や写真が今でもたくさん残っていてすごく怖かったです」

 そう言いながらワインに口をつける。

「その時、地下の部屋に閉じ込められたそうじゃないか」

「そうなんですよ。一緒にいった友人にいきなり閉じ込められてしまって。お蔭でこの呪いの手順書を手に入れることができましたし、その友人には呪いを最初に試す実験台になってもらったので今は感謝してるってとこですかね」

 感謝か、笑顔でこんな話をできるこの男はやはり特別なんだろうな。クラウの方をチラッと見ると、席を立ちキッチンの方に歩いていく。何か料理を運んでくるんだろう。クラウもなかなかだが、やはり会ってみてわかったよ。この男、如月の方が一枚も二枚も上手だな。

「如月君は、この呪いを使って何をしたかったんだい」

「そうですね。ついこの前までは、特に何も考えてなかったんですよ。純粋に、すごく面白いものを見つけたって感じで。でも今は目標があるんですよ」

 ほう、この男が何を望んでいるのか。それは関心があるな。私がこんなに他人に興味を抱くとは驚きだ。長生きするもんだな。

「それで、その目標というのは何だい」

「ああ、それはですね「はい、お待ちどうさま」

 クラウが大きなワゴンを運んできた。おや、何だこれは。

「クラウ、これは?」

「鏡を持ってきたの。もしかしたら、鏡越しなら見れるかもしれないと思って」

「どう言うことだ?」

「おう、楽しそうだな、俺の分はないのか」

 この部屋には、私とクラウと如月しかいないはずだ。誰だ、誰の声だ。如月も声に少し驚いたような素振りを見せている。どういう事だ。

「おいおい、俺の声を忘れたのかい」

 クラウの持ってきた鏡には、悪魔が醜悪な笑顔を貼り付けて映っていた。

「よう兄ちゃん、また会ったな。ラロ、この兄ちゃん、かなり見どころあるだろう」

「ああ、確かにな」

 なぜ、今、悪魔が現れた?
クラウはなぜ、わざわざ鏡を持ってきたのだ。

「クラウ?」

「せっかくだから、鑑賞できればと思って。それで大きな鏡を用意したんだ」

 如月への呪いを鏡で観られるのか? そんな話は聞いたこともない。でも、死因について指定できることも後から知ったしな、新しいルールなのかもしれない。とは言え、このなんとも言えない嫌な感覚はなんだ。

「おいおい、ラロ。普通の呪いの発動は現実世界そっちのせかいで行われるんだから、鏡が無くても観られるだろう」

 その通りだ。ならば、何を観るためだ。

「いやぁ、今回は特別に成功したら、観せてもらえるようにお願いしていたんですよ」

 如月が楽しみで仕方がないと言うような表情を見せている。

「どういう事だい、如月君」

「あれ、まだお気づきになりませんか?」

 何に気がついていないというのだ。呪いを告知されたというのに、相変わらずのこの余裕はなんだ。しかも悪魔まで現れているこの状況。この如月が来てから、どうにもヤツに主導権を握られたままだな、全く大したヤツだ。

「今から、お前が罰を受けるんだよ、ラロ」

「私がか。しかし、如月には私を呪うことは百パーセントできないはずだが」

「ああ、お前は呪われてはいねぇよ」

 やはりな。如月にも、クラウにですら私の本名を知ることはできないはずだからな。

「まあ、お前はしたんだよ」

「失敗?どういうことだ」

「そろそろいいだろう、ラロ。呪いを中途半端で終わらせて、俺にお預けをくらわせるなんてヒドイぜ。一人分でも魂を献上できていれば罰はこなかったんだがな。しかし、お前が呪いを失敗するとはな」

 呪いを失敗だと。

「名前も間違っていないはずだし、告知も確実に終わらせたが、私は何を失敗したんだい」


”ピッピッピッ午前零時三十分をお知らせします、ピッピッピッ”

 壁に掛けてある時計を見ると、まだ九時台を示している。まさか、

「クラウっ」

 クラウが私の方を見ないまま、スマホをスピーカーモードにして時報を流していた。

「やっと分かったか。お前の告知はだったんだよ」
 悪魔がそう言った瞬間に、鏡の中から生え出てきた青白い二本の腕が私の体を鏡の中に引きづりこんだ。

◆◇◆◇◆◇

「ここは……、鏡の中の世界か?」

「正解。意外と冷静だな。いや、意外とは失礼だったな、お前ならそんな反応だろうな」

 周りを見渡すと高い壁に囲まれていて、天井部分のみが解放されている。当然出入り口などはなく、壁は平らで指をかけるような溝も見当たらない。服もなく全裸か。なるほど、こうきたか。まあもっとも、のだがな。

「ラロ、お前がどう騙されたのか、教えてやろうか」

「いや、結構だ。どうせ、考える時間は腐る程あるし、答えを知ったところで現状はどうにも変わらんしな」

 まさかクラウに裏切られるとは思わなかったよ。今回はどんな手でクラウを丸め込んだんだろうな。まあ仕方ない、私の負けを認めるよ。しかし、告知に時間制限があったとはな。今まですぐに告知していたから、想像したこともなかったよ。

「なら、早速始めようか」

「ああ、頼むよ」
 次の瞬間、解放されていた天井部分から何かが大量に降ってきた。咄嗟に頭部を守るように挙げた私の腕に、固いもの、軟らかいもの、重いもの、軽いもの様々なものが当たって足元に落ちていった。

「では、ゆっくりと楽しんでくれ。お前とは長い付き合いだから、お前が兄ちゃんに掛けようとした呪いの死因である”喰われる”をアレンジしてみた蠱毒こどくだ。サービスで千匹仕様にしておいたぜ」

 その声とともに唯一解放されていた天井部分が閉じられた。辺りは完全な暗闇に包まれ、視界は失われた。失われた視覚の代わりに鋭敏になる聴覚。途端に聞こえてくる多くの耳につく音。

 蠱毒か、蛙、蜥蜴とかげ、ゲジ、蜘蛛、かいこ、百足など百匹の毒虫を同じかめに入れて共食いをさせて、生き残った最後の一匹を飼育したり、殺したりして呪いを成就させる古式の呪いか。まったく手のかかる呪いなことよ。

「グッ」

 何かが足の指に噛み付いてきたか。かなりの’激痛だ、これは百足だろうか。続けざまに何ヶ所か噛まれたか、刺されたかしている。まだ足が自由に動くうちに少しでも数を減らしておくか。

 痛みと毒によるしびれで感覚が鈍くなっている足を持ち上げ、一メートル四方の床を足踏みをするように動き回る。足を下ろすたびに聞こえる何かが割れたり、潰れたりする音、足に感じるドロッともヌメッとも言いようのない気持ち悪い感触。すでに足の裏にはいろいろなものが刺さっている感じがする。痛みとしびれも強くなってきている。あまりの気色悪さに苛立ち強く足を下ろした時に、そこにいた何かを踏み、その何かから出てきたヌメッとしたものに足を滑らせてしまった。

 ガンッ

 壁に頭を強く打ち付け、思わず膝を折ってしまった。その瞬間に私の体を一気に這い上がってくる虫たち。私の穴という穴から侵入を試みたり。私の皮膚の軟らかいところを狙って噛み付いてきた。

 今回も気絶するという事はできないらしい。私はすでに眼球のあったであろう穴から入り、鼻から出てこようとしているなにか。口から入り、食道に入れば胃を食い破り、気道に入れば肺に傷をつける。すでに開ききった肛門からは、腸を食い荒らされているようだ。たかが虫と思っていたが、さすがに千匹も集まると驚異となるのだな。すでに耳から入った何かが、脳に入り込もうとしているようだ。だんだんと思考が遠くなっていく。

 一回目の蠱毒は私の惨敗だな。

 ハハハハハハハハハハハハ、如月和基か、忘れずにいよう。

◆◇◆◇◆◇

「真っ暗で何も見えないね」

 如月の方を見ると、同じように残念そうな表情をしている。

「本当だね。でも、微かに音だけは聞こえたね」

「うん。蠱毒って言ってたのはわかった」

「蠱毒か。真呪教の教祖を贄にして作り出す呪いなんて、恐ろしいほどの力を秘めそうだよね」

「確かに。ラロお祖父ちゃんの怨念も入ってそうだもんね」

 そう言って、目の前に置いたカップに入れられたカフェラテを口に含んだ。

「そういえば、昨日の喫茶店に買ったばかりのコーヒー置いてきちゃったの思い出した。もう、如月のせいだからね」

「ごめん、ごめん。まさか、あの場面をクラウさんに見られてたなんて」

「本当だよ。わたし、裏切られたって思ったんだから」

 如月は両手を顔の前で合わせて、本当にごめん、って謝っている。

「もういいよ」

 あ~あ、素直じゃないな、わたし。本当に伝えたいのはなのに。

 あの日、わたしはてっきり如月がわたしを裏切って、他の女と遊んでいると思った。そりゃ、あんなに楽しそうに話している姿を見たら、誰でもそう思うよ。おまけに電話にも出ないし、LIMEにきたメッセージはGoodnightなんてもう決定的だと思ったよ。その不信感を抱いたまま、ラロお祖父ちゃんに呪いの反動を解いてもらえるように話をしたんだ。ラロお祖父ちゃんはその日の夜に、身近な人、そう、わたしの両親を呪ったの。私の呪いの反動を解放するために。

 でも実は、そんな事してもらう必要はなかったんだ。

 昨夜、ラロお祖父ちゃんと話をした後に、わたしは不覚にも寝てしまったんだ。それなのに、呪いの反動は来なかった。なぜか?、考えるまでもなかった。わたしは、すぐにLIMEを送った。そして返ってきたメッセージは、Good Morning。そのメッセージを見て、すぐに電話を掛けてわたしの知らないところで行われていたことを教えてもらった。

 悪魔と話をして、契約は完了できず、佳苗を呪った反動がわたしに来るって知った如月は、その日のうちに一人呪ったらしい。適当に軽そうな女性をナンパして、わたしと同じようにとしてその女にやらせたらしい。ホテルで一晩呪いをやって、あのカフェでモーニングを食べながら、呪いの告知を行っていたとのことだ。その告知もわたしが使った、私たちは運命の呪いに掛かった、みたいな今思えばすごくチープなセリフを使って。その女が見ていない隙に、紙に交通事故と小さな文字で死因まで書いていただんだって。確かに、そうすれば自分が疑われることもないもんね、さすが如月。

 なんで、そんな事をしたのか訊いたら、少しでも早くわたしが寝られるためにだって。あのLIMEのGoodnightは、如月が実施した呪いが発動したから、わたしにもう寝ていいよという純粋な意味だったらしい。疑った自分が恥ずかしい。わたしは、こんなにも如月に愛されているのに。もう二度と疑わないから。

 あ、そういえば、
「ねえ、わたしの呪いの反動を解放するために如月が呪いをしたんだから、今度は如月に呪いの反動が行っちゃうよね」

「それはもう大丈夫なんだ」

 どういうことだろう。
 だって、如月が呪いを告知したって言ったよね。もしかして、如月ってすでに、
「悪魔と賭けをしたんだ」

「賭け?」

「うん、この前、悪魔と会った時に賭けを持ちかけたんだ。真呪教の教祖、結城ラロに呪いを失敗させたら、僕への呪いの反動を無くしてくれってね」

「それって、わたしが席を外した時の話?」

「そうだよ。呪いをを確認した時についでにね」

 やっぱりスゴいな如月は。わたしの運命の人はもはや無敵なのね。わたしも早く悪魔と契約をして、如月の力になれるようにならなくちゃ。もうラロお祖父ちゃんはいないし、わたし達の時代だ。ラロお祖父ちゃん、いろいろとありがと。十分、役に立ってくれたよ。

◇◆◇◆◇◆

「僕もアナタに確認したいことがあるんですが」

「なんだ、名前は教えないぜ」

「アナタの名前に興味はありますが、今知りたいのは別のことです」

「何だよ、場合によっては教えてやるぜ」

「坂井麗士は、あなたとの契約を失敗しましたよね。それで、その前に契約不履行の罰を受けていたクラウさんが、呪いの反動と同様にところてん式に解放された。違いますか」

「否定はしねぇよ」

「それともう一つ、確認しておきたい事があるんですが」

「今度はなんだよ」

「あなたとの契約を失敗するとペナルティがある。呪いを完了させると反動がくる。では、どうなるんですか?」

 今回僕が勘違いしたのはここなんだ。僕はてっきり、クラウさんは呪いを失敗したんだと思った。しかし、クラウさんは契約を失敗したためにペナルティを受けていたことが分かった。今のコイツの回答から、鏡の中で罰を受ける部屋はしかないのかもしれない。そして最後に残ったのが、呪いを失敗したらどうなるのかという疑問だったんだ。

「ああ、失敗した時の話か。複数人呪って、その中のひとり位失敗したって構わねぇよ。呪いをやって、一人分の魂も献上できなかったら、さすがに温厚な俺も怒るがよ。なにせ、呪いが始まって最大でニ十四時間も待つんだからよ。そんな時は、こっちの世界に連れ込んでそいつでじっくりと楽しませてもらうぜ」

 やっぱり、呪いの失敗にもペナルティが課せられるのか。そして、悪魔は言っていた。最大でニ十四時間待つと。それは、呪いをした日のうちに告知をしないといけない事を意味している。僕の推測も強ち間違ってはいなかったみたいだ。契約を失敗した時の罰の部屋と呪いを失敗した時の部屋が一緒なのかどうかは、今は別にいいか。さあ、次が今日のメインイベントだ、うまく乗ってきてくれるといいんだけれど。

「もういいか」

「ああ、すいません。もう十分です。ありがとうございました。ところで、あなたは賭けは好きですか」

「賭けだと」

「ええ、僕と賭けをしませんか?」

「兄ちゃんと賭けをするのか。何を賭けるっていうんだよ」

です」

「ラロだと。ほう、聞かせてもらおうじゃないか」

 乗ってきた。

「はい、真呪教教祖の結城ラロさんです。あなたと契約を完了している彼をあなたに献上できたら、僕と契約を完了したことにしてもらえませんか」

「つまり、俺との契約の条件にラロの魂を俺に献上するってことか」

「いえ、僕がアナタにお渡しするのはラロさんの魂ではありません」

 悪魔が訝しげに僕を見る。僕が悪魔に渡すはラロの魂じゃない。そんなもんじゃ、つまらないし、悪魔も納得しないだろう。

をそっちの世界、鏡の中の世界に献上しますよ」

「それには、ラロが契約か呪いを失敗しないといけないんだが、…………なるほど、だからあの質問をしたのか。兄ちゃん、お前やっぱりおもしれぇな」

「ラロさんはメキシコ系だと聞いています。だとするとミドルネームが僕には分からないので、呪うことは難しいんですよ。だから失敗させます。それで、どうしますか」

「もし、兄ちゃんが失敗したら」

「僕を無条件でそちらの世界に連れて行って、好きなようにしていいですよ」

 悪魔は下卑た笑顔を俺に向けてきた。よし、完全に釣れた。

「いつ実行するんだ」

「ラロさんが僕に掛けた呪いを告知する日ですね」

「ラロがお前を呪う必要がなければ、ありえない話じゃねぇか」

「ああ、それは問題ないです。すでに布石は打ってありますので、ここ数日には必ず僕のことを呪いますよ」

「用意周到かよ。まあ、面白いからのせられてやるよ」

「ありがとうございます。ラロさんへの罰は僕にも見せてくださいね」

 これで準備は全て整った。さあ、真呪教を貰い受けにいこうか。

◆◇◆◇◆◇

「後はクラウさんが名前を書いて、役所に提出すれば晴れて僕たちは夫婦になれるね」

「うん、夢みたい。如月と結婚できるなんて」

 ダイニングテーブルに向かい合って座っている僕とクラウさんの間には婚姻届が置かれている。クラウさんの祖父で真呪教の始祖であるラロさんが鏡の中に連れて行かれてから一ヶ月の間、僕たちはラロさんの残した教団資料から政界、財界などの大物にコンタクトを取っていた。

 今後はラロさんではなく自分たちが真呪教の後継者として、これまでのラロさんと同様に活動していくと伝えた。ラロさんから何の説明もなく、若い二人の戯言ではないかと最初はみんな半信半疑であったけれど、クラウさんがラロさんの孫であること、そして何より相手が指定してきた数人にpoetic justice因果応報が確実に行われたことで納得してもらえた。

「書き終わったよ」

「やっぱりクラウさんにもミドルネームがあるんだね」

 婚姻届に書かれた、結城 ノア クラディア の名前を見ながら僕はクラウさんに訊いた。

「うん、メキシコ系だからね。必ずといっていいほど、みんなミドルネーム持ってるよ。パパもリカルドってミドルネームがあったんだよ」

「ご両親は残念だったね」

「そうだね、少しは寂しいかな。でも、真呪教は如月と二人でやるって決めていたし、もういなくても良かったかな」

 参ったね、自分の両親ですら必要ないって。やっぱりスゴいな、クラウさん。

 スゴいと言えば、ラロさんとはあの時が最初で最後の遭逢そうほうだったけれど、やっぱり格が違ったな。この呪いを始めた人だものな、憧れの人に出会ったような気になって思わず吃音きつおんが出ちゃったよ。まあ、もう過去の人だけれどね。

 さて、本名も分かったし、今夜にでも呪いをしようかな。

 ラロさんを悪魔に引き渡すのに十分役に立ってくれたし、感謝はしているけれどもう必要はない。
 何より、この呪いを知っているのはこの世界中に僕一人で十分。

 呪いが完了したら、真呪教を使って何からしようかな。日本、世界、鏡の中の悪魔の世界、どこを支配することも可能だし、考えただけでも楽しそうだ。

 なにせ、僕は無敵だからね。

 世界中の人間に伝えることだってできるだろうな。

 皆さんは呪われました、ってね。

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