武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

文字の大きさ
75 / 82

浅井攻めの準備

しおりを挟む
 旧織田領の統治が一段落つくと、信長に味方をした浅井家を滅ぼすべく、義信は軍備を進めていた。

「浅井長政……」

 長政は若くして浅井家を立て直し、六角と対等以上に渡り合った実力者だ。

 また、近江は豊富な水源を持ち、古くから商工業の発達してきた土地ということもあり、日ノ本で有数の強国だ。

 単純な石高以上の力を持っていることは疑いの余地がない。

 それだけに、織田征伐の時と同じく万全の備えをした上で浅井討伐を敢行する必要があった。

 そんな折、岐阜城にて戦支度をする義信の元に小姓がやってきた。

「朝倉様より使者が参りました」

 義信の元に使者を通すと、挨拶もそこそこに、使者が口を開いた。

「当家と浅井家は長年に渡る盟友。互いに持ちつ持たれつで今日こんにちまで手を携えて参りました。……その浅井家が窮地に陥っているとあらば、助けるのが道理というもの……。
 此度は当家の顔を立て、どうか兵を退いてはいただけませぬか」

 なるほど、浅井を守るために撤兵せよと言ってきたか。

「それはできぬ」

 義信が断ると、案の定、使者の顔色が曇った。

「なっ……当家の顔に泥を塗るおつもりか!」

「さにあらず。聞けば朝倉義景殿は上杉殿と織田領に攻め入った際、さしたる戦果も挙げず。……それどころか浅井との戦いを傍観していたというではないか」

「あれは……殿にも立場というものがあります。敵方の浅井様も盟友なれど、味方の上杉様も盟友。敵味方で板挟みとなった殿の苦悩、どうかお察しいただきたい」

「しかし、結果としては浅井にも上杉にも味方をせず、ただ戦を眺めていただけではないか。……敵か味方かもわからぬ者の顔色を覗うなど、こちらに何の益があろうか」

 理路整然と詰められ言葉を失う使者に、義信が続ける。

「朝倉殿に伝えておけ。『当家とて、朝倉殿とコトを構えたくはない。我らが越前に迎えに行く前に、小谷城まで参られませ』とな」





 越前、一乗谷。

 義信からの返答を聞いて、朝倉義景は激怒した。

「義信……儂を挑発しておるのか……!?」

 返答が記された文を握りしめる義景を、家臣が宥める。

「落ち着いてくだされ。武田様は殿と矛を交えぬために、小谷攻めに参陣しろとおっしゃっているのではありませぬか」

「左様。ここは先の戦で失った信を取り戻すべく、浅井攻めに力を貸すべきでは……」

 日和見な意見が多く出る中、義景は家臣たちを睨みつけた。

「何を悠長なことを……。義信は浅井の次には当家に攻め入らんとしておるのだろうが!」

 義信からの文には、『我らが越前に迎えに行く前に、小谷城まで参られませ』と記されていた。

 これは『小谷城攻めに参陣しなければ越前を攻める』と脅しているに他ならず、それだけ武田家にとって朝倉家の存在が軽くなっていることを意味していた。

「義信め……儂を侮ったらどうなるか、見せてくれるわ……」





 朝倉の要請を断って数日後。

 岐阜城下に不穏な噂が漂っていた。

「……なに? 朝倉義景が浅井の味方をしようとしている?」

「はっ、越前一乗谷より小谷城に兵糧を運び込んでいるとのこと。朝倉義景の造反は明らかかと」

「……………………」

 今さら朝倉義景が浅井に味方をしたとて負ける気はしないが、これにより上杉が浅井攻めに躊躇する可能性が出てきた。

「また面倒なことを……」

 長坂昌国がぽつりとつぶやく。

 織田征伐の時と同じく今回の戦いで上杉から援軍を貰えば、朝倉家が浅井方についているのを理由に戦列を離れるか、ともすれば朝倉との和睦を提案してくるかもしれない。

 そうなれば、越前の豊かな土地を手に入れることも叶わなくなり、畿内のすぐ近くに50万石あまりの巨大勢力の存在を許すことになってしまう。

 表情を曇らせる家臣たちを前に、義信が口を開いた。

「いや、此度は上杉から援軍を貰わぬ」

「は!?」

「此度は上杉には参陣させぬのですか!?」

「あまり上杉に戦果を出させては、恩賞が面倒だろ」

 先の織田征伐では神保長職が戦死したのをいいことに、越中を恩賞として与えたが、今回はそうもいかいない。

 浅井と朝倉を滅ぼせば北近江と越前が手に入る。

 順当にいけば越前か、少なくとも敦賀を取られそうな気がするだけに、上杉の参戦はどう考えても武田に利するものではなかった。

「北近江も越前も当家がいただく。浅井を滅ぼしたら、その次は朝倉だ」





 元亀元年(1570年)11月。

 織田家に味方をした浅井家を追討するべく、武田軍5万が浅井領北近江に侵攻を開始するのだった。



あとがき
今の武田家の石高は300万石ちょいくらいあります。
日本全体が1800万石だとして、およそ1/6を武田家が占めていることになりますね。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...