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魔導士の朝は遅い。彼らは基本夜型だ。私は緊張で朝早く起きたが、面接で指定された時刻は昼過ぎだった。黒いローブに身を包み、いざ魔塔へ。守衛は私を訝しみ、上から下までじろじろ見たが、アレハンドロ一級魔導士からの書状を見せると、慌てて応接室まで案内してくれた。一級魔導士は魔塔でも数人の上級職だ。
彼のことは応募前に少し調べた。王弟アレハンドロ公爵の三男で、私より二歳年上だ。小さい時から異様に高い魔力を有しており、扱いに困ったアレハンドロ公爵は、当時の魔塔長・カンデラリア一級魔導士に預けた。それからは彼は魔塔で英才教育を受けて育ち、神童の名を欲しいままにした。
緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。案内された応接室で一人待つ時間はひどく長かった。
――コンコン。
ドアをノックする音がする。いよいよだ。背筋を伸ばした。部屋に入ってきたアレハンドロ一級魔導士はまっすぐな長い黒髪を一つに束ね、アメジストのような紫色の瞳を眠たそうにこちらに向けた。右耳に付けられた呪い除けのピアスが怪しく赤く光る。彼の魔力が一気に部屋を包み込んだ。ソファから立ち上がり、カーテシーで挨拶する。
「この度は貴重なお時間を頂きありがとうございます。アレハンドロ一級魔導士様。」
「ああ、君が今回の公募に応募してくれたセレナ・イグナシオ嬢か。まさかこの公募に応募してくる令嬢がいると思わなかったから、びっくりしたよ。――君、親に反対されなかったの?イグナシオ家って魔導士の名門だよね?」
「いえ、親には相談していないです。独学で簡単な魔法は扱えますが、当家は女は魔法を勉強する必要がないという考えでして、この求人のことも反対されると思いました。」
「ふーん、そう。まあ成人しているからいっか。でも今独学で魔法を覚えたって言った?それ愚の骨頂じゃない?君、屋敷一つくらい簡単に吹っ飛ばせるくらい魔力量が高いよね?失敗したらどうするつもり?まあまあ大きい魔法事故につながると思うけど。――まあいいや。この任務は魔法は関係ない。そもそも魔力を持っていることも期待していない。」
いきなり詰問されて、頭を木の棒で殴られた気分だ。しかも魔法は関係ない任務。浮かれていたのが馬鹿みたいだ。
「一応、これは機密任務だから、まずは守秘魔法と遮断魔法をかけるよ。」
ぱちんと指を鳴らすと、部屋に防音結界が張られた。魔導士は普通、詠唱で魔法をイメージし、魔力を込める。無詠唱でここまで高度な魔法を扱うなんて。感心していると、アレハンドロ一級魔導士がおもむろに口を開いた。
「実は、王家から『魅了魔法』を完成させて欲しいと言われてね。」
「魅了魔法ですか?似たようなものは、既にありますよね?」
魅了魔法を完成させる?人の性的興奮を高める魔法や、媚薬は既にあるはずだ。王家の命を受けて、極秘に完成させたいというのはどういうことだろう?
「よく知っているね。ならば話が早い。従来の魔法は性的興奮を高めるだけだ。つまり身体だけの関係、その精神を深くつなげることができない。」
「そうですね。」
「今度、俺の従兄弟、王太子のフェリペ殿下が隣国の姫と政略結婚することになった。その姫はもともと隣国に好いた相手がいるみたいで、妃教育のため先月こちらに来たが、毎日思いつめた表情をしているそうなんだ。」
「それはお気の毒に。しかし、それが王族や貴族の結婚と言われれば、それまでですわね。」
「ああ。ただこれは、和平のための婚約だ。フェリペ殿下は彼女のことをとても心配しているし、結婚したら早く子も授かりたいと言っている。国王陛下もこのまま彼女がふさぎ込んでいるのは、国益を損なうと焦っている。」
「なるほど。」
「それで、この天才・ラウル様に依頼があった。魅了魔法で彼女の心をフェリペ殿下に向けさせて、隣国の想い人を忘れさせたい、と。」
「どうして、それで助手が必要なのですか?」
「いい質問だ!俺は幼い頃にここに預けられて以降、ずっと魔法の訓練、研究に追われてきた。まともに女性と接したことがない。だから恋愛、色情というものが、全くイメージがつかない。」
「イメージができないものは、魔法に落とし込めない、ということでしょうか?」
「ご名答。つまり、この魔法を完成させるために、俺は『恋』を知る必要がある。」
ここまでのやり取りで、嫌な予感が確信に変わった。
「――つまり、一級魔導士様は私と疑似恋愛をしたいということでしょうか?」
「ああ、その通りだ。素晴らしい理解力。採用だ!」
「ふざけないで下さい。あなたとは今日初めて会ったのに、さすがに不埒じゃないですか?あと国のためとはいえ、魔法に頼って人の気持ちを振り向かせようというのは何か違うと思います。今回はお時間取って頂きありがとうございました。魔法を学べると思ってここまできましたが、この求人は辞退させて下さい。」
「ふ、不埒!?」
「ちょっと、私に何をしたんですか?」
やってられない、そう思って立ち上がろうとしたが、足が全く動かない。
「すまん。少し拘束魔法をかけさせてもらった。頼む!この求人に応募してくれたのは君だけなんだ。そう言わず、もうちょっと話を聞いてくれ。」
「いいえ、私は領に戻ります。帰してください。」
「分かった。分かった。嫌になったらすぐ戻ってもらって構わない。君は魔法を学びたいからここに来たんだよね?」
「ええ。」
「では、俺が君に魔法を教えれば、この任務を受けてくれるか?ここの研究員になれば、魔塔の図書館も使い放題だ。」
「魔法を学べる……。」
「そうだ!さっきも言ったが、君の魔力量で独学で覚えた魔法を扱うのは危ない。俺が練習に付き合う。ちゃんと一から教えるから。それに研究員としての待遇も悪くないはずだ。……どうだ、引き受けてくれる気になったか?」
「……分かりました。では引き受けさせて頂きます。でも嫌になったら、すぐ自領に戻らせて頂きますから。」
一級魔導士様から直々に、魔法を学べる。少しキナ臭い案件だけど、またとない機会だと思った。
「よし!交渉成立。契約書だ。ここにサインして。じゃあ、まず魔力量から測ろう。俺について来て。」
私は魔法契約書にサインを済ませると、彼に連れられて、応接室を出た。
彼のことは応募前に少し調べた。王弟アレハンドロ公爵の三男で、私より二歳年上だ。小さい時から異様に高い魔力を有しており、扱いに困ったアレハンドロ公爵は、当時の魔塔長・カンデラリア一級魔導士に預けた。それからは彼は魔塔で英才教育を受けて育ち、神童の名を欲しいままにした。
緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。案内された応接室で一人待つ時間はひどく長かった。
――コンコン。
ドアをノックする音がする。いよいよだ。背筋を伸ばした。部屋に入ってきたアレハンドロ一級魔導士はまっすぐな長い黒髪を一つに束ね、アメジストのような紫色の瞳を眠たそうにこちらに向けた。右耳に付けられた呪い除けのピアスが怪しく赤く光る。彼の魔力が一気に部屋を包み込んだ。ソファから立ち上がり、カーテシーで挨拶する。
「この度は貴重なお時間を頂きありがとうございます。アレハンドロ一級魔導士様。」
「ああ、君が今回の公募に応募してくれたセレナ・イグナシオ嬢か。まさかこの公募に応募してくる令嬢がいると思わなかったから、びっくりしたよ。――君、親に反対されなかったの?イグナシオ家って魔導士の名門だよね?」
「いえ、親には相談していないです。独学で簡単な魔法は扱えますが、当家は女は魔法を勉強する必要がないという考えでして、この求人のことも反対されると思いました。」
「ふーん、そう。まあ成人しているからいっか。でも今独学で魔法を覚えたって言った?それ愚の骨頂じゃない?君、屋敷一つくらい簡単に吹っ飛ばせるくらい魔力量が高いよね?失敗したらどうするつもり?まあまあ大きい魔法事故につながると思うけど。――まあいいや。この任務は魔法は関係ない。そもそも魔力を持っていることも期待していない。」
いきなり詰問されて、頭を木の棒で殴られた気分だ。しかも魔法は関係ない任務。浮かれていたのが馬鹿みたいだ。
「一応、これは機密任務だから、まずは守秘魔法と遮断魔法をかけるよ。」
ぱちんと指を鳴らすと、部屋に防音結界が張られた。魔導士は普通、詠唱で魔法をイメージし、魔力を込める。無詠唱でここまで高度な魔法を扱うなんて。感心していると、アレハンドロ一級魔導士がおもむろに口を開いた。
「実は、王家から『魅了魔法』を完成させて欲しいと言われてね。」
「魅了魔法ですか?似たようなものは、既にありますよね?」
魅了魔法を完成させる?人の性的興奮を高める魔法や、媚薬は既にあるはずだ。王家の命を受けて、極秘に完成させたいというのはどういうことだろう?
「よく知っているね。ならば話が早い。従来の魔法は性的興奮を高めるだけだ。つまり身体だけの関係、その精神を深くつなげることができない。」
「そうですね。」
「今度、俺の従兄弟、王太子のフェリペ殿下が隣国の姫と政略結婚することになった。その姫はもともと隣国に好いた相手がいるみたいで、妃教育のため先月こちらに来たが、毎日思いつめた表情をしているそうなんだ。」
「それはお気の毒に。しかし、それが王族や貴族の結婚と言われれば、それまでですわね。」
「ああ。ただこれは、和平のための婚約だ。フェリペ殿下は彼女のことをとても心配しているし、結婚したら早く子も授かりたいと言っている。国王陛下もこのまま彼女がふさぎ込んでいるのは、国益を損なうと焦っている。」
「なるほど。」
「それで、この天才・ラウル様に依頼があった。魅了魔法で彼女の心をフェリペ殿下に向けさせて、隣国の想い人を忘れさせたい、と。」
「どうして、それで助手が必要なのですか?」
「いい質問だ!俺は幼い頃にここに預けられて以降、ずっと魔法の訓練、研究に追われてきた。まともに女性と接したことがない。だから恋愛、色情というものが、全くイメージがつかない。」
「イメージができないものは、魔法に落とし込めない、ということでしょうか?」
「ご名答。つまり、この魔法を完成させるために、俺は『恋』を知る必要がある。」
ここまでのやり取りで、嫌な予感が確信に変わった。
「――つまり、一級魔導士様は私と疑似恋愛をしたいということでしょうか?」
「ああ、その通りだ。素晴らしい理解力。採用だ!」
「ふざけないで下さい。あなたとは今日初めて会ったのに、さすがに不埒じゃないですか?あと国のためとはいえ、魔法に頼って人の気持ちを振り向かせようというのは何か違うと思います。今回はお時間取って頂きありがとうございました。魔法を学べると思ってここまできましたが、この求人は辞退させて下さい。」
「ふ、不埒!?」
「ちょっと、私に何をしたんですか?」
やってられない、そう思って立ち上がろうとしたが、足が全く動かない。
「すまん。少し拘束魔法をかけさせてもらった。頼む!この求人に応募してくれたのは君だけなんだ。そう言わず、もうちょっと話を聞いてくれ。」
「いいえ、私は領に戻ります。帰してください。」
「分かった。分かった。嫌になったらすぐ戻ってもらって構わない。君は魔法を学びたいからここに来たんだよね?」
「ええ。」
「では、俺が君に魔法を教えれば、この任務を受けてくれるか?ここの研究員になれば、魔塔の図書館も使い放題だ。」
「魔法を学べる……。」
「そうだ!さっきも言ったが、君の魔力量で独学で覚えた魔法を扱うのは危ない。俺が練習に付き合う。ちゃんと一から教えるから。それに研究員としての待遇も悪くないはずだ。……どうだ、引き受けてくれる気になったか?」
「……分かりました。では引き受けさせて頂きます。でも嫌になったら、すぐ自領に戻らせて頂きますから。」
一級魔導士様から直々に、魔法を学べる。少しキナ臭い案件だけど、またとない機会だと思った。
「よし!交渉成立。契約書だ。ここにサインして。じゃあ、まず魔力量から測ろう。俺について来て。」
私は魔法契約書にサインを済ませると、彼に連れられて、応接室を出た。
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