天才魔導士様はまだ恋を知らない~私を恋の実験台にしないで下さい!

志熊みゅう

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 今日は、ラウルにお遣いを頼まれた。街の本屋で売られている流行の恋愛小説を買ってくるように仰せつかったのだ。本屋に着くと、まず店員に聞いた。

「恋愛小説を読みたいのですが、どれが売れ筋ですか?」

「そうですね。最近だと『アデリナの恋占い』『王女だって恋がしたい』『死に戻り令嬢はもう一度君を愛す』辺りが人気ですかね。」

「ありがとう、三冊とも頂くわ。」

「会計はあちらになります。」 

 最近やっと王都での生活にも慣れてきた。任務『お遣い』完了。早くに魔塔に戻ろう。すたすたと、魔塔に向かって元来た道を歩いていると、何者かに手を引かれた。

「きゃあ!」

 叫んだが人通りのない細道に連れ込まれ、薬品をしみこませた布を口元に当てられた。意識が遠のいていく。

 目が覚めると、イグナシオ子爵家のタウンハウスにいた。

「どういうつもりだ、セレナ!!家出して王都に行き、魔塔で働き始めるとは!」

 瞼を開いた瞬間、父の怒号が部屋中に響き渡る。私は『夢を叶えるために家を出ます』としか置手紙を書かなかったのに、どうしてバレたんだろう。魔塔研究員と付き合いのある兄からだろうか。

「女が魔法の勉強なんかしちゃだめと、あなたに何度言ったら分かるの。お兄様たちとは違うの。良家に嫁ぎ、良き妻、良き母になるのが幸せなことなの。」

 以前は両親に反論したことがなかった。でも一人で王都に出て、魔塔に勤務し始めて、この考えはおかしいと思った。

「私の幸せは私が決めます!私は魔法が使いたい。魔法の研究をしたい。誰かのために尽くす人生なんて絶対に嫌です!」

 話はどこまでも平行線だった。彼らとは全く話し合いにならない。思えば小さい頃からそうだ。一方的に向こうの意見を押し付けるだけ。しかも伯爵家子息との縁談を勝手にまとめたという。明日は顔合わせだと嬉しそうに言われた。

 ふと、窓の外を見ると、紫色の瞳の真っ黒なカラスがこちらを覗いていた。

 夜中に屋敷を抜け出そうとしたが、部屋の出入り口には護衛が立っていた。ああ、こんなことなら、透明化魔法をラウルからちゃんと学んでおけばよかった。自己流の透明化では絶対にバレる。いっそ、炎の矢でこの屋敷ごと燃やしてしまおうか。いやさすがにそれはやり過ぎだ。悶々と考えているうちに、なす術なく朝を迎えた。

「お嬢様、準備を手伝わせて頂きます。」

 頼んでもないのにメイドたちが、頭のてっぺんから、足の先まで、磨き上げる。伯爵令息の瞳の色に合わせたのだろう、母が用意した緑のドレスを着させられた。

「相手は格上の伯爵家だ。絶対に失礼のないように。」

「最近事業が上手くいっている家なの。魔導士の家ではないけれど、こんなご縁はなかなかないわ。よかったわね、セレナ。」

「……。」

 昨日の不毛な言い争いから、反論するのも馬鹿らしくなった。この人たちの価値観では、本当に素晴らしいことなんだろう。伯爵令息とその両親は、いそいそと子爵家のタウンハウスにやってきた。

「モラレス伯爵令息のベルナルドと申します。あなたがセレナ嬢ですか。絵姿通り美しい方だ。」

 彼はうっとりとしたように言った。本当に私に惚れているのか、家同士の婚約を上手くいかせようと演技しているのか私にはよく分からなかった。

「……ありがとうございます。私がセレナ・イグナシオです。」

 フィリペ殿下の婚約者の隣国の王女ではないが、政略結婚は貴族の義務ではある。それをどうこう言うなんて、所詮ただのわがままだ。だけど、両親のこのだまし討ちのようなやり方が、私はどうしても納得がいかなかった。

「イグナシオ子爵、初めに釣書にあった内容について確認したいのですが……。」

 そう言って、モラレス伯爵が少しだけ眉間にしわを寄せた。

「ご令嬢の魔力について記載がありませんが、これは魔力無しということでよろしいでしょうか?」

 私が口を挟もうとすると、父が代わりに答えた。

「……ええ、うちは代々魔導士の家系ですが、この子には魔力はありません。」

「そうですか。それは良かった。我が家は誰も魔力持ちがいないので安心しました。」

 よくいけしゃあしゃあ、嘘を吐ける。そう思って父を睨みつける。ふと窓辺に、紫色の瞳のカラスがいるのに気づいた。昨日も窓辺でずっとこちらの様子を伺っていたカラスだ。なんとカラスは窓ガラスを通り抜けて、室内に入ってきた。

「きゃ!」

 カラスは私の膝の上に止まり、すぐにヒトの姿を形を変えた。――一級魔導士ラウル・アレハンドロが現れた。

「ラ、ラウル?!」

「な、何者だ。捕らえよ。ん?そのバッジまさか、一級魔導士……?」

「いきなりの訪問、申し訳ない。私は一級魔導士のラウル・アレハンドロだ。」

「アレハンドロ公爵のご令息ですか。お噂はかねがね。モラレス伯爵カミロと申します。」

 モラレス伯爵がすぐに臣下の礼を取った。アレハンドロ公爵家は王族に名を連ねる一族だ。例え、相手が無作法にも見合いの場に乱入したとしても、これは正しい判断だ。

「モラレス伯爵、頭を上げてくれ。魔塔の職員であり、俺の部下であるセレナ・イグナシオ君が、昨日任務中に何者かに拉致・監禁された。俺は彼女の居場所を探していたのだ。」

「拉致!?なんと人聞きが悪い。私は家出した娘を保護しただけだ!」

 父親は短気だ。伯爵家もいると言うのに怒鳴り始めた。

「あの、すみません。イグナシオ子爵、状況がさっぱり分からないのですが……。魔塔職員?家出?拉致?もしかして彼女には魔力があるのですか?」

「ああ!申し訳ない、モラレス伯爵。これは、こちらの話です。」

「魔力がない?魔力持ちが見たら一瞬で見抜ける嘘をつくとは、実に愚かだ。彼女の魔力量12,000。国の魔力保持者名簿への登録が抜けていたので、こちらで登録しておいた。イグナシオ家でも随一の魔力の持ち主だ。」

「……そうですか。セレナ嬢も名門イグナシオ家の出です。1,000や2,000程度の魔力は許容するつもりでしたが、12,000もあれば屋敷一つ吹き飛ばすこともできる。イグナシオ子爵、それを隠されていたというのは、こちらとしては不信感があります。」

「ぐぬぬ。縁談に響くと思って、セレナの魔力は登録していなかったのに。なんてバカなことを!この愚か者!一生結婚できんぞ。」

 ラウルが登録したと言ったのに、父は私の肩を揺すり、怒鳴り続けた。

「魔力は登録は義務だ。それに成人した娘が自分の意志で家を出ても何ら問題がないはずだ。セレナ、ここにいても埒が明かない。行くぞ。」

 伯爵令息・ベルナルドは残念そうな顔でこちらを見た。この人は、私のことを絵姿で見て、それなり気に入っていてくれていたのだろう。もし、あの求人広告が無かったら、私はあの家で花嫁修業を積んで、彼のもとに嫁いだ。そして夫を、モラレス伯爵家を支えていくはずだった。それはそれで幸せだったかもしれない。けれど私は魔法を、ラウルを選びたい。

「はい。」

 私はラウルが差し出した手を掴んだ。そしてあっという間に魔法陣が展開され、私たちは魔塔に戻った。
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