嘘告されたので、理想の恋人を演じてみました

志熊みゅう

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 彼のプロポーズを受けてから、私は真剣に悩んだ。多分この国にいては、一生搾取されるだけだ。だったら、全てを捨てて、この国から逃げたっていいんじゃないか?この能力さえあれば、どこでだって生きていける。

 でも、同じことを彼に求めるのは酷だと思った。家族の話をする彼はとても楽しそうだし、騎士団に憧れてずっと鍛錬を続けてきた。彼のことを知れば知るほど、自分には不釣り合いな人だと思った。私がここで身を引けば、きっと素直な彼は、この先もっと素晴らしい令嬢と出会うことができるはずだ。

 そんなことを考えて、学園の廊下を歩いていると、シリル殿下に声をかけられた。

「おい、ブリジット。ぼーっとしてどうした?」

「いえ、少し考え事を。」

「あの"恋人"のことか。貴様、月の使徒として使命を理解しているのか。」

「ええ。もちろんですわ、殿下。」

「なら、話が早い。私もそろそろ妃を娶るように、陛下に言われている。お前は平民の出だが、今は侯爵令嬢だ。身分としてもちょうどいい。」
(俺が誰かを愛することはない。ただの契約相手ならお互い利害の一致した相手が便利だ。)

「――私に殿下の妃は、務まりません。」

「私は貴族夫人として最低限の義務以上のものを君に求めない。さっそくだが学園を卒業したら、婚約しよう。」

「私は平民の出ですので、紙切れだけの関係に興味はありません。愛のある結婚に憧れているのです。」

「長く侯爵家にいれば、貴族の結婚がどういうものか、お前もよく分かっているだろう。お前の義父に書状を送れば、泣いて喜ぶはずだ。」

「……月の使徒とはいえ、結婚相手を選ぶ権利までは奪われないはずです。」

「ふっ。お前の能力について、アルセーヌ殿に話したことは?」

「――それは機密ですので、家族以外の者に伝えたことはありません。」

「じゃあ、彼が知ったらどう思うかな?」

「そ、それは。」

「魔眼持ちが普通の幸せを求めようとするな。それは破滅へ向かう落とし穴だぞ。」
(君が無駄に傷つく必要はない。私の言う通りにしておけばいい。)

「――はい。」

「分かればいい。さっきの話は真剣に考えておくように。」

 どうして殿下の妃が私なんだろう。魔眼持ちだから?窓から差し込む夕日に照らされて、殿下の影が長く伸びた。私がアルセーヌを諦めれば、全ての歯車がきれいに回ることは分かっている。彼の幸せを願うなら、彼を解放してあげるべきだ。
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