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それから間髪を入れずに、シリル殿下からの結婚申込書が実家に届けられた。義父は私に何も確認せずに、卒業後にすぐに婚約をさせると返事をした。卒業が間近に迫った時期、私は意を決して、アルセーヌに言った。
「私ね。シリル殿下から求婚されたの。父はこの話を受けると返事をしたわ。あなたも知っていると思うけど、彼も魔眼持ちよ。魔眼を取り巻く世間の感情は決して好意的ではない。だから王家の後ろ盾があるのは私にとっても心強いの。――だから、あなたとは結婚できない。」
「ねえ、ブリジットはそれでいいの?父上といっても君はあの家の養子だろう?」
(嘘だろ。シリル殿下が?そんな素振りなかったじゃないか。)
「ええ。だって私には選択肢なんてないもの。」
「ねえ、ブリジットじゃあ俺と一緒に逃げよう。魔眼のことを誰も知らない国に。」
彼の言葉を聞いて涙が出た。だって心の声と完全に一致していたから。でもこの選択は彼から、全てを奪うことになる。だから、私は断らなくてはならない。
「私はあなたとは違うの。幸せな家族も、信頼できる友達もいない。あの劇の魔王と一緒。だから別れましょう。この眼をもって生まれた時から、私は"人間"じゃないの。」
「じゃあ、何で涙が出るの?ブリジットは魔物じゃない。人間だよ。」
「あなただって、私の本当の能力を知ったら、きっと私を怖がるわ。」
「そんなことはない。君がたとえ一睨みで人を殺せるような人間でも俺は君が好きだ。」
彼がそこまで言うのならば。これが最後だと思って、私は彼に自分の能力や生い立ちを一つ一つ説明した。他人の心が見えること、本当の両親は魔眼を持った私を気味悪がり、妹が生まれたと同時に、私を高く買い取ると言ったジャカール侯爵家に連れて行ったこと、小さい頃から令嬢教育だけではなく、諜報員としての訓練も受けていたこと。
「だから、あなたが罰ゲームで私に告白してきたのも、初めから知っていたわ。学園生活くらい普通の女の子として過ごしたかったの。だから利用させてもらった。」
「う、うん。」
(え、俺が嘘告したのバレてたの!?)
「それにね。あなたが好きだって言ってくれた私は、全て虚像。私はあなたの心の中が見えるから、あなたが思う理想の相手を演じていただけなの。」
ここまで言えば、諦めてくれるはずだ。ただ私の能力は重大機密。家族以外に、私の秘密がバレてしまった場合、その記憶を忘却薬で消さなければならない。私の記憶を丸ごと、楽しかった思い出ごと、彼の中から消し去らなければならない。私と過ごした日々を忘れて、またブリュノやカミーユのもとに戻っていった方が、きっと彼にとって幸せなはずだ。
アルセーヌの心の中は、私が今言ったことを何度も反芻していた。混乱しているのだろう。
「どう、嫌いになったでしょう?だから、全部忘れて頂戴。」
ポケットから忘却薬をとりだした。蓋を開けようとしたが、涙で前がよく見えない。
「ねえ、もしかして、ブリジットは俺に好かれるために、俺の理想のタイプを演じてくれてたってこと?無理してお弁当を作って、髪型やメイクを変えて。服装も俺好みのワンピースを着て。」
(え、それ、めちゃくちゃかわいくない?すごく健気でかわいい。)
ん?思っていた反応と違う。私の方が困惑してしまう。
「それに知っているよ。カミーユが、剣技の試験の前に俺の剣に悪戯しようとした時、ブリジットが守ってくれたんだろう?カミーユとほとんど話したことがない君がなぜって、ずっと不思議だったんだ。」
「あなたが今思っていることも、分かるのよ。ねえ、怖くないの?」
「だって俺、今ブリジット隠したいことなんてないし。だからその手に持った小瓶も必要ないね。」
(好きだ。好きだ。好きだ。絶対離さない。ずっと一緒にいたい。)
私が怯んでいる隙に、彼は私が手に握った忘却薬を取り上げ、放り投げた。
「シリル殿下の求婚を無下にすることは難しい。それにこのままだと、君は諜報員として一生国にこき使われる。だから逃げよう。」
「あなたは全てを失うことになる。家族も、友達も、貴族としての恵まれた生活も、騎士としての矜持も。」
「でも君を手に入れることができる。それに……君には俺しかいない。これは俺の思い上がりじゃないだろう?」
「アルセーヌ……。私ね、普通に生きたいの。赤い眼を持たずに生まれてきたなら、当然与えられたであろう小さな幸せが欲しい。」
アルセーヌは何も言わなかった。私をただしっかり抱き寄せた。「大丈夫、俺について来て」と心の声がした。
「私ね。シリル殿下から求婚されたの。父はこの話を受けると返事をしたわ。あなたも知っていると思うけど、彼も魔眼持ちよ。魔眼を取り巻く世間の感情は決して好意的ではない。だから王家の後ろ盾があるのは私にとっても心強いの。――だから、あなたとは結婚できない。」
「ねえ、ブリジットはそれでいいの?父上といっても君はあの家の養子だろう?」
(嘘だろ。シリル殿下が?そんな素振りなかったじゃないか。)
「ええ。だって私には選択肢なんてないもの。」
「ねえ、ブリジットじゃあ俺と一緒に逃げよう。魔眼のことを誰も知らない国に。」
彼の言葉を聞いて涙が出た。だって心の声と完全に一致していたから。でもこの選択は彼から、全てを奪うことになる。だから、私は断らなくてはならない。
「私はあなたとは違うの。幸せな家族も、信頼できる友達もいない。あの劇の魔王と一緒。だから別れましょう。この眼をもって生まれた時から、私は"人間"じゃないの。」
「じゃあ、何で涙が出るの?ブリジットは魔物じゃない。人間だよ。」
「あなただって、私の本当の能力を知ったら、きっと私を怖がるわ。」
「そんなことはない。君がたとえ一睨みで人を殺せるような人間でも俺は君が好きだ。」
彼がそこまで言うのならば。これが最後だと思って、私は彼に自分の能力や生い立ちを一つ一つ説明した。他人の心が見えること、本当の両親は魔眼を持った私を気味悪がり、妹が生まれたと同時に、私を高く買い取ると言ったジャカール侯爵家に連れて行ったこと、小さい頃から令嬢教育だけではなく、諜報員としての訓練も受けていたこと。
「だから、あなたが罰ゲームで私に告白してきたのも、初めから知っていたわ。学園生活くらい普通の女の子として過ごしたかったの。だから利用させてもらった。」
「う、うん。」
(え、俺が嘘告したのバレてたの!?)
「それにね。あなたが好きだって言ってくれた私は、全て虚像。私はあなたの心の中が見えるから、あなたが思う理想の相手を演じていただけなの。」
ここまで言えば、諦めてくれるはずだ。ただ私の能力は重大機密。家族以外に、私の秘密がバレてしまった場合、その記憶を忘却薬で消さなければならない。私の記憶を丸ごと、楽しかった思い出ごと、彼の中から消し去らなければならない。私と過ごした日々を忘れて、またブリュノやカミーユのもとに戻っていった方が、きっと彼にとって幸せなはずだ。
アルセーヌの心の中は、私が今言ったことを何度も反芻していた。混乱しているのだろう。
「どう、嫌いになったでしょう?だから、全部忘れて頂戴。」
ポケットから忘却薬をとりだした。蓋を開けようとしたが、涙で前がよく見えない。
「ねえ、もしかして、ブリジットは俺に好かれるために、俺の理想のタイプを演じてくれてたってこと?無理してお弁当を作って、髪型やメイクを変えて。服装も俺好みのワンピースを着て。」
(え、それ、めちゃくちゃかわいくない?すごく健気でかわいい。)
ん?思っていた反応と違う。私の方が困惑してしまう。
「それに知っているよ。カミーユが、剣技の試験の前に俺の剣に悪戯しようとした時、ブリジットが守ってくれたんだろう?カミーユとほとんど話したことがない君がなぜって、ずっと不思議だったんだ。」
「あなたが今思っていることも、分かるのよ。ねえ、怖くないの?」
「だって俺、今ブリジット隠したいことなんてないし。だからその手に持った小瓶も必要ないね。」
(好きだ。好きだ。好きだ。絶対離さない。ずっと一緒にいたい。)
私が怯んでいる隙に、彼は私が手に握った忘却薬を取り上げ、放り投げた。
「シリル殿下の求婚を無下にすることは難しい。それにこのままだと、君は諜報員として一生国にこき使われる。だから逃げよう。」
「あなたは全てを失うことになる。家族も、友達も、貴族としての恵まれた生活も、騎士としての矜持も。」
「でも君を手に入れることができる。それに……君には俺しかいない。これは俺の思い上がりじゃないだろう?」
「アルセーヌ……。私ね、普通に生きたいの。赤い眼を持たずに生まれてきたなら、当然与えられたであろう小さな幸せが欲しい。」
アルセーヌは何も言わなかった。私をただしっかり抱き寄せた。「大丈夫、俺について来て」と心の声がした。
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