嘘告されたので、理想の恋人を演じてみました

志熊みゅう

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 学園卒業後すぐ、私たちは駆け落ちした。旅商人の格好をして分厚い眼鏡をかければ、意外と庶民は魔眼のことに気づかなかった。時たま出くわす騎士団員は、やはり私たちの行方を探していた。もし魔眼保持者が他国に流出したとなれば、国家的な大損失だからだ。

 ただ騎士の心の声から、シリル殿下が中心になって私の行方を探していることが分かった。あの人は、一度も私のことを好ましいとなんて思ったことがないのに、どうして婚約者としての私に執着するのか分からなかった。もしかすると彼にとってちょうどいい結婚相手に逃げられたのが、癪に障ったのかもしれない。私たちは追っ手を避けながら、隣国の自由交易都市・パラディを目指した。

 読心は、外界でこそ役に立った。特に初めて会った人間の悪意に気づけるのは大きかった。おかげで騙されてお金を取られたり、危険な目に遭うこともなかった。

「アルセーヌ、この護衛の依頼が終わったら、次の街に立ちましょう。さっき町長の心の声で、騎士団がこの町に来るって聞こえたわ。」

「ありがとう、ブリジット。本当はもう少しこの町で稼ぎたかったけど、仕方ないね。」
(次はどこに寄ろうかな?ヴェールの街は森がきれいだと聞くし、薬草を取って他の街で売ればそれなりの稼ぎになる。この時期だと特産のレーヴベリーも美味しいだろうな。ブリジットも喜んでくれるかな。)

「ふふ、アルセーヌ。私もヴェールに行って、レーヴベリーを食べてみたいわ。」

「じゃあ、決まりだな。」

 何も持たずに逃げてきた私たちは、色々な街に寄って、少しずつお金を稼ぎながら、南へ南へと向かった。はじめ私は、生粋の貴族令息であるアルセーヌが、すぐに逃亡生活に根をあげるかと思った。けれど彼はもともと庶民の生活に興味があったらしく、驚くべき順応を見せた。そして、私への愛はさらに深まった。

 集めたお金で海を渡り、隣国のパラディにたどり着いた。ソレイユ国の騎士たちも、ここまでは追ってこない。私たちは町はずれでカフェを始めた。たくさんの花や植物を飾った小さなカフェ。ずっとずっと夢に見た普通の生活がそこにあった。

「お姉ちゃんのおめめ、真っ赤できれいね。」

「アルセーヌはきれいな嫁さんもらって、幸せもんだな。」

 パラディは、色々な文化的背景や宗教的価値観を持った人が集まる交易都市で、肌の色も瞳の色も人それぞれ。私の容姿も自然とこの街に馴染んだ。それにこの町には、ソレイユの魔眼の伝承を知っている人もほとんどいなかった。稀に知っている人がいても、異国に伝わるただの言い伝えくらいにしか思っていないようだった。

 魔眼のことを誰も知らない、こんな悪意のない環境に身を置くのは初めてだった。普通の暮らしが、こんなに楽しく、そして幸せなことなのか。

 そんな落ち着いた日々の中で、すぐに子宝にも恵まれた。アルセーヌによく似た金髪で碧眼のかわいい女の子。リュシーと名付けた。ある日の終わり、リュシーを寝かしつけた後、アルセーヌに尋ねた。

「ねえ、アルセーヌ、これで本当に良かったの?――初めは嘘告だったのに。」

「え、今更そんなこという?俺はとっても幸せだよ。何も言わなくても俺のこと分かってくれる美人な奥さんと、かわいいリュシーに囲まれて。」

 彼の笑顔がまぶしい。魔眼は私をたくさん不幸にしたけれど、大きな幸せも運んでくれた。嘘、演技から始まった私たちの"恋"は、やがて"真実の愛"になった。もう十分わかっているはずなのに、その愛を全身で確かめたくて、私は彼の胸に飛び込んだ。
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