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第四章 本当の愛
4. 森
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医務室にいた令嬢を問い詰めると、今日の結婚式にロレンシオも参列すると聞いて、セレスティノに渡されたという惚れ効果があるフレグランスをたっぷりつけてきたのだと言う。でも少し吐き気がしたので、この部屋で休んでいたと。ああ、番誤認薬の副作用か。すぐに家に帰るように、そしてもう二度とそのフレグランスを付けないように、念を押した。
父に状況を報告すると、他のゲストに知られる訳にはいかない、早くロレンシオを見つけろと厳命を受けた。使用人が、庭や場内を探したが一向に見つからない。森か――。もしこのまま日が暮れれば……。そんな不安が脳裏をよぎる。
「ここまで場内と庭を探して見つからないなんて……。ねぇ、あなたたち、森は…?森の中は探したの?」
使用人たちは少し疲れたのか、呆れたように返した。
「次期公爵さまが、他人の結婚式の最中に森になんか行く訳がないでしょう。あの森は夜は魔獣が出ると噂もありますし。」
なんとなく、ロレンシオが森にいると分かった。でもいくら使用人たちに説明しても、魔獣が潜むと言われる森の捜索に及び腰で誰も取り合ってくれない。これは自分で探すしかない――。気づいた瞬間には医務室を飛び出していた。
「ロレンシオ、ロレンシオ、どこなの?」
今、彼に会ったら――もしかしたら襲われるかもしれない。でもこの森のどこかで一人苦しんでいる彼を、このまま見捨てることが出来なかった。
思えばずっと、ずっとロレンシオは私の近くにいてくれた。ずっともう一人の"弟"だと思っていた。でも求婚されてからは、毎日気持ちをまっすぐ伝えてくれた。それは番だからじゃない。間違いなく彼は私のことを"人"として愛してくれていた。それに、彼の言う通り、今までの私の婚約者は自ら選んで婚約を解消した。何らかのお膳立てや妨害はあったとしても。
「ロレンシオ!」
何かに導かれるように森の奥へまっすぐ進んだ。そう王宮のお茶会でかつて彼を見つけた時のように。何故かその先にロレンシオがいる確信があった。
ロレンシオの名を叫びながら、さらに奥地に入っていく。迷子にならないように、ネックレスのパールを一珠ずつ落とした。白い光が、帰る先を照らしてくれるように。
「ロレンシオ、どこ?」
――遂に、木の裏でうずくまっている彼を見つけた。角や尻尾だけじゃなく、耳や牙まで生えて……ここまで獣化した彼を見たのは初めてだった。
「……フロレンシア?」
まっすぐ菫色の瞳でこちらを見つめ、かすかに震えていた。私は大きくうなづいた。
「だめ、来ないで。お願いだから……。僕いま君に何をするか……本当にわからない。」
苦しそうなロレンシオの声に思わず、息を飲んだ。少し離れた位置から、声をかけた。
「立てる?歩ける?とにかく、医務室に戻りましょう。あなたテリソートの媚薬を盛られたみたいなの。あの薬って解毒剤はないの?」
「確か、解毒剤は……吐き気止めにも……使われている白蓬草……。だから吐き気止めを飲んでも多少は効くはず……。」
はぁはぁと呼吸が荒い。全身汗だくだ。
「吐き気止めなら、飲みすぎるゲストのためにたくさん用意してあるはずよ。さあ戻りましょう。」
私は、落としたパールを一珠ずつ拾い上げながら、城を目指した。古城のとんがり屋根が見え、パールが途切れた。ここまでくればもう安心だ。
ロレンシオは獣人の本能と媚薬でぐちゃぐちゃになっているはずなのに、それを懸命に堪えて、理性を保ち、ただついて来てくれた。城に戻ると医務室に駆け込んだ。森を歩き、足元は泥だらけだけど、気にする余裕はなかった。
「アルバ次期公爵を見つけたわ。先生以外はこの部屋から出なさい。」
使用人たちが出て行ったあと、医師に告げた。
「早く吐き気止めを彼に渡して。テリソートの媚薬を盛られたみたいなの。」
「あ、あの強力な媚薬をですか?フロレンシア様は……、ご、ご無事でしょうか?」
「ええ、彼は私に指一本触れてないわ。とにかく、吐き気止めを!」
吐き気止めを飲ませると、彼は安らかな寝息を立て始めた。その姿に、私はそっと胸に手を当てた。ふと我に返る。――どうしてロレンシオに対し、ここまで必死になれたのだろう?
今までの婚約者たちも理由はどうあれ、次々と私のもとを去っていった。だけど、心にぽっかりと穴が開いたような喪失感を味わったのは、ロレンシオが初めてだった。それに今回、森の中でロレンシオが一人でいると思ったとき、彼を失うことが何より怖かった。
医師にロレンシオを任せた。私は靴とドレスの汚れを簡単に落とした。白っぽい色味にしなくてよかったと心の底から思った。披露宴に戻ると、父に事情を説明した。父はよくやったと褒めてくれた。
ふと、セレスティノの方に目をやると、何食わぬ顔で談笑している。この男とは、発想や行動のもとになる価値観が、初めから違っていたのだと確信した。
父に状況を報告すると、他のゲストに知られる訳にはいかない、早くロレンシオを見つけろと厳命を受けた。使用人が、庭や場内を探したが一向に見つからない。森か――。もしこのまま日が暮れれば……。そんな不安が脳裏をよぎる。
「ここまで場内と庭を探して見つからないなんて……。ねぇ、あなたたち、森は…?森の中は探したの?」
使用人たちは少し疲れたのか、呆れたように返した。
「次期公爵さまが、他人の結婚式の最中に森になんか行く訳がないでしょう。あの森は夜は魔獣が出ると噂もありますし。」
なんとなく、ロレンシオが森にいると分かった。でもいくら使用人たちに説明しても、魔獣が潜むと言われる森の捜索に及び腰で誰も取り合ってくれない。これは自分で探すしかない――。気づいた瞬間には医務室を飛び出していた。
「ロレンシオ、ロレンシオ、どこなの?」
今、彼に会ったら――もしかしたら襲われるかもしれない。でもこの森のどこかで一人苦しんでいる彼を、このまま見捨てることが出来なかった。
思えばずっと、ずっとロレンシオは私の近くにいてくれた。ずっともう一人の"弟"だと思っていた。でも求婚されてからは、毎日気持ちをまっすぐ伝えてくれた。それは番だからじゃない。間違いなく彼は私のことを"人"として愛してくれていた。それに、彼の言う通り、今までの私の婚約者は自ら選んで婚約を解消した。何らかのお膳立てや妨害はあったとしても。
「ロレンシオ!」
何かに導かれるように森の奥へまっすぐ進んだ。そう王宮のお茶会でかつて彼を見つけた時のように。何故かその先にロレンシオがいる確信があった。
ロレンシオの名を叫びながら、さらに奥地に入っていく。迷子にならないように、ネックレスのパールを一珠ずつ落とした。白い光が、帰る先を照らしてくれるように。
「ロレンシオ、どこ?」
――遂に、木の裏でうずくまっている彼を見つけた。角や尻尾だけじゃなく、耳や牙まで生えて……ここまで獣化した彼を見たのは初めてだった。
「……フロレンシア?」
まっすぐ菫色の瞳でこちらを見つめ、かすかに震えていた。私は大きくうなづいた。
「だめ、来ないで。お願いだから……。僕いま君に何をするか……本当にわからない。」
苦しそうなロレンシオの声に思わず、息を飲んだ。少し離れた位置から、声をかけた。
「立てる?歩ける?とにかく、医務室に戻りましょう。あなたテリソートの媚薬を盛られたみたいなの。あの薬って解毒剤はないの?」
「確か、解毒剤は……吐き気止めにも……使われている白蓬草……。だから吐き気止めを飲んでも多少は効くはず……。」
はぁはぁと呼吸が荒い。全身汗だくだ。
「吐き気止めなら、飲みすぎるゲストのためにたくさん用意してあるはずよ。さあ戻りましょう。」
私は、落としたパールを一珠ずつ拾い上げながら、城を目指した。古城のとんがり屋根が見え、パールが途切れた。ここまでくればもう安心だ。
ロレンシオは獣人の本能と媚薬でぐちゃぐちゃになっているはずなのに、それを懸命に堪えて、理性を保ち、ただついて来てくれた。城に戻ると医務室に駆け込んだ。森を歩き、足元は泥だらけだけど、気にする余裕はなかった。
「アルバ次期公爵を見つけたわ。先生以外はこの部屋から出なさい。」
使用人たちが出て行ったあと、医師に告げた。
「早く吐き気止めを彼に渡して。テリソートの媚薬を盛られたみたいなの。」
「あ、あの強力な媚薬をですか?フロレンシア様は……、ご、ご無事でしょうか?」
「ええ、彼は私に指一本触れてないわ。とにかく、吐き気止めを!」
吐き気止めを飲ませると、彼は安らかな寝息を立て始めた。その姿に、私はそっと胸に手を当てた。ふと我に返る。――どうしてロレンシオに対し、ここまで必死になれたのだろう?
今までの婚約者たちも理由はどうあれ、次々と私のもとを去っていった。だけど、心にぽっかりと穴が開いたような喪失感を味わったのは、ロレンシオが初めてだった。それに今回、森の中でロレンシオが一人でいると思ったとき、彼を失うことが何より怖かった。
医師にロレンシオを任せた。私は靴とドレスの汚れを簡単に落とした。白っぽい色味にしなくてよかったと心の底から思った。披露宴に戻ると、父に事情を説明した。父はよくやったと褒めてくれた。
ふと、セレスティノの方に目をやると、何食わぬ顔で談笑している。この男とは、発想や行動のもとになる価値観が、初めから違っていたのだと確信した。
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