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オフィーリアたちは王宮で国賓を招いた大きな晩餐会があるため、一か月ほどの滞在で王都のタウンハウスに帰っていた。出産までは、何かあるといけないので王都で過ごすとのことだった。
オフィーリアたちが発って、しばらく経ったある初夏の日。私も王都に向かう。今日は1年に1度の大切な日。白百合の花束を手に、王都の外れの墓地に向かう。ひっそりとした丘の上、駆け抜ける風が心地よい。アディントン公爵家の墓石の中に、探していた名前を見つける。
『ヒューゴ・アディントン』
持参した百合の花を供え、手を合わせる。
「ねぇヒューゴ、私ね、あなたの奥さんのクレアに復讐されちゃったの。でも、クライブも馬鹿よね?クレアに托卵されて逃げられたのよ。どうして長くこじらせた初恋にケリがつくなんて思ったのかしら?」
ヒューゴと私は幼馴染だった。
爵位が近い家同士、母たちが仲良くしていた。お互いの別荘を行き来して、一緒に遊んだ。ずっとずっと私はヒューゴと結婚すると思っていた。でも私の母は体が弱く、とうとう私に兄弟ができなかった。お互いに嫡子。結局、私たちが縁づくことはなかった。
たとえ一緒になれなくても、たまに会って、世間話をするだけでも幸せだった。でも、いつの間にか、私たちはそれ以上に強くひかれあうようになった。
私はどうしても初恋にケリをつけることができなかった。
ヒューゴの夜をまとったような黒髪、黒眼、そして物憂げな長いまつ毛が社交界で妖艶だと謳われ、貴族令嬢たちにとても人気があった。クレア嬢はヒューゴと結婚するため、ありとあらゆる手を使った。彼に媚薬を盛って関係を迫ったとも聞いている。
ヒューゴも、私と結婚できないならば誰でもいいと言って、彼女を選んだ。結婚後、すぐに子が生まれたが、本当の意味で心が通じ合った夫婦だったのか、私には分からない。
私たちはお互いが結婚した後も、仮面舞踏会やそれぞれの別荘でこっそりと密会を続けた。仮面越しに愛をささやき合ったが、彼が私のことをどう思っていたかは分からないし、知りたくもない。それこそ、ただの都合が良い遊び相手だったのかもしれない。
さすがに私の子どもたちはクライブの子だと思う。ただ、長男のチェスターだけは大人になるにつれ、クライブにはない妖艶さを纏い、その横顔がヒューゴと被る。――もしかしたらということもあるかもしれない。
「これはこれは、グレース様。今年も来て下さったんですね。」
「ハロルド、お久しぶり。お元気そうで何よりです。今日で、もう7年でしたっけ。」
ハロルドはアディントン公爵家に長く勤めた執事だ。私たちが幼いときはまだ執事見習いでよく遊んでもらった。
「――ええ。公爵様が亡くなってから、早いものです。」
「アディントン前公爵夫人、いえオズボーン子爵夫人は結局一度もこちらに来られていないのですか?」
「ええ。再婚なさってからは、一度も……。」
「そうですか。」
「あの方はシリルお坊ちゃまにも、会いに来ない薄情な女ですから。」
「それは家を追い出されたのだから、仕方ないのではなくて?ふふ。それに現・アディントン公爵閣下をそんな風に呼ぶのは、あなたくらいよ。シリル様、うちのチェスターとは、兄弟のように仲がいいんだから、またうちにも、ご家族を連れて遊びに来るように伝えてね。」
「そうですね。本当の御兄弟のようです。」
ハロルドはおそらくすべてを知っている。だけど、何も言わないでいてくれる。まあ明らかになったところで、チェスターが私の子でさえあれば、フィンズベリー侯爵家の継承には影響がない。
「ヒューゴ、いえアディントン前公爵に早く会って話がしたいわ。地獄の門の前で私を待っていてくれるかしら?」
「ええ。きっと。白百合を持って、グレース様を待っていて下さると思いますよ。」
その時、突風が吹いて、墓前に供えた花の花弁が空を舞った。まるで、「待っているよ」とヒューゴが返事してくれたみたいだった。
オフィーリアたちが発って、しばらく経ったある初夏の日。私も王都に向かう。今日は1年に1度の大切な日。白百合の花束を手に、王都の外れの墓地に向かう。ひっそりとした丘の上、駆け抜ける風が心地よい。アディントン公爵家の墓石の中に、探していた名前を見つける。
『ヒューゴ・アディントン』
持参した百合の花を供え、手を合わせる。
「ねぇヒューゴ、私ね、あなたの奥さんのクレアに復讐されちゃったの。でも、クライブも馬鹿よね?クレアに托卵されて逃げられたのよ。どうして長くこじらせた初恋にケリがつくなんて思ったのかしら?」
ヒューゴと私は幼馴染だった。
爵位が近い家同士、母たちが仲良くしていた。お互いの別荘を行き来して、一緒に遊んだ。ずっとずっと私はヒューゴと結婚すると思っていた。でも私の母は体が弱く、とうとう私に兄弟ができなかった。お互いに嫡子。結局、私たちが縁づくことはなかった。
たとえ一緒になれなくても、たまに会って、世間話をするだけでも幸せだった。でも、いつの間にか、私たちはそれ以上に強くひかれあうようになった。
私はどうしても初恋にケリをつけることができなかった。
ヒューゴの夜をまとったような黒髪、黒眼、そして物憂げな長いまつ毛が社交界で妖艶だと謳われ、貴族令嬢たちにとても人気があった。クレア嬢はヒューゴと結婚するため、ありとあらゆる手を使った。彼に媚薬を盛って関係を迫ったとも聞いている。
ヒューゴも、私と結婚できないならば誰でもいいと言って、彼女を選んだ。結婚後、すぐに子が生まれたが、本当の意味で心が通じ合った夫婦だったのか、私には分からない。
私たちはお互いが結婚した後も、仮面舞踏会やそれぞれの別荘でこっそりと密会を続けた。仮面越しに愛をささやき合ったが、彼が私のことをどう思っていたかは分からないし、知りたくもない。それこそ、ただの都合が良い遊び相手だったのかもしれない。
さすがに私の子どもたちはクライブの子だと思う。ただ、長男のチェスターだけは大人になるにつれ、クライブにはない妖艶さを纏い、その横顔がヒューゴと被る。――もしかしたらということもあるかもしれない。
「これはこれは、グレース様。今年も来て下さったんですね。」
「ハロルド、お久しぶり。お元気そうで何よりです。今日で、もう7年でしたっけ。」
ハロルドはアディントン公爵家に長く勤めた執事だ。私たちが幼いときはまだ執事見習いでよく遊んでもらった。
「――ええ。公爵様が亡くなってから、早いものです。」
「アディントン前公爵夫人、いえオズボーン子爵夫人は結局一度もこちらに来られていないのですか?」
「ええ。再婚なさってからは、一度も……。」
「そうですか。」
「あの方はシリルお坊ちゃまにも、会いに来ない薄情な女ですから。」
「それは家を追い出されたのだから、仕方ないのではなくて?ふふ。それに現・アディントン公爵閣下をそんな風に呼ぶのは、あなたくらいよ。シリル様、うちのチェスターとは、兄弟のように仲がいいんだから、またうちにも、ご家族を連れて遊びに来るように伝えてね。」
「そうですね。本当の御兄弟のようです。」
ハロルドはおそらくすべてを知っている。だけど、何も言わないでいてくれる。まあ明らかになったところで、チェスターが私の子でさえあれば、フィンズベリー侯爵家の継承には影響がない。
「ヒューゴ、いえアディントン前公爵に早く会って話がしたいわ。地獄の門の前で私を待っていてくれるかしら?」
「ええ。きっと。白百合を持って、グレース様を待っていて下さると思いますよ。」
その時、突風が吹いて、墓前に供えた花の花弁が空を舞った。まるで、「待っているよ」とヒューゴが返事してくれたみたいだった。
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