【完結】報われないままの狂愛

佐藤さん

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それから――柊斗は、消えた。

 正確に言えば、姿を見せなくなった。  
 ネットカフェにも現れず、実家にも帰らず、スマホは解約され、会社との接点も完全に断たれた。

 探す理由なんて、なかった。  
 いや、探す気力が、なかった。

 “これで終わりにする”  
 最後の手紙は、そう締めくくられていたけれど、俺はどこかで思っていた。

 (どうせ、また現れるだろう)

 けれど、その予想は外れた。  
 半年が過ぎても、一年が過ぎても、柊斗は一度も姿を見せなかった。

 初めてだった。  
 あいつが、俺の視界から完全に“いなくなる”ということが。

*

 俺は普通に生きている。  
 引っ越しもした。仕事も変えた。新しい職場の同僚と、たまに飲みにも行くようになった。

 誰も、俺の過去を知らない。  
 柊斗のことを話すことも、考えることも、しばらくなかった。

 ――なのに、ふとした瞬間に、思い出す。

 夜道を歩いているとき。  
 電車でぼんやり窓の外を見ているとき。  
 コーヒーを飲んでいるとき。

 (今、背後に立っていたらどうしよう)  
 (また、“優しく”されたらどうしよう)

 心の奥にこびりついた残響のように、柊斗の存在だけが、消えずに残っている。

 それはもう、“愛”ではなかった。  
 ただの、記憶の澱だ。

*

 ある日、何年ぶりかに地元の図書館を訪れた。  
 懐かしさというより、ただの通り道だった。

 館内の一角、破棄予定の雑誌の棚で、ふと手に取った一冊の裏表紙。  
 どこかで見た名前があった。

 “写真提供:H.S”

 ありふれたイニシャル。でも、俺は直感した。  
 ――星野柊斗だ、と。

 記事によると、地方の山奥の写真家として活動しているらしかった。  
 人前に出ることはなく、SNSにも姿を出さない。自然を撮りながら、ひとり暮らしているのだという。

 “名前を出さないなら、自由に使ってもらって構わない”  
 それが本人の意向だと書かれていた。

 写真は、どれも、静かだった。  
 風のない朝の湖、誰もいない登山道、陽だまりの差す廃屋。

 誰にも見つからないように、  
 誰にも触れられないように、  
 まるで、世界に「そっと息を潜めて生きている」とでも言いたげだった。

 俺はそのページを閉じ、雑誌を棚に戻した。

 それだけだった。  
 特に感情は、湧かなかった。

 ただ――ほんの少しだけ。

 (本当に……消えたんだな)

 と、胸のどこかが静かに冷えていった。

*

 夜、ベッドに寝転がる。  
 天井を見上げながら、ふと思った。

 「あいつ、まだ俺のこと、好きなんだろうか」

 馬鹿な問いだ。知ったところで、意味などない。  
 もう連絡先も知らないし、会いに行くつもりもない。

 それでも、何故か、答えが聞きたかった。

 だけど俺は――  
 **最後まで、あいつのことを好きになれなかった。**

 暴力的な優しさも、壊れていく姿も、  
 涙も、後悔も、血の滲む愛も。

 全部、俺の中には届かなかった。

 “届かないまま終わった愛”だった。

*

 静かな風が、カーテンを揺らす。

 まるで、消えてしまった誰かが、遠くで呼んでいるようだった。



【 完 】
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