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第21話 眠る古竜と夢の中
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夜が明け、ルーデン村を包んでいた霧は完全に払われていた。
だが同時に、村の北方で奇妙な爆音が響いた。
地響きと共に空に煙が上がり、村人たちは恐る恐る外へ出て様子を窺った。
アレンはその音を聞きつけるなり杖を掴んだ。
どうやらまた大地が動いている。昨日までの神核の影響が完全には沈静化していない。
リィナもその異変を感じ取ったのか、すぐに駆け寄ってきた。
「北の森の方から……動物たちが逃げています。アレンさん、嫌な気配がします。」
「僕も感じています。……おそらく、“封じられていたもの”が動き出した。」
ミーナも心配そうに顔を出した。
「また魔物ですか?もう勘弁してほしいです……」
「単体なら相手になりますが、問題はそれが“どれほど古いか”ですね。」
アレンは空を見上げた。雲の切れ間から差し込む朝日。その光の中に、わずかに赤みを帯びた影が揺らめいた。
「……竜だ。」
呟いた声に、二人が息を呑む。
◇
北の森へ向かう途中、周囲の草木はまるで焼けたように黒ずんでいた。
空気が熱を帯び、風は焦げた匂いを運んでくる。
地面には巨大な爪痕。
何百年もの眠りを破り、大地そのものに爪を立てたような跡だった。
「アレンさん、ここ……前に私が森で眠っていた場所のすぐ近くです。」
「ならばなおさら危険ですね。おそらく“再構築”の波動がこの地を刺激した。眠る竜の封印を少しだけ破ってしまったのです。」
「竜なんて、本当にいるんですね……」ミーナが呟く。
「存在します。ただし、人間と同じ。食べ、眠り、時に目覚め、そしてまた夢に戻る。それが“竜族”の生。――それを人間が封じたのです。」
彼らが足を止めた先。
森を切り裂くように大きな裂け目が口を開け、地の底から熱風が吹き上がっていた。
崩れた岩の隙間、暗闇の奥でかすかに光るもの。
巨大な鱗のような、まるで金属の壁のような輝きが見え隠れしている。
「眠っている……この感情、懐かしい。」リィナの声が震える。
「君の体の一部がそれを覚えているのかもしれません。森と神核の記憶には、竜の力も混じっていましたから。」
「じゃあ、この竜は、昔……」
「神がまだ地を歩いていた時代から眠り続ける“原初の器”でしょう。」
アレンは杖を構え、地面の亀裂を覗き込んだ。
すると、その向こうから声がした。
聞こえるはずのない、低く、温かい声。
『……誰だ。ここを……揺らしたのは……』
地面が小刻みに震える。
アレンたちの足元の石が浮き上がり、空中で砕けた。
「……目を覚ましましたね。」
『……久しい。人間が……私に触れるとは。』
闇の中から赤い瞳が二つ、ゆっくりと開かれた。
その視線が三人を貫く。
思考を読むような、その存在感は言葉より先に恐怖を伝えてくる。
リィナがしゃがみ込み、耳を押さえた。
「……頭の中に、直接声が……アレンさん!」
「大丈夫、僕が抑えます。」
アレンが杖を突き立てると、光の波が周囲を包んだ。
竜の意識から流れ込んでくる想念を遮断し、周辺を静寂で満たす。
『……術師か。懐かしき術のにおい……。貴様の名を、教えろ。』
「アレン=クロード。」
『ほう。……ならば、問う。何故、我が夢を破った。』
「あなたの眠りの周囲の封印が、百年前の災厄で歪んでいました。放置すれば地脈が崩壊する。」
『愚かだ。地を癒すために“傷”を開いたのか。』
「結果的に、そうなったかもしれません。」
竜が低く笑った。大地が鳴る。
『興味深い。……貴様、人の身で神の理に手を伸ばしておるな。』
「それを“異端”と言うなら、そうでしょうね。だが僕はただ、理を正したいだけです。狂った秩序を、再構築する。」
その言葉を聞くと、竜の瞳が細くなった。
『再構築……小さき者らがそう呼ぶ術。あれは我らの息を真似て作られたもの。』
アレンの胸に稲妻のような違和感が走る。
「……息?」
『命を吹き込む“始まりの呼吸”。我が一族だけが持つ理。……貴様の中に、我が息吹の欠片がある。誰が与えた?』
「誰が、ですって?」
竜の影が一段と明るくなる。炎のような熱が吹き上がり、三人は後ずさった。
『その女――。お前の隣のものからも、同じ匂いがする。』
リィナが息を呑む。金色の髪が風に舞う。
「わたしの……?」
『お前の命は森の精と神核の欠片に加え、我が息吹から生まれた。それがお前を“守人”へとした。』
アレンはその言葉を聞き、目を細めた。
「つまり、あなたが――リュシアを助けた時に、魂の断片をこの地に残したんですね。」
『古の約定ゆえ。だが、約定が破られた。今、我が力は人に奪われ、模造品として世界を満たしている。』
「再構築石……やはりそれは竜の核か。」
竜は静かに目を閉じる。
『奪われた欠片は憎まぬ。だがそれを操る者がいるならば、災厄はまた訪れる。』
沈黙。
やがて、竜の声が少しだけ柔らかくなった。
『アレン=クロード。この世界を癒したいというならば、我を封じた器を開け。そこに“真の核”が眠る。』
「真の核?」
『我が心臓。だが、それを手にするならば、貴様も夢の外へ出ることはできぬ。』
「……夢、ですか。」
風が止まり、音だけが響く。
リィナが袖を掴んだ。
「アレンさん、まさかその封印を開けるつもりですか!?」
「確かめる必要があります。彼が言っているのが真実なら、この世界の理は竜の呼吸で支えられている。」
「でも、触れたら――」
アレンは微笑んだ。
「僕は大丈夫。少なくとも、そう自分に言い聞かせてきたので。」
そして、彼は竜の瞳の前に立った。
杖を地面に突き、静かに詠唱する。
「――封を解く、ではなく、“夢を覗く”だけです。」
黄金の光が彼の身体を包み、リィナの声が遠ざかっていった。
◇
アレンの意識は暗闇に落ち、次の瞬間、見知らぬ大地に立っていた。
空は赤く、海のような光が流れている。周囲には巨大な影のような竜がゆっくりと泳いでいた。
“夢の中の世界”。竜の記憶に刻まれた“創世”の記録だ。
彼の足元に小さな球体のような光が浮かんでいる。
それは言葉にならぬほど温かく、懐かしい。
かすかに、あの声がした。
(アレン……またあなたに、会えた。)
「リュシア……?」
光が形を変え、少女の面影が現れる。
それはリィナとよく似ていた。
(あなたは、まだこの地を癒そうとしているのね。)
「君の願いを叶えるために、僕はここまで来た。それだけさ。」
(優しい嘘。あなたは、自分を許せていないだけ。)
リュシアが微笑む。彼女の背後に、封印の門が見えた。
門の奥から、金の炎が吹き上がる。
(アレン。この門の中に、“真の核”がある。でも開けば、竜の夢も終わる。あなた一人の命では制御できない。)
「それでも、誰かが踏み込まないと。」
(だから、あなたなのね。)
彼女の光が彼の胸に触れる。
温かさが広がる。
(あなたがその門を開くとき、私たちは同じ存在になる。……それでもいい?)
「君となら。」
光が一瞬、眩く弾けた。
そして、全てが白に染まる。
◇
目を開けると、リィナの顔があった。
彼女の手がアレンの頬に触れている。
「……戻ってきた!」
「ただいま。」
アレンの口元が僅かに笑った。
地面に転がっていた竜の封印石が静かにひとつ輝き、そして、ひび割れもせずに眠りについた。
遠くで竜の声が、最後に響いた。
『夢は続く。目覚めの時まで。――見届けよ、人の子。』
その声が消えると同時に、空の光が青く澄み渡る。
風が吹き、森が息を吹き返したようにざわめいた。
リィナはその風の中でアレンを見上げた。
「夢の中で、何を見たんですか?」
「過去と、未来。……そして、もう一人の僕です。」
彼の瞳の奥には新しい光が宿っていた。
それは希望にも絶望にも見える、得体の知れぬ輝き。
そして、遙か彼方の王都では――
誰かがその変化を感じ取り、静かに目を開いた。
ハイゼル・エクレール、その瞳が月光を映し、冷ややかに光る。
「竜の門が、動いたか。さて、アレン。君の夢はどこまで続く?」
新たな夜風が吹き、遠くルーデンの地にも届いた。
静寂の中で、竜の微かな息の名残が、再び世界の底を震わせていた。
だが同時に、村の北方で奇妙な爆音が響いた。
地響きと共に空に煙が上がり、村人たちは恐る恐る外へ出て様子を窺った。
アレンはその音を聞きつけるなり杖を掴んだ。
どうやらまた大地が動いている。昨日までの神核の影響が完全には沈静化していない。
リィナもその異変を感じ取ったのか、すぐに駆け寄ってきた。
「北の森の方から……動物たちが逃げています。アレンさん、嫌な気配がします。」
「僕も感じています。……おそらく、“封じられていたもの”が動き出した。」
ミーナも心配そうに顔を出した。
「また魔物ですか?もう勘弁してほしいです……」
「単体なら相手になりますが、問題はそれが“どれほど古いか”ですね。」
アレンは空を見上げた。雲の切れ間から差し込む朝日。その光の中に、わずかに赤みを帯びた影が揺らめいた。
「……竜だ。」
呟いた声に、二人が息を呑む。
◇
北の森へ向かう途中、周囲の草木はまるで焼けたように黒ずんでいた。
空気が熱を帯び、風は焦げた匂いを運んでくる。
地面には巨大な爪痕。
何百年もの眠りを破り、大地そのものに爪を立てたような跡だった。
「アレンさん、ここ……前に私が森で眠っていた場所のすぐ近くです。」
「ならばなおさら危険ですね。おそらく“再構築”の波動がこの地を刺激した。眠る竜の封印を少しだけ破ってしまったのです。」
「竜なんて、本当にいるんですね……」ミーナが呟く。
「存在します。ただし、人間と同じ。食べ、眠り、時に目覚め、そしてまた夢に戻る。それが“竜族”の生。――それを人間が封じたのです。」
彼らが足を止めた先。
森を切り裂くように大きな裂け目が口を開け、地の底から熱風が吹き上がっていた。
崩れた岩の隙間、暗闇の奥でかすかに光るもの。
巨大な鱗のような、まるで金属の壁のような輝きが見え隠れしている。
「眠っている……この感情、懐かしい。」リィナの声が震える。
「君の体の一部がそれを覚えているのかもしれません。森と神核の記憶には、竜の力も混じっていましたから。」
「じゃあ、この竜は、昔……」
「神がまだ地を歩いていた時代から眠り続ける“原初の器”でしょう。」
アレンは杖を構え、地面の亀裂を覗き込んだ。
すると、その向こうから声がした。
聞こえるはずのない、低く、温かい声。
『……誰だ。ここを……揺らしたのは……』
地面が小刻みに震える。
アレンたちの足元の石が浮き上がり、空中で砕けた。
「……目を覚ましましたね。」
『……久しい。人間が……私に触れるとは。』
闇の中から赤い瞳が二つ、ゆっくりと開かれた。
その視線が三人を貫く。
思考を読むような、その存在感は言葉より先に恐怖を伝えてくる。
リィナがしゃがみ込み、耳を押さえた。
「……頭の中に、直接声が……アレンさん!」
「大丈夫、僕が抑えます。」
アレンが杖を突き立てると、光の波が周囲を包んだ。
竜の意識から流れ込んでくる想念を遮断し、周辺を静寂で満たす。
『……術師か。懐かしき術のにおい……。貴様の名を、教えろ。』
「アレン=クロード。」
『ほう。……ならば、問う。何故、我が夢を破った。』
「あなたの眠りの周囲の封印が、百年前の災厄で歪んでいました。放置すれば地脈が崩壊する。」
『愚かだ。地を癒すために“傷”を開いたのか。』
「結果的に、そうなったかもしれません。」
竜が低く笑った。大地が鳴る。
『興味深い。……貴様、人の身で神の理に手を伸ばしておるな。』
「それを“異端”と言うなら、そうでしょうね。だが僕はただ、理を正したいだけです。狂った秩序を、再構築する。」
その言葉を聞くと、竜の瞳が細くなった。
『再構築……小さき者らがそう呼ぶ術。あれは我らの息を真似て作られたもの。』
アレンの胸に稲妻のような違和感が走る。
「……息?」
『命を吹き込む“始まりの呼吸”。我が一族だけが持つ理。……貴様の中に、我が息吹の欠片がある。誰が与えた?』
「誰が、ですって?」
竜の影が一段と明るくなる。炎のような熱が吹き上がり、三人は後ずさった。
『その女――。お前の隣のものからも、同じ匂いがする。』
リィナが息を呑む。金色の髪が風に舞う。
「わたしの……?」
『お前の命は森の精と神核の欠片に加え、我が息吹から生まれた。それがお前を“守人”へとした。』
アレンはその言葉を聞き、目を細めた。
「つまり、あなたが――リュシアを助けた時に、魂の断片をこの地に残したんですね。」
『古の約定ゆえ。だが、約定が破られた。今、我が力は人に奪われ、模造品として世界を満たしている。』
「再構築石……やはりそれは竜の核か。」
竜は静かに目を閉じる。
『奪われた欠片は憎まぬ。だがそれを操る者がいるならば、災厄はまた訪れる。』
沈黙。
やがて、竜の声が少しだけ柔らかくなった。
『アレン=クロード。この世界を癒したいというならば、我を封じた器を開け。そこに“真の核”が眠る。』
「真の核?」
『我が心臓。だが、それを手にするならば、貴様も夢の外へ出ることはできぬ。』
「……夢、ですか。」
風が止まり、音だけが響く。
リィナが袖を掴んだ。
「アレンさん、まさかその封印を開けるつもりですか!?」
「確かめる必要があります。彼が言っているのが真実なら、この世界の理は竜の呼吸で支えられている。」
「でも、触れたら――」
アレンは微笑んだ。
「僕は大丈夫。少なくとも、そう自分に言い聞かせてきたので。」
そして、彼は竜の瞳の前に立った。
杖を地面に突き、静かに詠唱する。
「――封を解く、ではなく、“夢を覗く”だけです。」
黄金の光が彼の身体を包み、リィナの声が遠ざかっていった。
◇
アレンの意識は暗闇に落ち、次の瞬間、見知らぬ大地に立っていた。
空は赤く、海のような光が流れている。周囲には巨大な影のような竜がゆっくりと泳いでいた。
“夢の中の世界”。竜の記憶に刻まれた“創世”の記録だ。
彼の足元に小さな球体のような光が浮かんでいる。
それは言葉にならぬほど温かく、懐かしい。
かすかに、あの声がした。
(アレン……またあなたに、会えた。)
「リュシア……?」
光が形を変え、少女の面影が現れる。
それはリィナとよく似ていた。
(あなたは、まだこの地を癒そうとしているのね。)
「君の願いを叶えるために、僕はここまで来た。それだけさ。」
(優しい嘘。あなたは、自分を許せていないだけ。)
リュシアが微笑む。彼女の背後に、封印の門が見えた。
門の奥から、金の炎が吹き上がる。
(アレン。この門の中に、“真の核”がある。でも開けば、竜の夢も終わる。あなた一人の命では制御できない。)
「それでも、誰かが踏み込まないと。」
(だから、あなたなのね。)
彼女の光が彼の胸に触れる。
温かさが広がる。
(あなたがその門を開くとき、私たちは同じ存在になる。……それでもいい?)
「君となら。」
光が一瞬、眩く弾けた。
そして、全てが白に染まる。
◇
目を開けると、リィナの顔があった。
彼女の手がアレンの頬に触れている。
「……戻ってきた!」
「ただいま。」
アレンの口元が僅かに笑った。
地面に転がっていた竜の封印石が静かにひとつ輝き、そして、ひび割れもせずに眠りについた。
遠くで竜の声が、最後に響いた。
『夢は続く。目覚めの時まで。――見届けよ、人の子。』
その声が消えると同時に、空の光が青く澄み渡る。
風が吹き、森が息を吹き返したようにざわめいた。
リィナはその風の中でアレンを見上げた。
「夢の中で、何を見たんですか?」
「過去と、未来。……そして、もう一人の僕です。」
彼の瞳の奥には新しい光が宿っていた。
それは希望にも絶望にも見える、得体の知れぬ輝き。
そして、遙か彼方の王都では――
誰かがその変化を感じ取り、静かに目を開いた。
ハイゼル・エクレール、その瞳が月光を映し、冷ややかに光る。
「竜の門が、動いたか。さて、アレン。君の夢はどこまで続く?」
新たな夜風が吹き、遠くルーデンの地にも届いた。
静寂の中で、竜の微かな息の名残が、再び世界の底を震わせていた。
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