追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ

文字の大きさ
21 / 54

第21話 眠る古竜と夢の中

しおりを挟む
 夜が明け、ルーデン村を包んでいた霧は完全に払われていた。  
 だが同時に、村の北方で奇妙な爆音が響いた。  
 地響きと共に空に煙が上がり、村人たちは恐る恐る外へ出て様子を窺った。  

 アレンはその音を聞きつけるなり杖を掴んだ。  
 どうやらまた大地が動いている。昨日までの神核の影響が完全には沈静化していない。  
 リィナもその異変を感じ取ったのか、すぐに駆け寄ってきた。  

「北の森の方から……動物たちが逃げています。アレンさん、嫌な気配がします。」  
「僕も感じています。……おそらく、“封じられていたもの”が動き出した。」  

 ミーナも心配そうに顔を出した。  
「また魔物ですか?もう勘弁してほしいです……」  
「単体なら相手になりますが、問題はそれが“どれほど古いか”ですね。」  

 アレンは空を見上げた。雲の切れ間から差し込む朝日。その光の中に、わずかに赤みを帯びた影が揺らめいた。  

「……竜だ。」  
 呟いた声に、二人が息を呑む。  

         ◇  

 北の森へ向かう途中、周囲の草木はまるで焼けたように黒ずんでいた。  
 空気が熱を帯び、風は焦げた匂いを運んでくる。  
 地面には巨大な爪痕。  
 何百年もの眠りを破り、大地そのものに爪を立てたような跡だった。  

「アレンさん、ここ……前に私が森で眠っていた場所のすぐ近くです。」  
「ならばなおさら危険ですね。おそらく“再構築”の波動がこの地を刺激した。眠る竜の封印を少しだけ破ってしまったのです。」  
「竜なんて、本当にいるんですね……」ミーナが呟く。  
「存在します。ただし、人間と同じ。食べ、眠り、時に目覚め、そしてまた夢に戻る。それが“竜族”の生。――それを人間が封じたのです。」  

 彼らが足を止めた先。  
 森を切り裂くように大きな裂け目が口を開け、地の底から熱風が吹き上がっていた。  
 崩れた岩の隙間、暗闇の奥でかすかに光るもの。  
 巨大な鱗のような、まるで金属の壁のような輝きが見え隠れしている。  

「眠っている……この感情、懐かしい。」リィナの声が震える。  
「君の体の一部がそれを覚えているのかもしれません。森と神核の記憶には、竜の力も混じっていましたから。」  
「じゃあ、この竜は、昔……」  
「神がまだ地を歩いていた時代から眠り続ける“原初の器”でしょう。」  

 アレンは杖を構え、地面の亀裂を覗き込んだ。  
 すると、その向こうから声がした。  
 聞こえるはずのない、低く、温かい声。  

『……誰だ。ここを……揺らしたのは……』  

 地面が小刻みに震える。  
 アレンたちの足元の石が浮き上がり、空中で砕けた。  

「……目を覚ましましたね。」  
『……久しい。人間が……私に触れるとは。』  

 闇の中から赤い瞳が二つ、ゆっくりと開かれた。  
 その視線が三人を貫く。  
 思考を読むような、その存在感は言葉より先に恐怖を伝えてくる。  

 リィナがしゃがみ込み、耳を押さえた。  
「……頭の中に、直接声が……アレンさん!」  
「大丈夫、僕が抑えます。」  

 アレンが杖を突き立てると、光の波が周囲を包んだ。  
 竜の意識から流れ込んでくる想念を遮断し、周辺を静寂で満たす。  

『……術師か。懐かしき術のにおい……。貴様の名を、教えろ。』  
「アレン=クロード。」  
『ほう。……ならば、問う。何故、我が夢を破った。』  

「あなたの眠りの周囲の封印が、百年前の災厄で歪んでいました。放置すれば地脈が崩壊する。」  
『愚かだ。地を癒すために“傷”を開いたのか。』  
「結果的に、そうなったかもしれません。」  

 竜が低く笑った。大地が鳴る。  
『興味深い。……貴様、人の身で神の理に手を伸ばしておるな。』  
「それを“異端”と言うなら、そうでしょうね。だが僕はただ、理を正したいだけです。狂った秩序を、再構築する。」  

 その言葉を聞くと、竜の瞳が細くなった。  
『再構築……小さき者らがそう呼ぶ術。あれは我らの息を真似て作られたもの。』  
 アレンの胸に稲妻のような違和感が走る。  
「……息?」  
『命を吹き込む“始まりの呼吸”。我が一族だけが持つ理。……貴様の中に、我が息吹の欠片がある。誰が与えた?』  
「誰が、ですって?」  

 竜の影が一段と明るくなる。炎のような熱が吹き上がり、三人は後ずさった。  
『その女――。お前の隣のものからも、同じ匂いがする。』  

 リィナが息を呑む。金色の髪が風に舞う。  
「わたしの……?」  
『お前の命は森の精と神核の欠片に加え、我が息吹から生まれた。それがお前を“守人”へとした。』  

 アレンはその言葉を聞き、目を細めた。  
「つまり、あなたが――リュシアを助けた時に、魂の断片をこの地に残したんですね。」  
『古の約定ゆえ。だが、約定が破られた。今、我が力は人に奪われ、模造品として世界を満たしている。』  
「再構築石……やはりそれは竜の核か。」  

 竜は静かに目を閉じる。  
『奪われた欠片は憎まぬ。だがそれを操る者がいるならば、災厄はまた訪れる。』  

 沈黙。  
 やがて、竜の声が少しだけ柔らかくなった。  
『アレン=クロード。この世界を癒したいというならば、我を封じた器を開け。そこに“真の核”が眠る。』  
「真の核?」  
『我が心臓。だが、それを手にするならば、貴様も夢の外へ出ることはできぬ。』  
「……夢、ですか。」  

 風が止まり、音だけが響く。  
 リィナが袖を掴んだ。  
「アレンさん、まさかその封印を開けるつもりですか!?」  
「確かめる必要があります。彼が言っているのが真実なら、この世界の理は竜の呼吸で支えられている。」  
「でも、触れたら――」  
 アレンは微笑んだ。  
「僕は大丈夫。少なくとも、そう自分に言い聞かせてきたので。」  

 そして、彼は竜の瞳の前に立った。  
 杖を地面に突き、静かに詠唱する。  
「――封を解く、ではなく、“夢を覗く”だけです。」  

 黄金の光が彼の身体を包み、リィナの声が遠ざかっていった。  

         ◇  

 アレンの意識は暗闇に落ち、次の瞬間、見知らぬ大地に立っていた。  
 空は赤く、海のような光が流れている。周囲には巨大な影のような竜がゆっくりと泳いでいた。  
 “夢の中の世界”。竜の記憶に刻まれた“創世”の記録だ。  

 彼の足元に小さな球体のような光が浮かんでいる。  
 それは言葉にならぬほど温かく、懐かしい。  
 かすかに、あの声がした。  

(アレン……またあなたに、会えた。)  
「リュシア……?」  

 光が形を変え、少女の面影が現れる。  
 それはリィナとよく似ていた。  
(あなたは、まだこの地を癒そうとしているのね。)  
「君の願いを叶えるために、僕はここまで来た。それだけさ。」  
(優しい嘘。あなたは、自分を許せていないだけ。)  

 リュシアが微笑む。彼女の背後に、封印の門が見えた。  
 門の奥から、金の炎が吹き上がる。  
(アレン。この門の中に、“真の核”がある。でも開けば、竜の夢も終わる。あなた一人の命では制御できない。)  
「それでも、誰かが踏み込まないと。」  
(だから、あなたなのね。)  

 彼女の光が彼の胸に触れる。  
 温かさが広がる。  
(あなたがその門を開くとき、私たちは同じ存在になる。……それでもいい?)  
「君となら。」  

 光が一瞬、眩く弾けた。  
 そして、全てが白に染まる。  

         ◇  

 目を開けると、リィナの顔があった。  
 彼女の手がアレンの頬に触れている。  
「……戻ってきた!」  
「ただいま。」  

 アレンの口元が僅かに笑った。  
 地面に転がっていた竜の封印石が静かにひとつ輝き、そして、ひび割れもせずに眠りについた。  

 遠くで竜の声が、最後に響いた。  
『夢は続く。目覚めの時まで。――見届けよ、人の子。』  

 その声が消えると同時に、空の光が青く澄み渡る。  
 風が吹き、森が息を吹き返したようにざわめいた。  

 リィナはその風の中でアレンを見上げた。  
「夢の中で、何を見たんですか?」  
「過去と、未来。……そして、もう一人の僕です。」  

 彼の瞳の奥には新しい光が宿っていた。  
 それは希望にも絶望にも見える、得体の知れぬ輝き。  

 そして、遙か彼方の王都では――  
 誰かがその変化を感じ取り、静かに目を開いた。  
 ハイゼル・エクレール、その瞳が月光を映し、冷ややかに光る。  

「竜の門が、動いたか。さて、アレン。君の夢はどこまで続く?」  

 新たな夜風が吹き、遠くルーデンの地にも届いた。  
 静寂の中で、竜の微かな息の名残が、再び世界の底を震わせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。 「ヨシュア……てめえはクビだ」 ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。 「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。 危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。 一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。 彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

処理中です...