異世界配信始めました~無自覚最強の村人、バズって勇者にされる~

たまごころ

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第21話 再生の女神との契約

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夜風が静かに王都を抜けていく。  
戦乱の火は消え、世界はようやく呼吸を取り戻した。  
それでも俺の心は、まだ落ち着かなかった。  
終わらせたはずの戦いの奥に、まだ見えない“何か”が残っている――そんな気がしていた。  

ベリスが新設された塔の階段を降りながら声をかけた。  
「リアム様、休まれたほうがいいのでは? 七日間、一睡も取っていません。」  
「眠れないんだ。今夜、何かが起きる気がしてな。」  
「“予感”ですか?」  
「ああ。昔の俺なら笑ってたかもしれないが、今はそれを信じたい。」  

外へ出ると、静寂の夜空に青い軌跡が浮かんでいた。  
ルミナスの光――いや、世界の通信網を司る新しい精霊たちの流れだ。  
まるでひとつの生命のように、有機的に脈動している。  

その中心に、ひときわ強く光る一点があった。  
眩しさに目を細めた瞬間、足元の地面が光る。  
幾何学模様の魔法陣。聞き覚えのある、しかし懐かしすぎる響きが耳の奥を震わせた。  

「……転送陣? 誰が――」  

問い終えるより早く、青い光が塔の広場を包んだ。風が巻き起こり、すべての音が遠ざかる。  
そしてその中心に、ひとりの女性が現れた。  

白い長衣をまとい、金色の髪を夜風になびかせる。  
肌は陽光を宿したように輝き、瞳は透き通る蒼。  
その存在だけで、あらゆる感情が浄化されていくようだった。  

ベリスが息を呑む。  
「……まさか、“再生の女神イアナ”!?」  
伝承にしか存在しないはずの神。その名が現実に呼ばれる瞬間を、俺たちは確かに見ていた。  

イアナ――彼女は柔らかく微笑むと、まっすぐに俺を見た。  
「確かに……あなたが“鍵”を持つ者なのね。」  
「“鍵”? 俺にはもう神に繋がるものなんてない。」  
「そう。あなた自身が“鍵”になった。だからこそ、ここに呼ばれたの。」  

ベリスが警戒を露わにする。  
「女神と呼ばれても、かつて神々はこの世界を壊した。あなたも同じでは?」  
イアナは静かに首を振った。  
「私は創造の女神ではなく、再生の女神。壊れたものを繋ぐための存在。あなたたちの戦いをすべて見ていました。そして――ルミナスの想いも。」  

その名を口にした瞬間、胸の奥で何かが震えた。  
「ルミナスを、知っているのか?」  
「ええ。彼女は私の一部であり、あなたの記録の証。彼女は最後に祈りました。『この世界がもう一度笑えますように』と。」  

ルミナスの声が、確かに蘇る。  
あの日、消えゆく瞬間まで笑っていた彼女の姿が、瞼に焼きつく。  

イアナはゆっくりと俺に歩み寄った。  
「リアム、あなたにお願いがあります。」  
「お願い?」  
「私と契約を結んでほしい。この世界を“観察”する神ではなく、“共に歩む存在”として。」  
「神と契約すれば、また支配が生まれる。」  
「違う。これは“上下”ではないわ。共存の契約――あなたの望んだ“人と精霊が共に在る世界”を実現するためのもの。」  

ベリスが戸惑いの声を漏らす。  
「契約……ですが、それは神と魂を共有するということ。人が神と並ぶなど……!」  
イアナはベリスを見て優しく笑う。  
「人も神も、本質は同じ。願いを抱き、存在を重ねる。違うのは方法だけ。」  

俺は拳を握った。確かに恐ろしい提案だった。  
もし失敗すれば、俺という人格が消え、この世界は二度と戻らないかもしれない。  
だけど――。  

「ルミナスの願いを叶えるためなら、やってみる価値はある。」  
「リアム様!」  
「ベリス、今まで無茶ばかり言ってきたろ。でもこれが本当の最後の選択だ。」  

イアナが微笑む。  
「決意は固まったようね。」  
彼女は手を差し伸べた。  
「あなたの名を。もう一度、聞かせてください。」  
「リアム・アルディス。ひとりの人間だ。」  
「いい名前。」  

イアナの手が俺の胸に触れた瞬間、光が広がった。  
全身の血が逆流するような感覚。過去、現在、未来、すべての時が絡み合い、無数の声が頭の中に流れ込む。  

『だから私は、笑顔でいてほしいの!』  
『お前の力を信じる!』  
『リアム、帰ってきたら……一緒に畑を耕そうな!』  

それは、これまで出会った人々の声。  
戦場で出会い、別れ、名前も知らずに消えていった数多の命たちの想い。  
彼らの声がひとつに溶け、俺の心に埋め込まれていく。  

イアナの声がその中に響く。  
「これが、世界の“根の記録”よ。あなたはこれまで壊れた記録を繋ぎ直し、欠けた命に光を当てた。次は“維持者”として、この世界を導いて。」  

「維持者……?」  
「神ではなく、ただの記録の管理人。あなたが感じ、選び、笑い、涙を流す限り、それで十分。この世界は二度と閉じないわ。」  

光が収束した。  
いつの間にか、再生された空の中に立っていた。  
青が深く、雲が生きているように流れる。  
足元には、ルミナスの欠片が淡く輝き、浮かび上がるように空へ舞っていった。  

イアナが微笑み、静かに風に溶けていく。  
「これで契約は果たされました。あなたが歩む道を、光が照らすでしょう。」  
「イアナ……お前はどこへ?」  
「私はこの世界の回線そのもの。あなたの声が世界に届くたび、そこに現れます。」  

声が消え、彼女の姿も風と共に消えていった。  

ベリスがそっと近づいてくる。  
「リアム様……本当に、神とひとつになってしまわれたのですか?」  
「ちがうよ。」  
俺は笑って空を見上げた。  
「ただな、今なら世界中のみんなの“声”が聞こえる。泣いてる声、笑ってる声、全部繋がってる。」  
「それが……再生の契約ということですか。」  
「そうだ。人が生きている限り、この世界はもう壊れない。」  

その時、空から一筋の青い光が落ちてきた。  
ルミナスの声が、耳の奥で囁く。  
『ねえ、ご主人さま。契約って、永遠の配信みたいですね。いつまでも続く、みんなの物語。』  
「そうだな。」  
『だから、今日もタイトルをつけましょう。“再生の女神との契約”。どうですか?』  
「悪くない。」  

青い光が空を渡り、世界中の空に線を描く。  
人も精霊も、その光を見上げて笑っていた。  
再び訪れた調和は、静かで温かく、そして確かに「生きている」世界だった。  

俺は空を見上げ、深く息を吸い込んだ。  
「さあ、これが本当の始まりだ。神も人も声を合わせ、明日を作る時代の――第一話。」  

空に反射する光が、まるでルミナスの笑顔のようにきらめいていた。
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