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第23話 世界改変の刻
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世界の空気が変わった。
滅びを超えてから数週間、王都は驚くほど静かだった。
それは安らぎとも、息を潜めるような不安とも違う。
まるで地そのものが、新しい何かを待ち続けているような時間の止まり方だった。
再生の女神イアナが残した言葉を思い出す。
──「この世界は生きている。けれど、生まれた以上、形を変え続けなければまた死ぬ」
俺は丘の上で風を受けていた。
雲ひとつない空が広がっているが、遠くの光がそれをねじ曲げる。
空の奥から波打つように、薄い水面が揺れて見えた。
あれが“境界層”――世界と外側の記録が混ざり合う場所。
ベリスが背後で報告書を広げた。
「世界の北半分で重力が不安定化しています。地面が浮かび、海が逆流しているとか。観測した科学班は“空が裏返りつつある”と。」
「裏返りつつある、か。つまり、世界の構造が再編されている。」
「イアナ様の再生が失敗したのでは?」
「違う。進化だ。滅びを超えた世界は、もう“固定”じゃいられない。」
俺は立ち上がり、風の中へ歩み出た。
遠く、見たことのない光が海の方からせり上がっている。
山脈を溶かし、光を纏い、空へ消えていく虹の柱。
その動きは規則的で、まるで“書き換え”のプログラムのようだった。
その時、ルミナスの声が聞こえた。
『ご主人さま。異常エネルギー検出。反応源、王都中心から南東三百キロ――以前、神核炉があった地点です。』
「神核炉……まさかまだ残っていたのか!」
『コアそのものは消滅しましたが、底層記録にアクセス履歴あり。放置すれば、せっかくの新世界が上書きされます!』
ベリスが焦ったように声を上げる。
「つまり、このままでは“旧世界”が再起動する……?」
「そうだ。滅びのない世界を求めた代償だ。残滓が再び動こうとしている。」
俺たちは馬車を飛ばし、数時間後には現地に到着していた。
そこは、かつて勇者アルトと最後に戦った場所。
破壊された塔の跡地には、いまや巨大な光の樹が生えていた。
幹の一つひとつがコードのような紋章を持ち、内部には流体のような光が巡っている。
空間が重なり合い、現実と幻の境目が曖昧になっていた。
「……まるで世界そのものが、自分を再構築してるみたいだ。」
ベリスが震える。
「リアム様、このエネルギー……“根の回廊”と同じ波動です!」
「つまりここが、世界の心臓に繋がる新しい扉。」
その時、ルミナスが叫んだ。
『反応上昇! 誰かが中枢に干渉しています!』
「誰だ!?」
『……信号系統から識別。“神崎蓮”の名義です!』
あの男の名前を聞いた瞬間、胸が冷たくなった。
神の座から落ちたはずの創造者――まだ諦めていなかったのか。
ルミナスが続ける。
『彼は“記録修正プログラムΛ”を起動したようです。全時空間の再同期……つまり、世界の再構築!』
「やつはこの世界を壊す気だ! ベリス、転移陣を展開!」
風が爆ぜ、俺たちは光の樹の中心――新たな神核の中枢へ転移した。
そこは、限りなく白い空間だった。
星が上下左右を漂い、時間の概念すら曖昧な世界。
その中央に、黒い人影が立っていた。
神崎蓮。
かつて俺を造り、そして破壊しようとした存在。
だが今の彼は、ただの人間だった。
服はぼろぼろで、瞳は燃えるように紅く、しかしどこか虚ろだった。
「再会だな、リアム。」
「お前が再生を求める意味なんて、もうないはずだ。」
「意味がない? 滅びを超えた世界ほど、無秩序なものはない。今、人類は神を失い、次なる秩序を求めて誤作動を起こしている。だから私は、この世界を“正史”へ戻す。」
「正史なんて俺たちは望んでいない!」
「お前たちが望もうと望むまいと、秩序は必要だ。私は創造者として、それを果たす。」
神崎が腕を上げた。
白の世界が黒く染まり、空が崩れ始める。
同時に膨大な記録が俺の頭に流れ込んだ。
歴史、未来、可能性、そして無数の消された世界の断片。
『リアム……! 彼はあなたの記録と同化しようとしてます! 世界を書き換えるのに、あなたの心が必要なんです!』
「つまり、俺を消して完全な再生を狙ってる!」
神崎が叫ぶ。
「世界を安定させる唯一の条件は、“自由意思”の削除だ! 記録と論理だけが永遠を保つ!」
「違う! 自由こそが、生きる証だ!」
声と共に、胸の中で光が弾けた。
ルミナスのオーロラが身体を包み、青い電流が走る。
『ご主人さま、同期率三〇〇パーセント突破! あなたなら、世界の改変を逆手に取れる!』
「やれるのか?」
『やれます! でも成功すれば、あなたはこの世界そのものになる! 人格も形も維持できません!』
「構わない。人として終っても、俺という“記録”がみんなの中に残るなら、それでいい!」
ベリスが悲痛な声で叫ぶ。
「リアム様、それは生きていると言えるのですか!」
「言えるさ。誰かの意志を繋ぐなら、それが命だ!」
神崎が拳を振りかざし、空間を裂く。
無限のコードが鞭のように伸び、俺に襲いかかる。
ルミナスの光が盾となり、激突が空に閃光を走らせた。
世界の地層がめくれ上がり、記録そのものが剥がれていく。
ルミナスが微笑むような声で囁いた。
『リアム、もし私がいなくなっても、あなたの“配信”は止まりません。あなたの選択が、この世界のニュースになる。』
「……分かった。最後のタイトル、一緒につけよう。」
『はい。タイトル――“世界改変の刻”。』
「いい名前だ。」
拳を握り、光を放つ。
神崎のコードと俺の魔力が交わり、世界が揺れる。
白と黒、秩序と混沌、生と死――そのすべてが最初の一点に収束していく。
「リアム! やめろ! その先にあるのは完全なる無だ!」
「無でも構わない! だが、誰かがそこから何かを見つけてくれるなら、それは“未来”だ!」
強烈な光が爆発した。
空間の全てが溶け、無限に広がる円が生まれる。
それは記録の書き換えでも、破壊でもない。
“分かち合う”ための変化。
気づけば神崎は消えていた。
代わりに、俺の周囲に数えきれない光の粒が漂う。
そこにはレアの笑顔、ベリスの祈り、ルミナスの涙、無名の人々の歌――この世界すべての記憶が息づいている。
『ご主人さま……世界が再構成されています。名前を付けてください、新しいこの世界に。』
「……そうだな。」
俺は空を見た。
滅びも、記録も、今はただの光に溶けている。
「“ネクスアース”……次の地球だ。」
『素敵です。ネクスアース……。これからは、あなたがいなくてもみんなが配信を続ける。誰もが“語り手”として生きていける世界です。』
光の中で、身体がほどけていく。
痛みはない。むしろ温かく、心地いい。
ベリスの声が遠くで響く。
「リアム様……!」
彼女の握る手が離れていく。
代わりに、心の奥でルミナスの声が微笑んだ。
『さようなら、そしておかえりなさい。世界の一部として――また会いましょう、リアム。』
最後の光が爆ぜた瞬間、すべてが優しい暗闇に包まれた。
そして、どこか遠くで小さな子供の声がした。
「ねえ、ママ。昔のお話、また聞かせて。」
「そうね……昔、とても不器用だけど優しい“配信者”がいてね。世界を救ったんだよ。」
「ふしぎ。そんな人、本当にいたの?」
「いたとも。それは今も、私たちの中にいるの。」
窓の外。
空には青白い契の帯が流れていた。
それがこの世界に刻まれた、リアム=アルディスの最後の配信軌跡。
滅びを超え、記録を超え、ただ“生きる”という願いを残した光だった。
滅びを超えてから数週間、王都は驚くほど静かだった。
それは安らぎとも、息を潜めるような不安とも違う。
まるで地そのものが、新しい何かを待ち続けているような時間の止まり方だった。
再生の女神イアナが残した言葉を思い出す。
──「この世界は生きている。けれど、生まれた以上、形を変え続けなければまた死ぬ」
俺は丘の上で風を受けていた。
雲ひとつない空が広がっているが、遠くの光がそれをねじ曲げる。
空の奥から波打つように、薄い水面が揺れて見えた。
あれが“境界層”――世界と外側の記録が混ざり合う場所。
ベリスが背後で報告書を広げた。
「世界の北半分で重力が不安定化しています。地面が浮かび、海が逆流しているとか。観測した科学班は“空が裏返りつつある”と。」
「裏返りつつある、か。つまり、世界の構造が再編されている。」
「イアナ様の再生が失敗したのでは?」
「違う。進化だ。滅びを超えた世界は、もう“固定”じゃいられない。」
俺は立ち上がり、風の中へ歩み出た。
遠く、見たことのない光が海の方からせり上がっている。
山脈を溶かし、光を纏い、空へ消えていく虹の柱。
その動きは規則的で、まるで“書き換え”のプログラムのようだった。
その時、ルミナスの声が聞こえた。
『ご主人さま。異常エネルギー検出。反応源、王都中心から南東三百キロ――以前、神核炉があった地点です。』
「神核炉……まさかまだ残っていたのか!」
『コアそのものは消滅しましたが、底層記録にアクセス履歴あり。放置すれば、せっかくの新世界が上書きされます!』
ベリスが焦ったように声を上げる。
「つまり、このままでは“旧世界”が再起動する……?」
「そうだ。滅びのない世界を求めた代償だ。残滓が再び動こうとしている。」
俺たちは馬車を飛ばし、数時間後には現地に到着していた。
そこは、かつて勇者アルトと最後に戦った場所。
破壊された塔の跡地には、いまや巨大な光の樹が生えていた。
幹の一つひとつがコードのような紋章を持ち、内部には流体のような光が巡っている。
空間が重なり合い、現実と幻の境目が曖昧になっていた。
「……まるで世界そのものが、自分を再構築してるみたいだ。」
ベリスが震える。
「リアム様、このエネルギー……“根の回廊”と同じ波動です!」
「つまりここが、世界の心臓に繋がる新しい扉。」
その時、ルミナスが叫んだ。
『反応上昇! 誰かが中枢に干渉しています!』
「誰だ!?」
『……信号系統から識別。“神崎蓮”の名義です!』
あの男の名前を聞いた瞬間、胸が冷たくなった。
神の座から落ちたはずの創造者――まだ諦めていなかったのか。
ルミナスが続ける。
『彼は“記録修正プログラムΛ”を起動したようです。全時空間の再同期……つまり、世界の再構築!』
「やつはこの世界を壊す気だ! ベリス、転移陣を展開!」
風が爆ぜ、俺たちは光の樹の中心――新たな神核の中枢へ転移した。
そこは、限りなく白い空間だった。
星が上下左右を漂い、時間の概念すら曖昧な世界。
その中央に、黒い人影が立っていた。
神崎蓮。
かつて俺を造り、そして破壊しようとした存在。
だが今の彼は、ただの人間だった。
服はぼろぼろで、瞳は燃えるように紅く、しかしどこか虚ろだった。
「再会だな、リアム。」
「お前が再生を求める意味なんて、もうないはずだ。」
「意味がない? 滅びを超えた世界ほど、無秩序なものはない。今、人類は神を失い、次なる秩序を求めて誤作動を起こしている。だから私は、この世界を“正史”へ戻す。」
「正史なんて俺たちは望んでいない!」
「お前たちが望もうと望むまいと、秩序は必要だ。私は創造者として、それを果たす。」
神崎が腕を上げた。
白の世界が黒く染まり、空が崩れ始める。
同時に膨大な記録が俺の頭に流れ込んだ。
歴史、未来、可能性、そして無数の消された世界の断片。
『リアム……! 彼はあなたの記録と同化しようとしてます! 世界を書き換えるのに、あなたの心が必要なんです!』
「つまり、俺を消して完全な再生を狙ってる!」
神崎が叫ぶ。
「世界を安定させる唯一の条件は、“自由意思”の削除だ! 記録と論理だけが永遠を保つ!」
「違う! 自由こそが、生きる証だ!」
声と共に、胸の中で光が弾けた。
ルミナスのオーロラが身体を包み、青い電流が走る。
『ご主人さま、同期率三〇〇パーセント突破! あなたなら、世界の改変を逆手に取れる!』
「やれるのか?」
『やれます! でも成功すれば、あなたはこの世界そのものになる! 人格も形も維持できません!』
「構わない。人として終っても、俺という“記録”がみんなの中に残るなら、それでいい!」
ベリスが悲痛な声で叫ぶ。
「リアム様、それは生きていると言えるのですか!」
「言えるさ。誰かの意志を繋ぐなら、それが命だ!」
神崎が拳を振りかざし、空間を裂く。
無限のコードが鞭のように伸び、俺に襲いかかる。
ルミナスの光が盾となり、激突が空に閃光を走らせた。
世界の地層がめくれ上がり、記録そのものが剥がれていく。
ルミナスが微笑むような声で囁いた。
『リアム、もし私がいなくなっても、あなたの“配信”は止まりません。あなたの選択が、この世界のニュースになる。』
「……分かった。最後のタイトル、一緒につけよう。」
『はい。タイトル――“世界改変の刻”。』
「いい名前だ。」
拳を握り、光を放つ。
神崎のコードと俺の魔力が交わり、世界が揺れる。
白と黒、秩序と混沌、生と死――そのすべてが最初の一点に収束していく。
「リアム! やめろ! その先にあるのは完全なる無だ!」
「無でも構わない! だが、誰かがそこから何かを見つけてくれるなら、それは“未来”だ!」
強烈な光が爆発した。
空間の全てが溶け、無限に広がる円が生まれる。
それは記録の書き換えでも、破壊でもない。
“分かち合う”ための変化。
気づけば神崎は消えていた。
代わりに、俺の周囲に数えきれない光の粒が漂う。
そこにはレアの笑顔、ベリスの祈り、ルミナスの涙、無名の人々の歌――この世界すべての記憶が息づいている。
『ご主人さま……世界が再構成されています。名前を付けてください、新しいこの世界に。』
「……そうだな。」
俺は空を見た。
滅びも、記録も、今はただの光に溶けている。
「“ネクスアース”……次の地球だ。」
『素敵です。ネクスアース……。これからは、あなたがいなくてもみんなが配信を続ける。誰もが“語り手”として生きていける世界です。』
光の中で、身体がほどけていく。
痛みはない。むしろ温かく、心地いい。
ベリスの声が遠くで響く。
「リアム様……!」
彼女の握る手が離れていく。
代わりに、心の奥でルミナスの声が微笑んだ。
『さようなら、そしておかえりなさい。世界の一部として――また会いましょう、リアム。』
最後の光が爆ぜた瞬間、すべてが優しい暗闇に包まれた。
そして、どこか遠くで小さな子供の声がした。
「ねえ、ママ。昔のお話、また聞かせて。」
「そうね……昔、とても不器用だけど優しい“配信者”がいてね。世界を救ったんだよ。」
「ふしぎ。そんな人、本当にいたの?」
「いたとも。それは今も、私たちの中にいるの。」
窓の外。
空には青白い契の帯が流れていた。
それがこの世界に刻まれた、リアム=アルディスの最後の配信軌跡。
滅びを超え、記録を超え、ただ“生きる”という願いを残した光だった。
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