追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ

文字の大きさ
16 / 30

第16話 都からの使者と屈辱の命令

しおりを挟む
アルディナの地に春の風が吹いた。  
雪解けとともに畑に新芽が芽吹き、工房からは鉄と油の匂いが漂う。  
人々の笑顔が、かつて死と腐敗の地と呼ばれたこの場所を覆っていた。  

だが、その穏やかな空気に冷ややかな敵意が混じったのは、昼すぎのことだった。  
竜隊の哨戒兵が、息を切らしながら広場に駆け込んできた。  

「アレン様! 南方から王国の使者を名乗る一団が到着しました!」

「王国の? 使者を……“名乗る”?」

「はい。旗は確かに王家の紋。ですが、雰囲気がただならぬ。  
全員、騎馬で武装、三十名ほどの随行がついています。」

「ほう……随行にしては、気が多いな。」

アルディネアの声が風に乗って響く。  
『王都ベニアス宰相の匂いがする。  
礼を装い、威圧に来たのだ。』

「だろうな。しかも、たぶん連中の狙いは“宣告”だ。」

俺は剣を腰につけ、外套の襟を正す。  
「全員、臨戦ではなく迎礼だ。  
戦う気はないが、下手に出るつもりもない。」

***

広場に出ると、白銀の鎧をまとった騎士団が整列していた。  
その中心に立つのは、一人の中年貴族。  
赤いマントを羽織り、香が強すぎるほどの香料をまとう痩身の男――第一宰相ベニアスの腹心と名高いラドクリフ卿だった。

彼は馬上から見下ろすようにして俺を一瞥し、薄い笑みを浮かべる。  
「お初にお目にかかる、アレン・リーデン=グランディア殿。  
いや、“元”公爵令息とお呼びすべきか。」

「呼びやすい方で構わない。用はなんだ?」

「ふむ、相変わらず無礼な物言い。辺境に籠もるうちに礼儀も忘れたか。  
まあいい、陛下の勅命を伝えに参った。」

男は懐から王印の押された書状を取り出す。  
封を切る前に、広場の空気が凍った。  
王の文――それは重い意味を持つ。

「読み上げる。  
“辺境アルディナ住民は王国の保護下に帰属するものとする。  
その領地運営および交易活動は、王国貴族会議の指導を仰ぐこと。  
違反すれば背信の罪と見なす”――以上だ。」

「……つまり、俺たちは再び王国の支配下に戻れ、と。」

「話が早い。  
王都の法では辺境もまた陛下の所有だ。  
たとえ竜と契約しようと、その力を王の許しなく行使することは禁じられている。」

「禁じられて“なかった”から追放したのは、そっちだろう。」

「ハッ、お前のような異端を囲う国など存在せぬわ。  
陛下が情けをかけられたのだぞ。」

広場がざわめいた。  
竜隊の兵も、村人も、その言葉に怒りを隠せない。  
ラドクリフはそれを楽しむように見渡しながら、さらに言葉を重ねた。

「アレン殿。このまま帰順すれば、王都に戻れるぞ。  
お前の地位も復遇されよう。……婚約も、再び考え直すことができる。」

「婚約……セレスティア王女のことか。」

「ふふ、あの御方はまだ貴公を案じておられるそうだ。  
王城では“改心した辺境領主の帰還”を待っておられる。」

笑いたくなるほど、よく出来た芝居だ。  
王都が“救済”を掲げて、支配を取り戻そうとしている。  
だが、その裏に隠された罠――この地を従属地に戻すことこそが本当の目的だ。

俺は口元を歪めた。  

「仮に従ったら、この地の住民はどうなる。  
自分たちで築いた町も、交易も、農地も。」

「王都直轄領として再編成される。  
民は税を納め、王に忠誠を誓う。  
そうすれば、辺境などでは味わえぬ“本物の文明”を享受できる。」

「民の汗と誇りを“文明”で帳消しにする気か。」

俺の声に、彼の目が鋭く光る。  
ラドクリフが手を上げ、背後の兵が剣の柄に手を掛けた。  

「おい、刃に手をかけるな。」  
レオンの声が響く。  
竜隊がすでに広場を囲んでいた。  
その威圧だけで、王都の兵たちが息を呑む。

「ラドクリフ卿。ここで戦いを望むのか?」

「違う。ただ、我々は陛下から“反抗するなら捕縛せよ”との権限を預かっている。」

「つまり、従わなければ敵ということか。」

男はにやりと笑う。  
「敵意を持たぬのなら、鎖を受け入れろ。  
それが、お前たち辺境民の“幸せ”だ。」

その言葉に、俺の視界が静かに染まる。  
怒りでも憎しみでもない。  
ただ、冷たい決意だけが胸に灯った。

「……いいか、ラドクリフ卿。」

俺は一歩前に出た。  
風が吹き、外套が翻る。  
その風に混じって、黄金の光がかすかに滲んだ。  

「ここはもう辺境じゃない。  
この土地は、人と竜が共に生きる“新しい国”だ。  
俺たちは、二度と誰のためにも膝はつかない。」

「ほう。つまり、王への反逆を宣告したというわけだな。」

「好きに受け取れ。」

「よかろう。貴様の言葉、すべてこの耳で聞いた。  
陛下に報告しよう。  
そして、その愚かさの代償を払わせてやる。」

馬の背に舞い上がり、彼は冷たい笑みを残して走り去った。  
王国の使者としてではなく、処刑を告げる執行官のように。

***

ラドクリフの一行が去ったあと、広場には重たい沈黙が落ちた。  
誰もが不安を顔に浮かべていた。  
子供を抱く母親の肩を、リーナが優しく支えている。

「アレン様……本当に、戦うことになるのですか?」

「戦うことになるだろう。だが、攻めるためじゃない。守るためだ。」

「王都を敵に回しても?」

「王都が“敵になる”なら、恐れる必要はない。  
俺たちは、もう一度立つ覚悟を持っている。」

そこへヴァルドが現れた。  
大きな荷車を押しながら、金属のきしむ音を響かせている。  

「領主様、ちょうど出来上がりましたよ。“竜紋の盾”です。」

「……竜紋の盾?」

老人は胸を張って説明する。  
「アルディネアの鱗粉とこの地の鉱石を混ぜて精錬した特製の合金です。  
魔法も物理も通しません。王都の連中がどんな呪剣を構えようと、この盾の前では無力です。」

見れば、盾の中心には金の紋が刻まれていた。  
竜の翼に囲まれた人の手――共存と守護を象徴する図柄だ。  

「これを軍に配布します。  
あの偉そうな使者がどんな報復を企んでも、私らは耐えて見せます。」

俺は微笑んだ。  
「頼もしいな。ヴァルド、この盾を“黎明”と名付けよう。  
暗闇の後に希望を照らすものとして。」

「いい名前だ。夜明けの盾、ですな。」

***

日が暮れても、村はざわめきに包まれていた。  
だが恐怖ではなく、決意に似た熱が広がっている。  
人々は火を囲み、竜隊は静かに武具を磨き、商人たちさえも残って仕える意思を示した。

アルディネアが空を旋回して一声を上げた。  
その咆哮はまるで約束の印のように夜空へ響く。  

『王都は既にお前を恐れている。  
だが、恐怖は侮りにも繋がる。次に来るのは、ただの使者ではない。』

「分かってる。次は軍勢か、あるいは策略だろう。」

『それでも行くのか?』

「もちろん。この地を“屈辱”で汚させたりしない。  
生まれたばかりの夜明けを、俺は絶対に守る。」

風が頬を撫で、空に無数の星が瞬く。  
その下、村人たちが歌を口ずさむ。  
焚き火の火が揺れ、まるで心の灯のように強く燃えていた。

王都の使者が置いていったのは、威圧と屈辱。  
だがそれは同時に、この領地の結束を固める“焔”となった。  

嵐の前の静けさが、再びアルディナを包み込む。  
次に訪れるのは、敵の刃か、それともさらなる策か。  
夜明けの盾が灯す光のもとで、俺は剣を手に誓う。

――必ず、この地を守り抜く。  
誰にも奪われぬ、自由な世界を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。

緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。 前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。 これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

処理中です...