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第30話 神竜の翼の下に、永遠の平穏を
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西の空から吹く風は熱を帯び、薄い砂塵とともに新しい時代への匂いを運んでいた。
王都の焼け跡から月日が流れ、竜環の盟が結ばれてからちょうど一年。
瓦礫だった大地には再び家が建ち、畑が実り、人々の笑顔が戻りつつある。
アルディナは、かつて「辺境」と呼ばれた土地とは思えぬほど活気を取り戻していた。
俺は高地の塔――竜王の庁舎になった旧王城の頂に立っている。
見下ろせば、竜と人とが共に働き、学び、暮らす姿があった。
黄金に輝く翼をたたみ、陽光を受けて一羽の白竜がはばたく。
アルディネアだ。
『見よ、アレン。汝の選んだ世界は、確かに根づいておる。
かつて血に染まった地が、いまは歌と笑いで満たされている。』
「ありがとう、アルディネア。お前がいなきゃここまで来られなかった。」
『我もまた、お前を通して知った。
人の弱さは、強さでもあるということを。
汝が築いたこの国は、かつて誰も成し得なかった“竜の平和”の証となるだろう。』
白い風が頬を撫でた。
眼下には、大陸を渡る交易路を進むキャラバンが列をなし、
飛竜を操る若者たちが笑いながら見送っている。
その光景を見て、胸の奥で確信が芽吹く。
もう二度と、この大地を戦火には染めさせない。
リーナが塔の階段を上ってきた。
彼女のローブには土の汚れ、額には汗。だが、その笑顔は晴れやかだった。
「アレン。各地の報告が届きました。
東の地方も復興が進んでいます。子どもたちは勉強を始めましたよ。
読み書きを覚えた子が感謝の手紙を送ってきてくれて……見ます?」
差し出された小さな紙には、稚い文字で「ありがとう、竜王さま」と書かれていた。
拙い文字は、かつての俺が願った「普通の暮らし」を象徴するようだった。
「……うれしいな。俺たちが開いた“学院”が意味を持つ日が来るなんてな。」
「ええ。以前なら戦の道具にされた子供たちが、今は希望を描く筆を持っている。
この国は、確かに変わりました。」
「だがまだ、“外”がある。」
彼女の瞳が翳った。
「……西の大陸のことでしょうか?」
頷く。
竜環の盟が平定したのはこの大陸だけだ。
西の地には、まだ古き神竜の封印が残り、無数の強欲な国々が覗いている。
“次なる大戦”の兆しを感じないわけではなかった。
「兵を集めるつもりはない。
だが、争いを止める知恵は送る。学術も、文化も、必要なら“和解の使い”として俺が行く。」
アルディネアの声が穏やかに響く。
『汝はかつての王たちとは違う。
剣で国を治めるのではなく、対話で導こうとする。
だが忘れるな、人の歴史は常に揺れ動く。
平和には終わりがある。だからこそ、それを保つ努力が永遠となる。』
「永遠、か。」
見上げる空は果てしなく青い。
その彼方で、彼女の白い翼が優雅に旋回していた。
リーナが隣に立ち、夕陽に染まる街に視線を落とす。
「私、思うんです。この一年、アレンが私たちに教えてくれたものは“戦いの強さ”じゃない。
耐えて、選んで、許す強さです。
それがこの国の“竜の心”なんですね。」
「俺一人の力じゃないさ。」
笑いながら言うと、リーナも苦笑した。
「……そう言うところもずるいです。」
彼女の視線が遠くを見つめる。
海の向こうに夕焼けが落ち、波に黄金の道ができている。
いつかあそこへも平和の橋をかけられる日が来るだろう。
そんな未来を思いながら、俺は静かに言った。
「リーナ、これからお前に任せたいことがある。」
「私に?」
「学院の拡張だ。学問と竜伝承を併せた研究所を建てる。
人の子にも竜の教えを教える場が必要だ。
お前ならできる。」
彼女は少し驚いた様子で、やがて目を細めた。
「……分かりました。新しい時代に恥じない学び舎を作ってみせます。」
「頼んだ。」
そのやり取りを見て、アルディネアが楽しげに笑った。
『まるで親が巣立つ雛を見送るようだな。』
「お前までそんな言い方をするな。」
『ふふ、だが確かにそうだ。汝らの営みは、もはや我竜族の手を越えて広がっている。
それでいい。人が自らの声で世界を歌うのだ。』
その時、遠くで竜たちの鳴き声が重なった。
新しく孵った竜の仔が、大空へ飛び立つ瞬間らしい。
人の子どもたちが歓声を上げ、空に手を伸ばしていた。
地と空の間に隔たりはもうない。
「アルディネア。」
『なんだ、人の子。』
「お前がいなくても、みんなやっていける気がするよ。」
『……そうか。だが我は去らぬ。平和とは、守る者が居てこそ続くものだ。
この翼がある限り、汝らの空は晴れ渡る。』
「ありがとう。」
見上げれば、金と白が交わる空に虹が架かっていた。
炎ではなく、光と風が紡ぐ虹の弧。
人と竜の未来を祝福するように、世界が穏やかに呼吸をしている。
俺は小さく腕を広げ、深く息を吸った。
かつて絶望という闇を見た者として、今この光景を焼き付けたかった。
――かつて死を受け入れたこの世界は、再び生を選んだ。
空を流れる風が囁く。
「もう、戦わなくていいのですか?」と誰かが尋ねたように聞こえた。
俺は静かに答えた。
「戦わなくても守れる世界を創った。
そのためにここまで来たんだ。あとは、この未来を信じるだけだ。」
アルディネアが翼を広げ、陽光を反射させながら言う。
『ならば、その想いごと、天へ預けよう。
我と共に生き、我を越えんとする人の王よ。
この空に、永遠の平穏を――』
彼女の大きな翼が風を生み、街に光の粉が降り注ぐ。
人々が顔を上げ、子どもが笑い、竜が歌う。
戦の記憶は遠ざかり、平和は確かに根を張り始めていた。
やがて夕陽が沈み、夜の帳が下りる。
俺は塔の上で最後に一度だけ空を見上げ、呟いた。
「……これでいい。ようやく叶った。」
風が返事のように吹いた。
その音の向こうで、アルディネアの声が小さく響いた。
『おやすみ、人の子。お前が見た夢は、きっと世界の明日を変える。』
その言葉を最後に、白い翼の影が静かに夜の雲へと溶けていった。
そして――
竜と人が共に歩く国、アルディナは“神竜の翼の下”で永遠の平穏を迎えたのだった。
王都の焼け跡から月日が流れ、竜環の盟が結ばれてからちょうど一年。
瓦礫だった大地には再び家が建ち、畑が実り、人々の笑顔が戻りつつある。
アルディナは、かつて「辺境」と呼ばれた土地とは思えぬほど活気を取り戻していた。
俺は高地の塔――竜王の庁舎になった旧王城の頂に立っている。
見下ろせば、竜と人とが共に働き、学び、暮らす姿があった。
黄金に輝く翼をたたみ、陽光を受けて一羽の白竜がはばたく。
アルディネアだ。
『見よ、アレン。汝の選んだ世界は、確かに根づいておる。
かつて血に染まった地が、いまは歌と笑いで満たされている。』
「ありがとう、アルディネア。お前がいなきゃここまで来られなかった。」
『我もまた、お前を通して知った。
人の弱さは、強さでもあるということを。
汝が築いたこの国は、かつて誰も成し得なかった“竜の平和”の証となるだろう。』
白い風が頬を撫でた。
眼下には、大陸を渡る交易路を進むキャラバンが列をなし、
飛竜を操る若者たちが笑いながら見送っている。
その光景を見て、胸の奥で確信が芽吹く。
もう二度と、この大地を戦火には染めさせない。
リーナが塔の階段を上ってきた。
彼女のローブには土の汚れ、額には汗。だが、その笑顔は晴れやかだった。
「アレン。各地の報告が届きました。
東の地方も復興が進んでいます。子どもたちは勉強を始めましたよ。
読み書きを覚えた子が感謝の手紙を送ってきてくれて……見ます?」
差し出された小さな紙には、稚い文字で「ありがとう、竜王さま」と書かれていた。
拙い文字は、かつての俺が願った「普通の暮らし」を象徴するようだった。
「……うれしいな。俺たちが開いた“学院”が意味を持つ日が来るなんてな。」
「ええ。以前なら戦の道具にされた子供たちが、今は希望を描く筆を持っている。
この国は、確かに変わりました。」
「だがまだ、“外”がある。」
彼女の瞳が翳った。
「……西の大陸のことでしょうか?」
頷く。
竜環の盟が平定したのはこの大陸だけだ。
西の地には、まだ古き神竜の封印が残り、無数の強欲な国々が覗いている。
“次なる大戦”の兆しを感じないわけではなかった。
「兵を集めるつもりはない。
だが、争いを止める知恵は送る。学術も、文化も、必要なら“和解の使い”として俺が行く。」
アルディネアの声が穏やかに響く。
『汝はかつての王たちとは違う。
剣で国を治めるのではなく、対話で導こうとする。
だが忘れるな、人の歴史は常に揺れ動く。
平和には終わりがある。だからこそ、それを保つ努力が永遠となる。』
「永遠、か。」
見上げる空は果てしなく青い。
その彼方で、彼女の白い翼が優雅に旋回していた。
リーナが隣に立ち、夕陽に染まる街に視線を落とす。
「私、思うんです。この一年、アレンが私たちに教えてくれたものは“戦いの強さ”じゃない。
耐えて、選んで、許す強さです。
それがこの国の“竜の心”なんですね。」
「俺一人の力じゃないさ。」
笑いながら言うと、リーナも苦笑した。
「……そう言うところもずるいです。」
彼女の視線が遠くを見つめる。
海の向こうに夕焼けが落ち、波に黄金の道ができている。
いつかあそこへも平和の橋をかけられる日が来るだろう。
そんな未来を思いながら、俺は静かに言った。
「リーナ、これからお前に任せたいことがある。」
「私に?」
「学院の拡張だ。学問と竜伝承を併せた研究所を建てる。
人の子にも竜の教えを教える場が必要だ。
お前ならできる。」
彼女は少し驚いた様子で、やがて目を細めた。
「……分かりました。新しい時代に恥じない学び舎を作ってみせます。」
「頼んだ。」
そのやり取りを見て、アルディネアが楽しげに笑った。
『まるで親が巣立つ雛を見送るようだな。』
「お前までそんな言い方をするな。」
『ふふ、だが確かにそうだ。汝らの営みは、もはや我竜族の手を越えて広がっている。
それでいい。人が自らの声で世界を歌うのだ。』
その時、遠くで竜たちの鳴き声が重なった。
新しく孵った竜の仔が、大空へ飛び立つ瞬間らしい。
人の子どもたちが歓声を上げ、空に手を伸ばしていた。
地と空の間に隔たりはもうない。
「アルディネア。」
『なんだ、人の子。』
「お前がいなくても、みんなやっていける気がするよ。」
『……そうか。だが我は去らぬ。平和とは、守る者が居てこそ続くものだ。
この翼がある限り、汝らの空は晴れ渡る。』
「ありがとう。」
見上げれば、金と白が交わる空に虹が架かっていた。
炎ではなく、光と風が紡ぐ虹の弧。
人と竜の未来を祝福するように、世界が穏やかに呼吸をしている。
俺は小さく腕を広げ、深く息を吸った。
かつて絶望という闇を見た者として、今この光景を焼き付けたかった。
――かつて死を受け入れたこの世界は、再び生を選んだ。
空を流れる風が囁く。
「もう、戦わなくていいのですか?」と誰かが尋ねたように聞こえた。
俺は静かに答えた。
「戦わなくても守れる世界を創った。
そのためにここまで来たんだ。あとは、この未来を信じるだけだ。」
アルディネアが翼を広げ、陽光を反射させながら言う。
『ならば、その想いごと、天へ預けよう。
我と共に生き、我を越えんとする人の王よ。
この空に、永遠の平穏を――』
彼女の大きな翼が風を生み、街に光の粉が降り注ぐ。
人々が顔を上げ、子どもが笑い、竜が歌う。
戦の記憶は遠ざかり、平和は確かに根を張り始めていた。
やがて夕陽が沈み、夜の帳が下りる。
俺は塔の上で最後に一度だけ空を見上げ、呟いた。
「……これでいい。ようやく叶った。」
風が返事のように吹いた。
その音の向こうで、アルディネアの声が小さく響いた。
『おやすみ、人の子。お前が見た夢は、きっと世界の明日を変える。』
その言葉を最後に、白い翼の影が静かに夜の雲へと溶けていった。
そして――
竜と人が共に歩く国、アルディナは“神竜の翼の下”で永遠の平穏を迎えたのだった。
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