落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ

文字の大きさ
4 / 30

第4話 最初の作品と、一人目の仲間

しおりを挟む
王都クラウムに朝の鐘が響いた。  
工房の煙突から、白い煙がまっすぐに立ち上っていく。  
炉の前でレオンは槌を振るい続けていた。  
火花が飛び、赤く光る鋼が音を立てて息づいている。

「よし……温度、安定。魔力流動、問題なし」

創精鍛造――それは素材同士の魂を結ぶ技。  
昨日、ロフ鉱山から持ち帰った魔力鉱石を精製し、いよいよ新しい炉に組み込むための準備をしていた。  
工房の中にはエルナの姿もある。彼女は袖をまくり、鉄屑や炭を運んでいた。

「ねえレオンさん、この鉱石、別格だね。近づくだけで空気がピリッとする!」  
「本来は鍛冶炉なんかじゃ扱えない高出力素材だ。だけど、創星炉の核材にはこれ以上のものはない」  
「創星炉……名前、かっこいいね!」  
「気に入ったなら看板にも刻むか? “創星の炉”ってギルドにする」  
「うん! いい名前だと思う!」

エルナが笑いながら親指を立てた。その笑顔につられて、レオンもつい口元を緩める。  
かつて、仲間と笑い合いながら鍛冶に打ち込んでいた頃があった。  
それが崩れたあの日以来、こうして誰かと炉を囲むことはなかった。  
だが今、火の灯るここには確かな温度がある。

「……悪くない」

小さく呟き、レオンは再び鋼を炉に沈めた。  
金属が歌うように鳴る。  
その音に合わせて、彼の右手の紋章が淡く光った。

「創精鍛造・炉構結晶!」

声と同時に周囲の鉄部が共鳴を始める。  
鉄が溶け、形を整え、次第に黄金色の光を放ち始めた。  
それはまるで生命の誕生のようで、見ていたエルナがそっと息を呑む。

「……これが“創星炉”の心臓部、か」

「そうだ。これを中心に据えれば、炉自体が呼吸するようになる。熱の調整も自動化できる。つまり――」

「すごい! もう一人でも大工房みたいな仕事ができちゃうじゃん!」

そこへ、ガシャリと金属音が響いた。  
扉を開けて入ってきたのは、短い灰髪の老人だった。  
着古した作業着の袖から黒い油が滲み、片腕は義手のような金属でできている。

「ほう……懐かしい匂いだな。炉の息が生きておる」

「誰だ?」  
「失礼します、私、ドワーフの職人、ガルドと申します。ここの煙を見て、つい……鼻が勝手に動きましてな」

レオンは少し警戒したが、その男の眼には誇りと好奇心が宿っていた。  
長年の火を見る者の眼だ。

「ドワーフ、か……どうりでその腕の溶接が見事なわけだ。旅の途中か?」  
「いや、職を探してましてな。だが王都のギルドはどこも門前払い。“若いのが欲しい”とよ」  
老人は肩をすくめた。  
「ここは……独立工房、ですか?」

「無名工房だ。だが、これから“創星の炉”として立ち上げるつもりだ」

「“創星の炉”。ほう、いい名だ。……仕事を見せてもらっても?」

レオンは頷き、作業途中の鋼を取り上げた。  
炉の火にくべ、槌を握る。  
カン、カン、カン――。  
槌打ちは次第にリズムをもつ旋律に変わり、炎の揺らめきと共に広がる。  
光が爆ぜ、炉の奥に浮かぶ魔紋が明滅した。  
赤、橙、藍――そして静かに白が混ざる。

「これは……鉄と魔力を共鳴させておる!? そんなことができるのは……!」

「創精鍛造というスキルだ。素材の魂を結び合わせる」

ガルドは目を丸くし、一歩踏み込む。  
「見事じゃ! まるで鉄が歌っておるようだ……この感覚、百年ぶりに震えたわい!」

その様子を見たエルナが嬉しそうに笑う。  
「すごいでしょ? レオンさんの鍛冶は“生きてる”んだよ」  
「確かに……こんな若いやつがここまで打てるとは。よし、わしも弟子にさせてもらおう!」

「いや、立場逆じゃないか? あんたの方がベテランだろ」  
「細けぇことはええ。職人なんてのは情熱がすべてじゃ」

レオンも少しびっくりしたまま、炉の火を見つめた。  
自分の火が、誰かを引き寄せている――そんな実感が胸に広がる。



夕刻、炉の心臓部が完成した。  
金属の骨格に魔力線が刻まれ、淡い光が内部を巡る。  
それは静かな呼吸のように“ふう”と息を吐く。  
創星炉。生きた炉。

「見事な仕上がりじゃな、レオン。これなら神銀すら溶かせそうじゃ」  
「まだ設計図の半分も試してない。これからが本当の勝負だ」  
「いいのう、こういう顔を見るために職人やってる」

ガルドが豪快に笑い、ひょいとエルナの持ってきたパンを齧った。  
「エルナちゃん、ちょっと炭臭いが旨いパンだ!」  
「また適当なこと言ってー。ちゃんと焼いたんだから!」  
「いい組み合わせだな」とレオンが笑う。  
グランが炉の奥からぼそりと呟く。  
「うるせぇ工房ほど腕が上がるんだ。良い傾向だ」



その晩、三人はささやかな祝宴を開いた。  
新しい炉に灯を入れ、それぞれの酒とパンで乾杯する。  
炎が酔いを照らし、金属の壁に温かな色を映した。

「レオンよ、お前さんのこの“創星炉”、もし完成したらどうする?」  
「職人を集める。鍛冶も、錬金も、料理人も、魔道具師も。何でも作れるギルドを作るんだ」  
「なんでも、か?」  
「ああ。戦うだけの世界はもうごめんだ。作ることで人が笑える場所をここに作りたい」

炎の揺らめきの中、エルナがそっと笑った。  
「それ、いいね。あたしもその夢、手伝っていい?」  
「もちろんだ。お前はもう、この炉の一部だ」

その言葉にエルナの頬が赤く染まった。  
老職人ガルドが「まぶしいのう」と笑い、グランは「若いねぇ」とぼそぼそ言いながら火を吐き出す。



翌朝。  
王都の通りを一人の少女が駆けていた。  
配達屋のリリィ。噂好きで町中の情報を運ぶ娘だ。  
その手には新しい掲示板の写しがあった。

“王都南区にて、新工房〈創星の炉〉が開設。修理・鍛造・魔具調整受付中。代表:レオン・ハース”

彼女はその紙を手に、仲間たちに叫んだ。

「聞いた? 落ちこぼれ鍛冶師がギルド作ったって! しかもドワーフまで雇ったらしいよ!」

その噂は瞬く間に王都の職人街へ広がった。  
誰もが「まさかあいつが」と嘲笑し、ある者は「どんな技なんだ」と興味を示した。  
そしてその情報は、紅錆の炉の耳にも届くことになる。



「……創星の炉? あの落ちこぼれが?」  
ギルドマスター・バルドは椅子を軋ませ、苦笑した。  
机の上には、かつてレオンが書いた設計図の残りが置かれている。  
再利用できず捨てたものだ。

「ふん……面白い。なら試してみようじゃないか。天才の“残りカス”で、どれほどの剣が作れるか」

バルドの指が机を叩いた。  
その音がまるで、静かな宣戦布告の鐘のように響いた。



工房に戻ると、エルナが外の看板に白いチョークで文字を書いていた。  
「新しい一歩、だね」  
「そうだな」

レオンは空を見上げる。  
今日も空は青く、炎の煙が高く昇っていく。  
あの日、嘲笑とともに出た“追放”の言葉。  
だがいま、同じ手で火を起こし、仲間と笑っている。  

「行こう、エルナ。これが俺の“最初の作品”だ」  
「うん、“創星の炉”の最初の一日だね!」

彼らの笑い声が、鉄と火の音に混ざって王都の空へ昇っていった。

(第4話 完)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました

竹桜
ファンタジー
 誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。  その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。  男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。   自らの憧れを叶える為に。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

処理中です...