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第17話 盗まれた設計図と裏市場
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王都の朝は灰色の雲に覆われていた。
ギルド広場を吹き抜ける風は冷たく、冬の訪れを告げている。
前日の大騒動――紅錆の炉の偽装発覚から一夜。
ほとんどの市民は「創星の炉が勝った」と祝福したが、レオンの心は静まらなかった。
「カルドの姿が見つからない?」
エルナの問いにガルドが頷く。
「衛兵も探しておるが、影も形もない。火事の瓦礫も全部調べたが、遺体もなしじゃ」
「ってことは、逃げたってこと?」ティナが不安げに声を漏らす。
グランが低く唸る。
「火霊の力を吸い上げた時、あいつは確かに生きていた気配を残していた。まるで“火灰”のように……焼けてもなお残るしぶとい奴だ」
レオンは窓の外を見据えたまま槌を手に取る。
「奴がこのまま黙ってるはずがない。次は“まともな手段”では来ないだろう」
その時、ティナが慌てて机の上の書類をめくった。
「レオンさん! 設計図が……ない!」
エルナが思わず声を上げる。
「まさか、また盗まれた⁉」
「ヴィータ・シェルの改良版――先週試作していた図面だ。誰かが昨晩、奥の金庫をこじ開けたらしい」
「金庫を? 魔封印が三重に張ってあったのに?」
レオンは拳を固め、槌の柄をきつく握る。
「やり方が雑じゃない。これは“手口を見せつける”ための盗みだ」
「つまり挑発……」ティナが唇を噛む。
グランが囁く。
「裏市場だ」
「裏市場?」
ガルドがうなずく。
「簡単に言えば、王都の底の底にある職人の闇市場じゃ。違法改造魔具や失われた技術が値で売られとる。“火を奪う商い”の場じゃ」
エルナが顔をしかめる。
「そんなの、衛兵に任せれば――」
「無理だ。表の連中は踏み込めない。あそこには『ギルドの落ちこぼれ達』が山ほどいる」レオンの声が低く響く。
「紅錆が逃げ延びたなら、まずそこに潜む。設計図も取引のネタに使われる」
◇
王都南端、廃倉庫地帯。
昼も薄暗く、地面に染み出した油が腐った匂いを放つ。
レオンは外套のフードを被り、仲間たちを背に進む。
「まさか、こんなところに市場が……」ティナが小声で呟く。
「日が沈む頃、本当の姿を現す」
やがて夜の帳が降りると、闇の中にぽつりと赤い灯が灯った。
鋳造炉を模した屋台、機械義手を並べた露店、ひび割れた魔導石を高値で売りさばく商人。
それらが迷路のように広がる。
人の声も、笑いも、わずかに熱を帯びている。
違法の空気に、ティナが身をすくめるのをエルナが支えた。
「怖くない。私たちは探しにきただけ」
ガルドが低く囁いた。
「向こうのテントだ。“灰鉄商会”。裏市場でも一番でかい組織じゃ」
「灰鉄……聞いたことがある。カルドが紅錆の頃、取引してた連中だ」
レオンは中へ踏み込んだ。
帳の奥から現れたのは、銀髪の若い女。鋭い目を光らせ、口元だけ笑っている。
「へえ、噂の落ちこぼれ……いや、“王都の英雄”さんか。初めまして、“灰鉄”のミラといいます」
「単刀直入に聞く。俺の設計図を売ってるのはお前たちか?」
「売ってるなんて人聞きが悪い。あれは持ち込まれた品よ。正規の出品、売り手は紅錆の炉――‘カルド・ハーヴィル’。お友達なんでしょ?」
ティナが怒って一歩前に出かけた瞬間、レオンが手で制した。
「……値は?」
「今のところ、五百万金貨。ま、今夜の競りで倍にはなると思うわ」
「競り?」
「そう。夜十二時ちょうど、『灰鉄の炉祭(マルカ・フェスタ)』が始まる。奪い返したいなら、ルールは一つ――“商品は力で取り戻せ”」
エルナが震える声で問い返す。
「つまり、戦えってこと?」
「ええ。それが裏市場の掟よ」
◇
深夜。
地上の喧噪が消え、倉庫街地下への通路が開かれた。
血と油の匂いが混ざる洞窟を降りると、広い空間が現れる。
無数の炉が赤く灯り、観客が檻の周囲を取り囲んでいた。
その中央――黒い鉄の祭壇の上に、例の設計図が掲げられている。
ミラの声が響いた。
「さあ始めましょう! 本日の最終競り――“創星鍛造式・命布《ヴィータ・シェル》改良版”。出品者は紅錆のカルド。入札条件、金貨ではなく“技術”!」
観客がざわめく。
「技術を賭けるだと!?」「腕前で勝負ってことか!」
次の瞬間、客席の奥からカルドが姿を現した。
赤黒い外套の下、見る影もなく痩せているが、その目には狂気じみた炎が宿っていた。
「やあ、再会だな、レオン」
「……お前、まだそんな顔ができるのか」
「お前のおかげで俺は全てを失った。だが、“火霊を宿した男”の技術を奪えば、俺が新しい王都の王になる」
カルドが手を掲げると、背後でいくつもの炉が咆哮を上げる。
巨大な鋼人形――紅錆が作った旧式の戦闘機構が現れた。
「こいつが俺の新しい作品だ。お前の創精鍛造と比べっこしようじゃないか!」
歓声と怒号。観客たちの熱気が渦を巻く。
レオンは静かに槌を構え、一歩前に出た。
「いいだろう。職人は言葉よりも手で語る」
戦いが始まる。
火花が飛び、檻の鉄格子を溶かす。
カルドの鋼人形が炎をまき散らし、床を焼く。
だがレオンの右腕に刻まれた焔精の紋が光り、風のような動きで火を吸収していく。
「これが“火を創る者”の技だ」
「ふざけるな! 俺の方が長年、鍛冶の現場を――!」
カルドの叫びと共に、鋼人形の胴体が爆裂。内部から黒い煙が吹き出した。
「制御、外れた!?」ティナが悲鳴を上げる。
人形の中核から、燃えさかる炎の核が暴走を始めた。
「やめろカルド! あれは――」
「これで終わりだ! 俺は炎と共に生きる!」
しかし、暴走する核は彼さえ飲み込もうとしていた。
レオンは無言で飛び込み、炉槌を振り下ろす。
《焔喰らい》の紋が輝き、暴走した核の炎をすべて吸収した。
爆音の後、沈黙。
崩れた祭壇の上にはレオンとカルドが倒れていた。
カルドは血を吐きながら笑う。
「やっぱり……お前、俺と同じだな。火に憑かれてやがる」
「違う。俺は火に救われた」
「……あの時、お前を追放しなけりゃ……こんな化け物には……」
その言葉を最後に、カルドの意識は闇に沈んでいった。
観客席の熱気が消えた。
ミラがゆっくりと壇上に上がり、設計図をレオンに差し出す。
「勝者は創星の炉。だが――この市場を壊した代価は高くつくわよ」
「構わない。どんな闇でも、真実の火で照らす」
◇
明け方。
創星の炉に戻った一行を迎えたのは、灰色の空と冷たい風だった。
ティナが崩れた椅子に腰を掛け、眠るような声で呟く。
「やっと帰ってきた……」
エルナが笑う。
「もう二度と裏市場なんか行きたくないね」
レオンは炉の前に立ち、設計図を広げた。
焦げ跡が残っているが、中心部の魂術式は無傷だった。
光が紙面に走り、まるで新しい命が吹き込まれたようだった。
「これが、俺たちの“炎の証”だ」
ガルドが頷き、グランが金属音を鳴らす。
「紅錆は消えたが、また別の炎が地下で燃え出すじゃろうな」
レオンは静かに答えた。
「なら、その都度打ち直せばいい。炎は俺たちの師匠だ。何度でも鍛え直してやる」
外の空が薄く明るむ。
創星の炉の煙突から、再び青い炎が立ち上った。
それは夜を越えて、王都のすべての職人たちに“新しい朝が来た”と告げる光となった。
(第17話 完)
ギルド広場を吹き抜ける風は冷たく、冬の訪れを告げている。
前日の大騒動――紅錆の炉の偽装発覚から一夜。
ほとんどの市民は「創星の炉が勝った」と祝福したが、レオンの心は静まらなかった。
「カルドの姿が見つからない?」
エルナの問いにガルドが頷く。
「衛兵も探しておるが、影も形もない。火事の瓦礫も全部調べたが、遺体もなしじゃ」
「ってことは、逃げたってこと?」ティナが不安げに声を漏らす。
グランが低く唸る。
「火霊の力を吸い上げた時、あいつは確かに生きていた気配を残していた。まるで“火灰”のように……焼けてもなお残るしぶとい奴だ」
レオンは窓の外を見据えたまま槌を手に取る。
「奴がこのまま黙ってるはずがない。次は“まともな手段”では来ないだろう」
その時、ティナが慌てて机の上の書類をめくった。
「レオンさん! 設計図が……ない!」
エルナが思わず声を上げる。
「まさか、また盗まれた⁉」
「ヴィータ・シェルの改良版――先週試作していた図面だ。誰かが昨晩、奥の金庫をこじ開けたらしい」
「金庫を? 魔封印が三重に張ってあったのに?」
レオンは拳を固め、槌の柄をきつく握る。
「やり方が雑じゃない。これは“手口を見せつける”ための盗みだ」
「つまり挑発……」ティナが唇を噛む。
グランが囁く。
「裏市場だ」
「裏市場?」
ガルドがうなずく。
「簡単に言えば、王都の底の底にある職人の闇市場じゃ。違法改造魔具や失われた技術が値で売られとる。“火を奪う商い”の場じゃ」
エルナが顔をしかめる。
「そんなの、衛兵に任せれば――」
「無理だ。表の連中は踏み込めない。あそこには『ギルドの落ちこぼれ達』が山ほどいる」レオンの声が低く響く。
「紅錆が逃げ延びたなら、まずそこに潜む。設計図も取引のネタに使われる」
◇
王都南端、廃倉庫地帯。
昼も薄暗く、地面に染み出した油が腐った匂いを放つ。
レオンは外套のフードを被り、仲間たちを背に進む。
「まさか、こんなところに市場が……」ティナが小声で呟く。
「日が沈む頃、本当の姿を現す」
やがて夜の帳が降りると、闇の中にぽつりと赤い灯が灯った。
鋳造炉を模した屋台、機械義手を並べた露店、ひび割れた魔導石を高値で売りさばく商人。
それらが迷路のように広がる。
人の声も、笑いも、わずかに熱を帯びている。
違法の空気に、ティナが身をすくめるのをエルナが支えた。
「怖くない。私たちは探しにきただけ」
ガルドが低く囁いた。
「向こうのテントだ。“灰鉄商会”。裏市場でも一番でかい組織じゃ」
「灰鉄……聞いたことがある。カルドが紅錆の頃、取引してた連中だ」
レオンは中へ踏み込んだ。
帳の奥から現れたのは、銀髪の若い女。鋭い目を光らせ、口元だけ笑っている。
「へえ、噂の落ちこぼれ……いや、“王都の英雄”さんか。初めまして、“灰鉄”のミラといいます」
「単刀直入に聞く。俺の設計図を売ってるのはお前たちか?」
「売ってるなんて人聞きが悪い。あれは持ち込まれた品よ。正規の出品、売り手は紅錆の炉――‘カルド・ハーヴィル’。お友達なんでしょ?」
ティナが怒って一歩前に出かけた瞬間、レオンが手で制した。
「……値は?」
「今のところ、五百万金貨。ま、今夜の競りで倍にはなると思うわ」
「競り?」
「そう。夜十二時ちょうど、『灰鉄の炉祭(マルカ・フェスタ)』が始まる。奪い返したいなら、ルールは一つ――“商品は力で取り戻せ”」
エルナが震える声で問い返す。
「つまり、戦えってこと?」
「ええ。それが裏市場の掟よ」
◇
深夜。
地上の喧噪が消え、倉庫街地下への通路が開かれた。
血と油の匂いが混ざる洞窟を降りると、広い空間が現れる。
無数の炉が赤く灯り、観客が檻の周囲を取り囲んでいた。
その中央――黒い鉄の祭壇の上に、例の設計図が掲げられている。
ミラの声が響いた。
「さあ始めましょう! 本日の最終競り――“創星鍛造式・命布《ヴィータ・シェル》改良版”。出品者は紅錆のカルド。入札条件、金貨ではなく“技術”!」
観客がざわめく。
「技術を賭けるだと!?」「腕前で勝負ってことか!」
次の瞬間、客席の奥からカルドが姿を現した。
赤黒い外套の下、見る影もなく痩せているが、その目には狂気じみた炎が宿っていた。
「やあ、再会だな、レオン」
「……お前、まだそんな顔ができるのか」
「お前のおかげで俺は全てを失った。だが、“火霊を宿した男”の技術を奪えば、俺が新しい王都の王になる」
カルドが手を掲げると、背後でいくつもの炉が咆哮を上げる。
巨大な鋼人形――紅錆が作った旧式の戦闘機構が現れた。
「こいつが俺の新しい作品だ。お前の創精鍛造と比べっこしようじゃないか!」
歓声と怒号。観客たちの熱気が渦を巻く。
レオンは静かに槌を構え、一歩前に出た。
「いいだろう。職人は言葉よりも手で語る」
戦いが始まる。
火花が飛び、檻の鉄格子を溶かす。
カルドの鋼人形が炎をまき散らし、床を焼く。
だがレオンの右腕に刻まれた焔精の紋が光り、風のような動きで火を吸収していく。
「これが“火を創る者”の技だ」
「ふざけるな! 俺の方が長年、鍛冶の現場を――!」
カルドの叫びと共に、鋼人形の胴体が爆裂。内部から黒い煙が吹き出した。
「制御、外れた!?」ティナが悲鳴を上げる。
人形の中核から、燃えさかる炎の核が暴走を始めた。
「やめろカルド! あれは――」
「これで終わりだ! 俺は炎と共に生きる!」
しかし、暴走する核は彼さえ飲み込もうとしていた。
レオンは無言で飛び込み、炉槌を振り下ろす。
《焔喰らい》の紋が輝き、暴走した核の炎をすべて吸収した。
爆音の後、沈黙。
崩れた祭壇の上にはレオンとカルドが倒れていた。
カルドは血を吐きながら笑う。
「やっぱり……お前、俺と同じだな。火に憑かれてやがる」
「違う。俺は火に救われた」
「……あの時、お前を追放しなけりゃ……こんな化け物には……」
その言葉を最後に、カルドの意識は闇に沈んでいった。
観客席の熱気が消えた。
ミラがゆっくりと壇上に上がり、設計図をレオンに差し出す。
「勝者は創星の炉。だが――この市場を壊した代価は高くつくわよ」
「構わない。どんな闇でも、真実の火で照らす」
◇
明け方。
創星の炉に戻った一行を迎えたのは、灰色の空と冷たい風だった。
ティナが崩れた椅子に腰を掛け、眠るような声で呟く。
「やっと帰ってきた……」
エルナが笑う。
「もう二度と裏市場なんか行きたくないね」
レオンは炉の前に立ち、設計図を広げた。
焦げ跡が残っているが、中心部の魂術式は無傷だった。
光が紙面に走り、まるで新しい命が吹き込まれたようだった。
「これが、俺たちの“炎の証”だ」
ガルドが頷き、グランが金属音を鳴らす。
「紅錆は消えたが、また別の炎が地下で燃え出すじゃろうな」
レオンは静かに答えた。
「なら、その都度打ち直せばいい。炎は俺たちの師匠だ。何度でも鍛え直してやる」
外の空が薄く明るむ。
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