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第18話 禁断の素材「星鉄」の秘密
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冬の風が冷え込みを増す頃、王都の空は一層灰色が濃くなっていた。
創星の炉の煙突から上がる煙はいつもより細く、レオンたちはひと時の静寂を享受していた……それも束の間のことだった。
「レオンさん、これ……」
ティナが届けた報告書に、レオンは眉をひそめた。
机の上、王都交易庁からの通知書――“星鉄採掘に関連する全ての技術・研究は禁止される”と記されている。
エルナが思わず声を上げた。
「えっ!? 星鉄採掘って、王都の産業の半分を支えてるでしょ? 禁止なんてありえない!」
「理由は、“未確認の魔素汚染”らしい。だが、これは明らかに作為だ」
レオンの視線は鋭く光った。
星鉄――千年に一度、空から降る光の鉱石。
鍛冶師にとっては“夢の金属”であり、魔導技術の根幹を担う素材。
紅錆の炉も、そしてかつてのレオンの研究も星鉄に依存していた。
「誰かが流通を独占しようとしているな」とガルドが唸る。
「禁令を出すってことは、裏で星鉄が別ルートで動いている証拠じゃ」
レオンは静かに頷いた。
「裏市場を潰したあと、その空白を誰かが埋めた。……紅錆だけじゃない。別の黒幕がいる」
その時、扉が勢いよく開いた。
入ってきたのはリリア。頬に煤をつけ、息を切らしている。
「大変です! 星鉄鉱山の一つが、爆発しました!」
◇
王都郊外、ティルナ鉱区。
かつてレオンが修行時代に通った場所が、今は黒い煙で覆われていた。
地面は抉られ、坑道は崩落し、空には異様な光がまだ漂っている。
「……ただの事故じゃないな」
レオンが呟く。
魔力の流れが不安定すぎる。
金属というより、生き物の体内のように蠢く気配さえあった。
崩れた坑道奥から、衛兵たちが負傷者を運び出してくる。
その中の一人がレオンを見つけ、震える声を上げた。
「ハース……なのか。本当にお前が来てくれたのか」
「お前は……ミルドか。昔、ここで一緒に働いてたな」
男は血混じりの咳をしながら指差す。
「中だ。中に“何か”がいる。やつが鉱石を……喰ってやがる……!」
「喰う?」エルナが青ざめる。
ガルドが眉をひそめた。
「星鉄を喰う生き物なんぞ、聞いたこともねえぞ」
「行くしかない」
レオンはルシェを抜き、ずっしりとした青光を放った。
◇
坑道の奥は、もはや洞窟というよりも生きた魔獣の喉奥のようだった。
壁に染みた金属が脈を打ち、星鉄の光が生き物の血流のように走る。
ティナが声を震わせた。
「ここ……生きてます……」
「魔素の感染だ。星鉄の中に巣食った何かが、鉱脈ごと神経のように広がっている」
その先に、異形がいた。
全身を星色の鱗に覆われ、無数の焦点を持つ目を輝かせた黒い巨躯――“星喰い”と呼ばれる災害級魔獣。
「ありえねぇ……星鉄鉱を喰う魔獣が現れるなんて」ガルドがうめく。
「理屈はあとだ。止める」
レオンの足元で、焔精の紋が燃える。
槌が光を帯びると、内部の魔力が星鉄の波動と共鳴した。
「創精鍛造――星律降下!」
ルシェの剣と槌が同時に閃き、星喰いの足を打ち砕いた。
だが次の瞬間、黒い鱗が分裂し、光の触手となって襲いかかってくる。
エルナが魔道陣を展開。ティナが結界札を連打。
「防御間に合わない!」
「退け!」
レオンが腕を振ると、炎ではなく蒼白い光の幕が広がった。
それはヴィータ・シェルの発展型――生命防具の量子展開。
触手を焼き尽くしながら、彼は叫んだ。
「こいつ……星鉄を取り込んで強化してやがる!」
「どうすれば止められるの!?」エルナの声が必死に響く。
レオンの脳裏に、かつての恩師の言葉が蘇る。
——星鉄は、“空の涙”。天を超える者の血だ。火では溶けず、だが心で揺らぐ。
「分かった。あいつを“鍛造する”」
「鍛造!? 魔獣を!?」ティナが驚く。
「星鉄そのものが魔力器官になってる。なら、形を変えて止める!」
焔喰らいの炉が光る。炎の中に星喰いの身体を引き込み、ルシェと連結した槌を叩き込む。
「創精鍛造・第七段階――命質変換!」
轟音が広がり、坑道全体が白く染まった。
周囲の壁が震え、星鉄が融けるような音を立てて形を変える。
やがて炎が静まり、そこには一振りの槍が残されていた。
槍身は星光を帯び、心臓のように脈を打っている。
「これが……魔獣の核を鍛え直した新たな道具、“星喰槍《ネブラ・ランス》”だ」
エルナが息を呑む。
「まるで生きてる……」
レオンは静かに頷いた。
「星鉄は“天の金属”じゃない。生き物だ。……天から降った生命の欠片なんだ」
ティナが恐る恐る問う。
「じゃあ、星鉄を乱掘してきた私たちは……」
「知らずに命を掘り返してた。それが“汚染”の正体だ」
天を見上げるレオンの目に、ほんの一瞬だけ憂いが宿った。
◇
王都に戻り、報告を提出すると、評議会の代表が青ざめた顔で言った。
「馬鹿な……星鉄はただの鉱石ではなかったというのか?」
「はい。生体金属に近い。扱いを間違えば、また“星喰い”が生まれる。採掘禁止は正しかったが、原因は隠蔽だったんだ」
「隠蔽?」
「汚染の真実を知った者たちが、己の利益のためにデータを消した。星鉄の“生命性”を研究すれば、技術の独占が無理になるからな」
評議員たちが顔を見合わせる。重苦しい沈黙が続いた。
そして一人の老議員が、深いため息と共に言葉を落とした。
「ハース。もしお前の言うことが真実なら、王都は根から腐っている。……だが、信じたい。再び星鉄が暴走する前に、我々と協力してほしい」
レオンは頷いた。
「この“ネブラ・ランス”は封印します。だが、いずれ星と人が共に生きる鍛え方を見つけたい」
◇
その夜。
炉の火を見つめながら、エルナがスープをかき混ぜていた。
「ねぇ、レオンさん。星鉄が生きてるって話、本当に信じられないよ」
「俺たち鍛冶師は、鉄を“命あるもの”として扱ってきた。それが証明されたにすぎない」
ティナが眠そうに頬杖をつきながら呟く。
「じゃあ、レオンさんは鉄に話しかけるとき、ほんとに返事が聞こえてるんですか?」
「時々な。火花の音が、“まだ打て”って言うんだ」
グランが鼻で笑った。
「おかしな連中よ。だが、そんな連中だからこそ世界を変えられる」
「だな。……星の命も、人の命も、同じ炎で照らせる炉を作る。それが次の目標だ」
レオンは火を見つめながら、炎をひときわ高くした。
炎の中で、一瞬だけ黄白色の閃光が弾けたように見えた。
それはまるで、遠い夜空の星がこちらに笑いかけているような輝きだった。
(第18話 完)
創星の炉の煙突から上がる煙はいつもより細く、レオンたちはひと時の静寂を享受していた……それも束の間のことだった。
「レオンさん、これ……」
ティナが届けた報告書に、レオンは眉をひそめた。
机の上、王都交易庁からの通知書――“星鉄採掘に関連する全ての技術・研究は禁止される”と記されている。
エルナが思わず声を上げた。
「えっ!? 星鉄採掘って、王都の産業の半分を支えてるでしょ? 禁止なんてありえない!」
「理由は、“未確認の魔素汚染”らしい。だが、これは明らかに作為だ」
レオンの視線は鋭く光った。
星鉄――千年に一度、空から降る光の鉱石。
鍛冶師にとっては“夢の金属”であり、魔導技術の根幹を担う素材。
紅錆の炉も、そしてかつてのレオンの研究も星鉄に依存していた。
「誰かが流通を独占しようとしているな」とガルドが唸る。
「禁令を出すってことは、裏で星鉄が別ルートで動いている証拠じゃ」
レオンは静かに頷いた。
「裏市場を潰したあと、その空白を誰かが埋めた。……紅錆だけじゃない。別の黒幕がいる」
その時、扉が勢いよく開いた。
入ってきたのはリリア。頬に煤をつけ、息を切らしている。
「大変です! 星鉄鉱山の一つが、爆発しました!」
◇
王都郊外、ティルナ鉱区。
かつてレオンが修行時代に通った場所が、今は黒い煙で覆われていた。
地面は抉られ、坑道は崩落し、空には異様な光がまだ漂っている。
「……ただの事故じゃないな」
レオンが呟く。
魔力の流れが不安定すぎる。
金属というより、生き物の体内のように蠢く気配さえあった。
崩れた坑道奥から、衛兵たちが負傷者を運び出してくる。
その中の一人がレオンを見つけ、震える声を上げた。
「ハース……なのか。本当にお前が来てくれたのか」
「お前は……ミルドか。昔、ここで一緒に働いてたな」
男は血混じりの咳をしながら指差す。
「中だ。中に“何か”がいる。やつが鉱石を……喰ってやがる……!」
「喰う?」エルナが青ざめる。
ガルドが眉をひそめた。
「星鉄を喰う生き物なんぞ、聞いたこともねえぞ」
「行くしかない」
レオンはルシェを抜き、ずっしりとした青光を放った。
◇
坑道の奥は、もはや洞窟というよりも生きた魔獣の喉奥のようだった。
壁に染みた金属が脈を打ち、星鉄の光が生き物の血流のように走る。
ティナが声を震わせた。
「ここ……生きてます……」
「魔素の感染だ。星鉄の中に巣食った何かが、鉱脈ごと神経のように広がっている」
その先に、異形がいた。
全身を星色の鱗に覆われ、無数の焦点を持つ目を輝かせた黒い巨躯――“星喰い”と呼ばれる災害級魔獣。
「ありえねぇ……星鉄鉱を喰う魔獣が現れるなんて」ガルドがうめく。
「理屈はあとだ。止める」
レオンの足元で、焔精の紋が燃える。
槌が光を帯びると、内部の魔力が星鉄の波動と共鳴した。
「創精鍛造――星律降下!」
ルシェの剣と槌が同時に閃き、星喰いの足を打ち砕いた。
だが次の瞬間、黒い鱗が分裂し、光の触手となって襲いかかってくる。
エルナが魔道陣を展開。ティナが結界札を連打。
「防御間に合わない!」
「退け!」
レオンが腕を振ると、炎ではなく蒼白い光の幕が広がった。
それはヴィータ・シェルの発展型――生命防具の量子展開。
触手を焼き尽くしながら、彼は叫んだ。
「こいつ……星鉄を取り込んで強化してやがる!」
「どうすれば止められるの!?」エルナの声が必死に響く。
レオンの脳裏に、かつての恩師の言葉が蘇る。
——星鉄は、“空の涙”。天を超える者の血だ。火では溶けず、だが心で揺らぐ。
「分かった。あいつを“鍛造する”」
「鍛造!? 魔獣を!?」ティナが驚く。
「星鉄そのものが魔力器官になってる。なら、形を変えて止める!」
焔喰らいの炉が光る。炎の中に星喰いの身体を引き込み、ルシェと連結した槌を叩き込む。
「創精鍛造・第七段階――命質変換!」
轟音が広がり、坑道全体が白く染まった。
周囲の壁が震え、星鉄が融けるような音を立てて形を変える。
やがて炎が静まり、そこには一振りの槍が残されていた。
槍身は星光を帯び、心臓のように脈を打っている。
「これが……魔獣の核を鍛え直した新たな道具、“星喰槍《ネブラ・ランス》”だ」
エルナが息を呑む。
「まるで生きてる……」
レオンは静かに頷いた。
「星鉄は“天の金属”じゃない。生き物だ。……天から降った生命の欠片なんだ」
ティナが恐る恐る問う。
「じゃあ、星鉄を乱掘してきた私たちは……」
「知らずに命を掘り返してた。それが“汚染”の正体だ」
天を見上げるレオンの目に、ほんの一瞬だけ憂いが宿った。
◇
王都に戻り、報告を提出すると、評議会の代表が青ざめた顔で言った。
「馬鹿な……星鉄はただの鉱石ではなかったというのか?」
「はい。生体金属に近い。扱いを間違えば、また“星喰い”が生まれる。採掘禁止は正しかったが、原因は隠蔽だったんだ」
「隠蔽?」
「汚染の真実を知った者たちが、己の利益のためにデータを消した。星鉄の“生命性”を研究すれば、技術の独占が無理になるからな」
評議員たちが顔を見合わせる。重苦しい沈黙が続いた。
そして一人の老議員が、深いため息と共に言葉を落とした。
「ハース。もしお前の言うことが真実なら、王都は根から腐っている。……だが、信じたい。再び星鉄が暴走する前に、我々と協力してほしい」
レオンは頷いた。
「この“ネブラ・ランス”は封印します。だが、いずれ星と人が共に生きる鍛え方を見つけたい」
◇
その夜。
炉の火を見つめながら、エルナがスープをかき混ぜていた。
「ねぇ、レオンさん。星鉄が生きてるって話、本当に信じられないよ」
「俺たち鍛冶師は、鉄を“命あるもの”として扱ってきた。それが証明されたにすぎない」
ティナが眠そうに頬杖をつきながら呟く。
「じゃあ、レオンさんは鉄に話しかけるとき、ほんとに返事が聞こえてるんですか?」
「時々な。火花の音が、“まだ打て”って言うんだ」
グランが鼻で笑った。
「おかしな連中よ。だが、そんな連中だからこそ世界を変えられる」
「だな。……星の命も、人の命も、同じ炎で照らせる炉を作る。それが次の目標だ」
レオンは火を見つめながら、炎をひときわ高くした。
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