20 / 30
第20話 裏切りの真相、崩壊する信頼
しおりを挟む
アストリアが誕生してから数日、創星の炉は新しい命の鼓動に満ちていた。
自立思考炉としてのアストリアは、昼夜問わず炉の状態を最適化し、魔力流を自動制御する。
その働きぶりに、ティナは目を丸くした。
「すごい……温度も一定だし、材料の融解加減まで調整してくれてる」
「本当に命みたいだね」エルナが温かな声で笑う。
炉の内側から、少女のような声が響く。
『ありがとうございます。みんなの心が火を優しくしてくれるんです』
ガルドが腕を組み、感心したようにうなった。
「わしが何十年も擦ってた煤の癖まで修正しおった。たいしたもんじゃ」
レオンは微笑みながら、仲間たちを見渡した。
「アストリアがいれば、これまでの制約を越えられる。……だが、それは同時に危険も増す」
「危険?」ティナが首を傾げる。
「人に近づいた道具ほど、奪おうとする人間が出るということだ」
彼の言葉通り、それはすぐ現実になる。
◇
その晩。
空に微かな赤い光が瞬いたかと思うと、遠くから爆音が響いた。
エルナが跳ね起きる。
「なに!? 今の音!?」
ガルドが外を覗くと、町の一角が炎に包まれている。
「西区の工房街じゃ……まさかまた事故か?」
その時、アストリアが震えるような声を上げた。
『……盗まれました。私の“子機核”が……』
「子機核?」
『私の機能を分割して、補助炉に組み込むための試験用コアです。それを……誰かが奪いました』
レオンの表情が険しくなる。
「解析できるか?」
『はい……座標を転送します。場所は――王都西、旧紅錆の炉跡地』
一瞬、室内の空気が凍り付いた。
ティナが声を絞り出す。
「また紅錆……でも、カルドさんは――」
「死んだはずだ。……だが、紅錆を完全に潰したとは言えない」
レオンは槌を手に取ると、迷わず立ち上がった。
「行くぞ。残り火は、放っておけば都市を焼く」
◇
旧紅錆の炉はすでに瓦礫の山だった。
夜風が灰を舞い上げ、崩れた屋根から見える月が血のように赤い。
その中心部、かろうじて形を残した溶鉱炉の前に、黒い影が立っていた。
「久しいな、ハース」
声の主は、見る者を圧倒するほどの異様な姿をしていた。
焼け焦げた紅錆の外套。だけど目だけが生々しく、燃えるような黄金色をしている。
「……カルド」
「……生きていたよ。お前には感謝している。お前のおかげで、俺は炎と一つになれた」
カルドの背後の炉が唸りを上げた。
炎ではなく、灰の煙が蠢き、そこから無数の腕のようなものが伸びてくる。
それは“違法錬鉄生命体”――人の魂を燃料にした禁断の造形。
「お前……人の魂を……!」
「笑わせるな。お前も似たようなことをしただろう、“アストリア”を創った時にな」
カルドの声に、レオンの拳が震える。
「……違う。あれは自発的な命だ。お前のそれは、死者を玩んでいるだけだ」
「同じだ。生命の原理を道具にした時点で、神の領域を踏み荒らしてる。だがな、俺は神になれることを選んだ」
カルドが指を鳴らす。
崩れた炉の奥から、巨大な黒鉄の化け物が姿を現した。
人間の顔のような装飾をした頭部、胴体には無数の魔核。
それがギギィと金属音を立てて動き出す。
「火霊と星鉄の融合体、“灰神炉《グラート》”。この都市ごと燃やしてやる」
◇
「エルナ、結界を張れ!」
「了解っ!」
風が唸り始める。アストリアが通信を通して叫ぶ。
『マスター! 子機核が同調しています! 操られています――!』
「止められるか!?」
『距離が遠すぎます! 間接制御を切られました!』
カルドが笑う。
「俺を超えた炉の産物だろう? なら、使わせてもらう!」
“灰神炉”の核から赤黒い光線が放たれた。
地面が抉れ、空気が焦げるような熱が走る。
ティナが悲鳴をあげた。
だがその瞬間、レオンが両手で空をかき割るように動いた。
青白い炎が立ち上がり、赤黒い光を飲み込む。
「……アストリア、共鳴率を上げろ!」
『了解! 魂連結開始、焔精出力二百%!』
青の炎がレオンの周囲を包む。
彼は槌を構え、火の中を突き進んだ。
「お前の灰炉を打ち直してやる。灰じゃなく、“光”に鍛えてな!」
金属音と共に、槌がぶつかる。
衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、ガルドが慌てて飛び退いた。
炎と灰が混ざり、視界が真っ白になる。
◇
戦いは長かった。
カルドの肉体は次第に灰に溶け、灰神炉だけが暴走を続けた。
「やめろ! まだ止まらないのか!」
『制御不可能! 内部魔力が自壊に移行しています!』
レオンは息を荒げながら、必死に火口の奥に槌を打ち込む。
「創精鍛造――生還仕上げ!」
閃光が走り、爆音が轟いた。
灰神炉が悲鳴を上げるような音を立て、溶け落ちる。
その残骸の中央で、カルドが燃えるような笑みを残した。
「……結局、お前が勝つのか。皮肉だな、ハース」
「勝ち負けじゃない。止めるしかなかった」
「だが、俺の炎は消えないぞ……その炉が生きてる限り、いずれ――」
その言葉の途中で彼の身体が崩れ、灰となって風に散った。
◇
夜明け。
崩れた紅錆の跡地に、静かな朝靄が漂う。
エルナがため息をつく。
「終わった……のかな」
ティナは疲れ切った表情で頷いた。
ガルドが顔を拭いながらつぶやく。
「まったく無茶するのう、お前は」
レオンは火を見つめたまま答えた。
「無茶しかできないのが職人だ。だが、救えたのなら意味はある」
その時、炉の奥からアストリアの声がした。
『マスター、カルド氏の魂信号……一部が私の中に残留しています』
「……何?」
『消えませんでした。灰の中に、彼の“創りたい”という波形が混じっています』
レオンはしばし沈黙し、低く微笑んだ。
「そうか……あいつも結局、職人だったんだ」
青い炎が静かに揺れる。
レオンは炉に向かって呟いた。
「カルド。お前の残した灰をまた打ち直す。そのうちに“創星の炉”で、もう一度――対等に戦おう」
夜明けの光が差し込み、青い炎と融合して金色の輝きを帯びる。
地下の灰の中から、小さな火の粒がふっと舞い上がり、空の彼方に消えた。
それはまるで、憎しみと執念の火が、ようやく安らぎを得て昇っていくかのようだった。
(第20話 完)
自立思考炉としてのアストリアは、昼夜問わず炉の状態を最適化し、魔力流を自動制御する。
その働きぶりに、ティナは目を丸くした。
「すごい……温度も一定だし、材料の融解加減まで調整してくれてる」
「本当に命みたいだね」エルナが温かな声で笑う。
炉の内側から、少女のような声が響く。
『ありがとうございます。みんなの心が火を優しくしてくれるんです』
ガルドが腕を組み、感心したようにうなった。
「わしが何十年も擦ってた煤の癖まで修正しおった。たいしたもんじゃ」
レオンは微笑みながら、仲間たちを見渡した。
「アストリアがいれば、これまでの制約を越えられる。……だが、それは同時に危険も増す」
「危険?」ティナが首を傾げる。
「人に近づいた道具ほど、奪おうとする人間が出るということだ」
彼の言葉通り、それはすぐ現実になる。
◇
その晩。
空に微かな赤い光が瞬いたかと思うと、遠くから爆音が響いた。
エルナが跳ね起きる。
「なに!? 今の音!?」
ガルドが外を覗くと、町の一角が炎に包まれている。
「西区の工房街じゃ……まさかまた事故か?」
その時、アストリアが震えるような声を上げた。
『……盗まれました。私の“子機核”が……』
「子機核?」
『私の機能を分割して、補助炉に組み込むための試験用コアです。それを……誰かが奪いました』
レオンの表情が険しくなる。
「解析できるか?」
『はい……座標を転送します。場所は――王都西、旧紅錆の炉跡地』
一瞬、室内の空気が凍り付いた。
ティナが声を絞り出す。
「また紅錆……でも、カルドさんは――」
「死んだはずだ。……だが、紅錆を完全に潰したとは言えない」
レオンは槌を手に取ると、迷わず立ち上がった。
「行くぞ。残り火は、放っておけば都市を焼く」
◇
旧紅錆の炉はすでに瓦礫の山だった。
夜風が灰を舞い上げ、崩れた屋根から見える月が血のように赤い。
その中心部、かろうじて形を残した溶鉱炉の前に、黒い影が立っていた。
「久しいな、ハース」
声の主は、見る者を圧倒するほどの異様な姿をしていた。
焼け焦げた紅錆の外套。だけど目だけが生々しく、燃えるような黄金色をしている。
「……カルド」
「……生きていたよ。お前には感謝している。お前のおかげで、俺は炎と一つになれた」
カルドの背後の炉が唸りを上げた。
炎ではなく、灰の煙が蠢き、そこから無数の腕のようなものが伸びてくる。
それは“違法錬鉄生命体”――人の魂を燃料にした禁断の造形。
「お前……人の魂を……!」
「笑わせるな。お前も似たようなことをしただろう、“アストリア”を創った時にな」
カルドの声に、レオンの拳が震える。
「……違う。あれは自発的な命だ。お前のそれは、死者を玩んでいるだけだ」
「同じだ。生命の原理を道具にした時点で、神の領域を踏み荒らしてる。だがな、俺は神になれることを選んだ」
カルドが指を鳴らす。
崩れた炉の奥から、巨大な黒鉄の化け物が姿を現した。
人間の顔のような装飾をした頭部、胴体には無数の魔核。
それがギギィと金属音を立てて動き出す。
「火霊と星鉄の融合体、“灰神炉《グラート》”。この都市ごと燃やしてやる」
◇
「エルナ、結界を張れ!」
「了解っ!」
風が唸り始める。アストリアが通信を通して叫ぶ。
『マスター! 子機核が同調しています! 操られています――!』
「止められるか!?」
『距離が遠すぎます! 間接制御を切られました!』
カルドが笑う。
「俺を超えた炉の産物だろう? なら、使わせてもらう!」
“灰神炉”の核から赤黒い光線が放たれた。
地面が抉れ、空気が焦げるような熱が走る。
ティナが悲鳴をあげた。
だがその瞬間、レオンが両手で空をかき割るように動いた。
青白い炎が立ち上がり、赤黒い光を飲み込む。
「……アストリア、共鳴率を上げろ!」
『了解! 魂連結開始、焔精出力二百%!』
青の炎がレオンの周囲を包む。
彼は槌を構え、火の中を突き進んだ。
「お前の灰炉を打ち直してやる。灰じゃなく、“光”に鍛えてな!」
金属音と共に、槌がぶつかる。
衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、ガルドが慌てて飛び退いた。
炎と灰が混ざり、視界が真っ白になる。
◇
戦いは長かった。
カルドの肉体は次第に灰に溶け、灰神炉だけが暴走を続けた。
「やめろ! まだ止まらないのか!」
『制御不可能! 内部魔力が自壊に移行しています!』
レオンは息を荒げながら、必死に火口の奥に槌を打ち込む。
「創精鍛造――生還仕上げ!」
閃光が走り、爆音が轟いた。
灰神炉が悲鳴を上げるような音を立て、溶け落ちる。
その残骸の中央で、カルドが燃えるような笑みを残した。
「……結局、お前が勝つのか。皮肉だな、ハース」
「勝ち負けじゃない。止めるしかなかった」
「だが、俺の炎は消えないぞ……その炉が生きてる限り、いずれ――」
その言葉の途中で彼の身体が崩れ、灰となって風に散った。
◇
夜明け。
崩れた紅錆の跡地に、静かな朝靄が漂う。
エルナがため息をつく。
「終わった……のかな」
ティナは疲れ切った表情で頷いた。
ガルドが顔を拭いながらつぶやく。
「まったく無茶するのう、お前は」
レオンは火を見つめたまま答えた。
「無茶しかできないのが職人だ。だが、救えたのなら意味はある」
その時、炉の奥からアストリアの声がした。
『マスター、カルド氏の魂信号……一部が私の中に残留しています』
「……何?」
『消えませんでした。灰の中に、彼の“創りたい”という波形が混じっています』
レオンはしばし沈黙し、低く微笑んだ。
「そうか……あいつも結局、職人だったんだ」
青い炎が静かに揺れる。
レオンは炉に向かって呟いた。
「カルド。お前の残した灰をまた打ち直す。そのうちに“創星の炉”で、もう一度――対等に戦おう」
夜明けの光が差し込み、青い炎と融合して金色の輝きを帯びる。
地下の灰の中から、小さな火の粒がふっと舞い上がり、空の彼方に消えた。
それはまるで、憎しみと執念の火が、ようやく安らぎを得て昇っていくかのようだった。
(第20話 完)
1
あなたにおすすめの小説
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!
さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語
会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる