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君の1番にならせて‼︎
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夏希!私たち、付き合うことになったんだよね」
幼馴染の花が言う。
「夏希のおかげだ、ありがとな」
花の彼氏の風真が言う。
「うん、オメデト…」
俺は多大なショックを受けている…。推しが幼馴染と付き合った…。
こうなったら、あの子のところで話を聞いてもらおう。いつものように。
~~~
元は、俺と花が幼馴染でそこそこ仲良かったんだ。家も近かったし。でもお互い付き合うとか、恋愛感情とかは全然なかった。お互いを知りすぎていたし、友達としてしか見れない。
でも、1人の男が現れた。そこそこ話したことのある同じクラスの風真だ。風真は目立つやつだった。いつもキラキラしてて、快活な笑顔を振り撒くような。そんな風真が美少女の花のことを好きらしい、という話は俺の耳にも入ってきていたが、その時は特に気にも止めていなかった。人の恋路に関わりたくなかったし。しかし風真が花にアプローチをするために俺に相談してきた。
「頼む!オレに協力してほしい!!」
「は?」
「オレ、花のことが好きなんだ」と真剣な瞳で俺を見つめる風真。これを本人に言えば、風真はイケメンなのだからすぐにOKが出ると思うけど。
「それでなんで俺に聞くの?」
「だって夏希、花の幼馴染だろ?仲がいいって聞いたんだよ」
「あぁ、俺と花は付き合うとかそういうんじゃないから、安心して頑張って」
てっきり牽制的なことかと思ったがそうではなかったらしく、オレとの仲を取り持ってくれ、という意味だったそうで「頼むって、オレ好きな子には緊張して上手く喋れねぇの!」と懇願された。その時の俺は、この状況が心底面倒だったのでとりあえず了承をしてしまった。今思うと本当に余計なことをした。
とある日。
「花の誕生日にプレゼントあげたいんだけど、選ぶの手伝ってほしい」
そう言われてしぶしぶ着いて行くと、風真は俺にお菓子を用意していて、「協力してくれたから」と俺に渡してきた。こいつこれができるんなら絶対花だって落とせるだろ、と思ったのを覚えている。
それから、成り行きで2人で買い物をした。
「夏希、それ欲しいの?」
「いや、別に!!俺には合わないし」
「ふぅん、でもきっと似合うと思うぞ?…ほら」
鏡の前ですっとシルバーのピアスを俺の耳に重ね、風真は満足げに笑う。
「ほら、似合うって!夏希もピアス開けてみたら?」
「…うん、そうする」
俺とは違う世界に住んでいるような人に褒められてしまった。今まであまり人に褒められたことのなかった俺は途端に舞い上がり、風真のことを気にかけるようになってしまったのだ。
そしてのちに、風真オタクが爆誕した。
◇◇◇
「で、それで2人が付き合ってショックを受けてると」
「そうだよ!!もう俺を存分に笑ってくれ…」
俺は現在、風真とは違う男と自分の部屋にいる。やけになって怪しいアプリとかを使ったわけではない。
「姉さんのこと好きだってわかってんのになんで好きになるんだよ」
「いや推しね?」
「なんでも一緒だろ」
言葉遣いに少々トゲのある、花と少しだけ目元と雰囲気が似ている俺より1歳年下の男の子。花の弟である、晴。この兄弟は年子だ。花と幼馴染なら、その弟である晴とも幼馴染なわけで。
「はぁ、これがそのピアス?ったく、穴も空いてないくせになんで買ったわけ?」
「だって、褒めてくれて嬉しくて…」
「は?ちょろ」
チッと舌打ちをする顔も可愛い。晴は破天荒ぎみな花とは違い、しっかり者で現実的な思考をしている。ロマンティックという単語の正反対みたいな子だ。
「返す言葉もございません…晴ちゃん…」と俺が抱きついても晴は「あんま近づかないで」と冷たく遠ざける。
「でも晴に話聞いてもらってたら吹っ切れてきた。だってお似合いすぎるし、そもそも風真は花のことが好きで俺に協力を求めてきたんだしさ。推しが幸せならそれでいいよ」
「ふーん。ま、いいんじゃない?…つか、ピアスとかなっくんには似合わなくない?」
「わかんないだろ、もしかしたら超似合ってモテるかも」
「ピアスごときでそんなことなってたまるかよ」
「そういう晴はどうなんだよ?…うわ、似合ってさらにモテそう」
「は?何言ってんの急に…」
「いやモテるだろ?晴は。だって俺この前中庭で晴が告られてるとこ見たし」
赤面する可愛く着飾った女子からの言葉を受け取ったにも関わらず、晴は涼しげな顔をしていたのを俺は2年教室の窓から眺めていたんだ。もちろん隣にいるのは花と風真で、その2人がいい感じになっていて暇だったので外を見ていた。
俺の話を聞いた晴は目を見開いて、黙ってしまった。そして、数秒後にずいっと俺に近づいた。
「それ見て、どう思った?」
久しぶりにこんなに近くで晴を見たかもしれない。まつ毛が長くて、くっきりとした二重。ほんのり赤い頬に耳。眉毛がくいっと吊り上がっている。この特徴だけでわかる美少年。なのに俺より身長が高い。羨ましい。…で、なんの話か忘れてしまった。
「ん、ごめんもっかい言って?」
はぁ、とため息をついてから、晴は「俺が告白されてんの見て、どう思った?って聞いてんの」と圧強めに述べる。ごめんな、俺お前の顔見てたの。
「やっぱりモテるんだなって思ったよ。まぁ当然だよな~、俺より身長高いし」
「それはなっくんが低いだけ。…それだけ?」
美形のキレ顔は怖い。期待を込めるかのような声色にうっすらついたはてなマークが浮かんで見える。晴は昔から顔に対してどうこう言われるのが好きではないらしいから、俺は晴の明るい髪にぽんと手を伸ばして内面を褒めることにした。
「あとは、まぁ当然だよなって思った。だって晴はかっこいいし、なんだかんだ優しいし。ほら!小さい頃も俺が迷子になったの見つけてくれただろ?今もこうして俺の話聞いてくれるし!」
「な、なんで急に褒めるんだよ…」
「な、なんで急に照れるの晴」
さっきの不機嫌とはうってかわって、急に顔を赤くする晴。晴は昔から顔色がコロコロ変わって面白いところもある。でも最近はそれが顕著に出ていて幼馴染のお兄ちゃんは少し心配。
「晴、晴もなんかあった?失恋?」
「ちげぇよばか!!あーもう俺帰る、じゃあね!」
「え、ちょっと、晴?」
「なっくんはなんっもわかってない」
ふん、と口を尖らせて俺と頑なに目を合わせなくなってしまった。
「ご、ごめん。何がわかってないんだ?ごめんな晴、俺わからないことすらわかってなくて」と無知の知のみたいなことを言っても、晴はこちらを向く気配がない。
唯一話せる相手の晴も遠くに行っちゃったら、俺、俺……。そう思ったら言葉より先に手が動いていて、カバンに荷物を詰めていく晴の腕を咄嗟に掴み、「晴!」と話しかけていた。
「わっ……何?なっくん」
「ご、ごめんな?晴…。俺、ちょっと晴に頼りすぎてたよな?色々言ってごめんな?」
「はぁ……」
再び大きなため息を吐いた晴は、晴の腕を掴んでいた俺の手をそっと掴み、腕から離した。そして、俺とは違う胸に置いた。どくどくと脈打つ晴の胸はがっしりしていて、ちゃんと男だった。
晴ってこんなに大人だったっけ…。
お互いの息遣いが聞こえてくる。晴はすぅっと息を吸い込んでから、眉毛を吊り上げ縋るような目つきで言葉を紡ぐ。
「俺が好きなのは、夏希だよ」
声にならない声が、喉元で鳴る。晴の長いまつ毛が震えている。
「は、晴…?」
晴は音を立てて息を吸い、静かにそれを吐いた。初めてみる熱を帯びた表情の晴に思わず心拍は高まる。目の前に揺らいでいる瞳に反射する俺の顔は、見るに耐えられないものだった。
「ずっと昔から好きだった。夏希しか見えてなかったよ。……じゃあ俺帰るよ、ほんとに。夕飯の時間になるから」
「あっ…うん」
「ん」
晴はいつものように俺の部屋のドアを閉め、母に「お邪魔しました」と爽やかな声で告げている。なんであんなに通常運転なの、あいつ。
でもそんな晴が、俺のことを好き?じゃあ、ずっとずっとどんな思いで俺の話を聞いていたんだろう。ごめんなぁ、俺何も気づかなくて。俺はまず申し訳なさでいっぱいになり、ぐっと握り拳に力を込めた。そしてさっきまで晴に触れていた手の熱に気づいた。
「なんでこんなに熱いんだよ…」
これがどっちの体温なのかはわからない。でも、晴に触れた右手だけものすごく温かいのはわかる。熱を帯びた呼吸、悲しいほど揺れる瞳、お腹から真っ直ぐに出ているのに震えている声。それだけで晴の思いは痛く伝わってきた。あれは、俺が風真に抱いた『推し』という感情じゃない。勘違いなんて言葉で済むものではなかった。晴は本気だ。
「晴のばか、あほ、なんでそんなこと急に言うんだよ」
目が冴えてしまい、この日の夜はなかなか眠れなかった。
◇◇◇
晴としっかり話をしないといけない。
その次の朝、目覚めて早々出した結論はこれだ。幸い今日は土曜なので晴と話せる時間はあるだろう。俺はまだ昨日のことの整理がついていない。だってずっと幼馴染のお兄さんとしてやってきたんだ。
おし、電話だ。まずは晴を家に呼び出し、直接たくさんお話をしよう。
「おはよ晴、今日俺の家来れる?」
「無理」
電話はワンコールで出てくれたから期待したが、肝心のお誘いも即答で断られてしまった。いつもより冷たい声に胸のあたりが冷える。けど俺はめげない。
「なんで?今まで普通に来てたじゃん」
「今までだって普通じゃなかったし、俺はずっと嫌だった」
「え」
頭の中が真っ白になる。ずっと嫌だった?俺の部屋に来るのが?なんで、どうして?
「なんで、どうして」
「なんでもどうしたもないよ。昨日あんなこと言われて、もう夏希だって嫌でしょ」
「い、いやじゃな…」
「俺なっくんのそういうとこやだ」
嫌じゃなかった、って言いたかったのに遮られた。やだ?昨日は好きって言ったじゃん。晴はなんで急に変わったんだよ。
「話ってこれだけ?じゃあ俺もう切っていい?今日これから友達と遊ぶから」
「え、友達って」
晴は滅多に友達と遊ばない。というか休日に友達と遊んでいるところなんて久しぶりに見た。
俺もうだめなのかも。なぜか晴に一晩で嫌われた。ずっと俺の部屋来るの嫌だったんだって、俺のこういうとこやなんだって…。胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感に、喉の辺りがスースーする。声が出そうな呼吸に自分が自分じゃないみたいだ。ツーツー…と鳴る音も、母の家事の音も、全部クリアに聞こえる。俺やっぱだめだ、俺のことを好いてくれた人にまで冷められるなんて。
「…寝よう」
晴に断られるなんて思ってもいなかった俺の計画は全て狂ったのでもう今日は寝よう。この喪失感を埋めてくれるのは布団だけだ、昨日はあまり眠れなかったし。
俺は、転がるように眠りに落ちていった。
~~~
晴と出会ったのは俺が小1、晴が幼稚園年長の頃。近くに花・晴が引っ越してきたのがきっかけで年も近いし3人で遊んでいたんだ。でも花とは学年が上がるにつれだんだんと話す機会が減っていった。だから晴と2人で遊ぶことも多かった。
小2・小1。
「なっくんなっくん、今のもっかいやって!」
「いいよー、えいっ」
「わぁっ、なっくんすごい!もう逆上がりできるの!」
「でしょ?ほらっ、晴にも教えてあげる!」
小5・小4
「なっくん、俺今日の体育で持久走1位だった」
「え!?すごいじゃん晴!じゃあこれあげる!俺がみんなの中で1番綺麗なの見つけたから!」
「…ビー玉…いいの?」
「晴ががんばったから!」
「…ありがと」
中1・小6
「なっくん、これ修学旅行のお土産」
「お守り?あははっ、これ学業成就じゃん」
「中学の勉強難しいって言ってたから」
「ありがとな、晴。俺頑張るわ」
中2・中1
「なっくんまた失恋したの?今度は誰?は?同じ委員になった宮野さん?」
「宮野さん優しいし可愛いんだもん」
「その宮野さんって3年の彼氏とラブラブで有名な人じゃないの?ほらこれ」
「え、なにこのストーリー…」
「…ばか」
高1・中3
「俺、なっくんと花と同じ高校受けるよ」
「えっ、まじ!じゃあ来年からまた一緒に学校通おうぜ」
「その前に受験があるけどね」
「晴は絶対大丈夫!!俺が保証するからさ」
「ふーん」
今まではずっと晴から「なっくん」って話しかけてくれたのになぁ。いつごろから俺のことを考えてくれてたんだろう。
ずっと幼馴染のお兄さんをやってる気でいたけど、結局晴の嫌がることばかりしちゃってたのかな。せっかく好きになってくれたのに。
嫌な夢だ。
~~~
「夏希!花ちゃんが来てるわよー!」
「…?はなぁ…?ふうまはいいのか…?」
そんな嫌な夢から俺を現実に引き戻したのは、俺がこの世で1番恐れている女性2人だった。母と花だ。
現在時刻は12時…寝る前は8時だったので4時間寝ていたらしい。昨日寝つくのが遅かったから仕方がない。ふぁ、とあくびをするとドアがドンドンと叩かれ、昔から聞き慣れている高い声が響く。
「夏希ー!!入るよ!!これから風真とデートだから忙しいの!」
「なんの用だよ…。風真とのデートの前に俺なんかと会っていいのかよ」
「だって晴が機嫌悪く友達と会うって言って出かけたから、どうせ夏希が関係してると思って」
「お前晴のこと何歳だと思ってんだよ…高1なんだからどっかには出かけるだろ」
「晴が休日に友達と会うなんて今までなかったし、それより晴が機嫌悪いのが問題!昨日からずっと目に光がなくて怖いんだけど…!なんかあったの?」
「なんかって…」
俺がベッドに座り、花はベッドの前に仁王立ちである。俺には心当たりがありすぎる。昨日のことを思い出してしどろもどろになっている俺が花さんにとってはものすごく不審に見えるんだろう。これから大好きな彼氏とのデートだとは思えない形相。
「俺もわかんね、今日の朝電話したけどあんま話してくれなかったし」
「え…あの晴が?やっぱり何かあったでしょ」
「昨日は会ったけど今日は会ってない。…わかんないよ、俺だって」
晴はもしかしたら実の姉に俺に告白したなんて事実を知られたくないかもしれないし、俺もなんだか言い出せなくて昨日のことは言わなかった。同性同士だとかそういうわけではなく、元から晴って素直なタイプじゃなかったけど俺のことを好きな素振り全然なかったからいまだに信じられない。
「じゃあ晴の中で昨日何かがあったのかな…。まぁいいわ、夏希関係だったらちゃんと仲直りしといてよ!まじで今、晴からなんかどす黒いオーラ出てるから」
なんで晴からどす黒いオーラなんか出てんだよ。俺が話そうとしても拒否したくせに。
花は一通り喋り終わると、「じゃあデート行ってくる!」と元気に飛び出して行き、1階で俺の母ときゃっきゃと盛り上がっている。俺の推しが待ってるんだから早くデートに行ってくれ。
っていうか晴、俺と会うのは拒否して友達と遊ぶんだ。昨日は俺のこと好きだって言ったのに。風真に抱いていた感情よりもっと暗い空気が心に立ちこめる。今までは友達となんて遊んでなかったのに、悔しい。
そうか、俺は晴に避けられたら耐えられないんだ。俺を断って他のやつといるのが嫌なんだ。
「俺、晴のこと好き…?」
なんで今更気づいたんだ。なんで避けられて自分の独占欲に気づくんだよ。喉が苦しい。今すぐ晴に会いたい。いつもみたいに、話をしたい…。でも多分それは晴の地雷だ。晴がいつも嫌だったって言うんなら、俺は晴から綺麗さっぱり離れよう。これが晴が望む形なはずだ。
今までだってずっと、晴、俺にちょっと厳しかったもんな。俺はそれを優しさだと受け取ってたけど、ほんとは本気の拒絶だったのかな。
…ごめん花、どっちにしろ元には戻れないわ。
◇◇◇
明くる月曜日。また学校が始まるわけだが、俺は今日晴から離れるつもりだ。
「…あ」
「…おはよ」
玄関を出て晴の顔が見られるとは思わず、間抜けな声が飛び出してしまった。あんなことがあったにも関わらず俺と一緒に登校しようとする晴。花から聞いたようなどす黒いオーラは出ていないが、代わりに額に汗をかいている。ああ晴ごめん、そこまで無理させて。
離れたくないなぁ…。でも、もう俺は晴の嫌がることはしたくない。息を大きく吸い込み、意を決して口を開くと思いっきり晴とタイミングが被ってしまったが、もう俺は止まれなかった。
「あの、この前はごめ──」
「いいよ。……もう、我慢しなくていいよ。ごめんな、ずっと気づかなくて」
「……は…?」
「ずっと晴ばっかり我慢させてごめん。だか…」
口を塞ぐように、俺から紡がれる言葉を拒否するように、瞬く間に俺は晴の腕の中に引き摺り込まれた。時計の短針が動く速度よりも速く、お互いの心臓は動いている。息も上がっていて、なんだかいつもの晴じゃない気がした。
「もうおれ、がまんしなくていいの…?なつき…」
晴はまるで子供の頃に戻ったかのように甘える声を出しながら、俺を男子高校生の力でぎゅうっと押し込んでくる。晴の腕から2人の色んな記憶が蘇る気すらした。好きを自覚した相手に抱きしめられながら耳元でこう囁かれた俺は、もうさっきまでの離れるうんぬんなんてどこかに放り投げた。そして晴に負けず劣らず俺の心拍も急上昇していく中、俺の服に晴から滴る汗でシミができていくことになんて気づけなかった。
「おれ、ずっと、こうしたかった……」
「は、晴…?」
「なっくん………」
ぽすんと俺の肩に顔をうずめて動かなくなった晴の体温は、今までに感じたことのないくらい熱く燃えていた。そこでようやく気づいたのだ。
「晴おまえ、熱あるだろ…!!!」
「もう、おれのすきにしていいの…?おれだけのなつきになって…」
「~っなるけど!!1回家帰るぞ!!」
せっかく俺がおまえのために離れようと思ったのに…!!さっきまでの力強さのまま、今までにあった邪気みたいな不機嫌さが抜けて俺に擦りよってくる晴。もしかして体調が悪かったから不機嫌だったんじゃ?と考えるも、そんなことを言っている場合じゃない。
いつの間にか俺よりも空に近くなった背丈に、俺よりもたくましい腹筋に、俺よりも強い力。ほんと、なんで俺はこんな晴の『幼馴染のお兄ちゃん』をしてたんだろう。側からみたら俺の方が弟みたいだ。よっと肩に腕を回し「ほら行くぞ」と喝を入れる。幸いまだ俺の家の前だったので、目的地はお隣さんだ。
「久しぶりだな」
「え、なんでうち…?がっこうは?」
「熱あるのに行けるわけないだろ」
気づかないうちに行く頻度が減った晴の家は両親共働きで朝が早く、晴がいつも1番最後に家を出る。「おじゃまします」と玄関に声を響かせても、自分の声がやまびこになって返ってくるくらいちょっと広い家。晴の部屋は俺の通っていた頃と同じなら2階の1番隅っこの部屋だ。
「晴、部屋ここで合ってるか?」
「あってる…」
「冷却シートとかどこにあるか分かる?わかんなければうちから持ってくるから」
「あ~…」
「こりゃだめだ」
熱に浮かされている晴はまともな返答をしてこないけど、とりあえずなんとかベッドに座らせることに成功した。俺は一度帰宅して看病グッズを持ってこよう。あんまり人の家漁るのもな。
「じゃあ俺1回帰って色々持ってくるから…」
「いかないで」
「…え」
苦労してベッドに座らせたのに俺が先に寝転がってどうする。熱ってこんなに性格変わるものだったっけ。甘えてくる晴は正直可愛いけど視線が全然可愛くない。熱で目が眠そうにとろんとしているにも関わらず、ぎらぎらと照った視線。
「なんで俺のこと置いてくの?」
「置いてくっていうか、取りに帰るだけだってば!」
寝転がった俺の頭の両サイドには晴の腕。目の前には晴の可愛くて美しい顔。四方全て晴で満たされている空間は、月曜日の憂鬱な脳には刺激が強すぎる。
小さい頃にも、晴はよくこんなようなことを言っていたような気がする。やっぱ熱で若干弱ってるのか?
「また、おれのとこ帰ってきてくれる?」
「う、うん」
そう言うと晴は満足したのか大人しくベッドに入った。できれば制服を脱いだ方がいいとだけ伝え、俺は走るように部屋を出た。さっきのことがフラッシュバックして俺まで熱が出たみたいに赤くなる。もう今日で離れるって決意したくせに、俺のばか。俺のこと好きって言った次の日に嫌だったとか言ってきたくせに、晴のばか。
こんなのもう、どうしたって晴から離れられなくなっちゃうじゃん。せっかく離れてあげようとしてるのに。
~~~
俺には姉と幼馴染がいる。
いつも明るくて元気な姉・花。小さい頃からずっと俺のことを助けてくれる大好きな幼馴染・夏希。1つ年上の2人だったけど、そんなのを感じさせないくらいたくさん遊んでくれたのを覚えている。
夏希はよく『俺が迷子の時助けてくれた』なんて俺を褒めるけど、本当は逆だ。俺の落としたキーホルダーを探して、夏希は迷子になったんだ。本人はあまり覚えてないみたいだけど。
あれは夏希が小4で俺が小3の夏だった。
「晴、そのキーホルダーって俺があげたやつ?」
「うん…あの、ねこのやつ…ごめんなさい」
「いいよ。またあげるよ」
「せっかくあの時なっくんがくれたのに…」
俺は夏休みに夏希や姉さんたちに混ざって公園で遊んでいた。そんな中、俺は数日前に夏希がくれた猫のキーホルダーをどこかに落としてしまったことに夕方になって気づいた。姉さんたちの友達はもう帰っていて、公園と家が近い俺たち兄弟と夏希だけ残っていたので打ち明けたのだ。
「じゃあ、とりあえず探してみよーよ!ねぇ晴、かくれんぼした時どこに隠れたの?」
「晴はこっちに隠れてたよな?」
「う、うん…」
「じゃあ俺こっち探すから、2人は違う方探してて!」
「晴、2人で公園探そっ」
姉さんの提案から3人で探してみることになり、夏希は1人で草むらに突っ込んで行った。夏希は俺たちが引っ越してくるより前から近くに住んでいたから慣れてたんだと思う。だから俺は姉さんと2人で公園を探し、数分後、無事に滑り台の下に落ちているのを見つけた。夏希が探している方へ「あったよー!」と呼びかけても返事はなく、結果的に帰ってこないのは夏希だけだった。
姉さんはキッズ携帯で母に連絡しても連絡がつかないと言ってペットボトルの水分を飲み干し、俺にこう言い聞かせた。
「晴、私は1回家に帰って夏希ママ呼んでくるからここで待ってて。絶対動いちゃダメだからね!」
「うん…」
「夏希が帰ってきても、2人でそこで待っててよ!走って行ってくるから!!」
「うん…」
花が1人で走って行く足音が遠のき、夕方の公園に1人になった俺はしばらく怖くて震えていた。俺のせいでなっくんがいなくなったと自責の念に駆られていた。すると、ガサガサっと近くの茂みから音がした。まだまだ子供だった俺は、さっき姉さんに言われた言葉も忘れて茂みに少し入って、「なっくん!ここだよー!」と呼びかけた。次第に近づいてくる物音に怯えながらも、それがもし夏希だったらと思って必死に呼んだ。そして、聞き覚えのある声が返ってきた。
「はるーーーーーっ!」
「わぁっ!」
草むらから突然現れた夏希は草まみれで、手も傷まみれで、でも俺の顔を見てとても申し訳なさそうな顔をした。今の俺からしたら俺のせいで大好きななっくんが怪我をしてんだから自分にイライラするけど。
「ごめんな晴、俺がんばって探したけどこっちにはなくて…」
「なっくんありがとう、あのね、あの、ねこ、あって」
「あったのか!良かったぁ~…。ごめん、ちょっと迷っちゃってさ。晴が呼びかけてくれて助かったよ」
「ご、ごめ、なっくん、けが」
「え?あぁこんなん全然痛くないけど…って泣くなよ晴~!」
俺が安堵と申し訳なさで泣きじゃくっているうちに、花と夏希の母親も慌ててやってきて、その時はなんとか平和に終わった。泣いている間、夏希はずっと俺の頭を撫でてくれていて暖かかったのを覚えてる。
その後夏希は「見つけられなかったのに迷子になってださい、恥ずかしい」って言ってたけど俺は、俺のために夏希が一生懸命になってくれて嬉しかった。俺の大事なものを大事にしてくれて嬉しかったんだよ。
そんな『好き』が、夏希と一緒にいる年月を重ねる間にどんどんどす黒いものも抱えるようになっていった。
俺のことをずっと考えててほしい、他のやつを視界に入れないで、あいつと肩組まないで、俺以外に抱き付かないで。風真くんのことを『推し』って言って好意的に見てるのもムカつく。ピアスしてモテる?…だったら絶対つけさせない。
こんな気持ちの一部をあの日夏希に押し当てた時、もう俺は元には戻らない覚悟だった。いずれ言おう言おうと思っていたことが爆発した。でも夏希はその次の日、いつもみたいに俺を部屋に呼んだ。俺は告白までしても夏希の中で意識されないんだと思い知って、悔しくて、八つ当たりをしてしまった。それに、一度リミッターが外れて告白してしまったからもう俺が我慢できないと思った。2人でベッドなんかに座ってたらきっと触れたくなる。そうして触れたら、今度こそ夏希を怖がらせてしまうかもしれない。にしても我ながらきつく言いすぎたと思ったけど、ここで俺から連絡を返すほどの勇気はもうなかった。
友達と会ったのは本当。俺のこんなような話を、友達2人がただひたすら聞いてくれるだけの会だった。友達には散々「ちゃんと言え」「優しく言え」と言われたけど、俺はどうにも夏希を目の間にすると素直になれない。だからずっとどうするべきか考えていて、頭に熱がこもったのかもしれない。
熱に浮かされ月曜朝からの記憶は全くないまま、俺は自室のベッドでそんな夢を見たんだ。
~~~
あの後俺は一度自宅に帰って学校に連絡をし、看病グッズを持って再び晴の家へやってきた。そこからは一瞬で、既に部屋着に着替えて寝転がっている晴の額に冷却シートを当てたり、体温を測って様子を見て花に連絡をしたりと忙しかった。その間晴は一向に目が覚めず、深い眠りについていた。元から綺麗な顔だけど、寝ていると余計に人間じゃないみたいに映る。額に滲む汗が晴が生きてるのを証明してるようだ。俺はとりあえず一息つき、晴のベッドの近くに座り込んだ。
「…ん?なんだあれ」
座り込んだ位置から見えたのは、本棚にずらっと並べられた本の上に置いてあるやけに古びた缶。俺が来ていた頃にはこんな缶なかった。本の上に置くということはよっぽど使う頻度が高いのか?しかもあれ、なんか見たことあるデザインだ。俺がテーマパークに行った時のお土産でああいうのを晴に渡したことがある。
「…やっぱり」
かたん、という音と共に俺の両手のひらに収まった缶には、俺がテーマパークに行った年と同じ年が印字されている。つまり記憶の中のお土産と一致する。なんでそんな缶がここに?俺があげたのはもう何年も前だ。
「ごめん、晴」
ベッドですやすやと寝ている晴を横目に、俺は悪いことだと分かっていつつも吸い込まれる感覚で缶の蓋に手を伸ばした。開けると缶の金属の匂いがわずかに香り、かすり傷が大量にできている側面からかなり使い古されていることがわかった。
そして、中に入っているのは俺があげた覚えのあるものばかりだった。
晴の好きな猫のキーホルダー、修学旅行のお土産で買ったドラゴンの剣キーホルダー、ある時だけ俺たちの間で流行った綺麗なビー玉、一緒に映画に行った時のチケット…。他の人たちがあげたものが入っていそうな缶は他には見当たらず、この缶だけ異質を放っていた。なぜ俺があげたものばかり入っているのか、それは晴の普段の態度からは想像もつかないが、今の俺ならわかる。
晴はずっと俺のこと大事に思ってくれてたんだ。こんなに小さな頃にあげたものをまだ取っておいてくれてるんだ。ベッドで寝ている晴のことがより一層愛おしくなる。これ以上俺に自覚させないでほしいけど、もう、伝えるべきだ。俺も晴のことが好きだって。晴が俺のことをどう思っていようと俺は晴が大切だって。
「お大事に。早く熱下げろよ、晴」
大切に閉じ込められていたあたたかな気持ちを受け取ると、寝不足なのも相まって安心感で眠くなってきてしまった。そそくさと缶を元通りにしてから俺は再びベッドの近くに座り込み、晴の息遣いを感じながら目を閉じた。
◇◇◇
「…んぁ…?あれ、今何時…?」
「16時」
「……俺ベッドで寝たっけ」
「夏希が床で寝て2人で風邪引いたらばかみたいでしょ」
俺は床に座り込んで目を閉じたはずだったのに、数時間経って再び目覚めるとなぜか晴のベッドに寝かせられていた。少し距離の空いた隣には熱がだいぶ引いたらしい晴が仰向けになっている。
「晴が俺のこと運んだの?」
「そうだよ、寝るんだったら家帰ってよ、大変だから」
「ごめん…」
熱を出していた病人の晴に運ばせてしまったこと、今まで散々寝顔なんて晒してきたのに寝顔を見られたことがとても恥ずかしい。でも言い方はツンツンしててもちゃんとベッドに入れてくれるあたり優しい。そういうところが好きだ、と思う。
「晴、俺ちゃんと帰ってきただろ?」
「何、急に。ここなっくんの家じゃないんだけど」
数時間前までたくさん甘えてきて可愛かった晴も、熱が下がればもう通常運転らしい。この様子だと多分晴は熱を出していた時のことを覚えていない。きっとさっきのことを打ち明けると恥ずかしがって怒るから、いいや、俺だけの記憶にしちゃおう。
「ごめんごめん、夢の話だったかも」
「体温測ったら?」
「あとでな」
「なんか怪しい」といつかの花みたいな目を向けてくる晴に、俺は「なんでもない」とだけ伝えて、一呼吸おいた。
言うんだ、今。
「「あのさ、言いたいことが」」
綺麗にタイミングが被ってしまった。ずっと俺に背中を向けていた晴も思わず振り向いたようで、布団のテントの中で俺たちはばっちりと向き合う姿勢になった。晴は少し考え込んでから「先に言えば」と俺の瞳をまっすぐ見つめてくる。晴の肩と、俺の顎あたりまでにかかる毛布をぎゅっと掴んで、俺は口を開いた。
「俺、晴のことが好き」
「…………」
晴は目を大きく見開いて、俺の次の言葉を待っていた。
「晴が他の友達と遊ぶって聞いて、今まではこんなことなかったじゃんって、もやもやした。晴が他の人に取られちゃったみたいで嫌だった。それに、今までずっと晴は俺のこと大切に思ってくれてたって気づいて、俺もずっと一緒にいたいって思っちゃったんだ」
「……………」
「本当は離れようとしたけど、やっぱり晴から離れるなんて無理で、俺…」
「夏希」
「わっ」
もう2度目のハグ。2人でくるまっていた毛布越しだったけど、晴とすごく密着しているのがわかる。だって、晴の心臓をあの日みたいな手じゃなくて全身で感じているから。熱の時のような甘えるハグじゃなくて、もっともっと切ないハグ。
「それ、ほんと?」
「ほんと。じゃあ晴、俺の心臓も確かめる?」
「…いい、もう十分わかってるし」
晴の言葉は相変わらずツンとしてるけど、声があまりにも泣きそうで、震えてた。俺よりも背も力も大きくなったのに、まだやっぱり可愛いところもあって愛しさが増す。
俺たちはしばらく毛布に隠れて抱き合い、お互いの体温が混ざりあったところでやっと俺は「晴が言おうとしてたことはなんだったの?」と問いかけることができた。
「俺は、謝りたかった」
「謝る?」
晴から謝りたかったなんて言葉が出るとは思わず、つい聞き返してしまった。
でも晴はそんなこと気にも止めず、真面目な顔をして懺悔を始めた。
「うん。…この前の電話は、正直言って八つ当たりした。告白してもなっくんが俺のこと意識してないから部屋に呼べるんだと思ってイライラして……ごめん」
「じゃああの時、晴は俺のこと嫌いになったんじゃなかったってこと?」
「は、なんでそうなるの。嫌いになれるわけないじゃん…」
「え…?」
晴は俺を抱きしめていた手をそっと緩めたのち俺の手首を掴んで目を合わせ、また語り出した。俺は初めて見る晴の連続でもう頭がパンクしそうだ。
「ほんとは、確かにちょっと嫌だった。いつもいつも俺じゃない違うやつが好きっていう話して、ずっと俺は夏希のこと見てたのに気づきもしないで…!…でも俺は…そういう夏希が好きだったから」
「うん……ありがとう」
目が合って、2人で照れてしまって少しははっと笑った。俺が気づくのが遅かったせいで晴をたくさん待たせちゃったな。晴は俺の手を握ったまま、今までで1番幸せそうな表情で言った。
「俺と、付き合ってください」
「はい!」
幼馴染を超えた俺たちはその場で優しいキスをした。ふに、と唇を触れ合わせるだけのキスだったけど今までの何よりふわふわで、あったかくて、ずうっと俺たちはただ口を触れ合わせた。
1個年下の小さな幼馴染だった子は、今では俺よりも大きくなった。ちょっと言葉がきつい時もあるけど、なんだかんだ言って優しい可愛いやつ。それでいて1番かっこいい、頼れる幼馴染であり恋人だ。
幼馴染の花が言う。
「夏希のおかげだ、ありがとな」
花の彼氏の風真が言う。
「うん、オメデト…」
俺は多大なショックを受けている…。推しが幼馴染と付き合った…。
こうなったら、あの子のところで話を聞いてもらおう。いつものように。
~~~
元は、俺と花が幼馴染でそこそこ仲良かったんだ。家も近かったし。でもお互い付き合うとか、恋愛感情とかは全然なかった。お互いを知りすぎていたし、友達としてしか見れない。
でも、1人の男が現れた。そこそこ話したことのある同じクラスの風真だ。風真は目立つやつだった。いつもキラキラしてて、快活な笑顔を振り撒くような。そんな風真が美少女の花のことを好きらしい、という話は俺の耳にも入ってきていたが、その時は特に気にも止めていなかった。人の恋路に関わりたくなかったし。しかし風真が花にアプローチをするために俺に相談してきた。
「頼む!オレに協力してほしい!!」
「は?」
「オレ、花のことが好きなんだ」と真剣な瞳で俺を見つめる風真。これを本人に言えば、風真はイケメンなのだからすぐにOKが出ると思うけど。
「それでなんで俺に聞くの?」
「だって夏希、花の幼馴染だろ?仲がいいって聞いたんだよ」
「あぁ、俺と花は付き合うとかそういうんじゃないから、安心して頑張って」
てっきり牽制的なことかと思ったがそうではなかったらしく、オレとの仲を取り持ってくれ、という意味だったそうで「頼むって、オレ好きな子には緊張して上手く喋れねぇの!」と懇願された。その時の俺は、この状況が心底面倒だったのでとりあえず了承をしてしまった。今思うと本当に余計なことをした。
とある日。
「花の誕生日にプレゼントあげたいんだけど、選ぶの手伝ってほしい」
そう言われてしぶしぶ着いて行くと、風真は俺にお菓子を用意していて、「協力してくれたから」と俺に渡してきた。こいつこれができるんなら絶対花だって落とせるだろ、と思ったのを覚えている。
それから、成り行きで2人で買い物をした。
「夏希、それ欲しいの?」
「いや、別に!!俺には合わないし」
「ふぅん、でもきっと似合うと思うぞ?…ほら」
鏡の前ですっとシルバーのピアスを俺の耳に重ね、風真は満足げに笑う。
「ほら、似合うって!夏希もピアス開けてみたら?」
「…うん、そうする」
俺とは違う世界に住んでいるような人に褒められてしまった。今まであまり人に褒められたことのなかった俺は途端に舞い上がり、風真のことを気にかけるようになってしまったのだ。
そしてのちに、風真オタクが爆誕した。
◇◇◇
「で、それで2人が付き合ってショックを受けてると」
「そうだよ!!もう俺を存分に笑ってくれ…」
俺は現在、風真とは違う男と自分の部屋にいる。やけになって怪しいアプリとかを使ったわけではない。
「姉さんのこと好きだってわかってんのになんで好きになるんだよ」
「いや推しね?」
「なんでも一緒だろ」
言葉遣いに少々トゲのある、花と少しだけ目元と雰囲気が似ている俺より1歳年下の男の子。花の弟である、晴。この兄弟は年子だ。花と幼馴染なら、その弟である晴とも幼馴染なわけで。
「はぁ、これがそのピアス?ったく、穴も空いてないくせになんで買ったわけ?」
「だって、褒めてくれて嬉しくて…」
「は?ちょろ」
チッと舌打ちをする顔も可愛い。晴は破天荒ぎみな花とは違い、しっかり者で現実的な思考をしている。ロマンティックという単語の正反対みたいな子だ。
「返す言葉もございません…晴ちゃん…」と俺が抱きついても晴は「あんま近づかないで」と冷たく遠ざける。
「でも晴に話聞いてもらってたら吹っ切れてきた。だってお似合いすぎるし、そもそも風真は花のことが好きで俺に協力を求めてきたんだしさ。推しが幸せならそれでいいよ」
「ふーん。ま、いいんじゃない?…つか、ピアスとかなっくんには似合わなくない?」
「わかんないだろ、もしかしたら超似合ってモテるかも」
「ピアスごときでそんなことなってたまるかよ」
「そういう晴はどうなんだよ?…うわ、似合ってさらにモテそう」
「は?何言ってんの急に…」
「いやモテるだろ?晴は。だって俺この前中庭で晴が告られてるとこ見たし」
赤面する可愛く着飾った女子からの言葉を受け取ったにも関わらず、晴は涼しげな顔をしていたのを俺は2年教室の窓から眺めていたんだ。もちろん隣にいるのは花と風真で、その2人がいい感じになっていて暇だったので外を見ていた。
俺の話を聞いた晴は目を見開いて、黙ってしまった。そして、数秒後にずいっと俺に近づいた。
「それ見て、どう思った?」
久しぶりにこんなに近くで晴を見たかもしれない。まつ毛が長くて、くっきりとした二重。ほんのり赤い頬に耳。眉毛がくいっと吊り上がっている。この特徴だけでわかる美少年。なのに俺より身長が高い。羨ましい。…で、なんの話か忘れてしまった。
「ん、ごめんもっかい言って?」
はぁ、とため息をついてから、晴は「俺が告白されてんの見て、どう思った?って聞いてんの」と圧強めに述べる。ごめんな、俺お前の顔見てたの。
「やっぱりモテるんだなって思ったよ。まぁ当然だよな~、俺より身長高いし」
「それはなっくんが低いだけ。…それだけ?」
美形のキレ顔は怖い。期待を込めるかのような声色にうっすらついたはてなマークが浮かんで見える。晴は昔から顔に対してどうこう言われるのが好きではないらしいから、俺は晴の明るい髪にぽんと手を伸ばして内面を褒めることにした。
「あとは、まぁ当然だよなって思った。だって晴はかっこいいし、なんだかんだ優しいし。ほら!小さい頃も俺が迷子になったの見つけてくれただろ?今もこうして俺の話聞いてくれるし!」
「な、なんで急に褒めるんだよ…」
「な、なんで急に照れるの晴」
さっきの不機嫌とはうってかわって、急に顔を赤くする晴。晴は昔から顔色がコロコロ変わって面白いところもある。でも最近はそれが顕著に出ていて幼馴染のお兄ちゃんは少し心配。
「晴、晴もなんかあった?失恋?」
「ちげぇよばか!!あーもう俺帰る、じゃあね!」
「え、ちょっと、晴?」
「なっくんはなんっもわかってない」
ふん、と口を尖らせて俺と頑なに目を合わせなくなってしまった。
「ご、ごめん。何がわかってないんだ?ごめんな晴、俺わからないことすらわかってなくて」と無知の知のみたいなことを言っても、晴はこちらを向く気配がない。
唯一話せる相手の晴も遠くに行っちゃったら、俺、俺……。そう思ったら言葉より先に手が動いていて、カバンに荷物を詰めていく晴の腕を咄嗟に掴み、「晴!」と話しかけていた。
「わっ……何?なっくん」
「ご、ごめんな?晴…。俺、ちょっと晴に頼りすぎてたよな?色々言ってごめんな?」
「はぁ……」
再び大きなため息を吐いた晴は、晴の腕を掴んでいた俺の手をそっと掴み、腕から離した。そして、俺とは違う胸に置いた。どくどくと脈打つ晴の胸はがっしりしていて、ちゃんと男だった。
晴ってこんなに大人だったっけ…。
お互いの息遣いが聞こえてくる。晴はすぅっと息を吸い込んでから、眉毛を吊り上げ縋るような目つきで言葉を紡ぐ。
「俺が好きなのは、夏希だよ」
声にならない声が、喉元で鳴る。晴の長いまつ毛が震えている。
「は、晴…?」
晴は音を立てて息を吸い、静かにそれを吐いた。初めてみる熱を帯びた表情の晴に思わず心拍は高まる。目の前に揺らいでいる瞳に反射する俺の顔は、見るに耐えられないものだった。
「ずっと昔から好きだった。夏希しか見えてなかったよ。……じゃあ俺帰るよ、ほんとに。夕飯の時間になるから」
「あっ…うん」
「ん」
晴はいつものように俺の部屋のドアを閉め、母に「お邪魔しました」と爽やかな声で告げている。なんであんなに通常運転なの、あいつ。
でもそんな晴が、俺のことを好き?じゃあ、ずっとずっとどんな思いで俺の話を聞いていたんだろう。ごめんなぁ、俺何も気づかなくて。俺はまず申し訳なさでいっぱいになり、ぐっと握り拳に力を込めた。そしてさっきまで晴に触れていた手の熱に気づいた。
「なんでこんなに熱いんだよ…」
これがどっちの体温なのかはわからない。でも、晴に触れた右手だけものすごく温かいのはわかる。熱を帯びた呼吸、悲しいほど揺れる瞳、お腹から真っ直ぐに出ているのに震えている声。それだけで晴の思いは痛く伝わってきた。あれは、俺が風真に抱いた『推し』という感情じゃない。勘違いなんて言葉で済むものではなかった。晴は本気だ。
「晴のばか、あほ、なんでそんなこと急に言うんだよ」
目が冴えてしまい、この日の夜はなかなか眠れなかった。
◇◇◇
晴としっかり話をしないといけない。
その次の朝、目覚めて早々出した結論はこれだ。幸い今日は土曜なので晴と話せる時間はあるだろう。俺はまだ昨日のことの整理がついていない。だってずっと幼馴染のお兄さんとしてやってきたんだ。
おし、電話だ。まずは晴を家に呼び出し、直接たくさんお話をしよう。
「おはよ晴、今日俺の家来れる?」
「無理」
電話はワンコールで出てくれたから期待したが、肝心のお誘いも即答で断られてしまった。いつもより冷たい声に胸のあたりが冷える。けど俺はめげない。
「なんで?今まで普通に来てたじゃん」
「今までだって普通じゃなかったし、俺はずっと嫌だった」
「え」
頭の中が真っ白になる。ずっと嫌だった?俺の部屋に来るのが?なんで、どうして?
「なんで、どうして」
「なんでもどうしたもないよ。昨日あんなこと言われて、もう夏希だって嫌でしょ」
「い、いやじゃな…」
「俺なっくんのそういうとこやだ」
嫌じゃなかった、って言いたかったのに遮られた。やだ?昨日は好きって言ったじゃん。晴はなんで急に変わったんだよ。
「話ってこれだけ?じゃあ俺もう切っていい?今日これから友達と遊ぶから」
「え、友達って」
晴は滅多に友達と遊ばない。というか休日に友達と遊んでいるところなんて久しぶりに見た。
俺もうだめなのかも。なぜか晴に一晩で嫌われた。ずっと俺の部屋来るの嫌だったんだって、俺のこういうとこやなんだって…。胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感に、喉の辺りがスースーする。声が出そうな呼吸に自分が自分じゃないみたいだ。ツーツー…と鳴る音も、母の家事の音も、全部クリアに聞こえる。俺やっぱだめだ、俺のことを好いてくれた人にまで冷められるなんて。
「…寝よう」
晴に断られるなんて思ってもいなかった俺の計画は全て狂ったのでもう今日は寝よう。この喪失感を埋めてくれるのは布団だけだ、昨日はあまり眠れなかったし。
俺は、転がるように眠りに落ちていった。
~~~
晴と出会ったのは俺が小1、晴が幼稚園年長の頃。近くに花・晴が引っ越してきたのがきっかけで年も近いし3人で遊んでいたんだ。でも花とは学年が上がるにつれだんだんと話す機会が減っていった。だから晴と2人で遊ぶことも多かった。
小2・小1。
「なっくんなっくん、今のもっかいやって!」
「いいよー、えいっ」
「わぁっ、なっくんすごい!もう逆上がりできるの!」
「でしょ?ほらっ、晴にも教えてあげる!」
小5・小4
「なっくん、俺今日の体育で持久走1位だった」
「え!?すごいじゃん晴!じゃあこれあげる!俺がみんなの中で1番綺麗なの見つけたから!」
「…ビー玉…いいの?」
「晴ががんばったから!」
「…ありがと」
中1・小6
「なっくん、これ修学旅行のお土産」
「お守り?あははっ、これ学業成就じゃん」
「中学の勉強難しいって言ってたから」
「ありがとな、晴。俺頑張るわ」
中2・中1
「なっくんまた失恋したの?今度は誰?は?同じ委員になった宮野さん?」
「宮野さん優しいし可愛いんだもん」
「その宮野さんって3年の彼氏とラブラブで有名な人じゃないの?ほらこれ」
「え、なにこのストーリー…」
「…ばか」
高1・中3
「俺、なっくんと花と同じ高校受けるよ」
「えっ、まじ!じゃあ来年からまた一緒に学校通おうぜ」
「その前に受験があるけどね」
「晴は絶対大丈夫!!俺が保証するからさ」
「ふーん」
今まではずっと晴から「なっくん」って話しかけてくれたのになぁ。いつごろから俺のことを考えてくれてたんだろう。
ずっと幼馴染のお兄さんをやってる気でいたけど、結局晴の嫌がることばかりしちゃってたのかな。せっかく好きになってくれたのに。
嫌な夢だ。
~~~
「夏希!花ちゃんが来てるわよー!」
「…?はなぁ…?ふうまはいいのか…?」
そんな嫌な夢から俺を現実に引き戻したのは、俺がこの世で1番恐れている女性2人だった。母と花だ。
現在時刻は12時…寝る前は8時だったので4時間寝ていたらしい。昨日寝つくのが遅かったから仕方がない。ふぁ、とあくびをするとドアがドンドンと叩かれ、昔から聞き慣れている高い声が響く。
「夏希ー!!入るよ!!これから風真とデートだから忙しいの!」
「なんの用だよ…。風真とのデートの前に俺なんかと会っていいのかよ」
「だって晴が機嫌悪く友達と会うって言って出かけたから、どうせ夏希が関係してると思って」
「お前晴のこと何歳だと思ってんだよ…高1なんだからどっかには出かけるだろ」
「晴が休日に友達と会うなんて今までなかったし、それより晴が機嫌悪いのが問題!昨日からずっと目に光がなくて怖いんだけど…!なんかあったの?」
「なんかって…」
俺がベッドに座り、花はベッドの前に仁王立ちである。俺には心当たりがありすぎる。昨日のことを思い出してしどろもどろになっている俺が花さんにとってはものすごく不審に見えるんだろう。これから大好きな彼氏とのデートだとは思えない形相。
「俺もわかんね、今日の朝電話したけどあんま話してくれなかったし」
「え…あの晴が?やっぱり何かあったでしょ」
「昨日は会ったけど今日は会ってない。…わかんないよ、俺だって」
晴はもしかしたら実の姉に俺に告白したなんて事実を知られたくないかもしれないし、俺もなんだか言い出せなくて昨日のことは言わなかった。同性同士だとかそういうわけではなく、元から晴って素直なタイプじゃなかったけど俺のことを好きな素振り全然なかったからいまだに信じられない。
「じゃあ晴の中で昨日何かがあったのかな…。まぁいいわ、夏希関係だったらちゃんと仲直りしといてよ!まじで今、晴からなんかどす黒いオーラ出てるから」
なんで晴からどす黒いオーラなんか出てんだよ。俺が話そうとしても拒否したくせに。
花は一通り喋り終わると、「じゃあデート行ってくる!」と元気に飛び出して行き、1階で俺の母ときゃっきゃと盛り上がっている。俺の推しが待ってるんだから早くデートに行ってくれ。
っていうか晴、俺と会うのは拒否して友達と遊ぶんだ。昨日は俺のこと好きだって言ったのに。風真に抱いていた感情よりもっと暗い空気が心に立ちこめる。今までは友達となんて遊んでなかったのに、悔しい。
そうか、俺は晴に避けられたら耐えられないんだ。俺を断って他のやつといるのが嫌なんだ。
「俺、晴のこと好き…?」
なんで今更気づいたんだ。なんで避けられて自分の独占欲に気づくんだよ。喉が苦しい。今すぐ晴に会いたい。いつもみたいに、話をしたい…。でも多分それは晴の地雷だ。晴がいつも嫌だったって言うんなら、俺は晴から綺麗さっぱり離れよう。これが晴が望む形なはずだ。
今までだってずっと、晴、俺にちょっと厳しかったもんな。俺はそれを優しさだと受け取ってたけど、ほんとは本気の拒絶だったのかな。
…ごめん花、どっちにしろ元には戻れないわ。
◇◇◇
明くる月曜日。また学校が始まるわけだが、俺は今日晴から離れるつもりだ。
「…あ」
「…おはよ」
玄関を出て晴の顔が見られるとは思わず、間抜けな声が飛び出してしまった。あんなことがあったにも関わらず俺と一緒に登校しようとする晴。花から聞いたようなどす黒いオーラは出ていないが、代わりに額に汗をかいている。ああ晴ごめん、そこまで無理させて。
離れたくないなぁ…。でも、もう俺は晴の嫌がることはしたくない。息を大きく吸い込み、意を決して口を開くと思いっきり晴とタイミングが被ってしまったが、もう俺は止まれなかった。
「あの、この前はごめ──」
「いいよ。……もう、我慢しなくていいよ。ごめんな、ずっと気づかなくて」
「……は…?」
「ずっと晴ばっかり我慢させてごめん。だか…」
口を塞ぐように、俺から紡がれる言葉を拒否するように、瞬く間に俺は晴の腕の中に引き摺り込まれた。時計の短針が動く速度よりも速く、お互いの心臓は動いている。息も上がっていて、なんだかいつもの晴じゃない気がした。
「もうおれ、がまんしなくていいの…?なつき…」
晴はまるで子供の頃に戻ったかのように甘える声を出しながら、俺を男子高校生の力でぎゅうっと押し込んでくる。晴の腕から2人の色んな記憶が蘇る気すらした。好きを自覚した相手に抱きしめられながら耳元でこう囁かれた俺は、もうさっきまでの離れるうんぬんなんてどこかに放り投げた。そして晴に負けず劣らず俺の心拍も急上昇していく中、俺の服に晴から滴る汗でシミができていくことになんて気づけなかった。
「おれ、ずっと、こうしたかった……」
「は、晴…?」
「なっくん………」
ぽすんと俺の肩に顔をうずめて動かなくなった晴の体温は、今までに感じたことのないくらい熱く燃えていた。そこでようやく気づいたのだ。
「晴おまえ、熱あるだろ…!!!」
「もう、おれのすきにしていいの…?おれだけのなつきになって…」
「~っなるけど!!1回家帰るぞ!!」
せっかく俺がおまえのために離れようと思ったのに…!!さっきまでの力強さのまま、今までにあった邪気みたいな不機嫌さが抜けて俺に擦りよってくる晴。もしかして体調が悪かったから不機嫌だったんじゃ?と考えるも、そんなことを言っている場合じゃない。
いつの間にか俺よりも空に近くなった背丈に、俺よりもたくましい腹筋に、俺よりも強い力。ほんと、なんで俺はこんな晴の『幼馴染のお兄ちゃん』をしてたんだろう。側からみたら俺の方が弟みたいだ。よっと肩に腕を回し「ほら行くぞ」と喝を入れる。幸いまだ俺の家の前だったので、目的地はお隣さんだ。
「久しぶりだな」
「え、なんでうち…?がっこうは?」
「熱あるのに行けるわけないだろ」
気づかないうちに行く頻度が減った晴の家は両親共働きで朝が早く、晴がいつも1番最後に家を出る。「おじゃまします」と玄関に声を響かせても、自分の声がやまびこになって返ってくるくらいちょっと広い家。晴の部屋は俺の通っていた頃と同じなら2階の1番隅っこの部屋だ。
「晴、部屋ここで合ってるか?」
「あってる…」
「冷却シートとかどこにあるか分かる?わかんなければうちから持ってくるから」
「あ~…」
「こりゃだめだ」
熱に浮かされている晴はまともな返答をしてこないけど、とりあえずなんとかベッドに座らせることに成功した。俺は一度帰宅して看病グッズを持ってこよう。あんまり人の家漁るのもな。
「じゃあ俺1回帰って色々持ってくるから…」
「いかないで」
「…え」
苦労してベッドに座らせたのに俺が先に寝転がってどうする。熱ってこんなに性格変わるものだったっけ。甘えてくる晴は正直可愛いけど視線が全然可愛くない。熱で目が眠そうにとろんとしているにも関わらず、ぎらぎらと照った視線。
「なんで俺のこと置いてくの?」
「置いてくっていうか、取りに帰るだけだってば!」
寝転がった俺の頭の両サイドには晴の腕。目の前には晴の可愛くて美しい顔。四方全て晴で満たされている空間は、月曜日の憂鬱な脳には刺激が強すぎる。
小さい頃にも、晴はよくこんなようなことを言っていたような気がする。やっぱ熱で若干弱ってるのか?
「また、おれのとこ帰ってきてくれる?」
「う、うん」
そう言うと晴は満足したのか大人しくベッドに入った。できれば制服を脱いだ方がいいとだけ伝え、俺は走るように部屋を出た。さっきのことがフラッシュバックして俺まで熱が出たみたいに赤くなる。もう今日で離れるって決意したくせに、俺のばか。俺のこと好きって言った次の日に嫌だったとか言ってきたくせに、晴のばか。
こんなのもう、どうしたって晴から離れられなくなっちゃうじゃん。せっかく離れてあげようとしてるのに。
~~~
俺には姉と幼馴染がいる。
いつも明るくて元気な姉・花。小さい頃からずっと俺のことを助けてくれる大好きな幼馴染・夏希。1つ年上の2人だったけど、そんなのを感じさせないくらいたくさん遊んでくれたのを覚えている。
夏希はよく『俺が迷子の時助けてくれた』なんて俺を褒めるけど、本当は逆だ。俺の落としたキーホルダーを探して、夏希は迷子になったんだ。本人はあまり覚えてないみたいだけど。
あれは夏希が小4で俺が小3の夏だった。
「晴、そのキーホルダーって俺があげたやつ?」
「うん…あの、ねこのやつ…ごめんなさい」
「いいよ。またあげるよ」
「せっかくあの時なっくんがくれたのに…」
俺は夏休みに夏希や姉さんたちに混ざって公園で遊んでいた。そんな中、俺は数日前に夏希がくれた猫のキーホルダーをどこかに落としてしまったことに夕方になって気づいた。姉さんたちの友達はもう帰っていて、公園と家が近い俺たち兄弟と夏希だけ残っていたので打ち明けたのだ。
「じゃあ、とりあえず探してみよーよ!ねぇ晴、かくれんぼした時どこに隠れたの?」
「晴はこっちに隠れてたよな?」
「う、うん…」
「じゃあ俺こっち探すから、2人は違う方探してて!」
「晴、2人で公園探そっ」
姉さんの提案から3人で探してみることになり、夏希は1人で草むらに突っ込んで行った。夏希は俺たちが引っ越してくるより前から近くに住んでいたから慣れてたんだと思う。だから俺は姉さんと2人で公園を探し、数分後、無事に滑り台の下に落ちているのを見つけた。夏希が探している方へ「あったよー!」と呼びかけても返事はなく、結果的に帰ってこないのは夏希だけだった。
姉さんはキッズ携帯で母に連絡しても連絡がつかないと言ってペットボトルの水分を飲み干し、俺にこう言い聞かせた。
「晴、私は1回家に帰って夏希ママ呼んでくるからここで待ってて。絶対動いちゃダメだからね!」
「うん…」
「夏希が帰ってきても、2人でそこで待っててよ!走って行ってくるから!!」
「うん…」
花が1人で走って行く足音が遠のき、夕方の公園に1人になった俺はしばらく怖くて震えていた。俺のせいでなっくんがいなくなったと自責の念に駆られていた。すると、ガサガサっと近くの茂みから音がした。まだまだ子供だった俺は、さっき姉さんに言われた言葉も忘れて茂みに少し入って、「なっくん!ここだよー!」と呼びかけた。次第に近づいてくる物音に怯えながらも、それがもし夏希だったらと思って必死に呼んだ。そして、聞き覚えのある声が返ってきた。
「はるーーーーーっ!」
「わぁっ!」
草むらから突然現れた夏希は草まみれで、手も傷まみれで、でも俺の顔を見てとても申し訳なさそうな顔をした。今の俺からしたら俺のせいで大好きななっくんが怪我をしてんだから自分にイライラするけど。
「ごめんな晴、俺がんばって探したけどこっちにはなくて…」
「なっくんありがとう、あのね、あの、ねこ、あって」
「あったのか!良かったぁ~…。ごめん、ちょっと迷っちゃってさ。晴が呼びかけてくれて助かったよ」
「ご、ごめ、なっくん、けが」
「え?あぁこんなん全然痛くないけど…って泣くなよ晴~!」
俺が安堵と申し訳なさで泣きじゃくっているうちに、花と夏希の母親も慌ててやってきて、その時はなんとか平和に終わった。泣いている間、夏希はずっと俺の頭を撫でてくれていて暖かかったのを覚えてる。
その後夏希は「見つけられなかったのに迷子になってださい、恥ずかしい」って言ってたけど俺は、俺のために夏希が一生懸命になってくれて嬉しかった。俺の大事なものを大事にしてくれて嬉しかったんだよ。
そんな『好き』が、夏希と一緒にいる年月を重ねる間にどんどんどす黒いものも抱えるようになっていった。
俺のことをずっと考えててほしい、他のやつを視界に入れないで、あいつと肩組まないで、俺以外に抱き付かないで。風真くんのことを『推し』って言って好意的に見てるのもムカつく。ピアスしてモテる?…だったら絶対つけさせない。
こんな気持ちの一部をあの日夏希に押し当てた時、もう俺は元には戻らない覚悟だった。いずれ言おう言おうと思っていたことが爆発した。でも夏希はその次の日、いつもみたいに俺を部屋に呼んだ。俺は告白までしても夏希の中で意識されないんだと思い知って、悔しくて、八つ当たりをしてしまった。それに、一度リミッターが外れて告白してしまったからもう俺が我慢できないと思った。2人でベッドなんかに座ってたらきっと触れたくなる。そうして触れたら、今度こそ夏希を怖がらせてしまうかもしれない。にしても我ながらきつく言いすぎたと思ったけど、ここで俺から連絡を返すほどの勇気はもうなかった。
友達と会ったのは本当。俺のこんなような話を、友達2人がただひたすら聞いてくれるだけの会だった。友達には散々「ちゃんと言え」「優しく言え」と言われたけど、俺はどうにも夏希を目の間にすると素直になれない。だからずっとどうするべきか考えていて、頭に熱がこもったのかもしれない。
熱に浮かされ月曜朝からの記憶は全くないまま、俺は自室のベッドでそんな夢を見たんだ。
~~~
あの後俺は一度自宅に帰って学校に連絡をし、看病グッズを持って再び晴の家へやってきた。そこからは一瞬で、既に部屋着に着替えて寝転がっている晴の額に冷却シートを当てたり、体温を測って様子を見て花に連絡をしたりと忙しかった。その間晴は一向に目が覚めず、深い眠りについていた。元から綺麗な顔だけど、寝ていると余計に人間じゃないみたいに映る。額に滲む汗が晴が生きてるのを証明してるようだ。俺はとりあえず一息つき、晴のベッドの近くに座り込んだ。
「…ん?なんだあれ」
座り込んだ位置から見えたのは、本棚にずらっと並べられた本の上に置いてあるやけに古びた缶。俺が来ていた頃にはこんな缶なかった。本の上に置くということはよっぽど使う頻度が高いのか?しかもあれ、なんか見たことあるデザインだ。俺がテーマパークに行った時のお土産でああいうのを晴に渡したことがある。
「…やっぱり」
かたん、という音と共に俺の両手のひらに収まった缶には、俺がテーマパークに行った年と同じ年が印字されている。つまり記憶の中のお土産と一致する。なんでそんな缶がここに?俺があげたのはもう何年も前だ。
「ごめん、晴」
ベッドですやすやと寝ている晴を横目に、俺は悪いことだと分かっていつつも吸い込まれる感覚で缶の蓋に手を伸ばした。開けると缶の金属の匂いがわずかに香り、かすり傷が大量にできている側面からかなり使い古されていることがわかった。
そして、中に入っているのは俺があげた覚えのあるものばかりだった。
晴の好きな猫のキーホルダー、修学旅行のお土産で買ったドラゴンの剣キーホルダー、ある時だけ俺たちの間で流行った綺麗なビー玉、一緒に映画に行った時のチケット…。他の人たちがあげたものが入っていそうな缶は他には見当たらず、この缶だけ異質を放っていた。なぜ俺があげたものばかり入っているのか、それは晴の普段の態度からは想像もつかないが、今の俺ならわかる。
晴はずっと俺のこと大事に思ってくれてたんだ。こんなに小さな頃にあげたものをまだ取っておいてくれてるんだ。ベッドで寝ている晴のことがより一層愛おしくなる。これ以上俺に自覚させないでほしいけど、もう、伝えるべきだ。俺も晴のことが好きだって。晴が俺のことをどう思っていようと俺は晴が大切だって。
「お大事に。早く熱下げろよ、晴」
大切に閉じ込められていたあたたかな気持ちを受け取ると、寝不足なのも相まって安心感で眠くなってきてしまった。そそくさと缶を元通りにしてから俺は再びベッドの近くに座り込み、晴の息遣いを感じながら目を閉じた。
◇◇◇
「…んぁ…?あれ、今何時…?」
「16時」
「……俺ベッドで寝たっけ」
「夏希が床で寝て2人で風邪引いたらばかみたいでしょ」
俺は床に座り込んで目を閉じたはずだったのに、数時間経って再び目覚めるとなぜか晴のベッドに寝かせられていた。少し距離の空いた隣には熱がだいぶ引いたらしい晴が仰向けになっている。
「晴が俺のこと運んだの?」
「そうだよ、寝るんだったら家帰ってよ、大変だから」
「ごめん…」
熱を出していた病人の晴に運ばせてしまったこと、今まで散々寝顔なんて晒してきたのに寝顔を見られたことがとても恥ずかしい。でも言い方はツンツンしててもちゃんとベッドに入れてくれるあたり優しい。そういうところが好きだ、と思う。
「晴、俺ちゃんと帰ってきただろ?」
「何、急に。ここなっくんの家じゃないんだけど」
数時間前までたくさん甘えてきて可愛かった晴も、熱が下がればもう通常運転らしい。この様子だと多分晴は熱を出していた時のことを覚えていない。きっとさっきのことを打ち明けると恥ずかしがって怒るから、いいや、俺だけの記憶にしちゃおう。
「ごめんごめん、夢の話だったかも」
「体温測ったら?」
「あとでな」
「なんか怪しい」といつかの花みたいな目を向けてくる晴に、俺は「なんでもない」とだけ伝えて、一呼吸おいた。
言うんだ、今。
「「あのさ、言いたいことが」」
綺麗にタイミングが被ってしまった。ずっと俺に背中を向けていた晴も思わず振り向いたようで、布団のテントの中で俺たちはばっちりと向き合う姿勢になった。晴は少し考え込んでから「先に言えば」と俺の瞳をまっすぐ見つめてくる。晴の肩と、俺の顎あたりまでにかかる毛布をぎゅっと掴んで、俺は口を開いた。
「俺、晴のことが好き」
「…………」
晴は目を大きく見開いて、俺の次の言葉を待っていた。
「晴が他の友達と遊ぶって聞いて、今まではこんなことなかったじゃんって、もやもやした。晴が他の人に取られちゃったみたいで嫌だった。それに、今までずっと晴は俺のこと大切に思ってくれてたって気づいて、俺もずっと一緒にいたいって思っちゃったんだ」
「……………」
「本当は離れようとしたけど、やっぱり晴から離れるなんて無理で、俺…」
「夏希」
「わっ」
もう2度目のハグ。2人でくるまっていた毛布越しだったけど、晴とすごく密着しているのがわかる。だって、晴の心臓をあの日みたいな手じゃなくて全身で感じているから。熱の時のような甘えるハグじゃなくて、もっともっと切ないハグ。
「それ、ほんと?」
「ほんと。じゃあ晴、俺の心臓も確かめる?」
「…いい、もう十分わかってるし」
晴の言葉は相変わらずツンとしてるけど、声があまりにも泣きそうで、震えてた。俺よりも背も力も大きくなったのに、まだやっぱり可愛いところもあって愛しさが増す。
俺たちはしばらく毛布に隠れて抱き合い、お互いの体温が混ざりあったところでやっと俺は「晴が言おうとしてたことはなんだったの?」と問いかけることができた。
「俺は、謝りたかった」
「謝る?」
晴から謝りたかったなんて言葉が出るとは思わず、つい聞き返してしまった。
でも晴はそんなこと気にも止めず、真面目な顔をして懺悔を始めた。
「うん。…この前の電話は、正直言って八つ当たりした。告白してもなっくんが俺のこと意識してないから部屋に呼べるんだと思ってイライラして……ごめん」
「じゃああの時、晴は俺のこと嫌いになったんじゃなかったってこと?」
「は、なんでそうなるの。嫌いになれるわけないじゃん…」
「え…?」
晴は俺を抱きしめていた手をそっと緩めたのち俺の手首を掴んで目を合わせ、また語り出した。俺は初めて見る晴の連続でもう頭がパンクしそうだ。
「ほんとは、確かにちょっと嫌だった。いつもいつも俺じゃない違うやつが好きっていう話して、ずっと俺は夏希のこと見てたのに気づきもしないで…!…でも俺は…そういう夏希が好きだったから」
「うん……ありがとう」
目が合って、2人で照れてしまって少しははっと笑った。俺が気づくのが遅かったせいで晴をたくさん待たせちゃったな。晴は俺の手を握ったまま、今までで1番幸せそうな表情で言った。
「俺と、付き合ってください」
「はい!」
幼馴染を超えた俺たちはその場で優しいキスをした。ふに、と唇を触れ合わせるだけのキスだったけど今までの何よりふわふわで、あったかくて、ずうっと俺たちはただ口を触れ合わせた。
1個年下の小さな幼馴染だった子は、今では俺よりも大きくなった。ちょっと言葉がきつい時もあるけど、なんだかんだ言って優しい可愛いやつ。それでいて1番かっこいい、頼れる幼馴染であり恋人だ。
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