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良い演技だった
しおりを挟む力なく立ち去る背中を見送り、黙っていた弟が口を開く。
「黙ってるだけってのも疲れますね」
外見を裏切る低い成人した男性の声。
良い声ではあるが、少女と見紛うほどの少年の口から出るのは見ていて違和感がある。
「その姿でしゃべらないで頂戴、イメージが崩れるわ」
「はいはい、しゃべるのはお嬢に任せますよ」
そう言いながらタイに着けられていたブローチを外す。
透明感のある美少年は消え、赤銅の髪色をした青年が現れた。
「やっぱり俺には坊ちゃんの役は難しいですね。
こんな綺麗な宝石も、お嬢の方が似合う」
大きな手が無遠慮にドレスの襟元に伸び、ブローチを留めた。
ブローチが固定されると同時にドレス姿の令嬢は消え、水色の髪の令息が現れる。
「坊ちゃんは止めろと言っているだろう」
不機嫌そうな声音で青年を睨みつける涼やかな色を持つ弟、の幻影を纏った私はいつもより低い声で笑った。
「しかし良い演技だった。
話さなくてもなんとかなるものだね」
魔道具であるブローチに触れながら感想を述べる。
あの嘲る表情だけで姉の味方をする弟をよく表現していたと感心する。
いつもは私が弟の幻影を纏い生活しているが、今回は私と弟が同時にいなければならなかった。
喋れない制限があっても彼に弟役を任せたのは正解だった。
「からかうのはやめてください。
演技派のお嬢に比べたら酷いもんだ」
苦い顔で答えるのがおかしくて、弟の幻影を纏ったまま笑う。
私に弟はいない。
正確に言うならいなくなった。6年前父や母と一緒に。事故で。
当主と後継ぎを一気に亡くした我が家は衰亡の危機に陥った。
いずれ私が結婚した頃に弟の死を発表する予定でいる。
その時に邪魔になるのが婚約者とその家。
本来なら弟が成人するまでの期間、後見人として口出しをしたかっただろう。
叔父が当主代行に就任し弟の後見人として立つことでそれは避けられたが。
私の子が継ぐとなれば干渉は免れない。
下手をしたら婚約者を当主代行、もしくは後見人に変えることを要求されたかもしれない。
そうなれば家は乗っ取られたも同然。
なんとしても阻止したかった。
それからは婚約を解消する方法を模索していた。
学園に通わなかったのもその一環だ。
とにかく時間が惜しかった。
我が家が混乱を収め領地をまとめる時間、他家に付け入られないよう内部を固める時間、私に従う手駒を育てる時間。
弟として入学するまでの間、叔父と必死になって立て直しに奔走し、同時に逆らわない相手を作ることに注力した。
その一人が目の前の青年だ。
従順な人材を探し始めた頃に出会い、もう5年の付き合いになる。
一家離散の危機を救われた青年は私に逆らわない。
救われたこともそうだが、今も援助を受けている青年の家族は人質に取られているようなものだから。
彼が私に従っている限り、家族は平穏に不自由のない生活が送れる。
代わりに彼は私と私の家に縛られる。そういう契約だ。
「さて、無事婚約も解消されたことだ。
覚悟を決めてもらうよ」
周囲を欺き我が家が後継者不在であることを隠しとおす。
そして私の伴侶となり、全ての秘密を守り後継者を成す。これが彼と私が結んだ契約だ。
明るみに出れば謗られ、罰を受けることは必然のとんでもない秘密。
だから帰ってくる前に覚悟を決めろと言っておいた。
「とっくに覚悟はできてるんですけどね」
お嬢の婚約が解消されるの待ちだっただけで、と答える青年には何の気負いもない。
私を受け入れる覚悟ができているとの言葉に偽りは無いようで安堵と喜びに口元が上がる。
「では、今をもって君は私の婚約者となる。式は領地に戻ってすぐの半年後だ」
他家からの婚約の申入れのような邪魔が入るのを防ぎたい。
書類も式もできるだけ急ぎたかった。
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