32 / 68
デビュタントの夜1
しおりを挟む晩秋……というわりに温かい日の夕暮れ。
わたくしは舞踏会に列席する為に王宮の舞踏会場に足を運びました。
朝から戦場でしたわ……。
遠い目になってしまうわたくしは根性無しなのかしら。いいえ、違うと思いたいわ。
いつも学園へ行くよりも早くに起こされて、朝から湯浴みよ?
頬に変な寝癖痕があるからって蒸しタオルや冷たいタオルを交互に受けて、その間、髪から足の爪先まで念入りに洗われ、香油でマッサージを受け、爪の先に色を塗り、顔のパックから腕のパック、手のパック、背中のパックまで……本当に全部に手入れを受けて……。
疑問なのは、脚のマッサージよね。
ドレスで隠れる部分にまで必要?
ねぇ、それ必要なこと? と訊きたかったわ。侍女たちの使命を帯びた真剣な顔を前にして、ついに訊けなかったけれど……。
パック中は寝てたけど、それは許されるわよね? そうよね? わたくし、寝言もいびきも歯軋りも立ててないわよね? ……ね?
そして髪を乾かしながら軽食のサンドウィッチとちょっとのフルーツをいただいて。
化粧をして、髪を結いあげる。この複雑な形はわたくし一人ではできないわね。
パールの飾りがそこかしこにつけられて、パールでできたティアラが頭に固定される。
耳の上にはバラの花。
お兄様の命で作られた品種『プリンセス・サラ』が飾られた。
これって薄いアイスブルーだから、わたくしの瞳の色と同じなの。
次にドレスの着付け。
ビスチェ型のコルセットはそれ程苦しくない。胸を寄せて上げて、いつもよりスタイル良くなったような錯覚を起こさせるわね。
ペチコートの上に幾重にも重なったパニエ。
ちょっと重いんじゃない? って言ったらクリノリンで嵩増しするともっと重いですよと忠告を受けた。
はい、軽い方がいいです。学園の制服に慣れちゃったから、重いのは苦手よ。
白いバルローベを最後に纏い、形を整える。
首には大人しめの一連のパールのネックレス。
耳にも同じパールのピアス。金の細かな飾りが揺れる仕様になってるの。
白い長手袋を最後に嵌めて、舞踏手帳を手首に下げて、扇子も持って、これで完成!
――完成、よね? もうこれ以上の重装備はごめんよ?
それにしても。
「よくこんなにパールのお飾りが手に入ったわね」
ティアラから髪飾りからネックレスにピアスまで。
わたくしの持ち物目録にこんなにパールのお品があったかしら? パールは海から取れる貝の中に偶然入っている宝石だと、本で読んだわ。
侍女の一人がにっこり笑顔でわたくしに答える。
「殿下の求婚者からの貢ぎ物だと、伺っております」
「え」
貢ぎ物。海から取れる宝石を貢ぐ人って、誰?
海岸沿いにある国は……。
もしかして、アスラーン様?
そうだったら、嬉しい。
なんて、ちょっとだけ思ったの。ちょっとだけ、ね。
今日はデビュタントとして舞踏会に参加しなければならないからこの調子だったけど、普段はここまでみっちり身形を整える為に時間を使ったりしないわ。
……っていうか、夜会に参加する為には毎回この騒ぎになるのかしら。
憂鬱だわぁ……。
夕刻、護衛の近衛騎士に手を引かれながら、王宮の舞踏会場王族専用控室へと赴く。
「キャシー。キャシーのデビュタントの時は、誰がエスコートしてくれたの?」
「私の時も兄が引き受けてくれましたよ」
「そうなの……お兄様がパートナーって子も、いない訳じゃないのよね」
「えぇ、そうですね」
暫く黙って回廊を歩く。
ふと空に目を向けると、彼方の空から藍色の闇が押し寄せて夕暮れが迫ってきていた。鳥たちが連なって巣に帰る。
今日はわたくしにとって特別な晩。
デビュタントの夜。世間に向けてわたくしは大人だと宣言する夜。
……これからは公務も課せられるって事よね。……はぁ。
「キャシー」
「はい、殿下」
「今晩のわたくし、綺麗かしら」
キャシーはわたくしを見ると優しく微笑んだ。
「さきほども申し上 げましたが、とてもお綺麗です。本日デビュタントの令嬢の中で、殿下が一番美しいと思いますよ」
「思わず“愛してる、結婚して”って言っちゃうくらい?」
「殿下。私がそう言ったら結婚してくださるのですか?」
クスクスと笑うキャシー。動じてくれないからつまらないわ。
「あのね、“愛してる”とか“好きだ”とか、言って欲しい人がいるの」
キャシーの黒い瞳が続きを促す。
「でもね、言ってくれないの。意地悪な人なの」
“求婚を受けて欲しい”とか、“我が妻になって欲しい”とか“俺の物になれ”とは言ってくれたけど。
それって、わたくしが好きだから、じゃないの。
わたくしが王女だから、利用価値があるから、欲しいのよね。
わたくし個人を、王女だとか女神の愛し子だからとかを取っ払った、素のわたくしを愛してくれないかしら。
これも王女の我儘なのかしら。
「意地悪……かどうかは存じませんが、それを言う資格を得ようと努力をし続けている御仁を、私は存じ上げておりますが」
「誰?」
「お名前を申し上げるのは禁じられておりますので」
「……禁じたのはお兄様? それともお父様?」
「……」
「それも言うのも禁じられているの?! んもう、徹底してるわね!」
本当にあの二人はっ!
でも先月のあの夜、彼と会うことができて知ったことがある。
彼がちゃんと国を通してわたくしに縁談を申し込んでくれたこと。
……嬉しかったんだから。
「殿下は……あー、その方のこと、お好きなのですか?」
「んーー。まだはっきりとは分からないわ。だから、もっと知りたいの。知る為の時間が欲しいの。それくらい、許して欲しいわ」
「それは、つまり……デートしたり、一緒に遊びに行ったりしたい、ということでしょうか」
「でーと?」
「はい」
「一緒に遊びに行く?」
「はい」
「二人きりで、というのは無理よね」
「私と二人、ということならなんとか許可は下りるかと」
「……そうして出かけて、現地で先方と落ち合うってこと?
でも一日の終わりに最終報告はするわよね?
どこでなにして誰と会ったって言うわよね!」
「報告は絶対します」
「お兄様たちにバレた後が怖いわ」
「ですよね」
46
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように
ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』
運命の日。
ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。
(私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)
今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。
ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。
もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。
そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。
ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。
ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。
でも、帰ってきたのは護衛のみ。
その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。
《登場人物》
☆ルキナ(16) 公爵令嬢。
☆ジークレイン(24) ルキナの兄。
☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。
★ブリトニー(18) パン屋の娘。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる