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第6話 And Boy is at a loss at what to do.(殿下視点)
しおりを挟むいったい、どうしたものか。
今僕は人生で初めて途方に暮れる、という現象に陥っている。
場所は王宮内の外宮、外務大臣執務室。
その来客用の椅子に座って、お茶をいただいて……いや、飲めない。
とてもとても呑気に茶など飲める雰囲気ではない。
なぜならば、今僕の目の前に、怖いおじさんがいるから。
怖いおじさん。
この国の重鎮で諸外国との外交を一手に担っている外務大臣、兼、父である国王陛下の従兄弟であると同時に、僕の許嫁の父親でもあるクールベアト・フォン・ベッケンバウワー公爵閣下、その人が目の前のソファに座って僕を睨みつけている。
一口に言って、怖い。
なんだ、この視線。僕を呪い殺す気なんだろ? そうだそうに違いない。
つい昨日もこんな目で僕を睨んでいたけど、今日はその比ではない。昨日の呪い殺す目の十倍は剣呑な瞳を僕に向けている……。
しかも睨みつけるだけでなにも言わない。
沈黙がっ! 沈黙が余計に怖いっ。
僕の後ろにジークが立っているからこそ、僕は王子としての外面を纏って緩く微笑みを浮かべているけど!
あれ? 顔が引きつってるかな……まぁ、この際それはどうでもいいか。
目を直接見たらダメだ。恐怖で気絶するかもしれない。
でも王族としての矜持もあるから目を逸らすのもダメだ。
公爵の眉間のしわ辺りとか、高い鼻の先とか、視線はその辺に固定だ。
あの目は見たらダメ絶対。見たらきっとなにか禍々しい事態に陥る。データとしての確証はないが、生命体としての直感が僕にそう告げている。
背中に冷や汗が伝うのがはっきりと分かる。
公爵の瞳は僕たち王族と同じ色で、彼が確かに血族なのだとはっきり僕に教えてくれる。
が、親しみは爪の先ほども感じられない。
同じ瞳の色でも父上の瞳からは、愛情とか愛情とか愛情とか……全面的に僕に対しての好意を示してくれていた。
髪の色は違うけど、どことなく父上の風貌に似ている公爵の、ここまで僕に対して嫌悪感やら否定やら憎悪やらをこれでもかっと全面に押し出して睨まれ続けるのは、とても精神力を削られる……。
あぁ、怖い。
逃げたい。
助けて父上。
公務があるから、と後ろ髪引かれるように父上が退室してからどれくらい時間がたったのだろう。
朝餉の時間に後宮にまで乗り込んできたこの怖いおじさん、ベッケンバウワー公爵は、父上の名前を大声で呼び続け、顔を出した父上に僕の身柄の引き渡しを要求した。
いっそ凄いよね。
予定のない国王への謁見要求、国王のプライベートエリアへの不法侵入、国王の名前を大声で連呼する不敬、その息子(王子)の身柄を要求する不敬。
どれか一つでも投獄されておかしくないのに、この人、拘束もされずに自分のテリトリーである大臣執務室でお茶飲んでるんだよ? 僕を睨みながら。
こんな破天荒な人が外務大臣って、我が国は大丈夫なのか?
それにあんなに大騒ぎして僕を連れ出したのに、ただ睨み続けているって、なに?
なんなの? なんの目的なのか教えて下さいっ!
沈黙されても対処のしようがないですよ、閣下……。
溜息、ひとつ。
もう冷めてしまった紅茶を一口。
「……ふん。存外、気骨はある……」
公爵がぽつりと呟いた。
僕は笑顔の表情をうまく続けているのだろうか?
彼が優雅な所作で持っていたティーカップを机に置いた。と同時にポツリとつぶやいた。
「娘が……サラが、昨夜、ひどく泣いた」
僕は不躾にも手にしていたティーカップをソーサーに当てて無様な音を立ててしまった。
普段そんなことはしない。
だが、公爵の一言がそれほど僕に驚きを与えたのだ。
「泣いた? なぜ?」
公爵は僕の問いに右の口角を上げた。
「君との婚約は、嫌だと」
「え」
嫌? いやって言った?
え?
僕は嫌われたのか?
え?
昨日、初めて会った婚約者。僕の許嫁。
ふわふわのハニーブロンドの
翠の瞳の
愛らしい唇の
可愛い声で笑うあの
あのこ
なぜだ
昨日、普通に話せていたはずだ。特に嫌われたとは思わなかった。
え?
泣くほど、嫌、だったのか?
泣かせたくなんて、なかった
怖がらせたりも、したくなかった
ただ
ただ、笑って欲しかった。それだけだ
あの子が笑ってくれるなら、いいと
僕は
なにか、失礼なことをしたのか? 気に障ることをしたのか? 機嫌を損ねるような失態を犯したか?
失態! 思い当たることといえば……
プレゼント、渡していない
そのせいか? いや、でも、泣くほどのことじゃあ、ない
きっと理由は他にある、はず……
「? ヘルムバート殿下? いかがなさいましたか?」
「――! 殿下っ!」
そのとき僕は目を開けたまま軽く気絶していたらしい。
公爵の呼びかけにもジークの声にも反応がなく、固まっていたと。
ジークが背中を叩いて注意を引いてくれなければ、石像のように無反応のままだった。
すごいな、僕の鉄面皮。
これなら将来、つまらない公務の間でも目を開けたまま睡眠を取ることも可能になるのではないか?
――いや、それは今回は置いておこう。
「公爵。僕は、なにか令嬢に失礼なことをしたのでしょうか?」
公爵の瞳が……さきほどまでと、少し、違う雰囲気に変化した。
険しいのは相変わらずだが、その中に……僕に対する興味? 好奇心? が感じられる。
こんなふうに、教師が生徒を見るような目で観察されるのは業腹だ。
だが今それはいい。サラ嬢が泣いたという、その事実の方が大切だ。
僕のせいで泣いたなんてなにかの間違いであって欲しい。
嫌われたくない。できることならば好かれたい。
「私はこの婚約、解消したいと陛下に奏上するつもりです」
「っ!!!!!」
公爵の放った冷静な一言。
それが僕の心臓を貫いた。
言葉は武器になるとはこのことか。
なんて重たい鋼の矢だ。僕の後ろでジークが息をのむ気配がする。
「当然でしょう? 私は私の娘を愛している。あの子を世界一幸せにしなければならない。よってあの子を泣かせる伴侶など不要」
「しかしっ」
「一晩中、泣いたのです。しかも、最初は自分が涙を流しているのも気が付かないような、静かな、悲しい涙を流していた、と。
たった十二歳の娘が。泣き疲れて眠るまで、侍女に縋り付いて……声も上げずに、ただ静かに、泣き崩れたと」
「あ……それは……」
「今朝、起きたときには……さすがに泣き止んでいましたが。
可哀そうに。目が真っ赤に腫れて、痛々しいほどだった……」
なんと……。想像するだけで、僕の胸も重苦しい。
あぁ。可哀想に……。
「殿下。私は私の娘を不幸にする男など、たとえ王族であっても排除する所存です」
世の父親という者は、娘に対してここまで強く激しい愛情を持ち合わせるのだろうか。これが一般的なのだろうか。
(後からジークと話したが、公爵の娘に対する愛は最上級に重く我儘な部類だという。
これは彼が王族に連なる者であり、割と世の中怖い物なしに生きてきたせいだろう、と。
そうだね、王族を排除するってさすがに凄過ぎる宣言だよな。思っていても実行はしない、普通なら。公爵の場合、実行しそうなところが頗る厄介である)
「公爵! 僕に……いえ。私に、猶予を与えてはくれませんか?」
「猶予、とは?」
公爵の瞳が冷たく光った。
その瞳の圧に、気圧されそうだ。
だが、引き下がるわけにはいかない。
「彼女にもう一度、会わせてください。そして話をしたい。きっと、なにか行き違いがあったはずです。彼女の真意を、その口から聞きたいのですっ」
「断る」
「公爵!」
公爵は優雅な動作で長い脚を組み替えた。
「殿下に会うことで、娘がまた泣くかもしれない……そんな事態は避けたいという親心、ご了承ください」
しごくもっともな意見だ。
「……ですが、このまま会えなくなるなんて……僕は嫌です。
仲良くなれると、思ったのに……。なにがいけなかったのか、教えてもらうこともダメですか? 公爵が同席しても構いません。もう一度、会いたいのですっ」
「ふむ。私が同席すれば、あるいは……いや……」
食い下がる僕と渋る公爵という緊迫した状況で。
「公爵。わたくしの息子をいじめるのも、そこまでにしてくださいませ」
軽やかな風が舞うような優しい声がした。同時に部屋の扉が開いて、この国の王妃陛下が入室した。
僕の目には、王妃陛下の背後に後光が射して見えた。
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