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第8話 Boy's Mother is so handsome !(殿下視点)
しおりを挟む「公爵。わたくしの息子をいじめるのも、そこまでにしてくださいませ」
軽やかな風が舞うような優しい声がすると同時に入室したのは、この国の王妃陛下。
僕の母上でもある彼女、名前をソフィア・シエンナ・フォン・ローリンゲンという。隣国から嫁いできた元王女だ。
僕を生んだ後はしばらく体調を崩していた母だったが、アンネローゼのときには快復が早かったという。
そして先日、皆が言うには超がつく安産で第二王子を生んだばかりだ。
さきほどから途轍もなく怖いおじさんと対峙していた僕の目には、母の背後に後光が射して見えた。常日頃から母は美しい人だと認識していたが、今日は天使……いや、女神さまに見える。
正直なところ、助かったと思った。
味方のいない戦場でただ一人、強敵と戦って不安に苛まれていたときに来た強く頼もしい援軍、とでも言うか。
母上は優雅に部屋に入ると僕の傍に立った。
そしてその慈しみに溢れる瞳で僕を見下ろしてにっこり微笑みながら言った。
「ヘルムバート。ジークフリードから聞きましたよ……あなた、昨日。とんでもなくポンコツになったんですって?」
え゛。
母上は扇をシャラリと広げて口元を隠す。顔の半分を隠しているのにニヤニヤしてるのが分かるという……母上……。
「なんでも? 貴方が王子宮で山をも動かさんばかりに大騒ぎした挙句に選んだベッケンバウワー公爵令嬢への贈り物を、令嬢とのお喋りがあまりにも楽し過ぎて渡し忘れた、とか?
我が王家自慢の温室の案内をしようと計画していたけど、話に夢中になってすっかり忘れていた、とか?
庭師が戸惑っていたそうよ? 殿下がいらっしゃらないのは体調を悪くしたせいですか? って。
うふふふ。普段は綿密な計画を立てて、そのとおりに行動するきっちりしたあなたが、いったいぜんたいどういった風の吹き回しかしら?」
僕にとっては誠に不甲斐なく恥ずかしい昨日の出来事を、じつに楽しそうに語る母上。
よりにもよって今、そんな話を暴露して欲しくなかった。
「……ほう」
だって、ほら。この怖いおじさんがニヤリと口角を上げて呟いたから。
こんな怖い人に僕の弱みを知られたくなかった。
母上の入室で助かったと思ったけど、それは幻だった。むしろ窮地に陥った気がする。
「そんなに大騒ぎして、娘への贈り物を選んでくださったのですか?」
さきほどの不機嫌顔から一転、にこやかな笑顔で公爵が母上に話しかける。
母上は僕の隣にふわりと音も立てずに座ると、公爵に向き直った。
「そうなの。聞いてちょうだい、公爵。
いつもの王家御用達のヘルメス商会の会頭を呼んで相談したのはいいけれど、あぁでもないこうでもないと迷いに迷った挙句に、えぇと、なんといったかしら? 公爵家でも贔屓にしている商会があるでしょう?」
「うちの贔屓? ジューン商会ですかな」
「そう! そこの会頭まで呼び出してね。頑張って令嬢の好みを聞き出したのですって。
あちらの会頭も四苦八苦していたそうよ。顧客の個人情報をホイホイと漏らす訳にもいかないから、『ご令嬢なら……こちらのお色を選ぶかと、推測します』とか『こちらのお品ですとご令嬢には重たすぎるでしょう』なんて、明言しない曖昧な言い方でね。
大変だったと思うわ。でも王子宮で新たな販路を広げたいあちらとしては、無下にもできず……と、ね♪」
「ほほう」
「そうしてやっとの思いで手にしたお品を、毎晩寝るまえに大切そうに眺めて机の引き出しに仕舞う、という日々を送っていたそうなの♪
我が子ながら健気で健気で……。わたくし、涙無しにはとても聞けませんでしたわ」
「ほうほう」
ジーク。役目とはいえ、母上になにを話しているのだおまえは。丸っきり嘘でない、というか限りなく真実である辺り、もう泣きたい……。
そして公爵が怖いおじさんから梟になった。さっきからなんだホーホーと。業腹だ。
「そしてね、昨日の夜は、そのせっかく用意した贈り物を渡し忘れたことに気が付いて、それはもう! 今にも死にそうな顔をしていたとのことなのよ。
いつもはきっちり計画立てて、それをさも当然なこととさらりと熟して、勉学も剣術も教師陣から太鼓判を押される『有能王子』なんて宮廷内では噂されているこのヘルムバート第一王子が、よ?
こんなポカするなんて、わたくしも陛下も耳を疑いましたわ!」
「ほっほっほ」
あぁ。なんということだ。
僕を肴におとな二人で楽しそうに高笑いしている……。
穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
いや。むしろこの場で穴を掘って自ら閉じ籠るべきだろうか……。
人生初めての失態の翌日、人生初めての辱めを受けている。
それも、血の繋がった実の母親の手によって……。
「ですからね、公爵。この子もこの子なりに、いろいろと精一杯だったのです。わたくしの顔に免じて、お怒りを収めてくださいませ」
公爵が笑顔のまま固まった。
僕はハッとして母上の横顔を見る。
母上は穏やかに笑って公爵を見詰めていた。そしてゆっくり優雅に扇を煽ぐ。
さきほどとは違う種類の沈黙が訪れた。
ここで僕はやっと気が付いた。
やっぱり母上は僕を助けるために来てくれたのだと。
そして、見事だ。
先触れもなく登場して場の雰囲気を突然乱し(あまりにも突然登場した王妃陛下に僕も公爵も座ったままだ。じつはこれも、王妃陛下に対し奉り不敬行為だ。だが母上はそれを流した)、突拍子もないことを言ってその場の会話の主導権を握り(いや、僕が不甲斐ないのは事実だが、本来失態など隠したがる物だ。それを逆にはっきり明言したことでこの場は母上中心の会話形式になった)、最後は王族としての権威を以って(『私の顔に免じて』などと王妃陛下に言われたら矛を収めざるを得ない)話を纏めようとしている。
母上の王妃としての姿の一端を垣間見させられた。今の僕には到底真似できないそれは、とても勉強になる。
実際、僕は公爵の迫力に怯えを見せないように虚勢を張るだけで精一杯だったのだから。
パチンと音を立てて扇を閉じた母上は
「あぁ、そうそう。聞いていたかしらぁ? 入ってきていいわよぉぅ」
妙に間延びした声で扉の方に声をかけた。
誰が入って来るのだろうかと執務室の扉を見れば、そこには―――
頬を真っ赤に染めたハニーブロンドの天使がいた。
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