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第689話 クリス、模擬戦に挑む
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模擬戦当日、トゥームレイズの冒険者ギルドは、早朝からざわついていた。
併設された食堂の椅子はすでに満席。立ち飲みする者さえ出始めている。
地下訓練場への扉は開け放たれ、そこには街中の冒険者や、噂を聞きつけた見物人たちが詰めかけていたのだ。
「始まる前から、こんなに人が集まるなんてな」
「だって相手はグリンガム兄弟の長男、ギャレットだぜ? それに対するのが、あの錬金術師ガストンの弟子ときたら……。話題になるのも当然だろ?」
「でも、ゴールド対ブロンズだろ?」
「そこだよ。門外不出とまで言われた、ガストンの錬金術を受け継いだのが、ただのブロンズ……。しかも、ハイエルフじゃなく人間だぜ? なにかあると思っても、おかしくはないだろ?」
ギルド内は、模擬戦の話題で持ちきり。まるで、お祭りかと思うほどの騒ぎである。
ギルドの地下へと続く石造りの階段を降りると、そこが今回の舞台となる訓練場。普段は冒険者達の鍛錬の場だが、今日は小綺麗にされていた。
大都市のギルドだけあって、その面積は、ちょっとした体育館とも言える広さ。
石壁に沿ってずらり並ぶ、訓練用に調整された武具の数々。訓練場の中心には、床より一段高く設けられた闘技台が鎮座する。
角材を重ねて作られた四角い台は、血と汗を吸い込んだ歴戦の舞台。
周囲には粗削りな木製の簡易柵が張り巡らされ、ところどころに残る傷痕は、冒険者の歴史と言っても過言ではない。
汗と革と鉄の匂いが満ちたこの場所は、名もなき若き冒険者たちが牙を研ぎ、明日の生存を賭けて鍛錬を積む場所なのだ。
そんな闘技台の中央で、クリスの登場を待っているのは、3人組の男たち。
同じゴールドプレート。同じパーティメンバー。そして、同じ家族でもある彼等は、グリンガム兄弟の名で知られる冒険者だ。
ダンシングアクスの異名を持ち、クリスにいちゃもんを付けた、斧使いの長兄ギャレット。
口で語るより、刃で語る男。誰よりも重たい剣を軽々と振るう剛腕の戦士、次男のロルフ。
そして三兄弟の末弟は、一撃必殺の射撃を得意とする弓の使い手。狩人のブルーノ。
少し前までは、シルトフリューゲルを拠点に活動していた彼等だったが、今はここ、トゥームレイズに根を下ろしていた。
「アニキ……。新人……来ますかね?」
「さぁな。まぁ、どちらでも同じことだ」
そんなブルーノの問い掛けに、ギャレットは訓練場の出入口を注視しながらも、静かに答える。
クリスが約束を違えるような者ならば、信用は地に落ち、仮に現れたとしても、ゴーレムを再起不能にまで破壊すれば、キャラバンへの参加は、断念せざるを得ない。
「来ないでくれた方が、楽ではあるな」
しかし、そうはならなかった。遠くから聞こえる歓声に、ギャレットは小さく舌打ちをしたのだ。
「ごめんごめん、待った?」
観客でごった返す冒険者ギルドの訓練場、その入り口からゆっくりと姿を見せたクリス。
前回と違う服装は、冒険者というより錬金術師のそれを意識したものだ。
深い紺色のフード付きのローブは、動きやすさを重視してか裾は短く、腰の革ポーチには、金属製の試験管や小瓶が、いくつもぶら下がっている。
胸元にはブロンスのプレート。その背中には、大きな木箱を背負っていた。
「見た目だけは一丁前じゃないか」
「まぁね。」
「……それが、お前のゴーレムか?」
ギャレットの視線の先にはあるのは、クリスが背負っている大きな箱だ。
「ええ。本当は、もう少し早く着く予定だったんだけど、コレ、結構重くってさぁ」
そう言うと、背負っていた木箱をドスンと床に置いたクリス。
その大きさは、高さおよそ1メートル。幅は50センチほどで、足を折りたためば、人ひとりがすっぽり入れるだろう箱である。
そこに、直接取り付けられているショルダーストラップと厚手の革は、背中を保護するためのクッションだ。
ゴーレム入りの箱を、ここまでクリス一人で運んできたという事実。一週間の集中トレーニングの賜物……と、言いたいところだが、どちらかというと中身がミスリル製であることのほうが、要因的には大きいだろう。
「で? いつ始めるの?」
「随分とやる気じゃないか。だが、まずはルールの確認だ」
「そういえば何も聞いてなかったわね……。確か……デスマッチ……ってルールがあるんでしょ?」
「いや、お前……頭大丈夫か?」
別にクリスは、強がっている訳でも余裕を見せている訳でもはない。
それが一番わかりやすく、自分に被害が及ばないだろうルールであると教わっていただけだ。
「デスマッチってのは、その名の通り、死んでも文句は言えねぇんだぞ?」
「そりゃ、そうでしょ。死んだら喋れないんだし」
当たり前の事を当たり前のように返したクリス。その発言に、辺りの空気は凍り付く。
「……わかってるならいい。……ただ、ギルドの連中が許さねぇんじゃねぇか?」
そろそろ試合開始だろうと降りて来たのは、3人のギルド職員。
辺りに漂う不穏な空気を気にしながらも、現状を飲み込むと、審判を担う1人がクリスに迫る。
「本来の模擬戦は戦闘講習に準拠し、3本勝負の2本先取制。相手の防御魔法を先に破った方が勝者となるんです。デスマッチでは、防御魔法もなく、仮にどちらかが死ぬことになっても、ギルドは一切の責任を負いかねますよ!?」
恐らくはクリスを守る為。ギルド職員の必死の説得にもかかわらず、クリスはそれに笑顔で答えた。
「それなのよ。死んじゃっても、責任を取らなくていいんでしょ?」
それには、皆がゾッとした。その意味を理解出来たのは、クリスが錬金術師であると知っているからだ。
「劇薬の使用は禁止です! 地下訓練場が広いとは言え、周囲に被害が……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。薬品の類は使わないわよ。使うのは、このゴーレムだけだって」
そう言って、クリスは背負ってきた木箱をバンバンと叩いた。
「本当ですか……? 中身……見せていただいても?」
疑り深いことだが、重要な事である。自暴自棄になったクリスが、毒薬を散布する可能性はゼロではない。
冒険者になったばかりで、日は浅い。ガストンの弟子ではあるが、それはクリスの人間性を信用するほどの理由にはならないのだ。
「いいわよ。……出なさい、アシュラッ!」
クリスが頷き、箱の側面を軽く叩いたその時だ。
木箱の上蓋がバァンと弾け飛ぶと、空気がビリビリと震え、その内部から何者かが飛び出した。
それは風を切るようにクルクルと回転し宙を舞い、やがて軽やかな音を立てて、クリスの隣へ着地する。
「――ッ!?」
突然の出来事に、クリス以外の全員が唖然とした表情のまま、時を止めていた。
そんな息を呑むような沈黙の中で、異形とも言えるゴーレムは、ただ静かに次の命令を待っていた。
併設された食堂の椅子はすでに満席。立ち飲みする者さえ出始めている。
地下訓練場への扉は開け放たれ、そこには街中の冒険者や、噂を聞きつけた見物人たちが詰めかけていたのだ。
「始まる前から、こんなに人が集まるなんてな」
「だって相手はグリンガム兄弟の長男、ギャレットだぜ? それに対するのが、あの錬金術師ガストンの弟子ときたら……。話題になるのも当然だろ?」
「でも、ゴールド対ブロンズだろ?」
「そこだよ。門外不出とまで言われた、ガストンの錬金術を受け継いだのが、ただのブロンズ……。しかも、ハイエルフじゃなく人間だぜ? なにかあると思っても、おかしくはないだろ?」
ギルド内は、模擬戦の話題で持ちきり。まるで、お祭りかと思うほどの騒ぎである。
ギルドの地下へと続く石造りの階段を降りると、そこが今回の舞台となる訓練場。普段は冒険者達の鍛錬の場だが、今日は小綺麗にされていた。
大都市のギルドだけあって、その面積は、ちょっとした体育館とも言える広さ。
石壁に沿ってずらり並ぶ、訓練用に調整された武具の数々。訓練場の中心には、床より一段高く設けられた闘技台が鎮座する。
角材を重ねて作られた四角い台は、血と汗を吸い込んだ歴戦の舞台。
周囲には粗削りな木製の簡易柵が張り巡らされ、ところどころに残る傷痕は、冒険者の歴史と言っても過言ではない。
汗と革と鉄の匂いが満ちたこの場所は、名もなき若き冒険者たちが牙を研ぎ、明日の生存を賭けて鍛錬を積む場所なのだ。
そんな闘技台の中央で、クリスの登場を待っているのは、3人組の男たち。
同じゴールドプレート。同じパーティメンバー。そして、同じ家族でもある彼等は、グリンガム兄弟の名で知られる冒険者だ。
ダンシングアクスの異名を持ち、クリスにいちゃもんを付けた、斧使いの長兄ギャレット。
口で語るより、刃で語る男。誰よりも重たい剣を軽々と振るう剛腕の戦士、次男のロルフ。
そして三兄弟の末弟は、一撃必殺の射撃を得意とする弓の使い手。狩人のブルーノ。
少し前までは、シルトフリューゲルを拠点に活動していた彼等だったが、今はここ、トゥームレイズに根を下ろしていた。
「アニキ……。新人……来ますかね?」
「さぁな。まぁ、どちらでも同じことだ」
そんなブルーノの問い掛けに、ギャレットは訓練場の出入口を注視しながらも、静かに答える。
クリスが約束を違えるような者ならば、信用は地に落ち、仮に現れたとしても、ゴーレムを再起不能にまで破壊すれば、キャラバンへの参加は、断念せざるを得ない。
「来ないでくれた方が、楽ではあるな」
しかし、そうはならなかった。遠くから聞こえる歓声に、ギャレットは小さく舌打ちをしたのだ。
「ごめんごめん、待った?」
観客でごった返す冒険者ギルドの訓練場、その入り口からゆっくりと姿を見せたクリス。
前回と違う服装は、冒険者というより錬金術師のそれを意識したものだ。
深い紺色のフード付きのローブは、動きやすさを重視してか裾は短く、腰の革ポーチには、金属製の試験管や小瓶が、いくつもぶら下がっている。
胸元にはブロンスのプレート。その背中には、大きな木箱を背負っていた。
「見た目だけは一丁前じゃないか」
「まぁね。」
「……それが、お前のゴーレムか?」
ギャレットの視線の先にはあるのは、クリスが背負っている大きな箱だ。
「ええ。本当は、もう少し早く着く予定だったんだけど、コレ、結構重くってさぁ」
そう言うと、背負っていた木箱をドスンと床に置いたクリス。
その大きさは、高さおよそ1メートル。幅は50センチほどで、足を折りたためば、人ひとりがすっぽり入れるだろう箱である。
そこに、直接取り付けられているショルダーストラップと厚手の革は、背中を保護するためのクッションだ。
ゴーレム入りの箱を、ここまでクリス一人で運んできたという事実。一週間の集中トレーニングの賜物……と、言いたいところだが、どちらかというと中身がミスリル製であることのほうが、要因的には大きいだろう。
「で? いつ始めるの?」
「随分とやる気じゃないか。だが、まずはルールの確認だ」
「そういえば何も聞いてなかったわね……。確か……デスマッチ……ってルールがあるんでしょ?」
「いや、お前……頭大丈夫か?」
別にクリスは、強がっている訳でも余裕を見せている訳でもはない。
それが一番わかりやすく、自分に被害が及ばないだろうルールであると教わっていただけだ。
「デスマッチってのは、その名の通り、死んでも文句は言えねぇんだぞ?」
「そりゃ、そうでしょ。死んだら喋れないんだし」
当たり前の事を当たり前のように返したクリス。その発言に、辺りの空気は凍り付く。
「……わかってるならいい。……ただ、ギルドの連中が許さねぇんじゃねぇか?」
そろそろ試合開始だろうと降りて来たのは、3人のギルド職員。
辺りに漂う不穏な空気を気にしながらも、現状を飲み込むと、審判を担う1人がクリスに迫る。
「本来の模擬戦は戦闘講習に準拠し、3本勝負の2本先取制。相手の防御魔法を先に破った方が勝者となるんです。デスマッチでは、防御魔法もなく、仮にどちらかが死ぬことになっても、ギルドは一切の責任を負いかねますよ!?」
恐らくはクリスを守る為。ギルド職員の必死の説得にもかかわらず、クリスはそれに笑顔で答えた。
「それなのよ。死んじゃっても、責任を取らなくていいんでしょ?」
それには、皆がゾッとした。その意味を理解出来たのは、クリスが錬金術師であると知っているからだ。
「劇薬の使用は禁止です! 地下訓練場が広いとは言え、周囲に被害が……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。薬品の類は使わないわよ。使うのは、このゴーレムだけだって」
そう言って、クリスは背負ってきた木箱をバンバンと叩いた。
「本当ですか……? 中身……見せていただいても?」
疑り深いことだが、重要な事である。自暴自棄になったクリスが、毒薬を散布する可能性はゼロではない。
冒険者になったばかりで、日は浅い。ガストンの弟子ではあるが、それはクリスの人間性を信用するほどの理由にはならないのだ。
「いいわよ。……出なさい、アシュラッ!」
クリスが頷き、箱の側面を軽く叩いたその時だ。
木箱の上蓋がバァンと弾け飛ぶと、空気がビリビリと震え、その内部から何者かが飛び出した。
それは風を切るようにクルクルと回転し宙を舞い、やがて軽やかな音を立てて、クリスの隣へ着地する。
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
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