生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第702話 クリス、ダンジョンアタックを開始する

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 夕刻、湖のほとりにある野営地の中央に仮のテーブルを設置し、冒険者たちが集まった。
 ダンジョンの出入口を見張っている2名を除いた先発隊の8名。そしてグリンガムの3人にクリス。
 そこに厚手の外套をまとったクラウスが合流すると、ギャレットは会議の始まりを告げた。

「さて――情報を共有しよう。先発隊、報告を」

 促され、先発隊の隊長が重い口を開く。

「……結論から言う。掴んだ情報は、ないよりはマシ程度だ。我々が確認できたのは、ダンジョン内部に潜んでいるオーガが少なくとも10体はいること。そして内部には数多のトラップが仕掛けられていて、クリアリングできたのは3層まで。見ての通り30層程度だとは思うが、侵攻には相応の時間が必要だろう」

「そうか……」

 顎に手を当て、悩むような素振りを見せるギャレットに、一同は静まり返る。
 少なくともオーガが10体。それを4人でどうにかする。更にダンジョン内での戦闘となれば、相手に分があることは明らか。
 そんな不利な局面を目の当たりにし、苦慮しているのだろうと思っていた先発隊の冒険者たちだったが、そうではない。
 余りの不甲斐なさに、言葉を無くしていたのだ。

(先発隊が派遣されてから、どれくらいだ? 2ヵ月近い時間があって、たったの3層だと!? ……こりゃぁ、切り捨てて正解だったかもな……)

「やはり4人での侵攻は、難しいんじゃ……」

「んなこたぁねぇよ。ただ、懸念点がないわけでもねぇがな」

 それはギャレットがクラウスに疑いを持った、もう1つの理由だ。
 オーガに加え、魔族まで出る難易度の高さ。にもかかわらず、回復役の要だろう神聖術師は一人もいない。
 報酬と難易度が見合っておらず、キャラバンの依頼に魅力がないから神聖術師が集まらない――というのは良くあること。
 だが、冒険者ギルドには職員として数多くの神聖術師が在籍している。
 今回の依頼主はギルドだ。本当にこのキャラバンを成功させたいと思っているのであれば、多少融通を利かせるくらい、造作もないはずなのだが……。

「さらに多くのオーガが潜んでいる可能性もある。情報が乏しい以上、推測で動くしかねぇな」

「だな。唯一の救いは、相手がオーガだってわかってる事くらいか……」

 慎重な様子を見せるギャレットの隣で、真摯に頷くブルーノ。

「で? トラップの傾向は?」

「殺傷系が殆どだ。そのなかでも、接触環境型が大半を占めている。オーガのクセに頭の回る奴がいるのか、とにかく複雑なギミックが多いから用心した方がいい」

 トラップは、二つの要素から成り立っている。ひとつは、起動方法。所謂トリガーと呼ばれるもので、接触、感知、遠隔操作の3つに分類される。
 もうひとつは、発動した際に何をもたらすかという機能。これは攻撃、弱体、拘束、心理、環境の5つに分けられる。
 攻撃型は、壁の隙間から飛び出す矢や刃物など。弱体型は魔法や呪い、毒による戦力の低下を狙ったもので、拘束型はその名の通り、網や鉄格子、足枷などで動きを封じるものを指す。
 心理型はアラームのような警報や、同じ場所を何度も行き来することになる幻影回廊、開かない扉などがあり、環境型は落とし穴やミミック、呪われたアイテムなどが該当する。

「環境型……? そりゃ珍しいな」

「ああ、内部に落ちてるこれ見よがしなアイテムは、すべて罠だった。おかげで、アイツはあの通りだ」

 先発隊の冒険者が視線を移した先には、包帯で腕をグルグルに巻かれ、添え木を当てられていた男。

「ちょっと良さげな短剣を拾い上げたらドカーンだ」

 それを見ても、ギャレットたちは明日は我が身とは思わない。ただ油断しただけの情けない冒険者がいただけだと、特になんの反応も示さなかった。

「まぁ、罠の傾向が知れただけでも収穫はあったな」

「うむ。ひとまず状況は理解した。早速だが、潜るぞ。おめぇら準備しな」

「もう行くのか!?」

「ああ、今からなら3層まで辿り着く。寝るのはダンジョン内でいい。お前等は、見張りサボるんじゃねぇぞ?」

 ――――――――――

 石造りの回廊に足音が反響する。湿った空気の中、ブルーノを先頭にクリスたちは静かに進み出した。
 松明の揺れる炎が、彼らの顔に浮かぶ決意を映し出す。

 その背中を、先発隊が見送る。不安と期待。そんな感情を宿しながらも誰も声を掛けなかったのは、クラウスの機嫌が悪かったから。
 ギャレットの勝手な判断で、ダンジョンアタックはたったの4人で敢行される事となった。その苛立ちによるものだろうと思っていた先発隊だったが、それだけではない。

(どうする!? 今からでも同行するべきか……。それとも……)

 クラウスは悩んでいたのだ。たったの4人でオーガが殲滅できるのか? できてしまった場合、魔族の娘をしっかり生きたまま捕らえる事ができるのか?
 勢い余って殺されでもしたら、クラウスの任務は失敗となりギルド上層部からの信用は失墜する。
 かといって同行してオーガに敗北を喫した場合。命を失うことになるのだ。

(仕方ない……。30層ならある程度の時間はかかる。数日後、様子を見に行くと言って先発隊とともに後を追おう……)

 ダンジョン攻略に掛かる時間をおおよそで逆算し、安全になるだろう頃合いを見計らって合流する。
 それが上手くいく確率は高くはないが、指をくわえて待っているよりはマシ。
 そう思い、野営地で時が過ぎるのを待つクラウスだったが、2日目の深夜。事件は起きた。

「敵襲だッ!」

 突如響いた敵襲の叫びに飛び起きたクラウス。胸を打つ心臓の鼓動を抑える間もなく、慌てて天幕の入口をかき分け外へ出る。
 目に飛び込んできた光景は、すでに戦場だった。夜を裂く炎が天幕を呑み込み、揺らめく灯りが戦場を照らす。
 冒険者たちは何者かも知れぬ影と刃を交え、火花を散らしながら必死に応戦していた。
 怒号、剣戟、魔法の詠唱のような声が渦を巻き、混乱は一層深まっていく。

「何が起きたッ!?」

 その答えは返ってこない。血に濡れた冒険者の身体が横たわり、助けに駆け寄る余裕など誰にもないのだ。
 ただただ必死に獲物を振るう冒険者たちの姿がその目に映り、それを圧倒しているのは黒ずくめの集団。
 一瞬オーガの反撃を疑ったが、体格がそれを否定する。
 夢と現の境目のような惨状に、クラウスの思考は追いつかない。
 そして次の瞬間、クラウスの胸を鋭い痛みが貫いた。刃が肉を割り、熱い血が一気に流れ出す。
 膝が力を失い、その身体はゆっくりと崩れ落ちていく。
 倒れる勢いに任せ、クラウスは本能のままに刺した相手へと寄りかかる。その手は震えながらも、相手のフードを乱暴に掴み取った。
 布が引き下ろされ、闇に包まれていた顔がわずかに露わになる。
 そこにのぞいていたのは、人間のものとは明らかに異なる長い耳。

「……エルフ……だとッ……」

 かすれた呟きと共に、クラウスの身体は力なく地へ沈む。視界は暗転し、意識もそこで途絶えてしまった。
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