生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第35話 貴族生活

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 ネストが玄関の扉を開けると、両脇にずらりと並んだメイドが一斉に頭を下げた。

「「お帰りなさいませ、お嬢様」」

「ただいま」

 ネストの帰りに気が付いたスーツを着た初老の男性は、吹き抜けの2階から大声を上げた。

「おじょうさまぁぁああぁぁぁあ!!」

 バタバタと大きな足音を立てて階段を駆け降りると、ネストの周りをグルグルと回り、つま先から背中、頭の天辺まで舐めるような視線を向ける。

「お怪我は大丈夫でしたか!? 言ってくだされば王都最高の神聖術師プリーストに治療させることもやぶさかではありませんぞ!」

 呆れた表情で頭を抱え、溜息をつくネスト。

「セバス。あなたはいつも大げさなのよ。ギルドから連絡は受けているんでしょう? 大丈夫だから、もう少し落ち着きなさい」

「し……しかし……」

 セバスと呼ばれた男はネストに諫められるも、不安の表情は隠しきれていない。

「そんなことより今日からこの2人を数日間ウチに泊めるわ。客人として扱いなさい。いいわね?」

 言われて気づいたのかセバスはこちらに視線を向けると、驚きのあまりカッと目を見開いた。

「お……お嬢様がバイス様以外の男を連れてきたぁぁぁぁ! しかも子連れだぁぁぁぁ!」

「セバス!!」

「ほんのジョークです」

 ネストが一喝すると、セバスは何事もなかったかのように真顔へと戻る。

(大丈夫だろうかこの人……)

「九条、紹介するわ。執事のセバスよ。わからないことがあれば彼に聞いて。あと希望があれば使用人を付けるけど……」

「いや、大丈夫です……」

「そう? じゃぁセバス。杖と、あとコレを保管しておいて。大事な物だから杖と同じ場所に」

「かしこまりました。お嬢様」

 ネストが持っていた杖と魔法書を差し出すと、セバスはそれを慎重に受け取った。

「じゃぁ九条、部屋に案内してあげる。ついてきて。カガリも一緒でいいわよ?」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ミアは外へと走って行く。

「カガリー。おいでー」

 外から聞こえてきたのはカガリを呼ぶ声。
 誰もが可愛らしい小型のペットを想像しただろう。
 しかし、玄関からヌルリと入ってきたのは巨大なキツネの魔獣だ。

「ヒッ……」

 メイド達は悲鳴を上げそうになるものの、ぐっと堪えた。
 客人に対し失礼があってはならないのだろう。さすがはプロといったところか。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 そんなメイド達の気概を裏切るような悲鳴を上げ卒倒したのは、他でもないセバス。
 それを放置しネストはさっさと階段を登り始めた。

「えーっと……。ほっといていいんですか?」

「大丈夫。そんなにヤワじゃないから気にしないで」

「はあ……」

 家主がそう言うのであれば、何も言うまい……。


 豪邸という言葉しか出てこないほどの見事な屋敷だ。
 大理石の床に赤い絨毯。正面の上り階段は広く、左右に分かれている階段の中ほどには中年男性の肖像画が飾ってある。

「これはバルザックの肖像画よ。死霊術師ネクロマンサーのね」

 肖像画を見ていた俺に気付いたネストが教えてくれた。
 この人が魔法書の著者か……。
 ネストの父親かと思ったのだが違ったようだ。

「しばらくはここを使ってちょうだい」

 足を止めたネストが目の前の扉を開けると、現れたのは有名ホテルのスイートルームと言われても疑うことは無いだろう豪華な部屋。
 天蓋付きの大きなベッドに煌びやかな調度品の数々は高級感に溢れている。
 ミアは先程から「ほぁー」という感嘆の声しか出していない。

「2人一緒で大丈夫?」

「ええ、全然大丈夫です。むしろ広すぎます……」

「そう。ならよかった。それと何かあったらテーブルのベルを鳴らしなさいな。近くの使用人が来るはずよ」

 ネストが向けた視線の先には丸い大きなテーブルと、それを囲うように4つの椅子。
 テーブルの上には小さな花瓶と水差し、陶器製のカップが4つと、その隣にハンドベルが置いてあった。

「夕飯になったら呼ぶわ。あ……そういえば九条。カガリって何食べるの?」

 村では野菜、肉、果物、与えた物はなんでも食べていた。

「基本食べ物ならなんでも食べると思います」

「そう……。お肉とかでいいかしら?」

 無言で頷くカガリ。

「わかった。じゃぁ、また後でね」

 扉が閉まると、カツカツと高い足音が離れていく。
 改めて見ても広い部屋だ。20畳位はあるだろうか……。
 それ自体は珍しくない。俺の実家の寺も大きいだけの部屋はいくつか存在していた。
 ただ、そこに寝泊まりするとなると話は別で、逆に落ち着かないのも事実。
 大きな窓が3つも付いていて、そこからは街の様子が一望できた。
 窓を開けると、微かに聞こえる街の喧騒。
 松明や魔法の光に照らされて、キラキラと輝く街の様子は幻想的で、夜景としては悪くない。

「おにーちゃん、見て見てー」

 振り返るとミアは大きなベッドの上でバインバインと跳ねていた。

「アハハ……おもしろーい」

 気持ちは痛いほどよくわかる。俺も子供の頃にはよくやった。
 トランポリンのようで楽しいのはわかるのだが、それはここでは許されないのだ!

「あぁぁぁぁぁぁ」

 急いでミアの下へ駆け寄ると、飛び跳ねていたミアを空中でキャッチした。
 偶然にもそれはお姫様抱っこというスタイルだ。
 突然の出来事に驚いたミアは、顔を紅潮させ固まった。

「ど……どうしたの?」

「ミア。ベッドで跳ねるのは良くない……。頼むからやめてくれ……」

「う……うん。わかった……」

 ミアをゆっくりとベッドの上に降し、安堵からの溜息をついた。
 ベッドのスプリングが傷んだから弁償しろなどと言われでもしたら確実に破産である。
 キングサイズだと思われる高級そうなベッド。
 絶対、値が張るに決まっている。

 ミアは火照った体を冷まそうと、テーブルに置いてあった水差しに手を掛けた。
 俺は開けっぱなしになっていた窓を閉め、呼ばれるまではジッとしていようとベッドに腰掛けると、扉から聞こえてきたのはノックの音。

「はーい。どうぞー」

「失礼します」

 しわがれた老人の声。
 扉を開け入ってきたのは、執事であるセバスだ。
 それを気にせず、コクコクと水を飲むミアを横目に咳ばらいを1つ。

「ゴホン……。九条様。単刀直入にお伺いしたい。お嬢様とはどういったご関係で?」

「ブーーー! ゲホッゲホッ……」

 真剣な表情で突拍子もない事を言うもんだから、ミアは盛大に水を吹き出しむせかえってしまった。
 慌ててテーブルに置いてあった布巾でそれを拭き始めるが、セバスはそれに目も暮れず、俺から目を離そうとしない。
 飯の準備が出来たから呼びに来たくらいの認識だったので面食らったが、セバスが冗談を言っているようには見えなかった。

 俺とネストの関係……。言われてみると微妙な関係である。
 冒険者仲間と言えるほど一緒にいる訳ではないし、ただの知り合いで家に泊めるというのもおかしな気がする。
 友人というほどでもないな……。
 そもそも友人というのは、どこからが友人なのだろうか?
 いくら悩めど答えは出ない。
 どう説明すればいいのか……。出会いをいちから説明するのも骨が折れる……。
 秘密――そうだ。これならしっくりくる。

 ミアは湿った布巾をテーブルに戻し、もう1度水を飲もうと口に含んだその時だった。

「秘密を共有する関係です」

「ブーーー!」

 顔をしかめるセバスに、またしても水を吹き出してしまったミア。

「やはりそうでしたか……。しかし九条様。あなたはお嬢様に相応しくない! どうしてもと言うなら元シルバープレート冒険者であるワタクシを倒してからにしてもらいましょう! 旦那様不在の今、家を守るのは執事の務め!」

 どうしてこうなった……。
 セバスはやる気だ。
 真っ直ぐに俺を見据えた瞳。武器は持っていないがその構えは格闘技経験者を彷彿とさせる。
 セバスは何か勘違いをしている。
 まずは誤解を解かなければ。

「いや秘密とは言いましたが、セバスさんの思っているような事ではなくて……」

「問答無用! いざ参る!」

「【呪縛カースバインド】」

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 四方から現れた無数の鎖がセバスを拘束すると、驚くほどの悲鳴を上げる。
 それが聞こえたのだろう。バタバタと複数の足音が近づいて来る。

「どうしたの! 九条!」

 盛大に扉を開けて入ってきたのは、ネストとメイド達であった。


「申し訳ございませんでした―――!」

 セバスはネストに向けて土下座していた。

「謝るのは私の方じゃなくて、九条の方でしょ?」

「申し訳ございませんでした―――!」

 セバスは土下座したまま、向きを変えた。

「まさか魔法書探しをお手伝いしてくださった方とは思わず、つい……」

 つい、で人を攻撃しようとするんじゃない。というか、ネストもちゃんとその辺を説明しておけ……。

「ごめんなさい、九条。許してやって頂戴。悪気があったわけじゃないと思うの」

「いえ。俺の方こそ勘違いさせてしまうようなことを言ったようで申し訳ない……」

 部屋にはカガリもいたのだ。
 下手をすればカガリに襲われるかもしれないというリスクを背負ってまで俺に向かってきたのは、それだけネストの身を案じているからだろう。
 そこは評価してあげてもいいんじゃないだろうか。
 ただちょっと早合点が過ぎるのは難点だと思うが……。

 ミアがベッドで横になっているのは、寝ているわけではない。
 うつ伏せで顔は見えないが、肩のあたりをプルプルと震わせているところを見ると、笑いを堪えているだけだ。
 楽しそうでなによりである。

「そうだ九条。湯あみの準備が出来たからお先にどうぞ。そのあと夕飯にしましょう」

 風呂の場所を教えてくれたネストは、セバスを引きずり、一緒に部屋を出て行った。
 ミアは体を起こすと、涙を拭いベッドに座る。

「あー面白かった」

「ミア……。お前なぁ……」

「おにーちゃんも悪いよ。あんな言い方するんだもん」

「魔法書の事とかダンジョンの事とか、どこまで言っていいのかわからなかったんだよ。仕方ないだろう。ネストとバイスは仲間と言えるが、俺とネストは仲間か? 友達ってほどでもないだろ?」

 ミアは腕を組み、小首をかしげて考え込む。

「うーん……」

「だろ?」

 言われてみればそうかもしれないと、ミアも小さく頷いた。

「まあ、もうその話はよそう。誤解は解けた。そんなことより風呂だ風呂。いくぞミア」

「うん!」

 ベッドからピョンと飛び降りると、当たり前の様に繋がれる手。

「あ……カガリは……。まあ、湯舟につけなきゃ大丈夫か」


 当然、風呂も凄かった。
 めちゃくちゃ広いし、壁についたライオンの口からお湯がドバドバと勢いよく出ている光景は、アニメや漫画の世界でしか見たことのない物である。
 湯舟には何かの赤い花びらが散りばめられ、いい香りがあたりに立ち込めていた。
 貴族スゲーな……。という感想しか出てこない。
 何が楽しいのか、ミアは一生懸命ライオンの口を塞ぎ、お湯を堰き止めようとしていた。
 恐らくその行動に深い意味はないのだろう。

「さて、カガリを洗ってやるか」

「ダメ! 私が洗うの!」

 今やカガリの世話は全てミアの仕事だ。
 俺がやりたくない訳じゃない。ミアが率先してやってくれているのだ。
 と言っても、やることはそう多くない。
 ご飯の用意とお風呂、そしてブラッシングくらいなものだ。
 カガリのことを甲斐甲斐しく世話するミアの姿は、妹の面倒を見るお姉ちゃんのようで、俺はそれを微笑ましく思うと同時に、本当の家族のようにも見えたのである。

 風呂から上がると着替えの代わりにバスローブが置いてあった。
 しかし子供用のサイズがないのか、ミアの所に置いてあった物も大人用でダボダボだ。
 一応は着替えて脱衣所を出ると、メイドの1人が食堂へと案内してくれた。
 歩きづらそうに裾をズルズルと引きずるミアを、ただ見ている訳にもいかずに抱き上げる。

「お姫様抱っこがいい!」

 という謎の注文に辟易としながらも言う通りにしてやると、ミアは満足そうに俺を見上げていた。

 食堂には20人くらい座れそうなデカくて長いテーブル。
 白いテーブルクロスは新品同様で、等間隔に置かれている花瓶と燭台が華やかさを演出していた。
 その片隅に俺、ミア、ネストの3人で座ると、次々に料理が運ばれてくる。
 見た目にも鮮やかでおいしそうな料理ではあるのだが、テーブルマナーを思い出しながら食べていたので、正直味にまで気が回らなかった。
 しかも、食事中ずっとセバスが後ろに立って見ているのだ。
 気になって仕方がないじゃないか。
 カガリに出されていたのは、厚さ10センチ位の極上ステーキ。
 それは最早ブロック肉だ。
 え? それ食うの? と、誰もが思っただろう。
 皆が注目する中、カガリは気まずそうにしながらも、それを全て平らげた。

「九条。明日の午後、ギルドに行くから」

 午前中はギルドが忙しいからだろう。コット村でもそうだった。
 それを聞いてミアの手が止まった。

「ん? どうしたの?」

「いえ……なんでもない……です……」

 何事もなかったかのように食事を続けるミア。
 ネストにミアの事を話しておくべきか迷ったのだが、ネストも深くは聞いてこなかったので、口を噤んだ。
 フィリップが知っていたのだ。ネストが知っていてもおかしくはない。
 ミアが死神と呼ばれていたことを。

 ――冒険者を見殺しにするギルドの死神。

 実際、見殺しにはしていない。
 しかし噂話には尾ひれがつく。そういうものだ。

 食後のミアは落ち込んだ様子であまり元気がなく、カガリもそれを感じたのかミアが眠りにつくまでずっと寄り添っていた。
 俺はミアが眠ったのを確認してから、起こさないようゆっくりとベッドを脱出し、こっそり着替え始めた。

「主?」

「カガリ。俺はちょっと散歩に行ってくる。その間ミアを頼んだぞ」

「わかりました」

 音がしないよう扉をゆっくり開けると、そっと部屋を出て行く。
 屋敷の正面玄関の階段まで来ると、1人のメイドに声をかけた。

「すいません。ちょっと散歩に……、外出したいのですが大丈夫ですか?」

「かまいませんが……。こんな夜更けにですか?」

「ええ」

「では、こちらをお持ちください」

 ポケットから取り出したのは、赤い宝石のついたペンダントのような装飾品。

「こちらはアンカース家の客人としての印になります。何かありましたらコレを見せれば大丈夫ですので」

「ありがとうございます」

 俺はそれを受け取ると、王都の闇へと消えて行った。
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