生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第41話 引退

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 俺はロリコンじゃない!!  と、声を大にして言いたい!
 ……言いたいのだが、それを受け入れた方が都合がいいのも確かだ。
 俺にはミアと離れられない訳がある。
 しかし、それを明かすということは自分が転生者だと公表しているようなもの。
 そうならない為にも、今はロリコンの汚名を被るしかないのである。
 ……可哀想な俺。
 とは言え、今はそんなことで悩んでいる暇はない。

「支部長について悪い噂とかありませんか? 何か取引材料になるような……」

「さすがにそんな話は……」

「時間がない! なんでもいいんです!」


 それから1時間ほどで階段から聞こえてきたのは騒がしい声。
 先程のギルド職員の女性の声だ。

「いいから早く来てくださいよ! 大変なんですから!!」

「大変なのはこっちだ……減俸処分だぞ? そもそもロイドを推そうと言い出したのは本部なのに、なんで私がこんな目に……。はぁ……また女房にどやされる……」

 ようやく顔を見せた支部長のおっさんは、なんというかやつれていた。
 本部でこってり絞られたのだろう。すでに満身創痍で、俯き加減に視線を落とすその様子は、やる気の欠片も感じられない。

「お待たせしました……」

 なんで呼んだんだよと言わんばかりに恨めしい目を俺に向けると、不貞腐れながらもテーブルの前へと立った。
 そこに置いてあったのは鑑定用の水晶に適性辞典。そして、薄紫色にうっすらと輝く1枚のプレート。
 それに気付いた支部長は、カッ! っと目を見開き、プレートを見ては俺の顔を見る……という動作を3度繰り返すと、先程までのやる気の無さがまるで嘘のように活気づいた。

「はじめまして九条様! わたくし当ギルドの支部長を任されているロバートと申します! それで、本日はどういったご用件でしょうかッ!?」

 あまりの豹変ぶりに唖然としつつも、本題はここからである。
 なんとしてもこちらの要望を聞いて貰わなければならない。

「見ての通り俺はプラチナのようなんだが、コット村で登録してほしい」

「えぇぇ……」

 一瞬にして困った様子。
 なんとか表面上は笑顔を保ってはいるが、目元がピクピクと痙攣している。
 ネストとバイスはロバートの顔色がコロコロと変わるのを見て、笑いを堪えていた。
 無理を言っているのは、百も承知である。

「申し訳ありませんが、それは出来かねます……」

 マニュアルではそうなのだろう。
 さっきも職員の女性から同じことを聞かされた。

「プラチナはスタッグの"専属"って事になるんですよね?」

「はい。左様でございます。この国の何処の都市で登録されても、本部のある王都にホームを移していただく必要がございます」

 ホームとは"流れ"の冒険者が拠点にしている場所のことを指す。
 連絡先として宿泊先の申請をすることで、緊急の依頼など優先的に声がかかるようになるのだ。
 必須ではないが、緊急依頼の報酬は比較的高額である為、短期滞在でない限り申請を出す冒険者は多い。

「じゃぁ、ミアをここのギルドに異動させてくれ」

「ええぇ……」

「ぷぷっ……」

 なんとか笑いを堪えている2人はその声を抑えきれておらず、それを知ってか知らずか、ロバートは渋い表情を隠そうともしない。
 傍から見ればクレーマーだ。きっと面倒臭い客が来たと思っていることだろう。
 ネストとバイスには強気でいけと言われていた。

 この世界で現在プラチナプレートとして登録されている冒険者の数は12人。
 その内、この国に在籍しているのは僅か2人だけ。
 そこに3人目として現れたのが俺である。
 プラチナプレート冒険者の存在は、国力にもかかわってくる重要な問題だ。
 別の国で登録されでもしたら、スタッグギルドとしては大損害。
 その責任問題はロバートにも及ぶだろう。
 プラチナプレートの冒険者には、それだけの価値があると断言したのだ。

「申し訳ありませんが、それも出来かねます……」

「何故です?」

「職員の異動は人事部が管理しておりまして、すぐに異動という訳には……」

「じゃぁ、出来る限り最短で異動させればいい」

「い……一応確認しますが、異動させたとしてもプラチナの担当職員はゴールド以上と決まってますので……」

「じゃぁ、ミアをゴールドにすればいいじゃないですか」

「ええぇぇ……」

「ぶはっ……」

 ネストはギリギリ耐えていたが、バイスはついに吹き出してしまった。
 自分の膝をバシバシと叩きながらゲラゲラと笑う。
 支部長は笑い転げているバイスの方を見ようとはしないが、頭に血管が浮き出そうなほどには憤慨しているに違いなかった。

「も……申し訳ございません九条様。こちらにも規則というものがございます。九条様以外のプラチナの方は同じ待遇でございますので、九条様だけ特別扱いする訳には……」

「……はぁ、そうですか。じゃぁ仕方ないですね。無理を言ってすいませんでした」

 大きなため息をついて、説得を諦める素振りを見せる。
 それを聞いたロバートと職員の女性もホッと安堵したようで、ようやく折れてくれたと胸を撫で下ろした。
 しかし、それに異を唱えたのは他でもない、ミアである。

「やだ! 私はおにーちゃんと一緒がいい! ずっと一緒だって言ってくれたのに!!」

 ミアは俺に抱き着き、服の裾を力強く握りしめた。
 瞳にはうっすらと浮かぶ涙。その姿に心を揺さぶられぬ者などいないだろう。

「ロバートさんにご家族は?」

「……妻と8歳の娘がおりますが……それが何か?」

「ロバートさんは娘さんとの約束を破ったことがありますか?」

 その言葉にロバートは酷く動揺を見せた。

「おにーちゃん行っちゃヤダ! おにーちゃんと一緒にいたいよ!」

 ぐずるミアを見て、ロバートはハッとした。
 その姿が娘とダブって見え、目頭が熱くなってしまったのだ。

「くぅッ……」

 バイスもネストも、それには俯くほかなかった。
 それは、ミアの悲痛な叫びに心を打たれたように見えただろう。
 しかし、実際はその逆。
 先程と同様、笑いを堪えているだけである。
 それというのも、これは演技であり台本通りだからだ。

 ――これは、バイスが飲み屋で聞いた話。

 ある日、ギルドに緊急の案件が飛び込んできた。
 それにより、ロバートは急遽出勤せざるを得なくなってしまったのだ。
 しかし、その日は娘の5歳の誕生日。
 『パパ! 今日は私の誕生日だよ!? 一緒にいるって約束したのに! パパの嘘つき!!』
 妻が娘をなだめ、それでも泣きわめく娘を背に、ロバートはギルドへと出社した。
 その後、しばらく娘は口を利いてくれなくなったらしい。

 それを毎度、武勇伝のように語るロバート。
 ギルド職員達は酒の席で耳にタコができるほど聞かされているらしく、バイスはそれを飲み屋のオーナーから聞いていた。
 それを上手く使えないかと考えた結果が、これである。
 その精神攻撃たるや凄まじい威力を見せていた。
 それ故、バイスとネストは笑いを堪えながらも、若干引いていたのだ。
 しかし、ロバートは折れなかった。
 プロ根性といってもいいだろう。

「くっ……。確かに約束を守れず娘を泣かせてしまった事はあります……。しかしそれとこれとは話は別! ご理解いただきたいッ!!」

 頑なに譲らない。
 それは、ロバートの目を見れば一目瞭然と言わんばかりの信念が込められていた。

「はぁ、これでもダメなら諦めるしかないか……」

「……え? おにーちゃん? 嘘……嘘だよね?」

 ミアの表情に不安と焦りの色が混じる。これは演技ではなく本心だ。
 それを好機と見たロバートは、気の変わらない内にとっとと登録作業をしてしまおうと、用意した書類の束をテーブルの上に広げた。

「では、九条様。こちらの規約をお読みになり……」

「いや、必要ない」

「……は?」

「俺は、冒険者を辞めることにした」

 皆が絶句した。その意味を理解するのに時間を要したのだ。
 ギルド側が譲歩するか、俺がギルドの条件を呑むかの2択だと思っていたのだろうが、出した答えは第3の選択肢。

 冒険者を辞め、自由に生きるということ――

 ミアはギルドとの契約で、辞めることが出来ない。
 それが孤児を雇い入れることの条件だと聞いている。
 ミアが俺に合わせられないのならば、俺がミアに合わせればいいだけのこと。
 最終手段だが、冒険者に未練はない。
 カネを稼ぐだけなら、冒険者じゃなくてもいい。
 顔を上げて呆気に取られているミアを、笑顔で抱きかかえる。

「よし、用事は終わりだ。帰るぞミア」

「ちょっと待って! 本気なの九条!?」

「ええ」

「プラチナだぞ!? 毎月金貨50枚だぞ? 本当にいいのか!?」

「別にカネがほしくて冒険者をやっている訳じゃないので……」

 この世界に投げ出された時は無一文だった。
 生活の為にもお金が必要だったが、それだけだ。
 元の世界では、新しいパソコンやスマホ。欲を言えば車など欲しい物はいくらでもあったが、今は違う。
 車の代わりに馬でも買えと? バカを言うな。車よりも維持費がかかり、毎日世話をしなければならない。
 面倒臭いうえに時間まで取られる。
 現代を生きてきた俺にとって、この世界で欲しい物など何もない。
 冒険者は自由な職業だと言われているようだが、これの何処が自由なのか……。
 今の所持金は金貨150枚程度だが、これだけあればしばらくは暮らしていける。
 金がなくなればダンジョンに住めばいい。
 必要なのは食費だけ。電気代もガス代もいらない。
 冒険者を辞めても何の心配もないのだ。
 首に掛けていたカッパープレートを外すと、テーブルの上にそっと置いた。
 元々は俺のプレートではないようだが、仮とはいえしばらくは身につけていた物だ。
 そう思うと少しだけ感慨深い。

「では失礼します。バイスさん、ネストさん。短い間でしたが、ありがとうございました」

「九条……」

 丁寧に頭を下げる。
 短いながらも世話にはなった。そこに感情はなく機械的な挨拶であったが、礼儀は大事だ。
 重苦しくなってしまった雰囲気は、冗談を言っているようには見えないはず。

「九条。ひとまず落ち着け。……そうだ。この後の飲み会だけでも来いよ!」

「いえ、もうギルドとは何の関係もないので、遠慮させていただきます」

 覚悟を決めたのだ。
 引き留められても、それに応じるつもりはない。

「あ、そうでした。カガリのプレートは街を出る時に門兵の方に渡しておきます。今返してしまうと、街中で騒ぎになるかもしれませんので」

 最後に軽く一礼してミアの手を取ると、振り返ることなく階段を降りて行く。

「おにーちゃん……。本当にいいの?」

「ああ」

 今日は一晩だけ宿を取ろう。
 カガリも一緒に泊れる所となると、すぐには見つからないかもしれないが、王都であればどこかしらにあるだろう。
 空いた時間でコット村までの乗合馬車を探し、明日帰路につけばいい。
 階段を降りこれからの予定を考えながらも、ギルドの扉に手を掛けた。

「お待ちください。九条様!」

 ギルド中に響き渡るほどの大声。
 誰もがそこに視線を吸われ、それは俺自身も例外ではなかった。

「まだ、何か用が?」

 汗だくで立っていたのはロバートだ。
 3階から1階まで駆け降りたのだろうが、それだけでその有様であるのならば、もう少しダイエットした方がいい。

「2週間……。いや、1週間だけ待っていただけないでしょうか! 私の一存では決めかねます。本部から出来るだけ譲歩を引き出して見せますので、少しだけ! 少しだけお待ちいただきたい!」

 視線を落とし、カガリに視線を向けた。

「主。嘘ではありません」

 静まり返るギルド内。
 辺りを見渡すと、全員が俺の返事を固唾を呑んで見守っていたのだ。

「はぁ。ミアが担当ならカネも家もいりません。俺が言いたいのはそれだけです」

「お任せください!」

 ロバートは力強く言い切ると、手に持っていたプラチナプレートを差し出した。
 若干の戸惑いはあったものの、それを受け取りポケットへと仕舞う。
 ロバートの心境の変化はわからない。
 俺を説得するより本部を説得した方が良いと判断したのか、それともただの時間稼ぎか……。
 その真意は定かではないが、ロバートの熱意に負けた俺は、1週間だけ待つことにしたのだ。
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