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第85話 立つ鳥跡を濁さず
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落雷で雨が蒸発し、辺りは霞がかっていた。
それが徐々に晴れると、そこには盾に寄りかかり膝を突くバイスと、地面に横たわるコクセイの姿。
直撃の瞬間、コクセイは空へと高く飛び上がり避雷針となった。おかげでバイスは一命を取り留めたが、コクセイは瀕死の重症を負っていたのだ。
「バイス! コクセイ!」
コクセイはピクリとも動かない。口を開け、力なく垂れる長い舌。一刻の猶予もないのは明らかだ。ミアはカガリと共にコクセイの下へと走る。
「【樹根束縛】!」
「【氷結束縛】!」
パーティを立て直すためには、金の鬣の動きを止めなければならない。
ケシュアとネストは束縛の魔法を唱えると、地面から生えた複数の根が金の鬣に絡み付き、更にその足元を氷が覆う。
「白狐! コクセイの所へ!」
白狐はネストを、それに続きワダツミもケシュアを乗せ、コクセイの下へと駆ける。
「【強化回復術】!」
「【新緑の伊吹】!」
ミアはコクセイを、ケシュアはバイスに。
新緑の伊吹は神聖術の回復術ほどの回復効果は見込めない。何もしないよりはマシだが、辺りの森が焼かれている状態では、その効果も著しく落ちていた。
霧が完全に晴れると、見えてきたのはその場に縛られ身動きの取れない金の鬣。藻掻き脱出を試みるも、呪いの所為で本来の力を出せてはおらず、足止めは出来ているかに思われた。
大粒の雨が降り続ける中、金の鬣の口角が少し上がったように見えた。
そして鬣が輝き始めると、バチバチと帯電を始める。
「嘘でしょ!? 早すぎる!」
あれだけの大技だ。連射は出来ないと思っていた。しかし、それはただの推測であり、希望的観測に過ぎない。
立て直す時間さえ与えてはくれず、動けるのはネストだけ。
「ガァァァァァ!」
「【魔力障壁】!」
金の鬣が天に吼え、稲光で目の前が真っ白になると雷鳴が轟く。
ギリギリだった。今の1撃でネストの魔力は完全に底を付き、作り出した魔法障壁は一瞬にして砕け散った。
それが終わると同時に、ワダツミと白狐が金の鬣に立ち向かう。
次を撃たせれば全滅は必至。攻撃は最大の防御だ。時間を稼ぎ、その間に立て直せれば、まだ望みはある。
動けない金の鬣に怒涛の攻撃を浴びせ続けるも、決定打にはほど遠い。
3つの頭に6つの目。死角という死角がなく、動けない相手でも隙が無い。
「"狐火"」
「ガァァァァァァ!」
「――ッ!?」
再度、白狐の狐火が金の鬣の全体を覆うも、咆哮により発生した衝撃波で、その炎は一瞬にして霧散した。
そして、3度始まる鬣への帯電。
藁にもすがる想いでバイス達に視線を移す白狐であったが、そんな短時間で立て直せているはずがなかった。
(こうなったらミア殿だけでも……)
ワダツミと白狐はミアの下へと駆けた。その様子からコクセイの治療はまだ完了していない。
カガリは苦悩した。ミアを優先するべきだが、ここでミアを無理やり連れて行けばコクセイはもう目を開けることはないだろう。
2人を同時に救う方法を模索するも、コクセイを背負って逃げる時間はどこにもない。
――――そしてカガリは覚悟を決めた。
必死にコクセイの回復をし続けていたミアを、撫でるように優しく頬ずりをした。
「カガリ?」
カガリの返事はなく、その視線の先は遥か彼方。そしてカガリはミアの元を離れると、勢いよく城壁へと駆け上がり、暗雲立ち込める天を見据えた。
(元はと言えば、私は主とミアのおかげで助かったのだ。その者達の為に死ねるのならば本望。……悔いはない……)
コクセイに続くのだ。遥か上空でこの身に落雷を受ければ、他の者達へのダメージは最小限に抑えられるはずである。
ミアの目がこれでもかと見開いた。カガリのやろうとしていることを悟ったのだ。先程の頬ずりは、言葉の通じぬカガリなりの別れの挨拶なのだと気付いてしまった。
「やだ……。ダメ……ダメだよカガリ! 止めて!!」
カガリを止める為、必死に叫ぶミア。今すぐカガリを連れ戻したいが、この手を止めるわけにはいかない。
もちろんカガリにもその悲痛な訴えは聞こえていたが、すでに覚悟は終えていた。
(ミアよ、泣くな。その涙は私の為には勿体ない……)
そんな想いを胸に、カガリは渾身の力を込めて城壁から飛び立った。
「ガァァァァァァァァァァ!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
空が輝き、鳴り響く悲鳴と雷鳴。金の鬣が発生させた雷がカガリを直撃し、その体は力なく落下する。
そしてカガリは空中でくるりと回転し、綺麗に地面へと着地した。
「……カガリ?」
雷に打たれたと思われたカガリであったが、その身体には火傷1つ見られなかった。
カガリが飛んだ瞬間、あさっての方向から飛来した何かがカガリの更に上を飛び、代わりの避雷針となったのだ。
着地後も天を見上げているカガリ。その避雷針が落下すると、地面に深く突き刺さる。
それは如何にも禍々しい意匠の黒き槍。通常の槍と比べると段違いに大きく長い。
皆がそれに目を奪われ、金の鬣も例外ではなかった。
その隙を見せたほんの一瞬。金の鬣の悲鳴にも似た咆哮が、辺りに響き渡ったのだ。
「グァァァァァ!」
バタバタと地面を暴れ回る何か。それは金の鬣の尾だ。無残にも本体から切り落とされた蛇は、悶え苦しみ地面を這いずり回っていた。
皆、何が起きているのかわからなかった。金の鬣の巨体で、後ろの様子は確認できない。
次の瞬間、龍の首がドスンと地面に落ちたのだ。飛び跳ねる泥水に響き渡る咆哮。
その切り口から上がる血飛沫が、辺りを赤く染め上げる。
「グギャァァァァァァ!」
苦痛に喘ぐ金の鬣の上から、それは姿を現した。
目の前に降り立ったのは、大きな黒馬に跨る漆黒の騎士。片手に握られていた暗黒の剣は禍々しく異彩を放ち、金の鬣のものであろう血液が、降り注ぐ雨と混ざり合い、滴っていた。
そして何より――その騎士は首がなかったのだ。
「「デュラハン!?」」
「嘘……。なんで……」
誰も見たことがないはずなのに、このアンデッドの名は世界に広く知れ渡っていた。
それは、今も語り継がれている伝承の中に出て来る存在であったからだ。
2000年前、魔王の時代。人間族、エルフ族、獣人族、その他種族達が連合を組み、一丸となって魔王を滅せんとしていた時、唯一力を貸さなかった人間の国があった。
その国の王は武の力でのし上がり、周りからは武王と呼ばれるほどの猛者。それは僅か1代で築き上げた軍事強国であった。もちろん魔王でさえも自分達の力だけで倒せると自負していたのだ。……しかし結果は惨敗。魔王は武王の首を人質に取り、武王は呪われた首なしの騎士、デュラハンとなった。
そして魔王に与する者として世界中で酷く恐れられたのである。
そんな呪われた騎士が目の前にいるのだ。金の鬣にデュラハン。勝てるわけがないと生きるのを諦め、脱力したケシュアはペタリと地面に座り込んだ。
だが、それはケシュアだけ。驚きはしたものの、他の者はそれが誰の仕業なのかをすぐに理解したのだ。
デュラハンが、アンデッドと呼ばれる魔物であったからである。
「ガァァ!」
金の鬣が拘束を解こうと必死に藻掻き、足元を覆っていた氷に亀裂が走る。
だが、それは無駄な努力に終わった。
「【呪縛】」
その声は金の鬣の後ろから聞こえた。
いくつもの小さな魔法陣が地面に描かれると、そこから暗黒の鎖が召喚され、金の鬣を押さえ込む。
デュラハンはゆっくりと黒馬を進め、地面に突き刺さっていた暗黒の槍を引き抜くと、それを金の鬣へと投げつけた。
降りしきる雨を弾き飛ばしながら一直線に飛翔する槍は、その右目に深く突き刺さる。
「グギャァァァァァァァァァ!」
もう光を感じることさえ許されない金の鬣は、その所為か暴れるのを止め、あり得ぬほどに大人しくなった。
雨音がうっとおしく感じるほどの静寂。それは大人しくなったのではなく、観念したのだ。
デュラハンは金の鬣へと近づき、その太い暗黒の大剣を片手で軽々振り上げると、勢いよく振り下ろした。
残像を残すほどの速度で振り抜かれたそれは、地面に一筋の亀裂を残す。
一呼吸おいて落ちたのは金の鬣の首。続いてその巨体も力なく倒れ込んだ。
それを見届けたデュラハンは、何事もなかったかのように森へ向かって歩き出す。その先にいたのは――九条だ。
訳の分からないケシュアは、次の獲物は九条なのだという考えが頭を過った。仲間なのだ。守らなければならないのだが、体が動かなかった。
デュラハンなんて伝説に近い魔物相手に、一体何が出来るのか……。
そして、デュラハンは九条の目の前で足を止めた。
(ダメだ……やられる!)
ケシュアは顔を逸らし、両目を力強く瞑った。例え数日の付き合いでも仲間が殺される瞬間は見たくなかった。
どれくらいの時間が経っただろうか……。降りしきる雨音と共に足音が近づいて来るのがわかった……。
(次は私か……)
覚悟を決め恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは九条だった。こちらに手を伸ばし、心配そうな表情を浮かべていたのだ。
「ケシュアさん、大丈夫ですか? 立てますか?」
辺りに視線を泳がせるもデュラハンの姿は何処にもなく、あるのは巨大な魔獣の骸だけ。
「……ええ、ありがとう九条」
ツンと鼻を突くアンモニア臭。デュラハンを前に、ケシュアがどれだけの恐怖を覚えたのかは想像に難くない。
九条は色味の違う水たまりに目を瞑り、ケシュアは強がりながらもゆっくりと立ち上がる。
雨は次第に勢いを弱め、そして止んだ。雲の隙間から降り注ぐ太陽の光が、勝利を祝ってくれているかのようであった。
「おにーちゃん……コクセイが……コクセイが……」
泣きながら訴えるミアに駆け寄る九条だが、コクセイの状態は芳しくない。
ミアの回復でなんとか繋ぎ止めているといった状態であり、非常にマズイ……。
「すまん九条。俺の所為だ……」
「いや、バイスさんの所為では……」
「【新緑の伊吹】!」
周りの樹木は焼かれ、樹術の効果は限りなく薄かったが、ケシュアもコクセイの回復に着手した。
それをただ見ていることしか出来ず、九条は自分の無力感に打ちひしがれる。
「何とかして助けてあげられないの? 魔獣使いなんでしょ?」
「わかってる! 魔獣使いだからってなんでも出来る訳じゃ……。いや、待て……ミア! ちょっとすまん!」
九条は思い出したかのようにミアのポケットに手を入れる。
「え? ちょっと? おにーちゃん?」
こんな時に何をふざけているのかと思っただろう。しかし、九条の表情は至って真面目だ。
そしてミアのポケットから1本の小さなナイフを探し出すと、九条はそれで自分の手首を切ったのだ。
「ちょ……ちょっと九条!?」
その行動に皆驚きを隠せなかったが、ミアだけがその意味を知っていた。
ダラダラと流れ出る血をコクセイの口元へと運ぶ九条。
「コクセイ! 聞こえるか!? お前は以前俺に忠誠を誓ったと言ったな!? それに嘘偽りないなら俺の血を飲め! そして俺と契約しろ!」
コクセイの喉がほんの少し動いたように見えた。その瞬間コクセイの身体が眩しく光りだしたのだ。
目が開けていられないほどの光。その光が徐々に収まると、そこには見違えたコクセイがいた。
ゆっくりと目を開け、起き上がるコクセイ。
更に一回り大きくなった身体。首回りは鬣のように盛り上がり、毛の色も変化していた。体の下半分は白く、上半分が黒をベースに黄色を混ぜたような体毛だ。
尻尾も以前より太く、もっさりとした印象を受ける。
九条はカガリとした契約を思い出したのだ。契約に魔物を進化させる力があるなら或いはと考えたが、どうやらそれは間違ってはいなかった。
コクセイの変化にも驚きはしたものの、それよりも助かったのだという安堵の方が大きく、沈んでいたみんなの顔にも笑顔が戻る。
「これが九条殿の魔力か……。ありがとう九条殿……。これからは……主と呼んだ方がよいか?」
「いや、今まで通りでかまわない。例え契約したとしても、俺はお前を縛ったりはしない」
九条がコクセイをなでようとした時、ミアが泣きながらコクセイに抱き着いた。
「うわーん、コクセイごめんね……。私の魔力がもっとあれば……」
コクセイのミアを見るその瞳はやさしさに溢れていた。
「九条殿、ミア殿に言ってくれるか? ありがとうと」
「ああ」
ミアにコクセイの言葉を伝えると。泣きじゃくりながら何度も頷いていた。
早く手首を治して欲しかった九条ではあったが、空気を読んで暫くは我慢しようと心に決め、その後ろでは白狐とワダツミがそれを必死に舐めとるも、残念ながら何の変化も起こらなかった。
街の南門が大きな音を立てて開くと、中から多数のギルド職員が駆け寄ってきた。
怒号が飛び交い、魔法による治療が始まったのだ。もちろん従魔達にも等しく平等にだ。
すでに皆はそれを恐れてはいなかった。当たり前だ。彼らは街を救った英雄なのだから。
それが徐々に晴れると、そこには盾に寄りかかり膝を突くバイスと、地面に横たわるコクセイの姿。
直撃の瞬間、コクセイは空へと高く飛び上がり避雷針となった。おかげでバイスは一命を取り留めたが、コクセイは瀕死の重症を負っていたのだ。
「バイス! コクセイ!」
コクセイはピクリとも動かない。口を開け、力なく垂れる長い舌。一刻の猶予もないのは明らかだ。ミアはカガリと共にコクセイの下へと走る。
「【樹根束縛】!」
「【氷結束縛】!」
パーティを立て直すためには、金の鬣の動きを止めなければならない。
ケシュアとネストは束縛の魔法を唱えると、地面から生えた複数の根が金の鬣に絡み付き、更にその足元を氷が覆う。
「白狐! コクセイの所へ!」
白狐はネストを、それに続きワダツミもケシュアを乗せ、コクセイの下へと駆ける。
「【強化回復術】!」
「【新緑の伊吹】!」
ミアはコクセイを、ケシュアはバイスに。
新緑の伊吹は神聖術の回復術ほどの回復効果は見込めない。何もしないよりはマシだが、辺りの森が焼かれている状態では、その効果も著しく落ちていた。
霧が完全に晴れると、見えてきたのはその場に縛られ身動きの取れない金の鬣。藻掻き脱出を試みるも、呪いの所為で本来の力を出せてはおらず、足止めは出来ているかに思われた。
大粒の雨が降り続ける中、金の鬣の口角が少し上がったように見えた。
そして鬣が輝き始めると、バチバチと帯電を始める。
「嘘でしょ!? 早すぎる!」
あれだけの大技だ。連射は出来ないと思っていた。しかし、それはただの推測であり、希望的観測に過ぎない。
立て直す時間さえ与えてはくれず、動けるのはネストだけ。
「ガァァァァァ!」
「【魔力障壁】!」
金の鬣が天に吼え、稲光で目の前が真っ白になると雷鳴が轟く。
ギリギリだった。今の1撃でネストの魔力は完全に底を付き、作り出した魔法障壁は一瞬にして砕け散った。
それが終わると同時に、ワダツミと白狐が金の鬣に立ち向かう。
次を撃たせれば全滅は必至。攻撃は最大の防御だ。時間を稼ぎ、その間に立て直せれば、まだ望みはある。
動けない金の鬣に怒涛の攻撃を浴びせ続けるも、決定打にはほど遠い。
3つの頭に6つの目。死角という死角がなく、動けない相手でも隙が無い。
「"狐火"」
「ガァァァァァァ!」
「――ッ!?」
再度、白狐の狐火が金の鬣の全体を覆うも、咆哮により発生した衝撃波で、その炎は一瞬にして霧散した。
そして、3度始まる鬣への帯電。
藁にもすがる想いでバイス達に視線を移す白狐であったが、そんな短時間で立て直せているはずがなかった。
(こうなったらミア殿だけでも……)
ワダツミと白狐はミアの下へと駆けた。その様子からコクセイの治療はまだ完了していない。
カガリは苦悩した。ミアを優先するべきだが、ここでミアを無理やり連れて行けばコクセイはもう目を開けることはないだろう。
2人を同時に救う方法を模索するも、コクセイを背負って逃げる時間はどこにもない。
――――そしてカガリは覚悟を決めた。
必死にコクセイの回復をし続けていたミアを、撫でるように優しく頬ずりをした。
「カガリ?」
カガリの返事はなく、その視線の先は遥か彼方。そしてカガリはミアの元を離れると、勢いよく城壁へと駆け上がり、暗雲立ち込める天を見据えた。
(元はと言えば、私は主とミアのおかげで助かったのだ。その者達の為に死ねるのならば本望。……悔いはない……)
コクセイに続くのだ。遥か上空でこの身に落雷を受ければ、他の者達へのダメージは最小限に抑えられるはずである。
ミアの目がこれでもかと見開いた。カガリのやろうとしていることを悟ったのだ。先程の頬ずりは、言葉の通じぬカガリなりの別れの挨拶なのだと気付いてしまった。
「やだ……。ダメ……ダメだよカガリ! 止めて!!」
カガリを止める為、必死に叫ぶミア。今すぐカガリを連れ戻したいが、この手を止めるわけにはいかない。
もちろんカガリにもその悲痛な訴えは聞こえていたが、すでに覚悟は終えていた。
(ミアよ、泣くな。その涙は私の為には勿体ない……)
そんな想いを胸に、カガリは渾身の力を込めて城壁から飛び立った。
「ガァァァァァァァァァァ!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
空が輝き、鳴り響く悲鳴と雷鳴。金の鬣が発生させた雷がカガリを直撃し、その体は力なく落下する。
そしてカガリは空中でくるりと回転し、綺麗に地面へと着地した。
「……カガリ?」
雷に打たれたと思われたカガリであったが、その身体には火傷1つ見られなかった。
カガリが飛んだ瞬間、あさっての方向から飛来した何かがカガリの更に上を飛び、代わりの避雷針となったのだ。
着地後も天を見上げているカガリ。その避雷針が落下すると、地面に深く突き刺さる。
それは如何にも禍々しい意匠の黒き槍。通常の槍と比べると段違いに大きく長い。
皆がそれに目を奪われ、金の鬣も例外ではなかった。
その隙を見せたほんの一瞬。金の鬣の悲鳴にも似た咆哮が、辺りに響き渡ったのだ。
「グァァァァァ!」
バタバタと地面を暴れ回る何か。それは金の鬣の尾だ。無残にも本体から切り落とされた蛇は、悶え苦しみ地面を這いずり回っていた。
皆、何が起きているのかわからなかった。金の鬣の巨体で、後ろの様子は確認できない。
次の瞬間、龍の首がドスンと地面に落ちたのだ。飛び跳ねる泥水に響き渡る咆哮。
その切り口から上がる血飛沫が、辺りを赤く染め上げる。
「グギャァァァァァァ!」
苦痛に喘ぐ金の鬣の上から、それは姿を現した。
目の前に降り立ったのは、大きな黒馬に跨る漆黒の騎士。片手に握られていた暗黒の剣は禍々しく異彩を放ち、金の鬣のものであろう血液が、降り注ぐ雨と混ざり合い、滴っていた。
そして何より――その騎士は首がなかったのだ。
「「デュラハン!?」」
「嘘……。なんで……」
誰も見たことがないはずなのに、このアンデッドの名は世界に広く知れ渡っていた。
それは、今も語り継がれている伝承の中に出て来る存在であったからだ。
2000年前、魔王の時代。人間族、エルフ族、獣人族、その他種族達が連合を組み、一丸となって魔王を滅せんとしていた時、唯一力を貸さなかった人間の国があった。
その国の王は武の力でのし上がり、周りからは武王と呼ばれるほどの猛者。それは僅か1代で築き上げた軍事強国であった。もちろん魔王でさえも自分達の力だけで倒せると自負していたのだ。……しかし結果は惨敗。魔王は武王の首を人質に取り、武王は呪われた首なしの騎士、デュラハンとなった。
そして魔王に与する者として世界中で酷く恐れられたのである。
そんな呪われた騎士が目の前にいるのだ。金の鬣にデュラハン。勝てるわけがないと生きるのを諦め、脱力したケシュアはペタリと地面に座り込んだ。
だが、それはケシュアだけ。驚きはしたものの、他の者はそれが誰の仕業なのかをすぐに理解したのだ。
デュラハンが、アンデッドと呼ばれる魔物であったからである。
「ガァァ!」
金の鬣が拘束を解こうと必死に藻掻き、足元を覆っていた氷に亀裂が走る。
だが、それは無駄な努力に終わった。
「【呪縛】」
その声は金の鬣の後ろから聞こえた。
いくつもの小さな魔法陣が地面に描かれると、そこから暗黒の鎖が召喚され、金の鬣を押さえ込む。
デュラハンはゆっくりと黒馬を進め、地面に突き刺さっていた暗黒の槍を引き抜くと、それを金の鬣へと投げつけた。
降りしきる雨を弾き飛ばしながら一直線に飛翔する槍は、その右目に深く突き刺さる。
「グギャァァァァァァァァァ!」
もう光を感じることさえ許されない金の鬣は、その所為か暴れるのを止め、あり得ぬほどに大人しくなった。
雨音がうっとおしく感じるほどの静寂。それは大人しくなったのではなく、観念したのだ。
デュラハンは金の鬣へと近づき、その太い暗黒の大剣を片手で軽々振り上げると、勢いよく振り下ろした。
残像を残すほどの速度で振り抜かれたそれは、地面に一筋の亀裂を残す。
一呼吸おいて落ちたのは金の鬣の首。続いてその巨体も力なく倒れ込んだ。
それを見届けたデュラハンは、何事もなかったかのように森へ向かって歩き出す。その先にいたのは――九条だ。
訳の分からないケシュアは、次の獲物は九条なのだという考えが頭を過った。仲間なのだ。守らなければならないのだが、体が動かなかった。
デュラハンなんて伝説に近い魔物相手に、一体何が出来るのか……。
そして、デュラハンは九条の目の前で足を止めた。
(ダメだ……やられる!)
ケシュアは顔を逸らし、両目を力強く瞑った。例え数日の付き合いでも仲間が殺される瞬間は見たくなかった。
どれくらいの時間が経っただろうか……。降りしきる雨音と共に足音が近づいて来るのがわかった……。
(次は私か……)
覚悟を決め恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは九条だった。こちらに手を伸ばし、心配そうな表情を浮かべていたのだ。
「ケシュアさん、大丈夫ですか? 立てますか?」
辺りに視線を泳がせるもデュラハンの姿は何処にもなく、あるのは巨大な魔獣の骸だけ。
「……ええ、ありがとう九条」
ツンと鼻を突くアンモニア臭。デュラハンを前に、ケシュアがどれだけの恐怖を覚えたのかは想像に難くない。
九条は色味の違う水たまりに目を瞑り、ケシュアは強がりながらもゆっくりと立ち上がる。
雨は次第に勢いを弱め、そして止んだ。雲の隙間から降り注ぐ太陽の光が、勝利を祝ってくれているかのようであった。
「おにーちゃん……コクセイが……コクセイが……」
泣きながら訴えるミアに駆け寄る九条だが、コクセイの状態は芳しくない。
ミアの回復でなんとか繋ぎ止めているといった状態であり、非常にマズイ……。
「すまん九条。俺の所為だ……」
「いや、バイスさんの所為では……」
「【新緑の伊吹】!」
周りの樹木は焼かれ、樹術の効果は限りなく薄かったが、ケシュアもコクセイの回復に着手した。
それをただ見ていることしか出来ず、九条は自分の無力感に打ちひしがれる。
「何とかして助けてあげられないの? 魔獣使いなんでしょ?」
「わかってる! 魔獣使いだからってなんでも出来る訳じゃ……。いや、待て……ミア! ちょっとすまん!」
九条は思い出したかのようにミアのポケットに手を入れる。
「え? ちょっと? おにーちゃん?」
こんな時に何をふざけているのかと思っただろう。しかし、九条の表情は至って真面目だ。
そしてミアのポケットから1本の小さなナイフを探し出すと、九条はそれで自分の手首を切ったのだ。
「ちょ……ちょっと九条!?」
その行動に皆驚きを隠せなかったが、ミアだけがその意味を知っていた。
ダラダラと流れ出る血をコクセイの口元へと運ぶ九条。
「コクセイ! 聞こえるか!? お前は以前俺に忠誠を誓ったと言ったな!? それに嘘偽りないなら俺の血を飲め! そして俺と契約しろ!」
コクセイの喉がほんの少し動いたように見えた。その瞬間コクセイの身体が眩しく光りだしたのだ。
目が開けていられないほどの光。その光が徐々に収まると、そこには見違えたコクセイがいた。
ゆっくりと目を開け、起き上がるコクセイ。
更に一回り大きくなった身体。首回りは鬣のように盛り上がり、毛の色も変化していた。体の下半分は白く、上半分が黒をベースに黄色を混ぜたような体毛だ。
尻尾も以前より太く、もっさりとした印象を受ける。
九条はカガリとした契約を思い出したのだ。契約に魔物を進化させる力があるなら或いはと考えたが、どうやらそれは間違ってはいなかった。
コクセイの変化にも驚きはしたものの、それよりも助かったのだという安堵の方が大きく、沈んでいたみんなの顔にも笑顔が戻る。
「これが九条殿の魔力か……。ありがとう九条殿……。これからは……主と呼んだ方がよいか?」
「いや、今まで通りでかまわない。例え契約したとしても、俺はお前を縛ったりはしない」
九条がコクセイをなでようとした時、ミアが泣きながらコクセイに抱き着いた。
「うわーん、コクセイごめんね……。私の魔力がもっとあれば……」
コクセイのミアを見るその瞳はやさしさに溢れていた。
「九条殿、ミア殿に言ってくれるか? ありがとうと」
「ああ」
ミアにコクセイの言葉を伝えると。泣きじゃくりながら何度も頷いていた。
早く手首を治して欲しかった九条ではあったが、空気を読んで暫くは我慢しようと心に決め、その後ろでは白狐とワダツミがそれを必死に舐めとるも、残念ながら何の変化も起こらなかった。
街の南門が大きな音を立てて開くと、中から多数のギルド職員が駆け寄ってきた。
怒号が飛び交い、魔法による治療が始まったのだ。もちろん従魔達にも等しく平等にだ。
すでに皆はそれを恐れてはいなかった。当たり前だ。彼らは街を救った英雄なのだから。
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異世界から飛ばされてきた美しいエルフのセレナ=ミッフィール。彼女がその先で出会った人物は、石の力を見分けることが出来る宝石職人。
宝石職人でありながら法具店の店主の役職に就いている彼の力を借りて、一緒に故郷へ帰還できた彼女は彼と一緒に自分の店を思いつく。
セレナや冒険者である客達に振り回されながらも、その力を大いに発揮して宝石職人として活躍していく物語。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる
六志麻あさ
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。
強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。
死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。
再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。
※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。
※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
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偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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