生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第228話 死して己の未熟さを知る

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 アレックスが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
 見知らぬ天井。狭く殺風景で年季の入っている木目剥き出しの部屋は、コット村の何処かだろうことを窺わせる。
 身体を起こし辺りを見渡すと、小さな椅子が1つに、寝覚めも悪くなるような人物が1人。無造作に壁に寄りかかり、腕を組んで立っていた。
 その姿は少々気取っているようにも見える。

「よう。気分はどうだ?」

 プラチナプレート冒険者の九条である。友達になったつもりもないのに気さくに話しかけてくる九条に、アレックスは心の中で舌打ちをした。

「お前の所為で最悪だ」

 目覚めた早々、悪態が口から洩れてしまったが、気分は悪くなかった。
 すっきりとした目覚め。8時間以上ぐっすり眠ったような解放感。身体に痛みはなく、絶好調と言っても過言ではないほど調子がいい。
 それを不思議に思ったアレックスは、過去の記憶の断片を手繰り寄せた。

(僕は何故ここにいる? 確かリッチに拘束されて……。……僕は助かったのか?)

 窓から見える葉の落ちた樹木。そこから微かに聞こえる喧騒は、少々騒々しくもあった。
 誰かが下で怒鳴り声を上げ、言い争っている。1人は女性、もう1人は年配であろう男性だ。聞き取ることは出来ないが、怒号を飛ばしているのは男性の方。
 アレックスはその声に聞き覚えがあった。

 暫くすると、その声と共に近づいて来る大きな足音。遠慮なく踏み込むそれは、床に穴が空きそうなほど力強い。
 それが止まると同時に、自室の扉が凄い勢いで開かれた。扉のノブが壁に大きなヘコミを作り、激しい衝撃音が響き渡る。

「アレックス!!」

 心臓が跳ね上がるほどの大声。そこにいたのは、アレックスの父親であるブライン・ディ・ニールセン。
 その声色から、叱責されるのだろうとアレックスは身構えた。

(九条の前で無様に怒られるのか……)

 だが、その表情は見慣れた父親の顔ではなく、怒っているというよりは、むしろ困惑の色を隠せないといった雰囲気。
 そんな自信の欠片もない父親の顔を見たのは初めてだった。

「アレックス! どうしてこんなことに!!」

 アレックスの寝ているベッドに倒れるように覆いかぶさると、悲壮感漂う表情で項垂れるニールセン公。

「お父様……。申し訳ございません……」

 アレックスは、それ以外に言葉が出なかった。合わせる顔がない。恐らく試験は中止となり、当然自分達は失格だ。

(フィリップは逃げ、無謀にもリッチに戦いを挑み情けなく敗れた。レナがクリアの証を持ち帰ったとはいえ、帰還できなかった僕には死亡判定が下されたはず。あの状況から助け出されたとはいえ、試験中に死亡判定を出される生徒なんて学院創設以来初めてのこと。家名に泥を塗る最悪の失態だ……)

 そんな重苦しい雰囲気の中、同じようにバタバタと忙しなく駆けて来る足音。開けっ放しの扉から顔を出したのは、レナである。

「アレックス様!!」

 その目には涙を溜めていた。ベッドに横たわるアレックスを瞳に映すと、それは止めどなく溢れ出る。
 その場にペタリと力なく座り込むレナは天を仰ぎ、誰に遠慮もすることなく慟哭した。

「あぁぁぁぁぁっ……私が……私が止めるべきだったのに……」

「レナ。気持ちはわかるが、少しうるさいぞ」

 アレックスが諭すように優しく声を掛けるも、レナはそれに何の反応も示さず、泣き止む気配すら見せない。
 すると突然、ニールセン公が立ち上がり一部始終を見ていた九条に掴みかかった。

「九条! 貴様が付いていながらどうしてこうなったッ! それでもプラチナの冒険者なのかッ!!」

 恨みを込めて睨みつける。その目には大粒の涙を溜めていた。
 アレックスは、それに驚きを隠せなかった。父親の泣く姿を見たことがあるのは1度だけ。兄であるバリットが亡くなった時だ。

「知るか。判断を誤ったのはお前の息子だ。俺の所為にするな。現に他の生徒達は全員無事に帰還している。お前が婚約破棄などと条件を付けたから無理をしたんだろう。自業自得だ」

「くッ!?」

 無常にも九条の答えは辛辣であった。事実であるが故に言い返せない。九条を睨みつける瞳は憎しみを色濃く映し、それは徐々に悲しみへと変わる。

「確かにそうだ……。だがあんまりではないかッ! これはただの試験だったはずだ! 何故……なぜアレックスが死ななければならないんだッ!!」

 その言葉に驚いたのは、死人扱いされたアレックス。

(お父様は何を言っているのか……。僕は生きている。目の前にいるじゃないか)

 アレックスは、ベッドから出て立ち上がると、自分の父へと声を掛けた。

「お父様? 何を言っておられるのです? 僕は生きていますが……」

 何の反応もなかった。小刻みに震える両手は、未だ九条の胸ぐらを掴んで離さない。

「……そうだ! 隣国のシルトフリューゲルには神聖術のプラチナ冒険者がいる。そいつなら蘇生の秘術が使えるはず。今すぐギルドに要請を……」

「残念ながら時間切れだ。魂は既に身体を出た。諦めろ……」

「お父様は一体何を……」

「諦めてたまるか! じゃぁどうすればいいんだ!!」

「さあな。別れの言葉でも掛けてやればいいんじゃないか? それが終わったら葬儀屋の予約でもするんだな」

「お父様? 聞こえていないのですか!? お父様!!」

「ぐうぅッ……。……神よ。何故私から大切なものを奪ってゆくのだ……。バリット……アレックス……」

「お父様! 冗談は止めて下さい! 僕はここにいるでしょう!!」

 ズルズルと地面に膝を突き項垂れる父親を見れば、アレックスが感情を爆発させても仕方のない事である。

「おい九条! なんだこれは!!」

 九条とは目が合った。

(よかった……。九条には聞こえてるみたいだ……)

 だが、返事はない。あったのは軽いジェスチャー。顎をクイッと上げられ、指示された方へと振り向くと、ベッドには自分が寝ていた。

「……えっ?」

 自分はここにいる。だが、ベッドにも自分が横になっているのである。そこでアレックスは気が付いた。自分の身体が自分の身体ではないことに。
 姿形は同じだが、半透明で透けて見える。薄くぼやけていて、実体が曖昧なのだ。
 例えるなら……スライム……。いや、ゴーストやレイスの方が近いだろう。

「もういい……。暫く……暫く出て行ってくれ……」

 顔も上げることなく意気消沈するニールセン公は、まるで生きる気力を失くした廃人一歩手前といった状態にも見える。

「何かあったら呼んで下さい」

 それだけ言うと九条は部屋を出て行ってしまい、アレックスはどうしていいかわからず、それを追いかけた。

「おい! 九条! ちょっと待て!」

「なんだ? 成仏の仕方がわからないのか?」

「何の事だ!? それより俺はどうなったんだ! 説明しろ!」

「見りゃわかるだろ。死んだんだよ。お前の身体……遺体はベッドにあっただろ? 今のお前は魂だけの存在だ。俺以外……いや、死霊術の適性を持つ者以外、今のお前の姿は見えない。まぁ、ゴーストにならなくて良かったな。この世に未練がない証拠だ。じゃぁな。あの世で神様によろしく言っておいてくれ」

「待ってくれ! 意味がわからない!」

「なんでわからないんだよ。死んだら魂は天に帰る。そういう教えなんじゃないのか?」

「……俺は……俺は死んだのか……?」

「そうだって言ってるだろ。しつこいな……。むしろ今の状況をそれ以外にどうやって説明するんだ。反論があるなら言ってみろ」

「……」

「お前の所為でこっちは寝てないんだ。俺は隣の部屋で寝るから、親父さんとレナからの最後の言葉くらい聞いてやれ」

 廊下に取り残されたアレックスは、ただ茫然としていた。静まり返った廊下に聞こえてきたのは、レナのすすり泣く声。
 霊体のアレックスが部屋へ戻ると、ニールセン公はベッドの横の小さな椅子へと腰を下ろし、悲壮な面持ちでベッドの遺体をジッと見つめていたのだ。

「アレックス……。私は間違っていたのか……」

「お父様……」

「恐らくそうなのだろうな……。バリットには甘やかしすぎたと反省し、お前にはバリットのようにはさせまいと厳しく躾てきたつもりだったが、どちらも上手くいかなかったようだ……」

「……」

「子育てがこれほどに難しいとは……。これなら戦場に立っている方が幾分かマシだ……。……ははは……今更このような冗談を言うても誰も笑ってはくれぬ……。私は父親失格だ……」

「そんなことありません、お父様!」

「こんなことなら……アレックスを自由にさせてやるべきだった……。私はただ危険な冒険者なんかになって欲しくなかっただけなのに……」

「――ッ!?」

 そんなことを思っていたとは知らなかった。家に帰れば家督を継ぐための教養を叩きこまれる辛い日々。
 出来なければ叱責され、出来てもそれは当たり前。褒められたことなど一度もない。必要なのは血筋ではなく、立派な跡継ぎになれるだけの素養だと信じて疑わなかった。
 アレックスは、バリットとは違い愛されていない。必要とされていないのだ。だから逃げようとしたのである。
 今日、初めてアレックスは父親の本音を知った。あの厳格な父が涙を見せるほどのことだ。それが嘘のはずがない。人前で弱みを見せる人では無いことは、誰よりも知っているのだから。

「お父様。……申し訳ございませんでした。僕が……間違っていたのです。お父様がそれほどまでに僕の事を思っていたとは知らず、僕は……」

(それを知っていれば、僕は逃げずに頑張れただろうか……。お父様と正面から向き合えば、未来を変えることは出来ただろうか……)

 声をかけても返事が返ってくることはない。ニールセン公は、ただひたすらにアレックスの遺体をジッと見つめ、声を殺し泣いていた。
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