258 / 722
第258話 一騎打ち
しおりを挟む
目の前には大トカゲに乗った盗賊団。
「金の鬣にくらべりゃなんてこたねぇ。それに今はコイツもあるしな」
バイスが腰の魔剣を抜くと、鞘から炎が溢れ出す。
弧を描くような軌跡。燃え盛る紅蓮の炎を纏った剣とそれを反射させ赤く輝くプレートの鎧。
誰が見ても惚れ惚れするようなカッコよさだが、冷静に見れば戦闘狂である。
魔剣の炎が影を作り薄気味悪く微笑むバイスには、畏怖を覚える者もいるだろう。
その隣に並び立つのは2匹の魔獣。ワダツミとコクセイだ。
「九条殿。あのトカゲは食ってしまっても構わんのだろう?」
「……好きにしろ……」
コクセイは相変わらずの食い意地だ。
炎の魔剣を持つ戦士に4匹の魔獣達。可憐な少女にプラチナプレートの冒険者。
ミアの存在だけが少々アンバランスではあるものの、それを前に恐れぬ者などいないだろう。
(俺だってこんなのと正面切って戦うのは御免被る……)
それは相手も同様だ。後退る盗賊達には、さすがの九条も同情を禁じ得ない。
「おいおい。なんだか懐かしい顔が出てきたじゃないか」
その声は盗賊達の中から聞こえた。そこから姿を見せたのは、大トカゲに乗った老戦士。
スキンヘッドが眩しく、立派な白髭はドワーフを連想させるが人間だ。プレートの鎧に金属製のタワーシールド。槍は持たず、腰には1本のロングソード。
装備の質からして、恐らくは盗賊達の親玉だろう。本当に老人なのかと疑うほどの筋肉量は、自信の表れと言っても過言ではない。
「久しいな。ガルフォード卿」
「……グラーゼン……さん……」
「えっ!?」
バイスは信じられない者でも見るように目を見開くと、戸惑いが如実に表れる。
九条達の前に立ちはだかる老戦士こそが、バイスの師であるグラーゼンその人なのだ。
久しぶりの再会は感動的とは言い難く、素直に喜べる状況ではなかった。
「色々と噂は聞いているよ。随分と活躍しているじゃないか。師としては喜ばしい限りだ」
「何故……あなたがここに……」
バイスの声は震えていた。
「それはこちらが聞きたいね。なんとなくはわかるが、貴族だものなぁ。運命とは皮肉なものだ」
「俺はあなたに会いに……」
だらりと下げた魔剣の炎は弱々しい。
「わかっているとも。正直に言って君達には勝てないだろう。良き仲間に恵まれたな……」
「なら……」
詰まる言葉はそれほどの衝撃。
「だが、私もここで諦める訳にはいかないのだ……」
グラーゼンは腰のロングソードを抜き、それをバイスへと向けた。
その剣は王家の紋章が入った特別製。魔剣のような特殊な物ではないが、国王から賜ったグラーゼン専用の唯一無二の剣である。
「我が名はゲイルハード・グラーゼン! 貴殿等に一騎打ちを申し込む! 我こそはと思う者は我が前にて己が力を示せ!!」
先程までの柔らかな物腰は消え、戦う者の信念を高らかに宣言する。
耳の奥が痺れるほどの覚悟を見せつけられ、外野はシンと静まり返った。
一騎打ち。それは1対1を原則として正々堂々と決着をつける勝負法。必ずしもそれを受ける必要はないが、グラーゼンはわかっていた。
相手は自分の弟子なのだ。これを受けないはずがないと……。
「九条。俺が行く……。手出しは無用だ……」
バイスから差し出されたのは、炎の魔剣イフリート。常識外れの武器を使えば勝利は揺るぎないものとなるだろう。
更に言えば、一騎打ちなぞ受けずに皆の助けを借りれば、盗賊団なぞ一網打尽に出来るはず。
(だが、それでは意味がない……)
バイスの目標。それは自分の師を超えること。相手と同じ条件でなければ、それを成した事にはならないのだ。
グラーゼンはその身を盗賊へと落とした。ならばこのような機会が訪れることは、この先二度とないだろう。
「そこの騎士! 剣を貸せ!」
いきなりの指名に動揺を隠せない騎士であったが、バイスの迫力に押され腰のブロードソードを差し出した。
鈍く輝く刀身は細かい刃こぼれが多く、ギルドの訓練用貸出武器の方がまだマシなレベル。
これも盗賊達との戦いの傷跡だと思えば仕方のないことではあるが、手入れ不足感は否めない。
バイスはそれを軽く振るった。簡単には取れそうにない癖に舌打ちが漏れる。
乗っていたトカゲから降りたグラーゼンは、バイスと対峙した。齢70とは思えぬ肉体。バイスよりも一回り大きな体格は、年齢差を埋めるハンディキャップにも見える。
2人に開始の合図は必要なかった。お互いが徐々に歩み寄り、少しずつその速度を上げていく。
1秒でも早く己が剣を交えたいが為に。
盾と盾とを打ちつけ、火花が舞い散ると同時にその火蓋が切られた。
「「おおおぉぉぉぉ!!」」
周囲から上がる大歓声。それは大気を揺らすほど。初撃から本気のぶつかり合いだ。
お互いが1歩も引かず、ガリガリと擦れる金属音は単純な力比べなどではなく、次の一手への高度な読み合いでもある。
どこで引くのか……。引いた相手を追撃するのか……。それとも自分が引くべきか……。それはフェイントかもしれない……。
力の抜き加減。それはどちらも同じタイミングであった。両者が後方へと飛び、剣を振り上げ打ちつける。
鳴り響く金属音。そして鍔迫り合い。お互いの力はほぼ互角であったかに見えた。
「何故だ……。何故盗賊なんかにッ!」
「おや? 私は戦闘中に敵とお喋りをしろとは教えなかったはずだが?」
何かの気配を感じ、相手の力を利用して後方へと飛ぶバイス。そこには片足を上げているグラーゼン。
そのまま鍔迫り合いを続けていれば、その足で蹴り飛ばされていただろう。
「ほう。随分と腕を上げたものだ」
確かに力は互角だが、精神的に落ち着いていたのはグラーゼンだ。
バイスの表情には迷いが見え隠れしていた。未だに信じられないのだ。気高く誇り高い騎士の中の騎士。あこがれの対象であり到達点。自分の理想であったグラーゼンが、よもや盗賊などに落ちたとは……。
「戦闘中は喋らないんじゃなかったんですか?」
それに目を丸くしたグラーゼンは、ほんの少しだが口元を綻ばせた。
「私もまだまだだな……」
その瞬間、グラーゼンが一気に距離を詰めると、バイスに連打を浴びせたのだ。
盾からの打撃を弾くと、今度は思っても見ないような所からの斬撃がバイスを襲う。
盾は防御の為にあらず。それがグラーゼンの心得。盾は相手の視界を遮り、次の一手を読ませないための手段なのだ。
どんな達人であれ、見えない攻撃を防ぐことは難しい。
もちろんバイスは、それに対する対処法も教わっている。いかに僅かな情報でさえ見逃さず、そこから次の一手を読む術だ。
踏み込まれるつま先の角度。相手の引くタイミング。そして呼吸の乱れ。
バイスはグラーゼンから繰り出される変幻自在の攻撃を全て弾き返し、反撃の機会を窺っていた。
とは言え、打ち込まれる一撃はまるでハンマーで叩かれたかのように重い。
盾を持つ手が痺れ、それは徐々に痛みへと変わる。
「くっ……」
バイスの師とは言え、体力には限界がある。
(この猛攻を防ぎきれば、反撃の機会が必ずあるはずだ……)
相手はすでにピークを過ぎた老騎士。持久戦ではバイスに分があるかに思えたのだが、それは中々訪れない。
「どうした? 盾が下がってきているぞ?」
(そんなわけがない。これも相手の作戦……。動揺を誘っているだけだッ……)
グラーゼンの掬い上げるような斬撃を、下半身に力を込めて受け止めるバイス。
更に押し込まれた盾で体勢を崩され、バイスは振り下ろされる斬撃を剣で弾き返す。その衝撃は、骨が軋むほどの威力だ。
(くっ……。やはり一筋縄では行かないな……)
バイスが冒険者を続けている本当の理由。それは研鑽を積むことにあった。
いずれは師を超えることを剣に誓ったのだ。それがグラーゼンとの最後の約束。
しかし、それはまだ先であった。まだそこに届かないことは、薄々気が付いていたのだ……。
どれくらいの時が流れただろうか。未だ鳴りやまぬ金属音に、周囲は声を上げることすら忘れていた。
闇の中から音だけが響く。松明程度では全てを照らし出すことは出来ず、刀身の反射が辛うじて見えるだけである。
それがほんの僅かであるが街の側へと寄って来ているのだ。少しずつナメクジのようにゆっくりと。
そして、2人が松明の光に照らされると、その状況が明らかになった。
押されているのはバイスの方。苦痛に歪む表情には悔しさも滲み出ていたが、まだ余力もあったかのように見えた。
しかし、無情にも決着の時は訪れる。
凪いだグラーゼンのロングソード。その威力は少しも衰えてはおらず、バイスにだってそれを受け止める余力は残されていた。
耐えきれなかったのは、騎士から借りたブロードソード。歪んだ金属音が響き渡ると、それは根元から真っ二つに折れたのだ。
宙へと舞った刃先が石畳へと落ち、カラカラと音を立てながら九条の足元へと転がっていく。
「決着だ……」
隙を見せたバイスの盾を弾き飛ばすグラーゼン。そしてお互いの目が自然と合った。
バイスは笑っていた――
次の瞬間。その表情が苦痛に歪み、下腹部からは真紅に染まる刃が突き出ていた。
それを伝い滴る鮮血。バイスは腹の底から沸き上がる痛みに必死に耐えながらも、力なくグラーゼンへと倒れ込む。
「バイスさん!!」
「動くな!!」
1歩前へと踏み出す九条に、グラーゼンが吼える。剣が抜かれ、傷口を必死に押さえようとするバイスの目は虚ろ。
グラーゼンはそんなバイスを抱き抱え、大トカゲに乗せたのだ。
「引き上げだ!!」
グラーゼンの号令と共に踵を返す盗賊達。九条はそれを阻止しようと、魔法書を開いた。
自分の秘密がバレようとも止めるべきだと思ったのだ。たとえグラーゼンがバイスの師であろうが、九条には一瞬にしてその命を絶つ自信があった。
(騎士道? 一騎打ち? そんなもの俺の知ったことか。それは既に終わったのだ。ここからは好きなようにやらせてもらう!)
そして九条が無慈悲な右手を盗賊達へと向けたその時だ。
「九条! 来るな!!」
そう叫んだのはバイスであった。あれだけ深い傷を負いながらもそれだけの声量。それに一瞬怯みはしたものの、九条の考えは変わらなかった。
再び盗賊達へと手のひらを向ける。しかし、それを止めたのはカガリだ。
「待って下さい主! あれは嘘です!」
「――ッ!?」
九条の頭に登っていた血が、一気に冷めた。
(一体何の為に嘘を付いた? 助けてほしいのか? 何故それを正直に言わずに嘘を? バイスはカガリが真実を見抜くことを知っている。それを利用したのだとしたら……)
「カガリ! ワダツミ! 一緒に来い!」
九条はワダツミに飛び乗ると、ミアを乗せたカガリと共に盗賊達を追いかけた。
「金の鬣にくらべりゃなんてこたねぇ。それに今はコイツもあるしな」
バイスが腰の魔剣を抜くと、鞘から炎が溢れ出す。
弧を描くような軌跡。燃え盛る紅蓮の炎を纏った剣とそれを反射させ赤く輝くプレートの鎧。
誰が見ても惚れ惚れするようなカッコよさだが、冷静に見れば戦闘狂である。
魔剣の炎が影を作り薄気味悪く微笑むバイスには、畏怖を覚える者もいるだろう。
その隣に並び立つのは2匹の魔獣。ワダツミとコクセイだ。
「九条殿。あのトカゲは食ってしまっても構わんのだろう?」
「……好きにしろ……」
コクセイは相変わらずの食い意地だ。
炎の魔剣を持つ戦士に4匹の魔獣達。可憐な少女にプラチナプレートの冒険者。
ミアの存在だけが少々アンバランスではあるものの、それを前に恐れぬ者などいないだろう。
(俺だってこんなのと正面切って戦うのは御免被る……)
それは相手も同様だ。後退る盗賊達には、さすがの九条も同情を禁じ得ない。
「おいおい。なんだか懐かしい顔が出てきたじゃないか」
その声は盗賊達の中から聞こえた。そこから姿を見せたのは、大トカゲに乗った老戦士。
スキンヘッドが眩しく、立派な白髭はドワーフを連想させるが人間だ。プレートの鎧に金属製のタワーシールド。槍は持たず、腰には1本のロングソード。
装備の質からして、恐らくは盗賊達の親玉だろう。本当に老人なのかと疑うほどの筋肉量は、自信の表れと言っても過言ではない。
「久しいな。ガルフォード卿」
「……グラーゼン……さん……」
「えっ!?」
バイスは信じられない者でも見るように目を見開くと、戸惑いが如実に表れる。
九条達の前に立ちはだかる老戦士こそが、バイスの師であるグラーゼンその人なのだ。
久しぶりの再会は感動的とは言い難く、素直に喜べる状況ではなかった。
「色々と噂は聞いているよ。随分と活躍しているじゃないか。師としては喜ばしい限りだ」
「何故……あなたがここに……」
バイスの声は震えていた。
「それはこちらが聞きたいね。なんとなくはわかるが、貴族だものなぁ。運命とは皮肉なものだ」
「俺はあなたに会いに……」
だらりと下げた魔剣の炎は弱々しい。
「わかっているとも。正直に言って君達には勝てないだろう。良き仲間に恵まれたな……」
「なら……」
詰まる言葉はそれほどの衝撃。
「だが、私もここで諦める訳にはいかないのだ……」
グラーゼンは腰のロングソードを抜き、それをバイスへと向けた。
その剣は王家の紋章が入った特別製。魔剣のような特殊な物ではないが、国王から賜ったグラーゼン専用の唯一無二の剣である。
「我が名はゲイルハード・グラーゼン! 貴殿等に一騎打ちを申し込む! 我こそはと思う者は我が前にて己が力を示せ!!」
先程までの柔らかな物腰は消え、戦う者の信念を高らかに宣言する。
耳の奥が痺れるほどの覚悟を見せつけられ、外野はシンと静まり返った。
一騎打ち。それは1対1を原則として正々堂々と決着をつける勝負法。必ずしもそれを受ける必要はないが、グラーゼンはわかっていた。
相手は自分の弟子なのだ。これを受けないはずがないと……。
「九条。俺が行く……。手出しは無用だ……」
バイスから差し出されたのは、炎の魔剣イフリート。常識外れの武器を使えば勝利は揺るぎないものとなるだろう。
更に言えば、一騎打ちなぞ受けずに皆の助けを借りれば、盗賊団なぞ一網打尽に出来るはず。
(だが、それでは意味がない……)
バイスの目標。それは自分の師を超えること。相手と同じ条件でなければ、それを成した事にはならないのだ。
グラーゼンはその身を盗賊へと落とした。ならばこのような機会が訪れることは、この先二度とないだろう。
「そこの騎士! 剣を貸せ!」
いきなりの指名に動揺を隠せない騎士であったが、バイスの迫力に押され腰のブロードソードを差し出した。
鈍く輝く刀身は細かい刃こぼれが多く、ギルドの訓練用貸出武器の方がまだマシなレベル。
これも盗賊達との戦いの傷跡だと思えば仕方のないことではあるが、手入れ不足感は否めない。
バイスはそれを軽く振るった。簡単には取れそうにない癖に舌打ちが漏れる。
乗っていたトカゲから降りたグラーゼンは、バイスと対峙した。齢70とは思えぬ肉体。バイスよりも一回り大きな体格は、年齢差を埋めるハンディキャップにも見える。
2人に開始の合図は必要なかった。お互いが徐々に歩み寄り、少しずつその速度を上げていく。
1秒でも早く己が剣を交えたいが為に。
盾と盾とを打ちつけ、火花が舞い散ると同時にその火蓋が切られた。
「「おおおぉぉぉぉ!!」」
周囲から上がる大歓声。それは大気を揺らすほど。初撃から本気のぶつかり合いだ。
お互いが1歩も引かず、ガリガリと擦れる金属音は単純な力比べなどではなく、次の一手への高度な読み合いでもある。
どこで引くのか……。引いた相手を追撃するのか……。それとも自分が引くべきか……。それはフェイントかもしれない……。
力の抜き加減。それはどちらも同じタイミングであった。両者が後方へと飛び、剣を振り上げ打ちつける。
鳴り響く金属音。そして鍔迫り合い。お互いの力はほぼ互角であったかに見えた。
「何故だ……。何故盗賊なんかにッ!」
「おや? 私は戦闘中に敵とお喋りをしろとは教えなかったはずだが?」
何かの気配を感じ、相手の力を利用して後方へと飛ぶバイス。そこには片足を上げているグラーゼン。
そのまま鍔迫り合いを続けていれば、その足で蹴り飛ばされていただろう。
「ほう。随分と腕を上げたものだ」
確かに力は互角だが、精神的に落ち着いていたのはグラーゼンだ。
バイスの表情には迷いが見え隠れしていた。未だに信じられないのだ。気高く誇り高い騎士の中の騎士。あこがれの対象であり到達点。自分の理想であったグラーゼンが、よもや盗賊などに落ちたとは……。
「戦闘中は喋らないんじゃなかったんですか?」
それに目を丸くしたグラーゼンは、ほんの少しだが口元を綻ばせた。
「私もまだまだだな……」
その瞬間、グラーゼンが一気に距離を詰めると、バイスに連打を浴びせたのだ。
盾からの打撃を弾くと、今度は思っても見ないような所からの斬撃がバイスを襲う。
盾は防御の為にあらず。それがグラーゼンの心得。盾は相手の視界を遮り、次の一手を読ませないための手段なのだ。
どんな達人であれ、見えない攻撃を防ぐことは難しい。
もちろんバイスは、それに対する対処法も教わっている。いかに僅かな情報でさえ見逃さず、そこから次の一手を読む術だ。
踏み込まれるつま先の角度。相手の引くタイミング。そして呼吸の乱れ。
バイスはグラーゼンから繰り出される変幻自在の攻撃を全て弾き返し、反撃の機会を窺っていた。
とは言え、打ち込まれる一撃はまるでハンマーで叩かれたかのように重い。
盾を持つ手が痺れ、それは徐々に痛みへと変わる。
「くっ……」
バイスの師とは言え、体力には限界がある。
(この猛攻を防ぎきれば、反撃の機会が必ずあるはずだ……)
相手はすでにピークを過ぎた老騎士。持久戦ではバイスに分があるかに思えたのだが、それは中々訪れない。
「どうした? 盾が下がってきているぞ?」
(そんなわけがない。これも相手の作戦……。動揺を誘っているだけだッ……)
グラーゼンの掬い上げるような斬撃を、下半身に力を込めて受け止めるバイス。
更に押し込まれた盾で体勢を崩され、バイスは振り下ろされる斬撃を剣で弾き返す。その衝撃は、骨が軋むほどの威力だ。
(くっ……。やはり一筋縄では行かないな……)
バイスが冒険者を続けている本当の理由。それは研鑽を積むことにあった。
いずれは師を超えることを剣に誓ったのだ。それがグラーゼンとの最後の約束。
しかし、それはまだ先であった。まだそこに届かないことは、薄々気が付いていたのだ……。
どれくらいの時が流れただろうか。未だ鳴りやまぬ金属音に、周囲は声を上げることすら忘れていた。
闇の中から音だけが響く。松明程度では全てを照らし出すことは出来ず、刀身の反射が辛うじて見えるだけである。
それがほんの僅かであるが街の側へと寄って来ているのだ。少しずつナメクジのようにゆっくりと。
そして、2人が松明の光に照らされると、その状況が明らかになった。
押されているのはバイスの方。苦痛に歪む表情には悔しさも滲み出ていたが、まだ余力もあったかのように見えた。
しかし、無情にも決着の時は訪れる。
凪いだグラーゼンのロングソード。その威力は少しも衰えてはおらず、バイスにだってそれを受け止める余力は残されていた。
耐えきれなかったのは、騎士から借りたブロードソード。歪んだ金属音が響き渡ると、それは根元から真っ二つに折れたのだ。
宙へと舞った刃先が石畳へと落ち、カラカラと音を立てながら九条の足元へと転がっていく。
「決着だ……」
隙を見せたバイスの盾を弾き飛ばすグラーゼン。そしてお互いの目が自然と合った。
バイスは笑っていた――
次の瞬間。その表情が苦痛に歪み、下腹部からは真紅に染まる刃が突き出ていた。
それを伝い滴る鮮血。バイスは腹の底から沸き上がる痛みに必死に耐えながらも、力なくグラーゼンへと倒れ込む。
「バイスさん!!」
「動くな!!」
1歩前へと踏み出す九条に、グラーゼンが吼える。剣が抜かれ、傷口を必死に押さえようとするバイスの目は虚ろ。
グラーゼンはそんなバイスを抱き抱え、大トカゲに乗せたのだ。
「引き上げだ!!」
グラーゼンの号令と共に踵を返す盗賊達。九条はそれを阻止しようと、魔法書を開いた。
自分の秘密がバレようとも止めるべきだと思ったのだ。たとえグラーゼンがバイスの師であろうが、九条には一瞬にしてその命を絶つ自信があった。
(騎士道? 一騎打ち? そんなもの俺の知ったことか。それは既に終わったのだ。ここからは好きなようにやらせてもらう!)
そして九条が無慈悲な右手を盗賊達へと向けたその時だ。
「九条! 来るな!!」
そう叫んだのはバイスであった。あれだけ深い傷を負いながらもそれだけの声量。それに一瞬怯みはしたものの、九条の考えは変わらなかった。
再び盗賊達へと手のひらを向ける。しかし、それを止めたのはカガリだ。
「待って下さい主! あれは嘘です!」
「――ッ!?」
九条の頭に登っていた血が、一気に冷めた。
(一体何の為に嘘を付いた? 助けてほしいのか? 何故それを正直に言わずに嘘を? バイスはカガリが真実を見抜くことを知っている。それを利用したのだとしたら……)
「カガリ! ワダツミ! 一緒に来い!」
九条はワダツミに飛び乗ると、ミアを乗せたカガリと共に盗賊達を追いかけた。
21
あなたにおすすめの小説
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜
黒城白爵
ファンタジー
とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。
死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。
自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。
黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。
使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。
※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。
※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月中旬出棺です!!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる