生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第286話 一切皆苦

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 馬を繋ぐのも忘れギルドを駆け上がると、支部長のソフィアに詰め寄った。

「九条は!? 九条は何処に!?」

 その勢いに気圧されそうなソフィアであったが、その返答は至って冷静であり、酷く冷たいものであった。

「申し訳ございません。九条への面会には領主様の許可が必要になります。お持ちでなければお引き取り下さい」

「何を言っている!? 私はベルモントギルドの支部長だぞ!? 内部の人間にそんな物必要ないだろ!」

「お引き取り下さい」

 ソフィアは丁寧に頭を下げるだけ。帰れの一点張りで、まるで取り付く島もない。
 その時だ。隣のカウンターに顔を出した冒険者の荷物が僅かに背中を擦った。それは大きな麻袋。そこから顔を出していたのは大量の兎である。

「食堂用の兎狩り、終わったわよ。ついでだから鹿も狩って来たけど裏に置いてあるから査定の方よろしく」

 懐かしくも、その声には聞き覚えがあった。

「シャーリー!」

「あら、ノーマン。久しぶり」

 そして、シャーリーのいるカウンターに顔を出したのはシャロンである。

「今日は大漁ですね。シャーリー」

 その胸に輝くプレートは、どちらも同じ所が欠けていたのだ。

「そんな……。シャーリーは九条に捨てられたんじゃなかったのか!?」

「おいおい。俺をノルディックみたいに担当をコロコロ変えるような奴と一緒にするなよ……」

 振り返ると、そこにいたのは九条。得意気な表情でギルドの階段を登って来るその姿を見て、気付いてしまったのだ。自分は騙されたのだと。

「私を騙したな!? 卑怯だぞ!」

「言いがかりは止めてくれ。お前が勝手にそう思い込んだだけだろう? シャロンが俺を好きだと公言したのか? それともシャーリーが俺を嫌いだと言ったのか?」

「それは……」

「シャロンの異動はお前が言い出した事で規則に反してはいない。シャーリーのホーム解消だって冒険者の自由。異論があるなら言ってみろ。面会許可はなさそうだが、特別に聞いてやる」

「……」

 何も言い返せなかった。全て九条の言う通りだったのだから。
 とは言え、この怒りが収まるわけがない。

「確かにそうだが、そう仕向けたのはお前だ! シャーリーを返せ!」

「それは俺が決めることじゃない。本人から聞いたらどうだ?」

 僅かな希望を胸にシャーリーに視線を向け、その表情を見て愕然とした。
 自分を見下すその瞳は、背筋も凍るような冷たい視線であったからだ。

「私はイヤ。ベルモントじゃシャロンと組めなくなるもん」

「わかった! シャロンと組めればいいんだな!? シャロンを担当から外すのは止める。だから戻って来てくれ!」

「そう思うなら、まずはやることがあるでしょ?」

 言われずとも、わかっていた。正直言って癪ではあるが、背に腹は代えられない。
 床に膝を突き、シャロンに対して頭を下げた。

「すまなかった! もう2度とシャーリーの担当を変えるような真似はしない!」

 人生で初めての土下座である。シャーリーにするならまだしも、相手は元部下であるシャロンだ。
 上司の言う事を聞かないシャロンの方が悪いのに、何故私がこんな思いをしなければならないのか……。
 煮えくり返りそうなはらわたを鎮め、断腸の思いで頭を下げたのに、その答えは全く別のところから返って来た。

「ノーマンさんすいません。コット村支部長として言わせていただきますが、私はシャロンさんを手放す気はありませんので……」

「へ……?」

「シャロンさんの異動許可は出しませんと申し上げました。お引き取り下さい」

 ソフィアに毅然とした態度で言い放たれた。
 そもそもギルドが優秀な冒険者を囲い込むのは至極当然のこと。自分だってそう考え、シャーリーを使って九条を取り込もうとしたのだ。
 優秀なギルド職員と、それに付随するゴールドプレートの冒険者を迎えたのなら、ソフィアがそれを手放すはずがない。
 万事休すである。ソフィアの許可がなければ、例えシャロンを説得しようと意味がないのだ。


 その後は暫く何をしても手が付かなかった。放心し、あの日はどうやってベルモントに帰って来たのかも覚えていない。

「あれ? 支部長。今日は本部で緊急会議なんじゃなかったんですか?」

「……はぁ?」

「はぁ? じゃないですよ。マナポーションの在庫枯渇の件で対策会議をするって連絡、回って来てましたよ? 王国全域のギルド支部長は強制参加じゃありませんでしたっけ?」

「ああ、……そうか……そんなこともあったな……」

 そんな自分を見て、職員達は肩を竦めていた。
 それから数日。会議をすっぽかしたことが本部に露呈し、ベルモント支部長には離任が言い渡されたのだ。

 ――――――――――

 ノーマンを追い返すと、ソフィアはホッと胸を撫で下ろした。

「あれで良かったんですか? 九条さん」

「バッチリです」

 俺はソフィアに親指を立てて見せた。その隣にいるのはカガリである。
 本心からの謝罪であれば、その判断はシャロンに任せるはずだった。だが、土下座したとはいえ、中身がなければ何の意味もない。

「ありがとうございます。九条様」

「いえ大丈夫です。それよりも本当に良かったんですか? 約1ヵ月コット村で過ごしてみてどうです? 暇で死にそうって顔に出てますよ?」

 ノーマンには、いずれバレるとは思っていた。そうなれば憤慨し、怒鳴り込んでくるだろうことは想像に難くない。
 シャロンから見れば、それはベルモントへと戻る最後のチャンスだ。

「確かにベルモントのギルドと比べれば暇です。近くに魔物の巣があるわけでもなく、持ち込まれる依頼は制限のない簡単なものばかり。でも私にはシャーリーと別れることの方が苦痛ですから、これでいいんです」

 シャロンはシャーリーに満面の笑みを向け、シャーリーは照れくさそうに頭を掻いた。

「面と向かってそういうの止めない? 恥ずかしいんだけど……」

 ギルド内が和やかな雰囲気に包まれる中、ソフィアは正直な想いを口にした。

「九条さんはギルド、辞めないでくださいね?」

「わかってますって……」

 コット村冒険者ギルド。最低規模のギルドにもかかわらず、在籍する職員の質は高い。
 通常この規模のギルドであれば支部長にシルバーが1人と、その部下が3人いれば十分回せるのだが、ゴールドのミアを筆頭にグレイスも在籍。さらにシルバーにはニーナとシャロン。クソ田舎ギルドには勿体ないほどの人材だ。
 ぶっちゃけると職員の賃金だけで赤字確定なのだが、それは俺がいるからこそ大目に見てもらえているのだろう。

「暖かくなれば、ちゃんと仕事もしますから大丈夫です! ハハハ……」

「主。嘘はいけませんよ?」

 カガリからのツッコミを軽く流し、ぎこちない笑顔を浮かべる。
 完全な嘘ではない。どうしてもやらなければならないものは引き受けよう。
 冒険者になり立ての頃、ミアがその心得を教えてくれた。冒険者は戦争をしている訳ではない。だから逃げてもいいのだと。
 故に自分に不向きな仕事は、人に任せてしまえばいいのである。

 ビバ適材適所!

「そういえば、九条さんにお客様がお見えになるそうですよ? ちゃんと面会許可証も持参しているそうですが……」

「えぇ……」

 その表情たるや酷いものだったのだろう。皆が笑顔を見せる中、俺だけが顔をしかめていたのだ。
 一切皆苦いっさいかいく。人生は思い通りにはいかないらしい。
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