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第347話 無拍子のザラ
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俺に宛がわれた部屋には、俺とミア以外に誰もいない。
もちろんカガリも白狐もワダツミもコクセイもだ。従魔は皆リリー王女の護衛に出張中。
本来はミアも女性棟に戻らなければいけないのだが、子供は例外。保護者となら一緒にいても許されるのだ。
「どうした? ミア」
「んー。何でもないんだけど……なんかちょっと物足りない感じがする……」
「淋しければ、あっちで寝るか?」
「ううん。大丈夫」
使用人が運んで来た夕食を食べ終え、食後のコーヒーを嗜んでいる時間帯。
ミアは普段、寝る前のこの時間に従魔達のブラッシングをしているのだ。
ミアが浮かない顔をしながらも、手持無沙汰でそわそわと落ち着かない様子を見せているのは、愛用のブラシがないから。
今頃はそれを使って、リリーが従魔達のブラッシングをしてくれているはず。
そんなことは使用人にやらせるのだろうと思っていたのだが「私の護衛をしてくれているのだから、私が責任を以てやらせていただきます」などと言うので、急遽ミアのブラッシング講座が開催されたのである。
得意気なミアの隣で教えを乞うリリー王女。その微笑ましい光景は傍から見れば仲良し姉妹のようにも見えなくもない。
従魔達は王女故に抵抗できず、なすがまま。そしてミア直伝のブラッシング技術は、その道具と共にリリー王女へと受け継がれたのである。
「俺なんかよりカガリと一緒に寝た方がぐっすり眠れるんじゃないか?」
「ダメ! そうしたいのは山々だけど、私が見張ってないとおにーちゃんに悪い虫がついちゃうもん!」
鼻息も荒く腰に手を当て頬を膨らませるミア。恐らくミアは、俺に持ちかけられた複数の縁談の事を言っているのだろう。
リリーの登場で事なきを得たが、もちろんいなくとも断るつもりであった。
その後、レストール卿とグラーゼンを巻き込んでリリーの護衛プランについて話し合われ、その間にリリーはブラッシング技術を教わったというわけ。
基本的には俺の従魔達だけでも十分だとは思うのだが、念には念を入れるということで、婚約公示期間中のリリーのスケジュールを全員が頭に叩き込み、交替で護衛に着く事になったのだ。
その殆どが挨拶回りではあるが、結婚式に招待されている貴族達以外にも、街の町長からギルドの支部長、街の防衛に尽力しているアップグルント騎士団への視察に激励と超多忙。
それを囲う俺達は、ちょっとしたシークレットサービスのようであった。
そして何事もなく過ぎ去った数日後、突然俺の部屋にニールセン公が飛び込んできた。それは、第2王女に動きがあったとの報告。
街の視察だと言って屋敷を出て行き消息を絶ったとの事で、それが丁度昼頃の話。
結局グリンダが屋敷に戻ってきたのは夕方過ぎ。空白の時間帯に何をしていたのかは……まぁ、すぐにわかるだろう。
夕食を終えると、俺の部屋に集まる男衆。ニールセン公とレストール卿。それにバイスとグラーゼンだ。
「すまない。結局グリンダ様の足取りは掴めず仕舞いだ……」
曇った表情で項垂れるニールセン公。第2王女派閥のトップとして責任を感じているのだろう。
すでにグリンダはニールセン公が何を言っても聞かないのだ。他の貴族達が見限るのも頷ける。
「頭を上げてくださいニールセン公。あなたの所為ではありません」
とは言え、グリンダの所為だとも言えないのが貴族の辛いところなのだろう。
ニールセン公を慰めるレストール卿も神妙な面持ちである。
「九条の方はどうだ?」
「まだ帰ってきてないのでなんとも……」
その時だ。俺の隣にふと何かの気配を感じ振り向くと、そこには黒ずくめの少女が片膝をついていた。
「もう帰って来てる……。呼ばれなかっただけ……」
ギリギリ聞こえる程度の小さな声。口元は黒い布で覆われている為、輪を掛けて聞き取り辛い。
「おわぁ!」
つい先程までそこには誰もいなかったのだ。そりゃ驚きもするだろう。
「何者だッ!?」
席を立ち、王家の紋章が入ったロングソードに手を掛けたグラーゼン。
俺はそれを慌てて止め、その少女が味方であるということを急いで伝えた。
「紹介します。彼女はザラ。詳しいことは省きますが、暗殺者を生業としている者です。怪しくはない――いや、登場の仕方は十分怪しかったですけど、味方ですので安心してください」
皆が顔を見合わせると、どうにか納得した様子で席に着く。
「まぁ、九条だからな……」
バイスの一言に眉をひそめる。どういう意味だろうか……。
俺だから怪しい者が仲間でも仕方がないという意味なのか、それとも俺だから小さな女の子を連れていても仕方がないという意味なのか。
後者であれば全くの誤解である。確かになりは小さいが、実年齢がそれに比例しているとは限らない。
もちろん年相応の可能性も無きにしも非ずだが……女性の年齢を聞く趣味はない。
知っている事と言えば彼女が黒翼騎士団の部隊長の1人であったという事と、神出鬼没でありその際に音もなく近づいて来ることから、付いた二つ名が無拍子だということくらいだ。
「それで? 第2王女の動向は?」
「……ヴィルヘルムとの密会を確認……」
「やはりそうであったか……」
肩を落とすニールセン公。気の毒ではあるのだが、元気を出せなどと無責任な慰めすら口には出来ない雰囲気。
この先を聞きたくはないだろうが、聞かない訳にもいかない。
「それで? その内容は聞き取れたのか?」
「もちろん……」
「聞かせてくれ」
ザラはそれに無言で頷いて見せると、小さな声で淡々と語る。
「場所はこの街の南西に位置する場末の宿屋……。その一室でヴィルヘルムは、揚げた鶏のモモ肉を右手で掴んで口へと運んだ……」
「……それで?」
「……それをもぐもぐと噛む事5回……ごくりと飲み込み満たされた表情……」
神妙な面持ちで聞いていた面々が一斉に首を傾げる。
「……そこで私は思った……よく噛まないで飲み込むから太るんだろうな……と……」
「いや、ちょっと待ってくれ。そこまで細かくなくていい。ヴィルヘルムとグリンダの会話のところだけで構わないのだが……」
「……そう?」
事細かに伝えてくれるのはそれだけ有能だということなのだろうが、このペースで全てを聞いていたら日が暮れてしまう。……いや、この場合は夜が明けてしまうと言うべきか……。
ザラは少し不満そうに口元の布を尖らせながらも、要点だけを掻い摘んで教えてくれた。
俺を遠ざける為のコット村襲撃に、レナの殺害。グリンダの目的とヴィルヘルムの用意周到な計画。
それに激昂したのはニールセン公である。
「レナを殺害するだと!? それをグリンダ様が容認したというのかッ!?」
「……聞いたことを話しただけ……疑うなら本人に聞けばいい……」
息子の婚約者が殺されるとあっては、正気でいられるわけがない。
ニールセン公が信じたくない気持ちは理解できるが、それが真実なのだろう。
ノルディックの為ならば、グリンダはやりかねない。誰もがそう考えるはず。
「九条はコット村に帰った方がいい。お前の従魔達なら間に合うかもしれない……」
そう言ってくれるバイスの気持ちはありがたい。王女よりも村を優先しろと言ってくれているのだ。普通は逆である。
領主であるネストにそれを伝えたところで、派兵は間に合わないだろう。
それでも俺は冷静だった。もちろんコット村は心配だ。相手は軍隊。村の獣達と自警団でどうにかできる話じゃない。
ギルドは中立を貫くだろうし、俺を引き付ける為に攻めるのだから降伏したところで結果は変わらないだろう。
「いえ、それこそ相手の思う壺です。レナの護衛もしなければならないとなると、戦力は減らさない方が得策なのでは?」
「コット村はどうする? 見捨てるのか!?」
「まさか……。コット村は……恐らく大丈夫です。人命さえ守れれば復興は出来ますしね」
「何を根拠に……」
焦りの色を隠せないバイスに、余裕の笑顔を見せつけるも、その不安は払拭できない様子。
もちろん俺が駆け付けた方がより安全だろうことは明らかだが、そもそも間に合わなければ意味がない。
今すぐ従魔に乗り、エルダー山脈を越えブルーグリズリーの生息域を抜けたところで、恐らく数日はかかるだろう道のりだ。
ならば、村の事は村で何とかしてもらおう。コット村が俺の弱点になることは前々からわかっていた事。
また盗賊や悪党に襲われないとも限らないのだ。多少の懸念点は仕方ないにしても、その対策はちゃんとしているのである。
もちろんカガリも白狐もワダツミもコクセイもだ。従魔は皆リリー王女の護衛に出張中。
本来はミアも女性棟に戻らなければいけないのだが、子供は例外。保護者となら一緒にいても許されるのだ。
「どうした? ミア」
「んー。何でもないんだけど……なんかちょっと物足りない感じがする……」
「淋しければ、あっちで寝るか?」
「ううん。大丈夫」
使用人が運んで来た夕食を食べ終え、食後のコーヒーを嗜んでいる時間帯。
ミアは普段、寝る前のこの時間に従魔達のブラッシングをしているのだ。
ミアが浮かない顔をしながらも、手持無沙汰でそわそわと落ち着かない様子を見せているのは、愛用のブラシがないから。
今頃はそれを使って、リリーが従魔達のブラッシングをしてくれているはず。
そんなことは使用人にやらせるのだろうと思っていたのだが「私の護衛をしてくれているのだから、私が責任を以てやらせていただきます」などと言うので、急遽ミアのブラッシング講座が開催されたのである。
得意気なミアの隣で教えを乞うリリー王女。その微笑ましい光景は傍から見れば仲良し姉妹のようにも見えなくもない。
従魔達は王女故に抵抗できず、なすがまま。そしてミア直伝のブラッシング技術は、その道具と共にリリー王女へと受け継がれたのである。
「俺なんかよりカガリと一緒に寝た方がぐっすり眠れるんじゃないか?」
「ダメ! そうしたいのは山々だけど、私が見張ってないとおにーちゃんに悪い虫がついちゃうもん!」
鼻息も荒く腰に手を当て頬を膨らませるミア。恐らくミアは、俺に持ちかけられた複数の縁談の事を言っているのだろう。
リリーの登場で事なきを得たが、もちろんいなくとも断るつもりであった。
その後、レストール卿とグラーゼンを巻き込んでリリーの護衛プランについて話し合われ、その間にリリーはブラッシング技術を教わったというわけ。
基本的には俺の従魔達だけでも十分だとは思うのだが、念には念を入れるということで、婚約公示期間中のリリーのスケジュールを全員が頭に叩き込み、交替で護衛に着く事になったのだ。
その殆どが挨拶回りではあるが、結婚式に招待されている貴族達以外にも、街の町長からギルドの支部長、街の防衛に尽力しているアップグルント騎士団への視察に激励と超多忙。
それを囲う俺達は、ちょっとしたシークレットサービスのようであった。
そして何事もなく過ぎ去った数日後、突然俺の部屋にニールセン公が飛び込んできた。それは、第2王女に動きがあったとの報告。
街の視察だと言って屋敷を出て行き消息を絶ったとの事で、それが丁度昼頃の話。
結局グリンダが屋敷に戻ってきたのは夕方過ぎ。空白の時間帯に何をしていたのかは……まぁ、すぐにわかるだろう。
夕食を終えると、俺の部屋に集まる男衆。ニールセン公とレストール卿。それにバイスとグラーゼンだ。
「すまない。結局グリンダ様の足取りは掴めず仕舞いだ……」
曇った表情で項垂れるニールセン公。第2王女派閥のトップとして責任を感じているのだろう。
すでにグリンダはニールセン公が何を言っても聞かないのだ。他の貴族達が見限るのも頷ける。
「頭を上げてくださいニールセン公。あなたの所為ではありません」
とは言え、グリンダの所為だとも言えないのが貴族の辛いところなのだろう。
ニールセン公を慰めるレストール卿も神妙な面持ちである。
「九条の方はどうだ?」
「まだ帰ってきてないのでなんとも……」
その時だ。俺の隣にふと何かの気配を感じ振り向くと、そこには黒ずくめの少女が片膝をついていた。
「もう帰って来てる……。呼ばれなかっただけ……」
ギリギリ聞こえる程度の小さな声。口元は黒い布で覆われている為、輪を掛けて聞き取り辛い。
「おわぁ!」
つい先程までそこには誰もいなかったのだ。そりゃ驚きもするだろう。
「何者だッ!?」
席を立ち、王家の紋章が入ったロングソードに手を掛けたグラーゼン。
俺はそれを慌てて止め、その少女が味方であるということを急いで伝えた。
「紹介します。彼女はザラ。詳しいことは省きますが、暗殺者を生業としている者です。怪しくはない――いや、登場の仕方は十分怪しかったですけど、味方ですので安心してください」
皆が顔を見合わせると、どうにか納得した様子で席に着く。
「まぁ、九条だからな……」
バイスの一言に眉をひそめる。どういう意味だろうか……。
俺だから怪しい者が仲間でも仕方がないという意味なのか、それとも俺だから小さな女の子を連れていても仕方がないという意味なのか。
後者であれば全くの誤解である。確かになりは小さいが、実年齢がそれに比例しているとは限らない。
もちろん年相応の可能性も無きにしも非ずだが……女性の年齢を聞く趣味はない。
知っている事と言えば彼女が黒翼騎士団の部隊長の1人であったという事と、神出鬼没でありその際に音もなく近づいて来ることから、付いた二つ名が無拍子だということくらいだ。
「それで? 第2王女の動向は?」
「……ヴィルヘルムとの密会を確認……」
「やはりそうであったか……」
肩を落とすニールセン公。気の毒ではあるのだが、元気を出せなどと無責任な慰めすら口には出来ない雰囲気。
この先を聞きたくはないだろうが、聞かない訳にもいかない。
「それで? その内容は聞き取れたのか?」
「もちろん……」
「聞かせてくれ」
ザラはそれに無言で頷いて見せると、小さな声で淡々と語る。
「場所はこの街の南西に位置する場末の宿屋……。その一室でヴィルヘルムは、揚げた鶏のモモ肉を右手で掴んで口へと運んだ……」
「……それで?」
「……それをもぐもぐと噛む事5回……ごくりと飲み込み満たされた表情……」
神妙な面持ちで聞いていた面々が一斉に首を傾げる。
「……そこで私は思った……よく噛まないで飲み込むから太るんだろうな……と……」
「いや、ちょっと待ってくれ。そこまで細かくなくていい。ヴィルヘルムとグリンダの会話のところだけで構わないのだが……」
「……そう?」
事細かに伝えてくれるのはそれだけ有能だということなのだろうが、このペースで全てを聞いていたら日が暮れてしまう。……いや、この場合は夜が明けてしまうと言うべきか……。
ザラは少し不満そうに口元の布を尖らせながらも、要点だけを掻い摘んで教えてくれた。
俺を遠ざける為のコット村襲撃に、レナの殺害。グリンダの目的とヴィルヘルムの用意周到な計画。
それに激昂したのはニールセン公である。
「レナを殺害するだと!? それをグリンダ様が容認したというのかッ!?」
「……聞いたことを話しただけ……疑うなら本人に聞けばいい……」
息子の婚約者が殺されるとあっては、正気でいられるわけがない。
ニールセン公が信じたくない気持ちは理解できるが、それが真実なのだろう。
ノルディックの為ならば、グリンダはやりかねない。誰もがそう考えるはず。
「九条はコット村に帰った方がいい。お前の従魔達なら間に合うかもしれない……」
そう言ってくれるバイスの気持ちはありがたい。王女よりも村を優先しろと言ってくれているのだ。普通は逆である。
領主であるネストにそれを伝えたところで、派兵は間に合わないだろう。
それでも俺は冷静だった。もちろんコット村は心配だ。相手は軍隊。村の獣達と自警団でどうにかできる話じゃない。
ギルドは中立を貫くだろうし、俺を引き付ける為に攻めるのだから降伏したところで結果は変わらないだろう。
「いえ、それこそ相手の思う壺です。レナの護衛もしなければならないとなると、戦力は減らさない方が得策なのでは?」
「コット村はどうする? 見捨てるのか!?」
「まさか……。コット村は……恐らく大丈夫です。人命さえ守れれば復興は出来ますしね」
「何を根拠に……」
焦りの色を隠せないバイスに、余裕の笑顔を見せつけるも、その不安は払拭できない様子。
もちろん俺が駆け付けた方がより安全だろうことは明らかだが、そもそも間に合わなければ意味がない。
今すぐ従魔に乗り、エルダー山脈を越えブルーグリズリーの生息域を抜けたところで、恐らく数日はかかるだろう道のりだ。
ならば、村の事は村で何とかしてもらおう。コット村が俺の弱点になることは前々からわかっていた事。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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