生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第385話 森のくまさん

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 鬱蒼と生い茂る東の森は、西の森と違って人の手が殆ど入っていない。
 その理由として挙げられるのは、そこが冒険者でもシルバーはないと危険とされる獰猛な獣、ブルーグリズリーの生息域だと言われているからだ。
 昔は、港湾都市ハーヴェストからシルトフリューゲルへと向かう陸路の近道として山越えをする商人達もいたらしいが、その成功率は低く無傷で通り抜けられるのは2割程度だったという。
 対策は2つ。大人しく王都経由での遠回りか、ブルーグリズリーに対抗できる複数の冒険者を雇い入れるか……。
 時間とカネと命を天秤にかけた結果、殆どの商人が遠回りを余儀なくされているのが実情なのだ。

「ここも懐かしいなぁ」

「この洞窟がどうかしたのか?」

「昔、盗賊達とちょっとな……」

 そこは村を襲った盗賊団のアジトだった場所。中の財宝を荷車に乗せ、ミアと2人で運んだ記憶が甦る。
 当時ミアは俺のことをカッパーではないと疑っていて、俺は悟られまいとダンジョンの事を隠していた。
 今でこそ当たり前のことなのだが、右も左もわからないこの世界に戸惑っていた自分がやけに懐かしくも感じてしまった。

「ブルーグリズリーの生息域はまだ先か?」

「うむ。それよりも九条殿。話し合うとは言ったが、見つけたブルーグリズリーに片っ端から声を掛けてゆくのか?」

「いや? 最初に発見した奴に族長の所まで案内させればいいんじゃないか?」

 それを聞いたワダツミの足がピタリと止まる。

「あー……九条殿……。非常に言いにくいのだが、ブルーグリズリーは群れてはいないぞ……?」

「そうなのか!?」

 そこまで考えてなかった。言われてみれば、元の世界でも熊は群れていなかった気がする。
 白狐やワダツミ達のように群れているのが当たり前であると、どこか頭の片隅で思い違いをしていたのだ。
 東の森が縄張りだと聞けば、そう勘違いしてしまっても仕方ない。

「群れで襲ってこられては、我等でも相手にするのは少々手間だぞ……」

 意気消沈し途端に面倒臭くなってしまった俺。
 どれだけのブルーグリズリーが生息しているかもわからないのに、やみくもに探し回るのは流石に骨が折れる。

「……やっぱ帰るか……」

 肩を落とし、俺がブルーグリズリーの捜索を諦めかけた瞬間だった。

「待て九条殿! 近いぞ!?」

 何者かの気配を感じ、瞬時に身体の向きを変えるワダツミ。そのしなやかな動きは獣ならではの俊敏さだ。
 姿勢を低く、数メートル先の巨木付近を睨みつけながらも牙を剥き出しに唸り声を上げる。
 シンと静まり返る鬱蒼とした森の中、耳をすませば僅かに聞こえる葉擦れの音は、心音と混ざり聞き取り辛い。
 揺れ動く草木は風のせいではなく、そこから姿を見せたのは1体のブルーグリズリー。

「止まれッ!」

 ワダツミの声に足を止めるも、すぐにでも突進してきそうな威圧感。
 体格は魔獣であるワダツミよりも1回り程大きく、成熟した大人の熊といって差し支えない貫禄を誇っていた。
 その体毛は青というより黒に近く、逆立っているのは警戒心の表れだろう。

「……」

 後ろ足で立ち上がり、両手を振り上げ威嚇するブルーグリズリー。その身長は2メートルを優に超える。
 しかし、それには微塵も恐怖を感じなかった。これまで戦ってきた者達と比べれば、普通の熊なぞ恐るるに足らず。
 拍子抜け……と言った方がしっくりくるくらいだ。

「そこの獣。我らを前に既に敵わぬことくらいわかるだろう? 大人しく話を聞け。さすれば危害は加えないと誓おう」

 歯茎まで見えるほどに歯を食いしばっていたブルーグリズリーは、その一言で自然と大人しくなった。
 俺にはわからないが、野生を生き抜いてきた獣だからこそわかることもあるのだろう。

「九条殿」

「ああ」

 俺は1歩だけ前に出ると、相手が恐怖心を抱かぬようにと出来るだけ丁寧に話しかけた。

「まず勘違いしないでほしいのは、俺達が話し合いに来ただけだということを信じてほしい。俺は九条。西にある村から来た。俺の言葉は理解出来るか?」

 ブルーグリズリーが大きく目を見開くと、前足を地に着け戸惑いながらも口を開いた。

「……わかる……」

「なら話は簡単だ。俺の住む村にちょっかいをかけないでほしいんだ。そうすればお互い無駄な争いをしないで済む」

「それは出来ない」

「何故だ? 条件があるなら出来るだけ譲歩する。ある程度なら食料の供給も……」

「それを決めるのは王だからだ」

「王? 群れの長という意味か?」

「俺達は群れては行動しない。しかし、俺達をまとめる者はいる。それが強者であり王なのだ」

「ならば、その王とやらに会うことは可能か?」

「やめておけ。王が人間の言うことを聞くとは思えない」

「それでもかまわない。案内してくれるだけでいいんだ」

 暫く続く無言の時間。目の前のブルーグリズリーは俺達を品定めするようにつま先から頭のてっぺんまで舐めるよう見つめると、ゆっくりと後ろを向き、歩き出した。

「案内だけだ……」

 不愛想この上ない返事ではあったが、いい滑り出しである。少なくともブルーグリズリーを探し回る手間は省けそうだ。

 それからどれだけ歩いただろうか。ブルーグリズリーに案内されること3時間。獣道を東へと進んでいるのだが、一面の緑だった景色は既になく、辺りには焦げ臭さが僅かに残る炭化した樹々が立ち並んでいた。
 それは本当に5年以上も前のことなのかと疑うほどの爪痕である。

「まだ着かんのか!?」

 ワダツミの苛立つ声に、ゆっくりと振り向いたブルーグリズリー。

「角の生えたウルフ。お前はここで待て。お前の気配は強すぎる」

「話し合うだけだと言っただろう!?」

「お前がいると王が姿を隠してしまうかもしれん」

「くッ……」

 一理ある。いくら狂暴なブルーグリズリーとは言え、魔獣と化したワダツミを相手になんかしたくはないだろう。

「仕方ない。ワダツミはここで待っててくれ」

「しかし……」

「大丈夫だ」

 心配そうな表情を向けるワダツミの首元を優しく撫でる。
 その手触りはふわっふわ。ミアのブラッシング技術も日々向上しているのだろう。
 そんなことを考えられるくらいには余裕があった。それが俺の手を通してワダツミに伝わる事は知っている。

「わかった……」

「ありがとうワダツミ。前のようにはならないから安心してくれ」

 恐らくワダツミは、過去ダンジョンであった出来事を繰り返してしまうのではないかと懸念しているのだろう。
 俺の判断が甘かったばかりに、オーク族の長であるゴズの侵入を許してしまった時の事だ。
 無駄にワダツミを不安にさせてしまっているのも、全ては俺の責任だ。不甲斐ない主人で申し訳なく思う反面、それでも見捨てずついて来てくれているのだから、従魔達には感謝してもしきれない。
 だからこそ、これ以上情けない姿は見せぬようにと……二度と同じ轍は踏まないようにと戒心しているのだ。
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