生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第387話 熊の王

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 それから数十分ほど歩いたところで、ようやく王と呼ばれるブルーグリズリーとの御対面である。
 岩肌剥き出しの半洞窟とでも言えばいいのか、大きな岩が屋根のように突き出ているその下には、3体のブルーグリズリー。
 傍の2体から毛づくろいをされ、気持ちよさそうにしている真ん中の奴が王なのだろう。他の個体よりも身体は1回り程大きく、傷だらけの身体は貫禄の塊だ。
 恐らく俺には気付いているのだろうが、先に視線を合わせたのは案内してくれたブルーグリズリーの方。

「おい。その怪我はどうした? 横に連れている人間が新たな供物か?」

「いえ……その……」

 俺をチラチラと見ながらも居心地が悪そうに口ごもる。
 頼んだのは案内だけで、通訳の必要ない。このまま黙っていても曖昧な説明をされるのが目に見えているので、俺から話を切り出した。

「はじめまして。俺は九条。あなたがこの辺りのブルーグリズリーをまとめ上げている王……で間違いないか?」

「ほう。我等の言葉を解するとは珍しい人間もいたものだ。我の事はキングと呼べ」

 キングの目配せで、毛づくろいをしていた2体のブルーグリズリーが下がっていく。
 少なくとも統率が取れているであれば、王の振る舞いのように見えなくもないが、なんというかお山の大将感は否めない。
 とは言え、ひとまずは話し合いに応じようとする意思表示だと捉えよう。

「では、改めてキング。頼みがあるんだが、西の村にちょっかいを出すのをやめてもらえないだろうか?」

「断る! そもそも貴様ら人間が森を焼いたのだろう!」

「確かにそれは人間の所為かもしれないが、村に住む人間達には関係ないんだ。それに5年以上前の話を……」

「5年だと!? ついこの間の事をもう忘れたのかッ! わざわざ武装してまで森を焼いて回っていただろう! お前はここに来るまでに何も見てこなかったのかッ!?」

 涎を巻き散らし、怒りを露に声を荒げるキング。
 恐らくはシルトフリューゲル軍の仕業だろう。途中に見られた炭化した樹々や焦げ臭さは、やはり5年前のものではなかったということだ。
 ブルーグリズリーを近寄らせまいと火を放ったのか、山火事に見せかけ村ごと焼き払うつもりだったのか……。
 どちらにせよ、余計な事をしてくれたものである。これでは獣達が人間に遺恨を抱いても仕方がない。

「あんなちっぽけな供物で我等を懐柔しようなど片腹痛いわ! 森を焼いた事を許してほしくば更に倍を用意しろ! 話はそれからだッ!」

 先程から言っている供物というのも気にかかる。村が平和になるなら、多少の工面もやぶさかではないが……。

「供物があれば、村を襲わないと約束してくれるのか?」

「もちろんだ。森を焼いた分の食料提供は当たり前だろう? だが、雄はもういらんぞ。雌の柔らかい肉を用意しろ」

 無意識に顔を歪めてしまったのは、キングの言っている供物が何なのかを理解したからだ。やはり獣は獣である。

「断る。そもそも村の人間は関係ないと言っただろう? それでも譲歩してやると言ってるんだ」

「譲歩しているのはこちらだ。いいのか? 村の人間もいずれはこうなるぞ?」

 その時だ。先程下がって行ったブルーグリズリーが何かを咥え持って来た。
 無造作に投げ捨てられたそれが、けたたましい金属音を響かせ俺の足元に転がる。
 それは薄汚れたプレートの鎧。所々黒ずんでいるのは血の乾いた後だろう。そこにはフェルス砦で見たシルトフリューゲル軍の軍旗と同じ紋章が刻まれていた。

「……」

 無言でそれを見つめる俺に、キングはニヤリとほくそ笑む。

「どうした人間、怖いのか?」

 そんな訳ないだろう。この鎧の持ち主がフードルが倒した者であるのか、それともわざと逃がした5人の内の誰かなのかを考えていただけだ。
 供物と言うくらいなので、恐らくは前者だろうとは思うが……。

「何人食った?」

「さぁな。お前は食べた魚の数を数えているのか?」

「数えてないな」

 数えきれないくらいということなら、既に亡くなっていた者達なのだろう。

「お前達が食った奴等こそ森に火を放った人間達だ。それで怒りを収められないか?」

「そんなことは関係ない。足りないんだよ。同じ人間なら人間のお前が誠意を見せたらどうだ?」

 どうやら交渉の余地はなさそうである。……いや、最初からなかったのだろう。
 ちょっと肩がぶつかっただけで、骨が折れたと騒ぎ立てるヤクザのような言い分に、いい加減辟易としてきた。

「断ると言ったはずだ。お前の要求は飲めない。折角の時間を無駄にしたな」

「ほう。ならば遠慮なく村を襲うとしよう。謝るなら今の内だぞ?」

「それは宣戦布告と捉えていいんだな?」

 キングを、これでもかというほどに強く睨みつける。
 それに恐怖を覚えてほしいわけじゃない。これが最終通告であるという意思表示だ。

「ガッハッハ……。面白い! 見せて貰おうじゃないか。1人では何も出来ぬ人間風情が!」

 確かに殆どの人間は弱いが、例外がいることを知らないのだろう。だからこそ、今まで生きてこれた。それはただ運が良かっただけに過ぎないのである。
 これ以上話すこともないだろうと、踵を返す。

「どうした? 逃げるのか!?」

「明日になったら本気を出す。今はひとまずミアに感謝しておけ」

「はぁ? 良くはわからんが逃げるのだろう? 明日が楽しみだなぁ。ガハハ……」

 何とでも言え。反論するのも億劫だ。
 もうそろそろ日が暮れる。確認したいことがあるというのも理由の1つではあるが、あまり遅くなるとミアに怒られるから、今日のところは見逃してやろうというだけだ。

 紅く染まる川が見えて来ると、その対岸ではワダツミが待ってくれていた。
 俺の顔を確認すると一瞬だけ喜んだようにも見えたが、すぐに神妙な面持ちへと戻ってしまう。
 話し合いが上手くいかなかった事を、俺の表情から読み取ったのだろう。それでもバシャバシャと水を掻き分け、向かってくる姿は最早感動すら覚える。
 元の世界では動物を飼った事はなかった。むしろ動物を憎んでいたと言ってもいい。
 野良猫や野良犬は墓のお供え物を荒らすのだ。もちろんその掃除は俺の仕事。殺意……は言い過ぎだが、少なくとも子供の頃は貴重な自由時間を侵害する厄介な存在という認識だった。

「九条殿!」

「ただいまワダツミ。用事は済んだ。村へ帰ろう」

「うむ……。だが……」

 そわそわと落ち着かない様子のワダツミ。それは話し合いに失敗した俺に、どう接していいのか憂慮しているわけではない。
 その原因は俺の後ろにいたのだ。

「見送りご苦労さん。……いつまでついて来る気だ? それとももう1発食らいたいドMなのか?」

 振り返ると、そこにいたのはキングの所まで案内してくれたブルーグリズリー。
 下顎の出血は止まっているようだが、何故か無言のままずっと俺の後をついて来ていた。
 こちらから話すことは何もないので放置していたのだが、返答次第では鍋確定だ。

「……俺達への制裁を少し待ってはくれないだろうか?」

 ケガの所為か少々聞き取り辛かったが、予想外の返答に目を丸くした。
 とは言え、それは聞けない申し出である。

「断る。その結果、村に被害がでないとも限らない」

「頼む! キングは俺が必ず説得して見せる。だから……」

「くどい。そもそも俺がお前達を信用するとでも思っているのか? 何故俺を止めようとする。キングに従うんじゃなかったのか?」

「確かにそうだ……。だが、お前には勝てない。俺にはわかる……」

 1発ぶん殴ったのが余程堪えたのか、それとも……。

「俺はお前達が見下している人間だぞ? お前達の常識では、人間は弱い生き物なんだろう?」

「そうじゃない者もいることを知った……。ウルフ族が弱き者に付き従うわけがない……」

 それを聞いて、不覚にも感心してしまった。少なくとも、コイツはキングよりも頭が回るらしい。
 恐らくは半信半疑だったが、俺に殴られ確信したのだろう。
 見る目はあるが……それだけだ。

「お前がそれに気付けたとしても、もう遅い。キングがお前の言うことを聞くとは思えない。俺の強さを知っていてもお前はキングとの交渉中に割り込んではこなかった。それだけで十分だ」

 獣の上下関係なぞ心底どうでもいいが、あの場ではキング以外に発言権はなかった。それだけ王とされるものが絶対的存在なのだ。
 それを説得出来るわけがなく、俺にはただの時間稼ぎにしか思えなかった。

「帰ろう。ワダツミ」

「うむ」

「待ってくれ!」

 俺達を追いかけようとしたのだろう。片足を川へと突っ込んだブルーグリズリーに対し、俺は冷ややかな視線を向けた。

「この川を超え追ってくれば、お前の命は明日を待たずに燃え尽きると知れ」

 流石にそこまでの覚悟はなかったのだろう。悔しそうな表情を浮かべながらも俺の説得を諦めたブルーグリズリーは、名残惜しそうに背中を見せ去って行った。
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