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第431話 死への希望
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ミアがキャロと会話を始めてから約1時間。おかわりのホットミルクは2杯目を飲み終えたところ。
「私もメリルおねーちゃんの従魔達のお手伝いをしてたの。ブラッシングはミアちゃんみたいにまだ上手くはできないけど、筋は良いって褒められたんだ。私もミアちゃんのお兄さんみたいに、メリルおねーちゃんと一緒にいられたらいいんだけど……」
ふと下ろした視線の先には手の甲に浮かび上がる赤い痣。キャロが影を落としたのは、見逃してしまってもおかしくはないほんの一瞬。
ミアは、ここぞとばかりに本題を切り出した。
「……キャロちゃんは、なんで生贄を断らなかったの? 貴族とか王族の暮らしに憧れてたから?」
小さな子供であれば、誰もが一度は夢見る暮らし。
煌びやかなドレスに身を包み、豪華な食事を毎日のように食しては、大きな豪邸で優雅なひとときを過す。
自分専用の個室。ベッドで飛び跳ねても怒られることはなく、なんでも言う事を聞いてくれる執事と使用人達に囲まれ、不自由のない生活を送る。
どうせ生贄となるのなら、最後に思い出を作りたい。キャロはまだ子供だ。そう考えたって何もおかしなことはない。
しかし、キャロは静かに首を横に振った。
「ううん。確かに生贄になるって決まってからはお姫様になったみたいでびっくりしちゃったけど、私からお願いした訳じゃないよ?」
「じゃぁ、街の皆を怖いドラゴンから守る為?」
「……うーん……わかんない。でも、ねくろえんたーぷらいずの皆は守ってあげたいって思う……お世話になったし……」
「そうなんだ……。キャロちゃんは生贄……怖くないの? おっきいドラゴンに食べられちゃうんだよ? ギザギザの歯がお腹とかにブスッて刺さって、血がドバドバ出てすっごく痛いんだよ? 私だったら嫌だなぁ。死んだらおにーちゃんに会えなくなっちゃうもん」
「ミアちゃんはそうかもね。でも、私は逆だから。パパとママに会えるんだから怖くないよ?」
汚れたぬいぐるみを強く抱きしめたキャロ。ミアに向けられた笑顔は、喜びに溢れていた。
天国へ行けば両親に会える。それをこれっぽっちも疑っていない。信じているからこそ出来る満面の笑み。
ミアは、その笑顔に応えることが出来なかった。それが、過去の自分の考え方とは、全くの逆であったからだ。
自分1人だけが生き残ってしまったという気持ちは、痛いほどよくわかる。思い返してみれば、天使様は自分が都合よく生み出した妄想だったのではないかと疑いもした。九条と出会うまでに、自ら命を絶とうと悩んだこともあったのだ。
それは、死にたいのではない。生きるのを諦めただけなのだ。ミアはそれこそが唯一の逃げ道だと思っていた。
しかし、キャロは死ぬことに希望を見出していたのである。
その時だ、静まり返った室内に突如響いたガシャンという金属音。吸い込まれるように全員の視線が奪われると、そこには1枚の盾が落ちていた。
それはストレが持っていた物。金属製ではあるものの、黒い鎧とは対照的なお値打ち感の強めな廉価品だ。
隣のローゼスに睨まれながらも申し訳なさそうに頭を下げ、慌てて盾を拾い上げるストレ。
「ミアちゃん。あの人は?」
「私の護衛の人。おにーちゃんが用事でこれなかったから代役で……」
「ふぅん……」
興味があるような、ないような……。どちらとも取れる微妙な返事。
「そ……そんなことより、キャロちゃん。私は天国に行っても両親には会えないと思うよ?」
ストレに向いていたキャロの意識を逸らす為とは言え、ミアの言い方は少々辛辣であった。それはキャロを否定していることに他ならない。
先程の和やかな雰囲気は何処へやら。キャロは血相を変え声を荒げる。
「そんなことない! なんで、ミアちゃんにそんなことがわかるの!?」
キャロの言う事は尤もだ。当然ミアにはわからないが、九条には造作もない事である。とは言え、それをローゼスの前では口に出来ない。
どうすれば伝わるのか……。どうすれば生贄を諦めてくれるだろうか……。ミアの考えは纏まらなかったが、これまでの経験と九条の言っていた事を思い出しながらも、諭すように柔らかな言葉を紡いだ。
「私のおにーちゃんはね……死霊術師なんだ……。死んじゃった人とお話しすることも出来るんだよ? 今までいろんな人を弔ってきたけど、お別れを見るのは辛いって言ってた。家族とか、恋人とか、お友達とか……。でね? 天国へと旅立つ前、最後に言い残した事があれば伝えてあげるって言うと、みんな同じ事を言うんだって。私の分も生きてほしい――って。……だからね、きっとキャロちゃんのママも、そう思ってるんじゃないかな?」
それを聞いて、両親との再会を信じてやまないキャロに新たな価値観が生まれようとしていた。
母親が娘に絶命という苦痛を与えてまで、再会を望むものだろうか……。
それは半信半疑程度のものだが、同じ境遇のミアからの言葉であったからこそキャロの心に響いたのだ。
「……そう……なのかな……」
「そうだよ! 私のパパとママもそう思ってるはずだもん。一人だけ生き残ってズルイだなんて、絶対言わない! だから私は死ぬまでおにーちゃんと一緒にいるの! ママから貰った命だもん。精一杯生きて何が悪いの!? メリルさんだってキャロちゃんが死んじゃったら、キャロちゃんがママを亡くした時と同じ気持ちになるんだよ? 残された人の辛い気持ちは、キャロちゃんが一番わかってるはずでしょ!?」
キャロを勇気づける為にも、ミアは身を乗り出しその手を掴んだ。
そこから伝わるお互いの体温に、少しだけ笑顔を見せたキャロ。しかし、その手はすぐに離れてしまう。
「ミア様。申し訳ございませんが、それ以上は……」
ハッとしたミア。その肩を掴んだのは、顔を歪めていたローゼスである。
会話の内容からミアの目的は明らかだ。こんな子供に生贄という重責を負わせなければならない苦悩。かと言って、生贄がいなくなれば黒き厄災の怒りを買う事にも成りかねず、獣人というローゼスの立場上これ以上は看過できない。
「ごめんなさい、ローゼスさん……。ちょっと言い過ぎました……」
「いえ……。わかって下さればよいのです……」
反省するミアに、ホッと安堵するローゼス。
暫く続く無言の時間。その沈黙を破ったのは、少々控えめな扉のノックであった。
「私もメリルおねーちゃんの従魔達のお手伝いをしてたの。ブラッシングはミアちゃんみたいにまだ上手くはできないけど、筋は良いって褒められたんだ。私もミアちゃんのお兄さんみたいに、メリルおねーちゃんと一緒にいられたらいいんだけど……」
ふと下ろした視線の先には手の甲に浮かび上がる赤い痣。キャロが影を落としたのは、見逃してしまってもおかしくはないほんの一瞬。
ミアは、ここぞとばかりに本題を切り出した。
「……キャロちゃんは、なんで生贄を断らなかったの? 貴族とか王族の暮らしに憧れてたから?」
小さな子供であれば、誰もが一度は夢見る暮らし。
煌びやかなドレスに身を包み、豪華な食事を毎日のように食しては、大きな豪邸で優雅なひとときを過す。
自分専用の個室。ベッドで飛び跳ねても怒られることはなく、なんでも言う事を聞いてくれる執事と使用人達に囲まれ、不自由のない生活を送る。
どうせ生贄となるのなら、最後に思い出を作りたい。キャロはまだ子供だ。そう考えたって何もおかしなことはない。
しかし、キャロは静かに首を横に振った。
「ううん。確かに生贄になるって決まってからはお姫様になったみたいでびっくりしちゃったけど、私からお願いした訳じゃないよ?」
「じゃぁ、街の皆を怖いドラゴンから守る為?」
「……うーん……わかんない。でも、ねくろえんたーぷらいずの皆は守ってあげたいって思う……お世話になったし……」
「そうなんだ……。キャロちゃんは生贄……怖くないの? おっきいドラゴンに食べられちゃうんだよ? ギザギザの歯がお腹とかにブスッて刺さって、血がドバドバ出てすっごく痛いんだよ? 私だったら嫌だなぁ。死んだらおにーちゃんに会えなくなっちゃうもん」
「ミアちゃんはそうかもね。でも、私は逆だから。パパとママに会えるんだから怖くないよ?」
汚れたぬいぐるみを強く抱きしめたキャロ。ミアに向けられた笑顔は、喜びに溢れていた。
天国へ行けば両親に会える。それをこれっぽっちも疑っていない。信じているからこそ出来る満面の笑み。
ミアは、その笑顔に応えることが出来なかった。それが、過去の自分の考え方とは、全くの逆であったからだ。
自分1人だけが生き残ってしまったという気持ちは、痛いほどよくわかる。思い返してみれば、天使様は自分が都合よく生み出した妄想だったのではないかと疑いもした。九条と出会うまでに、自ら命を絶とうと悩んだこともあったのだ。
それは、死にたいのではない。生きるのを諦めただけなのだ。ミアはそれこそが唯一の逃げ道だと思っていた。
しかし、キャロは死ぬことに希望を見出していたのである。
その時だ、静まり返った室内に突如響いたガシャンという金属音。吸い込まれるように全員の視線が奪われると、そこには1枚の盾が落ちていた。
それはストレが持っていた物。金属製ではあるものの、黒い鎧とは対照的なお値打ち感の強めな廉価品だ。
隣のローゼスに睨まれながらも申し訳なさそうに頭を下げ、慌てて盾を拾い上げるストレ。
「ミアちゃん。あの人は?」
「私の護衛の人。おにーちゃんが用事でこれなかったから代役で……」
「ふぅん……」
興味があるような、ないような……。どちらとも取れる微妙な返事。
「そ……そんなことより、キャロちゃん。私は天国に行っても両親には会えないと思うよ?」
ストレに向いていたキャロの意識を逸らす為とは言え、ミアの言い方は少々辛辣であった。それはキャロを否定していることに他ならない。
先程の和やかな雰囲気は何処へやら。キャロは血相を変え声を荒げる。
「そんなことない! なんで、ミアちゃんにそんなことがわかるの!?」
キャロの言う事は尤もだ。当然ミアにはわからないが、九条には造作もない事である。とは言え、それをローゼスの前では口に出来ない。
どうすれば伝わるのか……。どうすれば生贄を諦めてくれるだろうか……。ミアの考えは纏まらなかったが、これまでの経験と九条の言っていた事を思い出しながらも、諭すように柔らかな言葉を紡いだ。
「私のおにーちゃんはね……死霊術師なんだ……。死んじゃった人とお話しすることも出来るんだよ? 今までいろんな人を弔ってきたけど、お別れを見るのは辛いって言ってた。家族とか、恋人とか、お友達とか……。でね? 天国へと旅立つ前、最後に言い残した事があれば伝えてあげるって言うと、みんな同じ事を言うんだって。私の分も生きてほしい――って。……だからね、きっとキャロちゃんのママも、そう思ってるんじゃないかな?」
それを聞いて、両親との再会を信じてやまないキャロに新たな価値観が生まれようとしていた。
母親が娘に絶命という苦痛を与えてまで、再会を望むものだろうか……。
それは半信半疑程度のものだが、同じ境遇のミアからの言葉であったからこそキャロの心に響いたのだ。
「……そう……なのかな……」
「そうだよ! 私のパパとママもそう思ってるはずだもん。一人だけ生き残ってズルイだなんて、絶対言わない! だから私は死ぬまでおにーちゃんと一緒にいるの! ママから貰った命だもん。精一杯生きて何が悪いの!? メリルさんだってキャロちゃんが死んじゃったら、キャロちゃんがママを亡くした時と同じ気持ちになるんだよ? 残された人の辛い気持ちは、キャロちゃんが一番わかってるはずでしょ!?」
キャロを勇気づける為にも、ミアは身を乗り出しその手を掴んだ。
そこから伝わるお互いの体温に、少しだけ笑顔を見せたキャロ。しかし、その手はすぐに離れてしまう。
「ミア様。申し訳ございませんが、それ以上は……」
ハッとしたミア。その肩を掴んだのは、顔を歪めていたローゼスである。
会話の内容からミアの目的は明らかだ。こんな子供に生贄という重責を負わせなければならない苦悩。かと言って、生贄がいなくなれば黒き厄災の怒りを買う事にも成りかねず、獣人というローゼスの立場上これ以上は看過できない。
「ごめんなさい、ローゼスさん……。ちょっと言い過ぎました……」
「いえ……。わかって下さればよいのです……」
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