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第468話 魔眼の代償
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「それよりも……」
水に浸かってしまったからか、カイエンの塗装が剥げかけていて、白熊というよりパンダみたいになってしまっているのが笑いを誘う。
いや、笑い事ではないのだが、パッと見渡した感じ観客の姿は見えないので、それほど気にする必要はないのかもしれない。
いたところで精々数えるほど。その殆どがファフナーに視線を奪われているはずである。
「我の逆鱗に触れたと知れッ! ベヒモスッ! 前回同様、火だるまにしてくれるわッ!」
「それはこちらの台詞だ! 今度こそお前を氷河の底に沈めてやるッ!」
上空から放たれる灼熱の炎。対して、ベヒモスは冷気のブレスで対抗する。
その威力だけで言えば、ほぼ互角の勝負。無差別に飛び散る火の粉をもろに被り、右往左往するエルザ。
「あちちっ……こりゃたまらん! 観客の避難も終わったようじゃし、ワシも避難させてもらうぞ」
瓦礫の山をピョンピョンと跳ねながら助走をつけ、壁を蹴って飛び上がるとVIP席へと消えていく。
恐らくは獣術によるものだろうが、こう常人離れした行動ばかり見させられていると、従来の老人のイメージが覆りそうだ……。
「ガハハ。身体がいい具合に乾く。こりゃいい」
カイエンはというとマイペース。びしょ濡れだった身体は、襲い来る熱風によって既にサラサラ。
そんな中でも、俺が平然と立っていられるのはエルザのおかげか。
ベヒモスがファフナーに気を取られている今こそが、千載一遇のチャンス。
脚に溜めた力を一気に解放し地面を蹴ると、ベヒモスとの距離を詰めにかかる。
「させるかぁッ!」
ベヒモスの残された左目が怪しげな光を放つも、カラクリがわかっていれば怖くはない。
頼みの魔眼が効かず、慌てふためくベヒモスの顔を見られないのは残念だが、顎より上はハナから視界の外である。
そもそもファフナーのブレスを防ぎながらでは、碌に顔も動かせまい。
いけるッ! そう勝利を確信した瞬間だった――。
「ガァ――ッ!」
突如後方から上がった叫び声。それが何を意味するのか、理解するのにそう時間はかからなかった。
しまったッ――と、足を止め振り返るも、カイエンは天を仰ぎながらも目を血走らせ、両手で頭を抱え込んでいたのだ。
「カイエンッ!」
その言葉も届かない。
ついには地面に膝を付き、まるで何かに取り憑かれてしまったかのように、頭を床に叩きつける。
ブレスの応酬が止んだのは、ファフナーが状況を把握したからだろう。
ベヒモスは、俺を見下すよう睨みつけた。
「お前が魔眼を知っていた事には驚いたが、従魔の視線まではコントロール出来まい。どうだ? 守る者が敵に回る気分は?」
最悪である。従魔達に魔眼の事は教えていない。そもそも、そんなタイミングはなかった……。
ベヒモスを倒せば、カイエンは魔眼の呪縛から解放されるのか? それとも、一生このままなのか……。
内なる衝動に抗うように、苦悶の表情を浮かべ続けるカイエン。
「随分と抵抗しているようだが、無駄な足掻きよ……。憎しみを受け入れ、楽になってしまえ。そして仲間同士で殺し合うのだ! ガッハッハ!」
顔を上げ高らかに笑うベヒモスは、本当に楽しそうに見えた。
それの何処に面白さを見出せるのかは不明だが、不愉快極まりない。
俺は、ジャケットの裏に隠し持っていた魔法書を左手で取り出しながらも、カイエンへと歩み寄る。
「カイエン、すまん。少しだけ我慢してくれ……」
そう言ってから、涎を垂らし苦痛に耐えるカイエンの胸元に手を添えた。
「【強奪】」
それは対象の魂を奪い取る魔法。面妖な光を発しながらも、カイエンの中に飲み込まれていく俺の腕。
その手に感じる魂の温もりに安堵しながらも、それを優しく手繰り寄せ、そっと魔法書へと仕舞う。
同時にカイエンの身体は動くことを止め、その場に静かに倒れ込んだ。
「――ッ!? まさか、自分の従魔を躊躇いもせず殺したのか!?」
ベヒモスにとっては予想外の展開だろう。死霊術の何たるかを知らなければ、そう見えてしまっても仕方ない。
勿論そんな訳はなく、魂とその入れ物を強制的に分離させただけである。
やっていることは、アレックスの時と同じ。全てが終わったら、身体に魂を戻してやればいいだけなのだ。
問題があるとすれば、魂が肉体に戻った時、魔眼の影響が残留するのかどうか……。
「お前を殺せば、魔眼の呪縛は解けるのか?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
冷たい目でベヒモスを睨みつけるも、ベヒモスはニタリといやらしく微笑むだけ。
正直に答えるわけがないのは、わかっている。
別にどちらでもいいのだ。殺して解けるのならば、そうするだけ。無理なら、解除したくなるまで痛めつけてやればいい。
自分は、あまり感情を表に出さない方だと自負している。
恐らくは、幼少の頃から仏の教えに触れて生きてきたからだろう。カッとなっても、そう簡単に我を忘れることはない。
何故、自分が憤りを覚えたのか……。それを爆発させるメリットがあるのかを推し量っている内に、怒りのピークが過ぎてしまうのだ。
今回もそう。怒りに身を任せても、上手くいく保証はどこにもない。故に冷静沈着で、最善策を模索する。
どうすれば、正体をバラさずに済むのか……。どうすれば、ミアやキャロを守れるのか……。どうすれば、ベヒモスを倒せるのか……。
そして、カイエンがベヒモスの魔眼の餌食となってしまった時、ふとミアに言われた事を思い出した。
『おにーちゃんは、もうちょっと怒ってもいいと思う』
何時だったかハッキリとは覚えていないが、たまにはそれに従い、自分の感情に素直になってみてもいいのではないだろうか。
簡単な事だ。従魔達のように、本能に従えばいいのだから……。
カイエンには時間がない。魂が分離した肉体はいずれ生命活動を止め、本当の意味での死が訪れる。
運否天賦は好きじゃない。しかし、悠長に策を練っている時間もないのだ。
「じゃぁ、言いたくなるようにしてやるよ……」
そして、俺は思考するのを放棄した――。
水に浸かってしまったからか、カイエンの塗装が剥げかけていて、白熊というよりパンダみたいになってしまっているのが笑いを誘う。
いや、笑い事ではないのだが、パッと見渡した感じ観客の姿は見えないので、それほど気にする必要はないのかもしれない。
いたところで精々数えるほど。その殆どがファフナーに視線を奪われているはずである。
「我の逆鱗に触れたと知れッ! ベヒモスッ! 前回同様、火だるまにしてくれるわッ!」
「それはこちらの台詞だ! 今度こそお前を氷河の底に沈めてやるッ!」
上空から放たれる灼熱の炎。対して、ベヒモスは冷気のブレスで対抗する。
その威力だけで言えば、ほぼ互角の勝負。無差別に飛び散る火の粉をもろに被り、右往左往するエルザ。
「あちちっ……こりゃたまらん! 観客の避難も終わったようじゃし、ワシも避難させてもらうぞ」
瓦礫の山をピョンピョンと跳ねながら助走をつけ、壁を蹴って飛び上がるとVIP席へと消えていく。
恐らくは獣術によるものだろうが、こう常人離れした行動ばかり見させられていると、従来の老人のイメージが覆りそうだ……。
「ガハハ。身体がいい具合に乾く。こりゃいい」
カイエンはというとマイペース。びしょ濡れだった身体は、襲い来る熱風によって既にサラサラ。
そんな中でも、俺が平然と立っていられるのはエルザのおかげか。
ベヒモスがファフナーに気を取られている今こそが、千載一遇のチャンス。
脚に溜めた力を一気に解放し地面を蹴ると、ベヒモスとの距離を詰めにかかる。
「させるかぁッ!」
ベヒモスの残された左目が怪しげな光を放つも、カラクリがわかっていれば怖くはない。
頼みの魔眼が効かず、慌てふためくベヒモスの顔を見られないのは残念だが、顎より上はハナから視界の外である。
そもそもファフナーのブレスを防ぎながらでは、碌に顔も動かせまい。
いけるッ! そう勝利を確信した瞬間だった――。
「ガァ――ッ!」
突如後方から上がった叫び声。それが何を意味するのか、理解するのにそう時間はかからなかった。
しまったッ――と、足を止め振り返るも、カイエンは天を仰ぎながらも目を血走らせ、両手で頭を抱え込んでいたのだ。
「カイエンッ!」
その言葉も届かない。
ついには地面に膝を付き、まるで何かに取り憑かれてしまったかのように、頭を床に叩きつける。
ブレスの応酬が止んだのは、ファフナーが状況を把握したからだろう。
ベヒモスは、俺を見下すよう睨みつけた。
「お前が魔眼を知っていた事には驚いたが、従魔の視線まではコントロール出来まい。どうだ? 守る者が敵に回る気分は?」
最悪である。従魔達に魔眼の事は教えていない。そもそも、そんなタイミングはなかった……。
ベヒモスを倒せば、カイエンは魔眼の呪縛から解放されるのか? それとも、一生このままなのか……。
内なる衝動に抗うように、苦悶の表情を浮かべ続けるカイエン。
「随分と抵抗しているようだが、無駄な足掻きよ……。憎しみを受け入れ、楽になってしまえ。そして仲間同士で殺し合うのだ! ガッハッハ!」
顔を上げ高らかに笑うベヒモスは、本当に楽しそうに見えた。
それの何処に面白さを見出せるのかは不明だが、不愉快極まりない。
俺は、ジャケットの裏に隠し持っていた魔法書を左手で取り出しながらも、カイエンへと歩み寄る。
「カイエン、すまん。少しだけ我慢してくれ……」
そう言ってから、涎を垂らし苦痛に耐えるカイエンの胸元に手を添えた。
「【強奪】」
それは対象の魂を奪い取る魔法。面妖な光を発しながらも、カイエンの中に飲み込まれていく俺の腕。
その手に感じる魂の温もりに安堵しながらも、それを優しく手繰り寄せ、そっと魔法書へと仕舞う。
同時にカイエンの身体は動くことを止め、その場に静かに倒れ込んだ。
「――ッ!? まさか、自分の従魔を躊躇いもせず殺したのか!?」
ベヒモスにとっては予想外の展開だろう。死霊術の何たるかを知らなければ、そう見えてしまっても仕方ない。
勿論そんな訳はなく、魂とその入れ物を強制的に分離させただけである。
やっていることは、アレックスの時と同じ。全てが終わったら、身体に魂を戻してやればいいだけなのだ。
問題があるとすれば、魂が肉体に戻った時、魔眼の影響が残留するのかどうか……。
「お前を殺せば、魔眼の呪縛は解けるのか?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
冷たい目でベヒモスを睨みつけるも、ベヒモスはニタリといやらしく微笑むだけ。
正直に答えるわけがないのは、わかっている。
別にどちらでもいいのだ。殺して解けるのならば、そうするだけ。無理なら、解除したくなるまで痛めつけてやればいい。
自分は、あまり感情を表に出さない方だと自負している。
恐らくは、幼少の頃から仏の教えに触れて生きてきたからだろう。カッとなっても、そう簡単に我を忘れることはない。
何故、自分が憤りを覚えたのか……。それを爆発させるメリットがあるのかを推し量っている内に、怒りのピークが過ぎてしまうのだ。
今回もそう。怒りに身を任せても、上手くいく保証はどこにもない。故に冷静沈着で、最善策を模索する。
どうすれば、正体をバラさずに済むのか……。どうすれば、ミアやキャロを守れるのか……。どうすれば、ベヒモスを倒せるのか……。
そして、カイエンがベヒモスの魔眼の餌食となってしまった時、ふとミアに言われた事を思い出した。
『おにーちゃんは、もうちょっと怒ってもいいと思う』
何時だったかハッキリとは覚えていないが、たまにはそれに従い、自分の感情に素直になってみてもいいのではないだろうか。
簡単な事だ。従魔達のように、本能に従えばいいのだから……。
カイエンには時間がない。魂が分離した肉体はいずれ生命活動を止め、本当の意味での死が訪れる。
運否天賦は好きじゃない。しかし、悠長に策を練っている時間もないのだ。
「じゃぁ、言いたくなるようにしてやるよ……」
そして、俺は思考するのを放棄した――。
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