生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第471話 新たな契約

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 ――なんて、物思いに耽っている場合ではない。
 俺はそのままベヒモスの魂を魔法書へと突っ込むと、代わりにカイエンの魂を取り出し、その身体へと駆け寄った。

「間に合った……が……」

 問題は魔眼の残滓だ。最悪の場合、魂を戻した途端にカイエンは苦痛を味わう事となる。
 かと言って、戻さなければ肉体は死んでしまうのだ。

 判断に迷い、どうするべきかを決めあぐねていると、VIP席から飛び降りてきた仲間達。
 カガリに跨るミアとキャロ。ワダツミはエルザを背に乗せながらも、その口にはぐったりとしたメリルを咥えていた。
 ネヴィアだけが取り残されているみたいだが、放っておこう。

「半端な事をやっておるから、魔眼なんぞに惑わされるんじゃ」

 優しくしてくれとは言わないが、エルザの棘のある言い方は、若干だが鼻につく。
 とはいえその声色に危機感はなく、不思議と俺の不安は和らいだ。
 若干呆れ気味だが、余裕の表情。それは、俺が分の悪い賭けに勝ったことを暗に示していた。
 ネクロガルドに頼るのは癪だが、その知識量は異常なまでに豊富。
 エルザであれば、魔眼に対する何らかの対抗策を知っていてもおかしくはない。俺はそれに賭けたのだ。

「どうすればいい?」

「簡単じゃよ。縛血契約を交わせばよい」

「わかった。そのバッケツ契約とやらのやり方を教えてくれ」

 そんな俺の顔を、眉間にシワを寄せながら覗き込むエルザ。
 まるで珍獣でも見ているような、呆けた顔だ。

「はぁ? もしやおぬし、縛血契約の方法も知らずに、カガリやワダツミと契約を結んだのか?」

 人を小馬鹿にしたような言い方には苛立ちもするが、何を言いたいのかは理解した。
 恐らくは、従魔達に血を分け与える行為を、縛血契約というのだ。

「……白狐の言った通りにしただけなんだが……。それが縛血契約なのか?」

「そうじゃ。従者は主に永遠を誓い、主は血を分け与え、新たな力を呼び覚ます――。それは古の魔獣使いビーストマスターが用いていたとされる契約儀式。おぬしの血なら、魔眼を上書きすることも可能じゃろう」

「ちょっと待ってくれ。ただ血を分けるだけじゃ、ダメなんじゃないのか? コクセイと契約した時、ワダツミと白狐が俺の血を舐めとっても契約には至らなかった」

「それは、おぬしにその気がなかったからじゃろう? ワダツミや白狐と、ちゃんと向き合っておったのか? 契約は、お互いが認め合わなければ成立しない不安定なもの。発現する力もまた然り。――と、言われてはおるが、力に関してはおぬしのおかげで解明できそうな気もするのう」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるエルザは怪しいことこの上ないが、カイエンが助かるのなら、実験台も喜んで引き受けよう。

「どういうことだ?」

「気付かぬか? コクセイと契約した時は、金の鬣きんのたてがみとの戦闘を終えた直後だったじゃろう? そして契約を交わし、稲妻を操る力を手に入れた。ワダツミは白い悪魔しろいあくまを倒した後に、水を操る力を手に入れたんじゃろう?」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 状況から見れば、コクセイとワダツミは直前に倒した相手と似たような力を授かっている。
 その力を奪ったか、吸収したと考えるのが妥当だが、それだとカガリの嘘を見抜く力はどう説明するのか……。
 カガリとの契約時は、直前に何かを倒したわけではない。

「恐らくはカイエンも似たような力を得る事になるとは思うが……。どうした?」

「いや……なんでもない。それで? カイエンの魂を戻した後に契約すればいいんだな?」

「いや、普通にやっては魔眼の残滓がそれを阻むじゃろう」

「じゃぁ、どうすれば……」

「まぁ慌てるな。対策はちゃんとある」

 エルザがワダツミに視線を移すと、地面に寝かされたメリルの顔の上に出現したのは、バレーボールほどの大きさの水球だ。
 その瞬間、何が起きるのかなんとなくわかってしまった。
 俺の予想通り、水球は当然のようにメリルの顔面へと落下し、水はバシャっと勢いよく弾け飛ぶ。

「……ッ!? ゲホッ……ゴホッ……」

 水が鼻に入ったのか、酷く咽ながらも目を覚ましたメリル。
 その様子は、まるで道端に寝ていた酔っ払いだ。

「もうちょっと優しく起こしても……」

 ケガ人……いや、ケガ自体は治癒しているのだが、あまりに酷過ぎる起こし方は流石の俺でも引いてしまう。
 まぁ、俺もアレックスを叩き起こした過去があるので、あまり強くは言えないのだが……。

「ハッ!? ザナックはッ!?」

「安心せい。全ては終わった。シルバも無事じゃ」

 その言葉にホッと胸を撫でおろしたメリルであったが、やはり起き上がるのは難しいのか、横になったまま。

「詳しい説明は後じゃ。メリルにはやってもらうことがある。これから九条がカイエンの意識を戻す。その後すぐにシンクロし、中から意識を抑えつけるんじゃ」

 頭だけを動かし、辺りを見渡すメリル。
 闘技場はそのほとんどが崩れ、燻っているトレントの残骸は辺りに焦げ臭さを漂わせる。
 そして、だらしなく舌を投げ出し横たわっているのは、先程までベヒモスだったものだ。
 傷だらけのそれを押さえつけるファフナーが、こちらの様子を大人しく窺っているといった状況。

「……わかりました。九条にはキャロの事で世話になった。その恩を返せる絶好の機会。アタイの力でよければ喜んで貸そう……」

 メリルもネクロガルドの一員。恐らくは魔眼のことも知っているのだろう。
 状況から、事情は呑み込めたようだ。

「大丈夫なのか?」

「任せておけ」

 ワダツミに咥えられ、ズルズル引き摺られていくメリルの姿に、多少の不安を覚える。
 仰向けに倒れたカイエンに覆いかぶさったメリルは、自分の額をカイエンの胸にそっと押し当てた。
 それは、巨大な熊のぬいぐるみに抱き着いているようにも見えて微笑ましい限りだが、メリルの表情は真剣そのもの。

「何時でもいいぞ。やってくれ」

 それに無言で頷くと、覚悟を決めカイエンの魂をあるべき場所へと帰す。

「【魂の拘束ソウルバインド】!」

 お互いが惹かれ合うように、吸い込まれた魂が身体に定着する。
 それは、パズルのピースがピタリとハマったような感覚だ。

「”シンクロナイズプロテクション”!」

 間髪入れず、メリルは自分の意識をカイエンへと送り込み、そのお腹の上で項垂れた。

「今の内じゃ九条! 契約をッ!」

 言われずともわかっている。自分の指先に金剛杵を突き刺すと、だらだらと流れだす血液。
 予定よりも深く刺してしまったのは、内心焦っていて加減が効かなかったからだろう。
 そして、それをすぐさまカイエンの口元へと運んだ。

「俺と契約するんだ、カイエン。一緒にコット村へ帰ろう……」

 ポタポタと垂れる紅い雫は、カイエンを助けたいと願う俺の想いの結晶だ。
 新たな力なぞ二の次。無事に戻ってきてくれればそれでいい。
 従魔としては、まだ付き合いは浅い方。故に少々危なっかしく、普段は食べる事しか考えていない大食漢だが、それを含めてもカイエンだ。
 早い遅いは関係ない。カガリやワダツミ同様、カイエンも既に俺達の家族の一員である。

「……お肉食べ放題が、お前を待ってるぞ……」
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