生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第512話 リブレスの秘密兵器

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 リリーとネスト、バイスを含めた使節団は、王家所有の大型ガレオン船ロイヤルノーズ号に乗り、王都スタッグへの帰路に就いていた。

「ほらネスト。風が気持ち良いですよ」

「ええ。そうですね」

「そうですね……じゃねぇよ。ネストはリリー様を止める立場だろうが……」

「もう。バイスは、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。ずっと船室に閉じ込められているのも飽きてしまいました」

「いえ、別に怒っている訳では……」

 長い髪を靡かせ、甲板の上で笑顔を見せるリリー。船員の邪魔をしないようにと気を配りながらも船首へと向かって歩いて行く。
 そんなリリーを遠くから見つめるネストの顔は穏やかで、隣のバイスは若干の疲れが見え隠れしていた。

「たまにはいいじゃない……。ここのところ、苦難の連続だったわけだし……」

 外交使節団としてサザンゲイアへと派遣されたのはいいものの、予想通りと言うべきか、同盟締結への交渉は難航。
 数日に及ぶ会談の結果、残念ながら双方の意見は折り合わず、今回は現状維持という形で幕を閉じた。
 そこに、追い打ちをかけるかの如く知らされたアドウェールの訃報。リリーの心情が穏やかではない事くらい、バイスも理解はしている。

「そりゃそうだが、俺達は護衛でもあるんだぞ?」

「じゃぁバイスは、リリー様の笑顔が見られなくてもいいわけ?」

「そうじゃねぇ。俺は、気を抜くなって言ってるんだ」

「大丈夫よ。九条がサハギンたちを追い払ってくれたおかげで、海の旅は順風満帆……でしょ?」

「じゃぁなんで俺達は、未だに海の上を彷徨ってんだよ……」

 通常であれば、グリムロックとハーヴェストを結ぶ航路は約2週間ほど。
 予定ではそろそろ到着してもいい頃なのだが、未だその行程の半分ほどしか進んでいないのは、思いがけないトラブルに見舞われてしまったからだ。
 ロイヤルノーズ号はそれなりに古い船ではあるが、整備は行き届いている。にも拘わらず、舵の故障により操舵不能という状況に加え、メインマストに亀裂が入るというアクシデント。
 いずれも原因は不明で、経年劣化だろうと結論付けられたが、修理は難航。
 護衛艦として同伴しているキャラックが牽引しているといった状況だが、ロイヤルノーズ号は巨大で重く、その速度は牛歩に等しかった。

「神様がたまには休みなさいって言ってくれてるのよ。まぁ息抜きも必要ってコトで、大目に見てあげなさいな」

「おい。誤魔化すなよ? 俺はネストに言ってるんだ」

「あら、そうだったの? 気付かなかったわ」

 クスクスとわざとらしく笑うネストに、バイスは小さく溜息をついた。

「お前、変わったよな。余裕というか、垢抜けたと言うか……。孤高の魔女なんて言われてたのが嘘みたいだぜ……」

「そう? だったらきっと、九条のいい加減さが感染うつった所為ね」

 人のせいにするな……と言いかけたバイスではあったが、それを押し留めたのは、実際その影響がゼロではないことを知っているからだ。
 魔法書の件に加え、300年も前の御先祖様と直に話し合い和解したという出来事は、ネストの胸の奥に堆積していたであろう長年のわだかまりを、きれいさっぱり取り去ってしまった。
 それは、アンカース家が置かれた境遇を180度変えてしまうほどのこと。ネストの価値観が変わってしまっても、なんら不思議なことではない。

「それを言ったらバイス、あんたもでしょ? 特定の冒険者に肩入れはしないんじゃなかったの? 九条専用の馬車なんて作っちゃって……。専用を謳うなら、あげちゃえばいいのに……」

「バッカだなぁ。ああいったタイプの奴は、そういう施しを重荷に感じるんだよ。貸し借りする程度の関係が丁度良いのさ。九条が王都を訪れる理由にもなるし、俺達がコット村を訪れる理由にもなる。そうすれば、一緒に旅をする機会も増えるかもしれない……だろ?」

「確かにそうね。今回も急ぎじゃなければ、帰りにコット村に寄っても良かったんだけど……。そういえば、九条は国葬に出席するのかしら?」

「するんじゃないか? 一応無関係ではないし、派閥の誰かしらが推挙するだろ」

「違う違う。そういう事を言いたいんじゃなくて、九条が参列を断らないか……ってことなんだけど……」

「……」

 無言で顔を見合わせる2人。
 その時間は決して長くはなかったが、九条の性格を熟知しているからこそバイスは即答できなかった。

「ま……まぁ、大丈夫だろ? あいつは無精者ではあるが、礼儀知らずではないからな。……多分……」

 そうは言っても九条のことだ。2人は若干の不安を覚え、そうはなりませんようにと祈るように天を仰いだ。
 そんな2人の心境とは対照的に、空は雲1つない快晴。……にも拘らず、ロイヤルノーズ号は一瞬にして巨大な影に覆われた。

「ありゃなんだ!?」

 船員の一人が空を指差し声を上げると、そこには宙に浮く一隻の帆船。
 と言っても、ふよふよと漂っている訳ではない。それは一定の高度を保ち、滑るかのように空を奔っていたのだ。

「船が……空を飛ぶだと!?」

 パッと見ればキャラベル級の帆船だが、その船体の両脇には不可解なほど大きなアウトリガーが付いていた。
 それは転覆を防ぐ目的で船外に付ける浮きのことで、小型船にはよく見られるものだが、そのサイズ感故にあまりにも不自然。
 そこに描かれていたのは、エルフの国リブレス王家の紋章だ。

「おい! ネスト! 船が空を飛んでったぞ!?」

 まるで幽霊船でも見てしまったかのような船員たちと同様に、驚きを隠せないバイス。
 既にそれは通り過ぎ遠く離されてしまったが、ネストだけが深刻そうな表情を浮かべていた。

「そうね。あれは飛翔魔導船。文字通り魔力で空を飛ぶ船のことよ」

「知ってるのか!?」

「あら、魔法学院では結構有名な研究テーマの1つよ?」

 空を自由に飛び回る。それはある意味、大地に縛られている全人類の夢でもある。
 とは言え、魔法で宙に浮くことは簡単だ。しかし、それは飛ぶというより浮遊。魔力で自分の身体を持ち上げればいいだけなのだが、鳥のような鮮やかな飛行は難しい。
 その為には、身体を持ち上げる魔力を維持しつつも、移動する為の推進力も得なければならない。
 つまり、作用の異なる2種類の魔力を同時に維持しながらも、そのバランスを自由自在に操らなければならないということ。
 それがどれだけ難しい事かは、魔法を扱う殆どの者が知っている。
 それならばと研究者たちは発想を転換。魔力は持ち上げる為だけに使い、推進力は別の物から調達しようと考えた。
 そこで目を付けたのが、風を推進力として使える帆船だ。
 残る問題は、それを持ち上げる為の莫大な魔力。

「やっぱりと言うべきか、最初に実用化まで漕ぎつけたのはリブレスか……」

 質量に魔力量が比例するのは当然。だが、リブレスには世界樹がある。
 ネストは、その試作機が設計段階であることを知っていた。共同研究という名目で、魔法学院がその設計に1枚噛んでいたのだ。
 とは言え、それは大喰らいであり、実用化にはほど遠い完成度。世界樹の周囲であれば、辛うじて飛ばせるであろう程度の物だった。
 それが現にフェルヴェフルールを離れ飛んでいるということは、リブレスはその問題点を何らかの方法で克服したのだ。

「あんなんで攻められたら、どうすりゃいいんだ……。対策はあるのか?」

「今すぐリブレスが攻めてくるって訳じゃないけど、暫くは世界の主導権を握るでしょうね……。対策は……リブレスを怒らせないことかしら」

 飛翔魔導船は、ロイヤルノーズ号が向かっている方角に消えていった。それが、王都スタッグへ舵を取っているのは明らか。
 国葬は、各国の要人たちが集結するまたとない機会。完成された飛翔魔導船を世界にアピールするには、打って付けの場だ。

「リリー様……」

 リリーは1人、船首で佇んでいた。
 その顔に先程の笑顔はなく、魔導船が飛び去ったであろう方角をジッと眺めていたのである。
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