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第520話 狩人の心得
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リリーたちがハーヴェストへ辿り着くと、最低限の荷物だけを携え、急ぎ馬車へと乗り込んだ。
それも王家御用達の物ではなく、軽量で速さを重視した旅客馬車を急遽チャーターし、更にはそれを8頭の馬に引かせるというまるで馬車レースにでも出走するかのような特別仕様。
それに加えての強行軍。全速力での巡航に耐えられた馬は半分以下。途中ベルモントで馬を入れ替えラストスパートといったところで、今度はキャビンが限界を迎えた。
眼前の小高い丘を越えれば王都が一望できる距離。このままいけば、後数時間という所まで来ていたのだ。
「バイス、どうでしょう? 直せますか?」
「応急処置はできますが、全速力は無理ですね。今回は車輪が外れただけで済みましたが、留め金がバカになっちまってる。馬も暫く休ませないと、これ以上は……」
「そうですか……」
焦燥感に駆られ苛立ちが募るリリーではあったが、それを口にしたところでどうにもならない事は知っている。
九条の禁呪使用には、少なからず責任の一端を感じていた。
仕事を頼んでいたのは自分。細心の注意を払ってはいたが、その間に漏れてしまった可能性は否めない。
魔法学園の時か……。アレックスの結婚式か……。それともグランスロードの遠征時か……。
もちろんバイスとネストも同様だ。……ただ、もみ消せる自信もあったのだ。
国内での権力は上から数えた方が早い。たとえ相手がヴィルザール教団であろうと、交渉の席に着けさえすれば、対等以上に渡り合えるはずだった。
少なくとも、九条の処刑という結果にはならなかったはずなのだ。
「ネスト、馬車は俺に任せろ。お前はリリー様を連れて先に行け」
「ええ。そうさせてもらうわ。10分程休憩したら、一番走りそうな馬を見繕ってちょうだい」
バイスがそれに無言で頷いた、その時だった。
眩しいほどの西日が、分厚い雲に覆われ翳りを見せると、辺りの木々から一斉に飛び立つ小鳥たち。
その鳴き声は明らかな警戒を示していて、疲れ果てた馬たちでさえもが暴れ出したのである。
「なんだ!? おい! 静まれッ!」
バイスが急ぎ手綱を握るも、それは中々収まらない。
その様子に胸騒ぎを覚えたリリーは、一人丘へと駆け上がる。
「リリー様!?」
ネストの制止を振り切り、ついには丘を登り切ると、リリーはその光景に絶句した。
「――ッ!?」
北に見える王都の空には黒雲が渦巻き、遠くにいても聞こえるほどの雷鳴は、嵐の到来を予感させるほどのもの。
その中心。王城付近に突如出現したのは1匹の魔獣。それに見覚えがあったのだ。
「金の……鬣……」
何故それがそこにいるのか……。何かの間違いではないか……。
幾つもの可能性を考えたリリーではあったが、その結論は変わらない。
「間に……合わなかった……?」
力が抜けてしまったかのように膝を折るリリー。
ようやく追いついたネストとバイスは、リリーを支えながらも、その光景に目を奪われる。
「……俺達が倒した奴よりもデケェ……。別個体って可能性も……」
九条の命を奪おうというのだ。普段は温厚な九条とは言え、反発は必至。その怒りは当然だ。
その結果が、眼前の光景なのだろうとバイスの中では結論が出ているのに、どうしてもそれを否定せずにはいられない。
「いいえ。あれは九条よ……。言ってたもの。頭蓋骨から記憶を読み取り、そのピーク時の肉体を再生できるって……」
それは、ネストの御先祖様であるバルザックが証明している。
死亡時の状態でよみがえるのであれば、バルザックは生身ではなくリッチの姿で復活しているはずなのだ。
「じゃぁ何か? アレが金の鬣の本来の姿ってことか!?」
「恐らく……」
封印から目覚めたばかりの金の鬣ではない。魔王の時代、四天魔獣皇として恐れられた全盛期を思わせる雄々しき獣の姿が、そこにはあった。
それを見て、思い出したのだ。九条の力は、魔王の力の一端を行使できるものなのだと。
ダンジョンを支配し、魔獣をも従える術を持つ。過去の英傑や強力な魔族であろうと、骨さえあれば全ては九条の思うがまま。
わかってはいたが、その脅威を忘れていたのは、九条の性格故だろう。
私利私欲の為に力を行使したりはしないと、信じて疑わなかったのだ。
その力が想像を絶するものだと改めて畏怖を覚えたのと同時に、怒りも沸々と湧いて出る。
もちろん九条にではなく、その虎の尾を踏んだであろう元凶に対してだ。
「私はもう、お兄様をお兄様とは思いません……」
「リリー様。いざという時は、俺を指名してください。王子様の顔をこれでもかとぶん殴ってやりますから。……まぁ、生きていればの話ですが……」
いつもならネストから一喝されるであろうバイスの軽口も、最早冗談には聞こえない。
「それにしても……。あんなんどうやって止めるんだよ……」
弱点なら知っている。それは、時間制限が存在しているということ。
曝涼式典での魔法書返還後、コット村を訪れた際に九条から直接聞いている。
当時の記憶では5時間から6時間程と言ってはいたが、目の前の光景は、それが弱点になり得るかすら怪しい状況。
効果が切れるまでの間、巨大な魔獣が暴れ回る。それが王都にどれだけの被害をもたらすのかは、考えるまでもない。
「急ぎましょう! 一刻も早く九条のもとへッ!」
踵を返し、丘を駆け降りようとしたリリー。
ネストは、その腕を素早く掴み、リリーの行く手を遮った。
「申し訳ございません、リリー様……」
「ネスト? バイス?」
戸惑うリリーに、苦悩の表情を見せたネストとバイス。
しかし、リリーへと向ける視線は信念の籠った真っ直ぐなもの。
2人が何を言いたいのか……。リリーがそれを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「まだ間に合うかもしれないじゃないですか! 九条ならきっと私の話を聞いてくれます!」
確かにその可能性は残されている。しかし、その声を届けるには、あの魔獣の下へと行かねばならないということだ。
ネストとバイスの役割。それはリリーを守ること。実際にアレと対峙した事のある2人だからこそ、その難しさを痛感していた。
逃げ出す民衆の流れに逆らい進まなければならないのに加え、そこへ辿り着いたところで金の鬣より先に九条がリリーに気付くのか? 気付いたところで止まるのか?
それは、リスクの高すぎる賭けである。
「アンカース卿、ガルフォード卿! これは命令です! 私を九条の下へと連れて行きなさいッ!!」
「……残念ですが……」
「――ッ!!」
行ける事ならば行きたい。ネストとバイスも断腸の思いではあった。しかし、リリーの命を天秤にはかけられない。
「魔法を使う者は、常に冷静であるべきだ――。私はそう教えたはずですリリー様。大局を見誤ってはいけません。九条の魔法が、あの魔獣をよみがえらせたというのなら、九条は生きているのです。対話であれば、後からいくらでもできます」
「……ですが……」
難色を示すリリーに対し、ネストはその両肩に手を置いた。
その手は、僅かに震えていたのだ。
「……正直に言います。……情けない話ではありますが、私にはリリー様を守れる自信がありません……」
「――ッ!?」
言われてリリーは、ハッとした。ネストの肩から見切れていた光景は、それを如実に伝えていたのである。
宙に浮く飛翔魔導船から王都へと降り注ぐ魔法の矢は、流星群を思わせるほど。
金の鬣はそれを意に介さず、上げた咆哮と同時に一瞬の閃光が飛翔魔導船を貫いた。
遅れて聞こえる雷鳴の轟き。落下していく魔導船は、黒煙を上げながらも視界外へと消えていく。
自分の我が儘で、忠実な家臣を危険な目に合わせようというのだ。それがどれだけ愚かな事か、わからないリリーではない。
「……もう……大丈夫です。ありがとう……ネスト、バイス」
先程とは違う、落ち着いた表情を見せるリリーに、ネストとバイスは顔を見合わせ安堵した。
改めて、遠くに見える王都へと視線を移す。その惨状は、酷い有様だった。
九条にはそれほどの力がある。当然逃げることも容易いはずだが、何故そうしなかったのか?
薄々ではあるが、ネストとバイスはその理由に見当がついていた。
逃げなかったのではない。逃げられなかったのだ。
2人は火の手が上がる王都を眺めながらも、かつてシャーリーから言われた言葉を思い出し、噛み締めていた。
子を守る獣には、決して近づいてはならない――と……。
それも王家御用達の物ではなく、軽量で速さを重視した旅客馬車を急遽チャーターし、更にはそれを8頭の馬に引かせるというまるで馬車レースにでも出走するかのような特別仕様。
それに加えての強行軍。全速力での巡航に耐えられた馬は半分以下。途中ベルモントで馬を入れ替えラストスパートといったところで、今度はキャビンが限界を迎えた。
眼前の小高い丘を越えれば王都が一望できる距離。このままいけば、後数時間という所まで来ていたのだ。
「バイス、どうでしょう? 直せますか?」
「応急処置はできますが、全速力は無理ですね。今回は車輪が外れただけで済みましたが、留め金がバカになっちまってる。馬も暫く休ませないと、これ以上は……」
「そうですか……」
焦燥感に駆られ苛立ちが募るリリーではあったが、それを口にしたところでどうにもならない事は知っている。
九条の禁呪使用には、少なからず責任の一端を感じていた。
仕事を頼んでいたのは自分。細心の注意を払ってはいたが、その間に漏れてしまった可能性は否めない。
魔法学園の時か……。アレックスの結婚式か……。それともグランスロードの遠征時か……。
もちろんバイスとネストも同様だ。……ただ、もみ消せる自信もあったのだ。
国内での権力は上から数えた方が早い。たとえ相手がヴィルザール教団であろうと、交渉の席に着けさえすれば、対等以上に渡り合えるはずだった。
少なくとも、九条の処刑という結果にはならなかったはずなのだ。
「ネスト、馬車は俺に任せろ。お前はリリー様を連れて先に行け」
「ええ。そうさせてもらうわ。10分程休憩したら、一番走りそうな馬を見繕ってちょうだい」
バイスがそれに無言で頷いた、その時だった。
眩しいほどの西日が、分厚い雲に覆われ翳りを見せると、辺りの木々から一斉に飛び立つ小鳥たち。
その鳴き声は明らかな警戒を示していて、疲れ果てた馬たちでさえもが暴れ出したのである。
「なんだ!? おい! 静まれッ!」
バイスが急ぎ手綱を握るも、それは中々収まらない。
その様子に胸騒ぎを覚えたリリーは、一人丘へと駆け上がる。
「リリー様!?」
ネストの制止を振り切り、ついには丘を登り切ると、リリーはその光景に絶句した。
「――ッ!?」
北に見える王都の空には黒雲が渦巻き、遠くにいても聞こえるほどの雷鳴は、嵐の到来を予感させるほどのもの。
その中心。王城付近に突如出現したのは1匹の魔獣。それに見覚えがあったのだ。
「金の……鬣……」
何故それがそこにいるのか……。何かの間違いではないか……。
幾つもの可能性を考えたリリーではあったが、その結論は変わらない。
「間に……合わなかった……?」
力が抜けてしまったかのように膝を折るリリー。
ようやく追いついたネストとバイスは、リリーを支えながらも、その光景に目を奪われる。
「……俺達が倒した奴よりもデケェ……。別個体って可能性も……」
九条の命を奪おうというのだ。普段は温厚な九条とは言え、反発は必至。その怒りは当然だ。
その結果が、眼前の光景なのだろうとバイスの中では結論が出ているのに、どうしてもそれを否定せずにはいられない。
「いいえ。あれは九条よ……。言ってたもの。頭蓋骨から記憶を読み取り、そのピーク時の肉体を再生できるって……」
それは、ネストの御先祖様であるバルザックが証明している。
死亡時の状態でよみがえるのであれば、バルザックは生身ではなくリッチの姿で復活しているはずなのだ。
「じゃぁ何か? アレが金の鬣の本来の姿ってことか!?」
「恐らく……」
封印から目覚めたばかりの金の鬣ではない。魔王の時代、四天魔獣皇として恐れられた全盛期を思わせる雄々しき獣の姿が、そこにはあった。
それを見て、思い出したのだ。九条の力は、魔王の力の一端を行使できるものなのだと。
ダンジョンを支配し、魔獣をも従える術を持つ。過去の英傑や強力な魔族であろうと、骨さえあれば全ては九条の思うがまま。
わかってはいたが、その脅威を忘れていたのは、九条の性格故だろう。
私利私欲の為に力を行使したりはしないと、信じて疑わなかったのだ。
その力が想像を絶するものだと改めて畏怖を覚えたのと同時に、怒りも沸々と湧いて出る。
もちろん九条にではなく、その虎の尾を踏んだであろう元凶に対してだ。
「私はもう、お兄様をお兄様とは思いません……」
「リリー様。いざという時は、俺を指名してください。王子様の顔をこれでもかとぶん殴ってやりますから。……まぁ、生きていればの話ですが……」
いつもならネストから一喝されるであろうバイスの軽口も、最早冗談には聞こえない。
「それにしても……。あんなんどうやって止めるんだよ……」
弱点なら知っている。それは、時間制限が存在しているということ。
曝涼式典での魔法書返還後、コット村を訪れた際に九条から直接聞いている。
当時の記憶では5時間から6時間程と言ってはいたが、目の前の光景は、それが弱点になり得るかすら怪しい状況。
効果が切れるまでの間、巨大な魔獣が暴れ回る。それが王都にどれだけの被害をもたらすのかは、考えるまでもない。
「急ぎましょう! 一刻も早く九条のもとへッ!」
踵を返し、丘を駆け降りようとしたリリー。
ネストは、その腕を素早く掴み、リリーの行く手を遮った。
「申し訳ございません、リリー様……」
「ネスト? バイス?」
戸惑うリリーに、苦悩の表情を見せたネストとバイス。
しかし、リリーへと向ける視線は信念の籠った真っ直ぐなもの。
2人が何を言いたいのか……。リリーがそれを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「まだ間に合うかもしれないじゃないですか! 九条ならきっと私の話を聞いてくれます!」
確かにその可能性は残されている。しかし、その声を届けるには、あの魔獣の下へと行かねばならないということだ。
ネストとバイスの役割。それはリリーを守ること。実際にアレと対峙した事のある2人だからこそ、その難しさを痛感していた。
逃げ出す民衆の流れに逆らい進まなければならないのに加え、そこへ辿り着いたところで金の鬣より先に九条がリリーに気付くのか? 気付いたところで止まるのか?
それは、リスクの高すぎる賭けである。
「アンカース卿、ガルフォード卿! これは命令です! 私を九条の下へと連れて行きなさいッ!!」
「……残念ですが……」
「――ッ!!」
行ける事ならば行きたい。ネストとバイスも断腸の思いではあった。しかし、リリーの命を天秤にはかけられない。
「魔法を使う者は、常に冷静であるべきだ――。私はそう教えたはずですリリー様。大局を見誤ってはいけません。九条の魔法が、あの魔獣をよみがえらせたというのなら、九条は生きているのです。対話であれば、後からいくらでもできます」
「……ですが……」
難色を示すリリーに対し、ネストはその両肩に手を置いた。
その手は、僅かに震えていたのだ。
「……正直に言います。……情けない話ではありますが、私にはリリー様を守れる自信がありません……」
「――ッ!?」
言われてリリーは、ハッとした。ネストの肩から見切れていた光景は、それを如実に伝えていたのである。
宙に浮く飛翔魔導船から王都へと降り注ぐ魔法の矢は、流星群を思わせるほど。
金の鬣はそれを意に介さず、上げた咆哮と同時に一瞬の閃光が飛翔魔導船を貫いた。
遅れて聞こえる雷鳴の轟き。落下していく魔導船は、黒煙を上げながらも視界外へと消えていく。
自分の我が儘で、忠実な家臣を危険な目に合わせようというのだ。それがどれだけ愚かな事か、わからないリリーではない。
「……もう……大丈夫です。ありがとう……ネスト、バイス」
先程とは違う、落ち着いた表情を見せるリリーに、ネストとバイスは顔を見合わせ安堵した。
改めて、遠くに見える王都へと視線を移す。その惨状は、酷い有様だった。
九条にはそれほどの力がある。当然逃げることも容易いはずだが、何故そうしなかったのか?
薄々ではあるが、ネストとバイスはその理由に見当がついていた。
逃げなかったのではない。逃げられなかったのだ。
2人は火の手が上がる王都を眺めながらも、かつてシャーリーから言われた言葉を思い出し、噛み締めていた。
子を守る獣には、決して近づいてはならない――と……。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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