生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第605話 嘆きの王と嘆きの王

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 九条が王族用緊急脱出通路から顔を覗かせると、そこは誰かの足元だった。
 眼前には何者かのスネ。それは細く色白で、肌の張りは瑞々しい。
 静かにそれを見上げると、そこには笑顔を向けるリリーの姿。

「大儀でした。九条」

 リリーから伸ばされた手を取る九条。謁見の間には、既に主要な面々が集まっていた。
 レイヴン公にアレックス。バイスとネストに加え、アルバートの元親衛隊グラハムとリリーの親衛隊ヒルバークもだ。

 アルバートが地下へ潜ると同時に、公爵であるレイヴンがスタッグ王国の降伏を宣言。
 親衛隊の騎士と数名の貴族からの抵抗はあったものの、それは隠れ潜んでいたグラハムとヒルバークが押さえ込んだ。
 アンデッド達が動きを止め、動揺が走る兵士達に伝えられた戦闘行為の停止命令。
 それを聞いたほとんどの者が敗北を悟り、力なく武器を下ろした。
 そんな悲壮感漂う王都にファフナーが舞い降り、その背には白狐に跨るリリーの姿。
 その眼差しは鋭く、誰も寄せ付けぬ気迫が漂っていた。魔王に操られているとは思えない、剣のように鋭い存在感。
 少し前まで王女であったとは思えないほどの気迫は、その場にいる者すべてを圧倒してしまうほど。
 その堂々たる凱旋に、兵士達はアドウェール王の面影を覚え、無意識に跪いていた。

 戦争の終結と同時に、集合をかけられた貴族達が謁見の間へと集められる。
 その足取りが重いのも当然。これから言い渡されるのは敗戦国への制裁だ。
 降伏し、それが受け入れられたとは言え、相手は魔王。厳しい条件を課して来るであろう事は容易に想像ができる。
 領地や貴族位の剥奪ならまだいい方。処刑も十分あり得る話だ。
 抵抗は無駄。謁見の間では、既に幾人かの貴族が反抗の意思アリと見なされロープで縛られていて、悔しさに顔を歪めながらも、大人しく沙汰を待っていた。

「まさか、公爵ともあろう者が国賊に成り果てていたとは……。恩を仇で返すとは、まさにこのことよ」

「レイヴン公! 私も今後は心を入れ替え、魔王様に忠誠を……」

 それを、全くと言っていいほど相手にしないレイヴン。
 何者にも屈しないという信念を持つ者。死にたくない一心で媚び諂う者。傍観を決め込む者と貴族たちの反応は様々だが、元王派閥であった者たちは、これから起こるであろう一部始終を心待ちにしていた。

「九条、さっそくだが……」

「ええ」

 レイヴンに促され、九条が緊急脱出口を覗き込むと、そこから飛び出して来たのはファルランケス卿。
 その肩に雑に抱えられていたのはアルバートだ。

「陛下ッ!?」

 それを見て貴族達が驚きの声を上げると、ファルランケスはそれを無造作に放り投げ、アルバートは情けなく床に叩きつけられた。
 生まれたての小鹿のように、ピクピクと痙攣するアルバート。
 絶命していると勘違いしても仕方のない恰好。意識はないが、ギリギリまだ生きている。
 みすぼらしいという言葉がピッタリで、その様相は街のスラムに捨てられた奴隷のような惨たらしさ。
 プレートの鎧は剥ぎ取られ、インナーはボロボロ。身体は泥まみれで、所々に出来た痣は紫色に変色している。

「ありがとうございます。やはり、九条は優しいですね」

「やめてくださいリリー様。まるで俺が、情けを掛けたみたいじゃないですか。俺は、今後の利用価値を考慮しただけです」

 ノルディックの時と同様に、アルバートを前にすれば恐らく自分の感情を抑えきれなくなるだろう。そう思っていた九条だったが、意外にも冷静さを失うことはなかった。
 おかげで一方的な虐殺には発展せず、痛めつけるだけに留めたが、殺す価値もないと判断した訳でも、怨みを忘れた訳でもない。
 後々を考えれば、排除しておいた方が得である。再犯防止に加え、見せしめという意味でも強い抑止効果が期待できる。
 にも拘らず、九条がアルバートを殺さなかったのには理由があった。

 九条の力があれば、アルバートの生死はさほど重要ではない。
 故にその命は、九条が握っていると言っても過言ではないが、それは最早九条一人のものではないのだ。
 リリーにもレイヴンにも、等しくアルバートを裁く権利がある。
 アルバートに騙されていた貴族達も、真実を知ればそこに名乗りを上げるかもしれない。
 だからこそ、九条はその判断をリリーに委ねようと考えた。
 複雑な心境ではあるが、実害という意味では父親を殺されているリリーが、一番の被害者とも言えるのだ。

 それだけじゃない。アルバートが痛みに耐え兼ね、気を失う間際、その口からイーミアルの名が出たのである。
 地下に潜んでいたため、九条はそれに全く気付いていなかった。
 アルバートが地下に逃げて来たと言う事は、イーミアルは逃げ出したか、亡くなっている可能性が高い。
 それが後者であった場合、リブレス連合国が圧力を掛けてくることは必至。そうなれば、その責任を取る生贄が必要だ。
 腐っても王族の首である。これ以上ない貢物だろう。

「オラ、起きろ! 自白の時間だ」

「ぐえッ……」

 九条が足で、アルバートの脇腹を小突くと、小さな呻き声と共に目を覚ます。

「ここは……」

 覚醒と共によみがえった痛覚からの信号に、顔を歪ませるアルバート。
 それでも何とか体を起こしゆっくり辺りを見渡すと、自分の置かれた立場を理解したのか、その場で力なく項垂れる。

「僕が……お父様の命を奪ったんだ……。この手で……」

 震えた、そして小さな声ではあったが、それは静まり返った謁見の間に染み渡るように広がっていく。
 一瞬だけ強張った表情を見せたレイヴン公。それに対し、リリーの拳は強く握られレイヴンほど上手く感情を隠せてはいなかった。
 貴族達には動揺が走り辺りが騒然とする中、その中の一人が声を上げる。

「そ、そんなこと信用出来るか! 見ろ、陛下のあのお姿を! 魔王にそう言えと脅迫されているに違いない! これを機に、全ての罪を陛下に被せてしまおうという策略なのだッ!」

「静かにしろ。まだ、話は終わってない。貴族って奴は、落ち着いて話も聞けないのか? それとも都合の悪い言葉は、たとえ王でも口を封じるのがお前らのやり方なのか?」

 それには、言葉を詰まらせる貴族の男。返す言葉が見つからず、九条を睨みつけては押し黙る。

「アルバートの話を全て聞いたうえで判断すればいい。捏造だ脅迫だと騒ぎ立てるのはそれからでも遅くはないだろ?」

 そして、アルバートは皆の前で全てを語った。
 父親を手に掛けてしまった動機。それをバイアスに隠すよう助言を受けたこと。
 その事実をヴィルザール教の異端審問官に知られ、王派閥の貴族達を欺く為にも九条の処刑は都合がよかったこと。
 勿論、それを正当化するのも忘れない。

「でも、全ては国の為なんだ! やる気のないリリーが王座に就くのはおかしい! 皆もそう思うだろ!? リリーはまだ若すぎるんだよ!」

 どうにかして味方を作ろうとするその言い訳に、流石の九条からも溜息が漏れる。
 躾が足りない訳じゃない。恐らくは性格による弊害だ。それは、一朝一夕で治るようなものじゃない。
 だからといって、アルバートの言い分は認められない。それはアルバートが決める事ではないのだ。

 どうやらダメ押しが必要かと、九条が腰のメイスに手を掛けた瞬間だった。
 バチンという軽快な衝撃音が、謁見の間に響き渡ったのだ。

「そんな……そんなことで、お父様をッ……。恥を知りなさいッ!」
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