生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第606話 慧眼の王が示した未来

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 リリーが渾身の力を込めて放った平手打ちは、アルバートの頬にクリーンヒット。
 その瞳に溜めた涙からは負の感情が溢れ出ていた。
 往生際が悪く、哀れで見るに忍びない。それが自分の身内であるという事実に恥辱覚え、悪びれもしないその態度に怒りを覚える。
 それはすぐに憎しみへと変化し、感情を爆発させるも、アルバートはその真意にすら気付かない。

「兄に手を上げるとは、何事だ!」

 明らかに不利な立場なのに、リリーには凄んで見せるアルバート。場違い感も甚だしいが、それは虚勢などではない。
 アルバートは、勘違いをしていた。自分が殺されることはないのだと高を括っていたのだ。
 状況を見れば一目瞭然。殺すと息巻いていた九条でさえ自分を殺さなかった。それが王族の血の力。たとえ王の座を奪われたとしても、生き長らえるだろうという自信があった。
 流刑程度の罰であれば、辺境の領地でやり直しがきく。ならば、味方は多いに越したことはない。
 王としての威厳は失われていないと示す事が出来れば、いずれは派閥の再建も叶うだろうと信じて疑わなかった。

「お前達……なんで僕をそんな目で見るんだ! ちゃんと反省はしている」

 しかし、そんなアルバートに向けられた視線は、思っているより冷めていた。
 そういうことではないのだ。確かにアルバートは王族として生かされるかもしれないが、それに従ってきた貴族達はそうじゃない。
 彼等の生殺与奪の権は、もふもふアニマルキングダムが握っている。それが戦勝国の権利であり、敗戦国の末路だ。

「で? これでもまだアルバートを庇う奴は?」

 九条の言葉に、誰もが口を噤んでいた。元々アルバートに人望などなかったのだ。
 それもまた、王族の血の力により得ていたもの。今のアルバートに与して得をすることなど何もない。

「僕を、裏切るのかッ!?」

 沈みゆく泥船への相乗りは、誰だって御免だろう。そう思いながらも、九条は肩をすくめて見せた。

「決着はついたみたいですが……、どうします? レイヴン公」

「予定通り頼む……」

「わかりました」

 本来はアドウェールをよみがえらせ、事の真相を話してもらう手はずだったが、思いの外安易にアルバートが口を割ったので、その必要もなくなった。
 とはいえ、アドウェール本人から直接遺言を聴く事のできる折角のチャンス。
 この機会を逃す訳にはいかないと考えるのは当然だ。


 気まずい雰囲気の中、レストール卿を待つこと数分。
 アルバートは貴族達に咬みつくのを止めず、リリーはそれに苛立ちを募らせるといった状況。
 ひとまず騒がしいアルバートを縛り上げると、九条は持っていたメイスをリリーに差し出した。

「次に五月蠅くするようなら、これでぶん殴ってはどうです?」

 一瞬驚きにも似た表情を浮かべ、それを手に取ったリリーだったが、すぐにメイスを九条に返す。

「こんなもの、殴る価値もありません」

 まさかリリーの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったが、言い得て妙だと誰もがそれには同意する。
 九条は勿論、長く傍に仕えているバイスやネストでさえ、ここまで感情を露にするリリーは見たことがなかった。
 表面的なものではない。内側から沸き上がるような怒り。それを解放しないようにと耐えているのがハッキリとわかる。

 それからすぐに、レストール卿が礼拝堂に現れた。
 その後ろに付き従うのは、2体のデスナイト。

「ご苦労様です。レストール卿」

「うむ」

 デスナイトが肩に抱えていたのは、アドウェールの棺である。
 その外側は純白の大理石で覆われ、表面には繊細な彫刻が施されている。四方を取り巻く黄金の縁取りは、沈みゆく太陽の光を受けて優美に輝き、それは壮麗にして威厳に満ちていた。
 九条が直接礼拝堂でアドウェールをよみがえらせれば、棺を7階まで運んでくる手間は省けたが、皆の前で実演しなければ意味がない。
 頭蓋骨ではなく棺ごとなのは、まだ白骨化していないだろうという推測からだ。
 デスナイトに恐怖を覚える貴族達を横目に、王の眠る棺が九条の前へと運ばれる。
 それは貴重品を扱うように優しく床に置かれ、レイヴンを含めた王派閥の貴族達は祈りを捧げるかのように跪いた。
 デスナイトの1体が棺の蓋を丁寧に開け放ち、その中身を確認するかのように覗き込む一同。
 そこには、白装束に身を包み安らかに眠るアドウェールの姿。
 石棺という密閉された空間に加え、地下という比較的涼しい場所に安置されていたおかげで、腐敗はそれほど見られない。

「九条、お願いします」

 リリーの言葉に頷く九条。左手を腰の魔法書に、右手でアドウェールの胸元に触れると、魔力をそこに集中させる。

「【死者蘇生アニメイトデッド】」

 九条の魔力によって生み出された魔法陣が光り輝き、離れてしまった魂がアドウェールの肉体に宿る。
 骨と皮だけの痩せ細った身体に筋肉が付いていく様は、まるで浮き輪に空気を入れたかのようで、黒ずみ白い粉を噴いていた肌は、年相応の血色を取り戻す。
 紫の唇は赤みを帯び、コケていた頬はふっくらと。凹んだ眼球が盛り上がる様子は、瞼の上からでもハッキリとわかる。
 そして九条による魔力の輝きが失われると、その目はゆっくりと開かれた。

「お父様ッ!」

 その声に反応を見せ、僅かに濁った瞳が涙を流す娘の顔を捉える。

「……リリー……? 私は、一体……」

 もう動かないと思われていたアドウェールの手がリリーの頬に触れ、リリーはそれを愛おしそうに抱きしめる。
 アドウェールがゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡すと少しずつよみがえる生前の記憶。
 そして深く吸った空気を震えながらも吐き出し、もう片方の手でリリーの頭を優しく撫でた。

「そうか……。よくやったな、リリー。私の所為で、苦労を掛けた……」

 今の一瞬で、アドウェールは全てを理解した。
 玉座は倒れ、床に転がる王冠。謁見の間にいる殆どの者が武装していて、集まる貴族達の中で拘束されているのは、第1王子の派閥であった者が大半を占めている。
 バイアス公爵は息絶えており、縛られているアルバートの姿は見るも無残な敗残兵そのものだ。
 バイスとネストの笑顔からは達成感が読み取れ、レイヴンは涙を隠すように首を垂れる。
 リリーはアドウェールの胸で泣きじゃくり、その後ろに立っていた九条は、2体のデスナイトを背に静かに佇んでいた。

「九条……。やはり、私の目に狂いはなかったようだな……」

 九条に向けられたアドウェールの笑顔は、死んでいるとは思えないほど朗らかで温かいものであった。
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