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第613話 国家統合戦略
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俺が軍議室に戻ると、既に皆が揃っていた。
なんというか、場の空気が重い。先程のリリーとの会話が天国のように思えてくるほどだが、それも俺の所為だろうことはわかっていた。
「遅いぞ、九条。今呼びに行かせるか悩んでいたところだ」
「すいません。ちょっと野暮用が……」
場を取り仕切るレイヴンからの叱責に、理不尽だとは思いながらもここは穏便に頭を下げておく。
お前んとこの先王が、無茶振りをしたからだと喉元まで出かかってはいたが、それは言わない約束だ。
リリーを見守る為、暫く成仏したくない……。アドウェールの言いたいことはわかるのだが、それは少々難しい。
一時的に俺の傍に留めておくことは可能だが、アドウェールには現世に長く留まれるほどの未練がないのだ。
108番のダンジョンであれば、俺の魔力で満たされている為、維持することも出来るのだが、まさかリリーをダンジョンに住まわせる訳にもいかんだろう。
俺が、常にリリーの傍に居続けるというのも現実的ではなく、悪霊化すれば現世に留まることは可能だが、自我がなければ意味がない。
暫く悩んだ結果、霊の事は霊に聞くのが一番だろうと、地下牢へと足を運んでいたのである。
ゲンさんは地縛霊のベテランだ。今頃アドウェールは地縛霊のコツを教わっているに違いない。
「では、私の意思を明示する前に、スタッグ王国及びもふもふアニマルキングダムの双方は、その結果が意に沿わずとも異議を唱えないことを誓ってください」
リリーが口を開いたのは、俺が席に着いたのとほぼ同時。
それは、先程寝室で話していたリリーではない。ビジネスモードと言わんばかりの堅苦しい表情。
そんなリリーの鎮座している豪華な椅子とその場所が、何を意味しているのかは流石の俺でも理解できる。
完全な対立位置。どう考えてもスタッグ側に属する席だ。
だからだろう。会議が中断される前とは違い、レイヴン公は大分落ち着いていた。
「ええ。元よりそのつもりです。もふもふアニマルキングダムの代表として宣言します」
「ありがとうございます、九条。……レイヴン公も、構いませんね?」
「勿論です。私は、リリー様が陛下の想いを継いでくださると信じておりますので」
リリーを王に据える為とはいえ、なりふり構わず最後に釘を刺すようなことを……。
公爵ともあろう者が、ちょっとセコイぞ?
「では、九条には申し訳ないのですが、私はもふもふアニマルキングダムの王位から退こうと考えています。そして、その後任を九条に任せたい」
「仕方ありませんね。それがリリー様の選択なら、謹んでお受けしましょう」
「おぉ、リリー様。では……」
「ええ。私はお父様の意思を継ぎ、このスタッグの王位に就くことと致しましょう」
それを聞き、レイヴンを含めた王派閥の貴族達は、一斉に頭を垂れた。
一瞬の静寂ののち、低く抑えたさざめきが軍議室を包む。それは、歓喜にあふれたものではなく、控えめながらも確かな期待と安堵が織り交ざったもの。
彼らは声を上げることなく、新たな王の誕生を敬った。
「女王陛下に、変わらぬ忠誠を……」
慎ましやかに告げるレイヴン。その言葉に続き、別の貴族も、静かな声で祝辞を述べる。
その祝福はささやかだが、新しい時代への期待が込められているのだろう。
だからこそ、なんというか少々の申し訳なさを覚えてしまう。
「九条……。本当にそれでいいの?」
不安そうな声は、俺の隣に座るネストのもの。
まぁ、その気持ちも理解出来る。ネストとバイスはもふもふアニマルキングダムに属している。リリーだけがスタッグに戻るということは、離別するのと同じこと。
そうなれば、2人がリリーを追うのは当然であり、もふもふアニマルキングダムからは離反するだろう。
それを許してくれるのか……と、遠回しに聞いているのだ。
「勿論です」
満面の笑みを浮かべ、ネストに頷いて見せると、何かに気付いたのか訝し気な表情。
すると、部屋に響いた可愛らしい咳払い。
「では、改めて九条陛下。ここからは一国の主同士、首脳会談と参りましょう」
リリーのその微笑みに、悪意など一切感じない。全ては計算通りに進んでいると言わんばかりだ。
「私は、両国の統合を提案します。スタッグ王国ともふもふアニマルキングダムが共に力を合わせ、新たな国家の礎を築く……。いかがでしょうか? 九条陛下」
リリーの言葉に驚きを隠せず狼狽える貴族たちをよそに、俺はその意味を理解し、間髪入れずに答えを返す。
「はい。とても良い案にございます。貴国のご提案を謹んで受け入れ、互いの繁栄を願いつつ、新たな国としての未来を共に築いてまいりましょう」
「では、後程合意書を用意致しますので、調印を……」
「お待ちくださいッ!」
握手の為、お互いが立ち上がり身を乗り出すと、それを止めたのは他でもないレイヴン。
国王就任直後、相談もなしに2つの国を合併させようと言うのだから、焦って当然である。
「リリー様、流石にそれは些か急が過ぎるのではないですか?」
「そうでしょうか? まずは、お兄様の所為で失った国土を取り戻す事こそ急務でしょう。もふもふアニマルキングダムとの国家統合こそが、一番の近道では?」
レイヴンとアドウェールの悲願が叶い、リリーが王位を継いだ。ならば、そこから始まるのはリリーの思う執政である。
元々は1つの国だったのだ。ならば、それを元に戻してからが本番。まずは全てをリセットし、そこをスタートラインとする。
スタッグでも、もふもふアニマルキングダムでもない。どちらにも平等に配慮した結果だ。
「私が願うのは、亡き父が望んだ未来への道……。スタッグ王国ともふもふアニマルキングダムが、互いに補完し合い未来へ共に歩むこと。お兄様とは決別するという意味でも、国の新生は必要不可欠。それは、国民を迷わせない為の意思表示でもあるのです」
「しかし……」
リリーの言葉に、異議は唱えないと誓ったにもかかわらず、この体たらく。とはいえ、その気持ち、わからなくもない。
ようやく願いが叶ったかと思いきや、今度は国が名を変えるのだ。
スタッグという名に、どれだけの歴史が詰め込まれているのかは知らないが、幾度もの戦乱を耐え抜き祖先が築き上げた国の名が、今や過去のものとなる。
レイヴンの心に沁み込んでいるのは、新しい時代への喜びよりも、長きにわたって誇りとし、忠誠を捧げてきた名が消えるという喪失感なのかもしれない。
「失礼を承知で言わせてもらいますが、国の名が変わるくらいいいじゃないですか。まさか、アドウェール様の言葉を忘れた訳ではないでしょう?」
鬼のような形相で俺を睨みつけたレイヴン。しかし、すぐに我に返りハッとしたのは、その言葉の意味を理解したからだろう。
リリーに仕える事こそが、レイヴンへと向けられたアドウェールの遺言であり、それは決して国の名を守る事ではない。
「……そうであったな……」
静かに目を伏せるレイヴン。その表情は、全てにおいて納得した……とは言い難いが、ひとまずの溜飲は下がったように見えた。
「私の執政は、レイヴン公の目指すところではないのかもしれません。しかし、いつかはあの時の選択が間違ったものではなかったと、そう思わせるような国にして見せます。――ですからレイヴン公。これからも、不甲斐ない私を支えてください。お願いします……」
レイヴン公の手をそっと握ったリリー。その決意は、渋るレイヴンも涙を見せてしまうほど揺るぎのないものだった。
亡き国王、アドウェールの愛したスタッグは失われる。しかし、その意思はリリーが継ぎ、未来へと刻む事だろう。
新たな国を興し、平和と繁栄をもたらすことで供養とする。それが、リリーなりの弔いであった。
なんというか、場の空気が重い。先程のリリーとの会話が天国のように思えてくるほどだが、それも俺の所為だろうことはわかっていた。
「遅いぞ、九条。今呼びに行かせるか悩んでいたところだ」
「すいません。ちょっと野暮用が……」
場を取り仕切るレイヴンからの叱責に、理不尽だとは思いながらもここは穏便に頭を下げておく。
お前んとこの先王が、無茶振りをしたからだと喉元まで出かかってはいたが、それは言わない約束だ。
リリーを見守る為、暫く成仏したくない……。アドウェールの言いたいことはわかるのだが、それは少々難しい。
一時的に俺の傍に留めておくことは可能だが、アドウェールには現世に長く留まれるほどの未練がないのだ。
108番のダンジョンであれば、俺の魔力で満たされている為、維持することも出来るのだが、まさかリリーをダンジョンに住まわせる訳にもいかんだろう。
俺が、常にリリーの傍に居続けるというのも現実的ではなく、悪霊化すれば現世に留まることは可能だが、自我がなければ意味がない。
暫く悩んだ結果、霊の事は霊に聞くのが一番だろうと、地下牢へと足を運んでいたのである。
ゲンさんは地縛霊のベテランだ。今頃アドウェールは地縛霊のコツを教わっているに違いない。
「では、私の意思を明示する前に、スタッグ王国及びもふもふアニマルキングダムの双方は、その結果が意に沿わずとも異議を唱えないことを誓ってください」
リリーが口を開いたのは、俺が席に着いたのとほぼ同時。
それは、先程寝室で話していたリリーではない。ビジネスモードと言わんばかりの堅苦しい表情。
そんなリリーの鎮座している豪華な椅子とその場所が、何を意味しているのかは流石の俺でも理解できる。
完全な対立位置。どう考えてもスタッグ側に属する席だ。
だからだろう。会議が中断される前とは違い、レイヴン公は大分落ち着いていた。
「ええ。元よりそのつもりです。もふもふアニマルキングダムの代表として宣言します」
「ありがとうございます、九条。……レイヴン公も、構いませんね?」
「勿論です。私は、リリー様が陛下の想いを継いでくださると信じておりますので」
リリーを王に据える為とはいえ、なりふり構わず最後に釘を刺すようなことを……。
公爵ともあろう者が、ちょっとセコイぞ?
「では、九条には申し訳ないのですが、私はもふもふアニマルキングダムの王位から退こうと考えています。そして、その後任を九条に任せたい」
「仕方ありませんね。それがリリー様の選択なら、謹んでお受けしましょう」
「おぉ、リリー様。では……」
「ええ。私はお父様の意思を継ぎ、このスタッグの王位に就くことと致しましょう」
それを聞き、レイヴンを含めた王派閥の貴族達は、一斉に頭を垂れた。
一瞬の静寂ののち、低く抑えたさざめきが軍議室を包む。それは、歓喜にあふれたものではなく、控えめながらも確かな期待と安堵が織り交ざったもの。
彼らは声を上げることなく、新たな王の誕生を敬った。
「女王陛下に、変わらぬ忠誠を……」
慎ましやかに告げるレイヴン。その言葉に続き、別の貴族も、静かな声で祝辞を述べる。
その祝福はささやかだが、新しい時代への期待が込められているのだろう。
だからこそ、なんというか少々の申し訳なさを覚えてしまう。
「九条……。本当にそれでいいの?」
不安そうな声は、俺の隣に座るネストのもの。
まぁ、その気持ちも理解出来る。ネストとバイスはもふもふアニマルキングダムに属している。リリーだけがスタッグに戻るということは、離別するのと同じこと。
そうなれば、2人がリリーを追うのは当然であり、もふもふアニマルキングダムからは離反するだろう。
それを許してくれるのか……と、遠回しに聞いているのだ。
「勿論です」
満面の笑みを浮かべ、ネストに頷いて見せると、何かに気付いたのか訝し気な表情。
すると、部屋に響いた可愛らしい咳払い。
「では、改めて九条陛下。ここからは一国の主同士、首脳会談と参りましょう」
リリーのその微笑みに、悪意など一切感じない。全ては計算通りに進んでいると言わんばかりだ。
「私は、両国の統合を提案します。スタッグ王国ともふもふアニマルキングダムが共に力を合わせ、新たな国家の礎を築く……。いかがでしょうか? 九条陛下」
リリーの言葉に驚きを隠せず狼狽える貴族たちをよそに、俺はその意味を理解し、間髪入れずに答えを返す。
「はい。とても良い案にございます。貴国のご提案を謹んで受け入れ、互いの繁栄を願いつつ、新たな国としての未来を共に築いてまいりましょう」
「では、後程合意書を用意致しますので、調印を……」
「お待ちくださいッ!」
握手の為、お互いが立ち上がり身を乗り出すと、それを止めたのは他でもないレイヴン。
国王就任直後、相談もなしに2つの国を合併させようと言うのだから、焦って当然である。
「リリー様、流石にそれは些か急が過ぎるのではないですか?」
「そうでしょうか? まずは、お兄様の所為で失った国土を取り戻す事こそ急務でしょう。もふもふアニマルキングダムとの国家統合こそが、一番の近道では?」
レイヴンとアドウェールの悲願が叶い、リリーが王位を継いだ。ならば、そこから始まるのはリリーの思う執政である。
元々は1つの国だったのだ。ならば、それを元に戻してからが本番。まずは全てをリセットし、そこをスタートラインとする。
スタッグでも、もふもふアニマルキングダムでもない。どちらにも平等に配慮した結果だ。
「私が願うのは、亡き父が望んだ未来への道……。スタッグ王国ともふもふアニマルキングダムが、互いに補完し合い未来へ共に歩むこと。お兄様とは決別するという意味でも、国の新生は必要不可欠。それは、国民を迷わせない為の意思表示でもあるのです」
「しかし……」
リリーの言葉に、異議は唱えないと誓ったにもかかわらず、この体たらく。とはいえ、その気持ち、わからなくもない。
ようやく願いが叶ったかと思いきや、今度は国が名を変えるのだ。
スタッグという名に、どれだけの歴史が詰め込まれているのかは知らないが、幾度もの戦乱を耐え抜き祖先が築き上げた国の名が、今や過去のものとなる。
レイヴンの心に沁み込んでいるのは、新しい時代への喜びよりも、長きにわたって誇りとし、忠誠を捧げてきた名が消えるという喪失感なのかもしれない。
「失礼を承知で言わせてもらいますが、国の名が変わるくらいいいじゃないですか。まさか、アドウェール様の言葉を忘れた訳ではないでしょう?」
鬼のような形相で俺を睨みつけたレイヴン。しかし、すぐに我に返りハッとしたのは、その言葉の意味を理解したからだろう。
リリーに仕える事こそが、レイヴンへと向けられたアドウェールの遺言であり、それは決して国の名を守る事ではない。
「……そうであったな……」
静かに目を伏せるレイヴン。その表情は、全てにおいて納得した……とは言い難いが、ひとまずの溜飲は下がったように見えた。
「私の執政は、レイヴン公の目指すところではないのかもしれません。しかし、いつかはあの時の選択が間違ったものではなかったと、そう思わせるような国にして見せます。――ですからレイヴン公。これからも、不甲斐ない私を支えてください。お願いします……」
レイヴン公の手をそっと握ったリリー。その決意は、渋るレイヴンも涙を見せてしまうほど揺るぎのないものだった。
亡き国王、アドウェールの愛したスタッグは失われる。しかし、その意思はリリーが継ぎ、未来へと刻む事だろう。
新たな国を興し、平和と繁栄をもたらすことで供養とする。それが、リリーなりの弔いであった。
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本当に、ありがとうございます。
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